「風が吹き、雲が流れ、青空が広がり海は青く、白い砂浜は心地よく暖かい。そんな中で……」



「なんで俺は、素っ裸なんだろうなぁ…………」




 一旦口を噤み、深々と息を吐き出しながらサンジは言葉を続けた。
 その言葉を聞いていた傍らの男が、馬鹿にしくさった声で言葉を返してくる。
「んなの、やることやった後だからだろうが」
「だぁ〜〜〜からっ! なんでこんな健康的なシチュエーション目白押しの状況で、そう言うことになるんだってぇぇ言ってンだよっ、このクソミドリっ!」
 白い砂浜の上に転がしていた身体をもの凄い勢いで飛び上がらせて、未だに砂の上に寝ころんでいるゾロを睨み下ろす。
 ビシリと、右手の人差し指を突きつけながら。
 そんなサンジに、ゾロはニヤリと口端を引き上げながら言葉を返してきた。
「心おきなくヤレる機会なんて、そう滅多にねーからな。しかも、野外で」
「答えになってねぇんだよっ!」
 叫び、自分と同じように素っ裸のなままでいるゾロの腹に踵を叩き込んでやったのだが、素足なだけにダメージが普段よりも減少してしまった。ゾロはさして痛がりもせずに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ続けている。
 小さく舌を打った。
 いくら騒いでも、相手が乗ってこないなら騒ぐだけ無駄だ。余計なストレスがかかるだけだ。
 サンジはドカリと砂の上に尻を落とした。そして、近くに転がっているジャケットの中からタバコを取り出そうと手を伸ばした所で、はたと気付く。
 海に落ちたさいに水浸しになってしまったから、もう使い物にならない事を。
「ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜…………チクショウ!」
 煙草で沸き上がってくる苛立ちを抑えようとしたのに、その煙草が吸えない状況だと言うことを思い出してしまい、苛々が収まるどころか余計に酷くなった。
 止めどなく、次から次へと沸き上がってくる苛立ちを抑える術が思いつかず、髪を乱暴にかき回す。
 その動きにあわせて、これ以上ない程髪の毛に絡みついていた砂が、バラバラと落ちてきた。それにもまた腹を立てて、盛大に舌を打つ。煙草を吸えない今、舌くらい打たなければやっていられない気分になって。
 そんなサンジの頭に、大きな手のひらが伸びてきた。そして、強い力で引っ張られる。
「おわっっ!」
 予想もしていなかった動きに踏ん張る事も出来ず、身体がグラリと揺れた。その身体を支えるようにもう一本の腕が伸びてきて、裸の腹に強く暖かい感触が触れてくる。
「ちょっ……なに………っ!」
 強引な行動に文句を言おうとした言葉は、途中で遮られた。
 眼前に、見慣れた一筋の傷跡が迫り、そのままその傷跡に頬を押しつけるような体勢で身体を固定されたために。
 耳に、規則正しい鼓動の音が聞こえてくる。
 腰に回された腕から。合わさった肌から慣れた温もりを感じ、自然と身体の力が抜けていく。
 サンジの身体から力が抜けていったのを感じ取ったのだろう。拘束するように頭に回されていた手がポンポンと、小さな子供をあやすような柔らかい仕草で叩いてくる。
「心配すんな。俺がいんだろ」
「――――てめぇがなんの役に立つんだよ」
 優しく、それで居て力強さを感じる声に、ふて腐れたように返す。
 その言葉に怒るでもなく、ゾロは頭を叩き続けてくる。
「生き物の気配があるから、狩りは出来る。その気になりゃぁ、そこら辺の木を適当に斬ってイカダを作る事だってできんだろ。幸い、刀は全部手元にあるしな。アイツらが俺達を見つけられないんだったら、俺達がアイツらを探しに行けば良いだけのこった」
「――――俺を、迷子の道連れにする気かよ」
「旅は道連れって言うだろうが」
「うるせぇ。マリモのくせに、まともな事言ってンじゃねーよ」
 厚い筋肉に覆われた胸に頬を寄せながらも、かけられた言葉を馬鹿にするようにケッと笑い飛ばしたサンジは、そこで一旦深々と息を吐き出した。自分の心を落ち着けるために。
 そしてゆっくりと、身体を起こす。
「――――とにかく、まずは食いモンの確保だな。食えりゃ、死なねぇ」
「おう」
 気持ちを切り替え、いつもの調子でニヤリと笑いかけたサンジに、ゾロもニヤリと笑い返してくる。
 その笑みを鼻先で笑い返したサンジは、もう一度。今度はゆっくりと、その場に立ち上がった。その動きにあわせて、ゾロも上半身を持ち上げる。
 だが、サンジのように立ち上がりはしなかった。
 ソレを気配で察しながらなにも言葉はかけずに、自分の身体に付いた砂を叩き落としていく。そして、ある程度砂を落とし終えたところで、改めて辺りを見回した。
 白い砂浜が左右に大きく広がっている。目の前に広がる海には、島影も舟影も見つけることはできない。
 だが、背後には森がある。広さがどれくらいのモノかは分からないが、ゾロが言うように生き物の気配は感じる事ができた。木があるのだから、木の実がなっている可能性は充分にある。木があるのだから、火もおこせる。
 砂浜の先にある海の中には、魚や貝が居るだろう。食べ物に困ることは、そう無いだろうと思う。
 飲み水の方が少々心配ではあるが、なんとかなるだろう。時間をかければ、海水から取り出す事もできるのだから。
 あの時とは違う。
 今の自分には知識もあるし、力もある。
 それに、ルフィ達は絶対に見つけてくれる。
 そう確信出来る仲間が居る。
 そして何より、一人じゃない。
「――――どうにかなるさ」
 自分自身に言い聞かせるように呟き、口元に笑みを浮かべる。
 いつもの自分を取り戻すために。
 短時間でなんとか常の自分を取り戻す事ができた所でようやく、自分が素っ裸なままだと言うことに気付き、風邪を引く前に服を着ようと振り返った。
 そこでハタと、気が付いた。
 ゾロが、ニヤニヤと品の無い笑みを浮かべながら自分の事を見つめていることに。
「――――なんだ?」
 問いかけに、ゾロは口端を思いっきりよく吊り上げた。
 そしてゆっくりと、答えを返してくる。
「いや。てめぇのマッパをお天道さんの下でみられるとは、思っていなかったからよ」
「――――は?」
「月明かりの下で見るも良いが、陽の光の下で見るのも良いモンだな。普段はっきり見えない所もしっかり見える。白い肌が目に痛いのは、困りモンだがな」
 まぁ、それもまた良いのかも知れないが、と告げるゾロの言葉を耳にして、サンジの全身に朱色が走った。
 今の今まで、自分の身体を舐めるような眼差しで見られていた事に、気が付いて。
「――――てめぇ」
「ナミがすぐに見つけちまうかもしれねぇからな。今の内にもっとやっとこうぜ。こんなチャンス、次にいつ来るかわかんねぇんだからよ。いつもは抑えてる声も抑えないで、心置きなく喘げよな。その方が、絶対にクルからよ」
 そう言って笑うゾロには、緊張感など欠片も窺えない。
 この状況を楽しんでいるとしか思えない。
 楽しんで居るどころか、喜んでいるのではないだろうか。
 人の気も知らないで。
 フルフルと、身体が震えてきた。そして、口から怒声を飛ばした。
「こんのぉ………ッ、エロマリモっ! 海に帰れっ!」
 叫びと共にゾロの身体を海に向かって蹴っ飛ばした。
 その攻撃を予測していなかったのか。はたまた、靴が無い状況での蹴りにはたいした威力は無いと馬鹿にしていたのか、ゾロは面白いくらいに勢いよく空を飛んでいった。
 遙か遠くの海面に白い水しぶきが上がる。それを目にしながら、彼との関係を見直した方が良いかも知れないと、真剣に考え始めたサンジだった。













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