「ナ〜〜〜〜ミすわぁ〜〜〜〜〜んvvv」
今日も元気にコックの声が響き渡っている。
見なくてもその声の響きから彼の顔が脂下がっているであろう事が分かり、自然とゾロの眉間に深い皺が刻み込まれていった。
「サンジ君。ちょっと喉乾いたから、お茶入れてくれない?」
「は〜〜〜いvただいまvv」
語尾だけでなく全身からハートマークをまき散らしながら、サンジが飛ぶようにキッチンへと戻っていった。本当に、飛ぶようにと言う言葉が当てはまるような足取りで。
そんなサンジを見るたびに、気分が悪くなる。
「・・・・・・浮かれやがって・・・・・・・・・」
低く、押し殺したような声で呟きながら、振っていた重りをその場に置いた。そして、額からしたたり落ちる汗を無造作に腕で拭い、足を踏み出す。
目指す場所はキッチンだ。何故そこに向かおうと思ったのは分からないが、自然とそこに足が向く。
ドアを開けると、サンジはガスにヤカンをかけているところだった。そして、イソイソとティポットとティカップを用意している。ナミ用の、男共が使っているのとは値段が違うであろうことがあからさまに分かるカップを。
「おう。喉でも渇いたのか?」
作業の合間にチラリと視線を流してきたサンジが問いかけてくるのに、ゾロは小さく頷いた。その答えにニヤリと口角を引き上げたサンジが軽く手を挙げる。
「ちょっと待ってろ。今用意してやっから。」
言いながら冷蔵庫に向かうサンジの背中を眺めつつ、ゾロは適当な椅子に腰をかけ、サンジから手渡されるであろうモノを待った。
「取りあえずコレ飲んどけよ。」
直ぐさま差し出された麦茶を一気に煽る。
その間にサンジは冷蔵庫の中をさぐり、果物を幾つか取り出した。それの皮を流れるような動きで剥いていき、いつの間にか用意してあったジューサーの中に放り込む。
どうやら手間をかけてジュースを作ってくれる気らしい。何があったか知らないが、今日は機嫌が良いのだろう。サービスが良すぎる。
それともあれだろうか。ナミへのお茶を入れるためのお湯が沸くまでの暇つぶしなのだろうか。それは大いにあり得る。
そう考えたらムカツイてきた。
何かというと「ナミさんナミさん」なこの男の言動と行動に。
一体あの女の何が良いというのだろうか。
確かにスタイルは良い。顔もまぁ、そこそこ良い部類に入る気がする。女の顔なんかどうでも良いので良く分らないが。
とは言え、中身が最悪だ。本当にあれで17かと疑いたくなる程に最悪だ。まぁ、生きてきた道がハードだからあんな風になるのも頷けるが、それにしても最悪だ。本気で魔女だ。あんな女見たこと無い。なのになんであんな女に心酔しているのだろうか、この馬鹿は。この馬鹿の脂下がった顔や媚びの色を含んだ声を聞く度にむかついてくる。半端じゃない程。思わず剣の柄に手を伸ばしてしまう程に。
思考を暴走させながら己の手元を睨んでいたら、いきなりその額に冷たい何かが触れてきた。
「・・・・・・っ!」
「な〜〜に怖い顔してんだよ、てめぇわ。テーブルの上になんかいたのか?」
呆れたような顔をしてグラスを差し出してくるサンジの顔をジロリと睨み付けた。その視線に軽く肩をすくめたサンジは、先程までゾロが睨み付けていた場所に持っていたグラスをコトリと、軽い音をたてながら置く。
「人様の城で殺気を放ってんじゃねーよ。ナミさんのお茶が不味くなっちまうじゃねーか。」
彼の口から出た「ナミ」の一言で、ゾロの中で何かが切れた。
途端に、押し殺した呟きが口から零れる。
「・・・・・・・うるせぇよ。」
「あん?」
「口を開けば『ナミナミナミナミ』騒ぎやがって。うるせぇんだよ。」
「ああん?ナミさんの美しさを賛辞するのは男として当然の行いだろうが。なんも言わないてめぇの方がおかしいんだよっ!」
「何が美しいだっ!あの程度の女、世の中には掃いて捨てる位居るだろうがっ!」
「・・・・・・・んだと・・・・・・・・」
サンジの瞳に殺気が宿る。どうやら本気で怒ったらしい。自分の悪口を言われた程度ではそこまで本気で怒らないくせに、ナミへの悪口一つでこの男は簡単に切れる。それが、気にくわない。
「アイツの何が良いってんだ。あんな根性悪、見たことねーぞっ!」
「ああん?!何言ってやがるっ!そんな所も素敵なんだろうが、このクソ剣士っ!」
「てめぇアホか??マゾか?散々弄ばれといて、なんでそんな言葉が出てくんだよ!」
「弄ばれてなんかいねーよ、このクソミドリっ!どこに目ぇつけてんだっ!」
「弄ばれてるじゃねーかっ!鬱陶しいくらい甘ったるい言葉をかけてんのに完全に無視されてよ。だけど良い様に顎で使われてよっ!」
「鬱陶しいとはなんだ、鬱陶しいとはっ!俺のナミさんへの熱い思いをっ!」
「熱い思いが聞いて呆れるぜっ!その言葉にナミが答えた事があんのかよっ!お前に奉仕させるだけ奉仕させて、お前にはなんも返してねーんだぞっ!」
「別に良いんだよっ!俺は、それでっ!何かして貰いたくてやってんじゃねーんだからよっ!」
「お前は良くても俺はイヤなんだよっ!」
口から飛び出た一言に、言った本人であるゾロも、それを聞いたサンジの動きもピタリと止った。
「・・・・・・・・・・・・あ?」
ゾロは首を傾げた。
自分は今、なんと言っただろうかと。
そんなゾロの様子に、サンジが眉間に皺を寄せてくる。
「・・・・・・・・・何言ってんの、お前?」
「・・・・・・・・・・・イヤ・・・・・・・・・・・・」
自分でも良く分らない。どうしてそうなったのだろうか。
少々冷静さを取り戻して今の会話を反芻していたら、急に目の前の男が笑い出した。喉の奥で堪えるような笑いを。
「・・・・・・・・なんだよ。」
「イヤ、別に?」
その笑いに嫌なものを感じてジットリと睨み付ければ、サンジは面白がっているような瞳でゾロの顔を見返してきた。口元は引き上がり、笑みの形が刻まれている。
その口が、ゆっくりと開いた。
「お前、嫉妬してたわけ?」
「・・・・・・・・は?」
「いやいや。魔獣にそんな気持ちがあったとは。オレ様としたことが気づきませんでしたよ。」
「・・・・・・・・・おい。」
茶化すような口調に、自然とゾロの眉間に皺が寄った。そんなゾロに向かってニヤリと笑みを浮かべたサンジが、スルリと、ゾロの首にその細く長い腕を巻き付けてきた。
「お前って、格好いいよな。」
「・・・・・・・・・・・は?」
突然の言葉に、ゾロの目が点になる。そんなこと、今まで一度も言われたことがなかったから。この、目の前の男から。
驚き固まるゾロに、サンジはさらに言葉を続けてくる。
「真っ直ぐに前だけを見つめる野性味溢れる瞳も、意思の強そうなキリリと引き締った眉も。それに、この鍛え抜かれた身体が最高に格好いいぜ。」
「おい・・・・・・・・・・・」
「無駄なもんが一つもねぇ。全部お前が剣士として必要なモノだ。その腕の力強さが、たまんねーよ。」
「おい、クソコック・・・・・・・・・・・」
「何よりもお前の生き方が格好いいよな。真っ直ぐに、自分の夢を見つめてそれに突き進んでいる姿がよ。」
そこで一旦言葉を切ったサンジが、ニコリと、からかいの色や意地の悪さなど含まない、どちらかというと可愛らしいと言った方が良い笑みを浮かべて見せた。
その表情に、ドキリと胸が高鳴った。
サンジの顔から目を離せない。
頭の中では告げられた言葉がグルグルと回っている。
ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
そんなゾロの姿に笑みを深めたサンジは、赤く色づく唇をゆっくりと開き、初めて耳にする甘い声音で囁いてきた。
「そんなお前を、俺はス・・・・・・・・・・・」
「サンジく〜〜〜ん。お茶はまだかしらぁ?」
「は〜〜〜〜〜〜いっvvただいまっvv」
それまで身を寄せるようにしていたゾロの身体を突き倒し、サンジはカップとポットをお盆に乗せて飛ぶような足取りでキッチンから出て行ってしまった。
先程の甘い空気など、微塵も残さずに。
キッチンの床の上に仰向けに倒されたまましばらく固まっていたゾロは、甲板から聞えるサンジのふにゃけた声を聞きながらゆらりと、身体を起こした。そして、その場で頭を抱える。
「・・・・・・・・・・・なんなんだよ、アイツは・・・・・・・・・・・・」
人の心を弄びやがって。
毒づいたが、その声には少々力が入らなかった。先程の、サンジの言葉を姿が脳裏を過ぎったために。
あの時ナミの言葉が遮らなかったら、サンジは言ってくれたのだろうか。
ナミには大安売りしている、あの言葉を。
自分には決して向けてこない、あの言葉を。
「・・・・・・ちくしょう。なんなんだよ。」
そんな言葉を求めている自分も。
自分を煽るような行動をしてきたあいつも。
「わけわかんねぇ・・・・・・・・・・・」
ボソリと呟いたゾロは、先程出されたジュースの存在を思い出し、テーブルの上からグラスを取り上げた。そして、一口含む。
「・・・・・・うめぇ・・・・・・・・・・」
口中に広がる甘味と酸味に、自然と言葉がこぼれ落ちた。サンジの前では滅多に出ない言葉が。
その味がサンジに似ているなと思いながら、ゾロは一気に飲み干した。
彼を自分の体内に取り込むかのように。
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甘酸っぱい