【初めてのプレゼント】
公園のベンチに腰掛けていたセイは、地面に届かない足をプラプラと揺らしながらボソリと、言葉を漏らした。
「どうしようか」
その問いかけに、隣に腰掛けていたリョクはこちらに視線を向け、眉間に軽い皺を刻み込んだ。自分にもどうしたらいいか分からないと、言うように。
深く息を吐き出す。そして、揺らしていた足を引き上げ、体に密着するよう、抱え込んだ。
今日は、自分達二人を産んでくれた母親の、誕生日なのだ。
いつも自分達の誕生日には盛大なお祝いをしてくれる母だが、未だかつて自分の誕生日を祝おうとした事がない。
毎年この日が近づくと、今年こそは祝ってやりたいと思うのだが、お祝いのための豪華な食事を作るのは母だし、プレゼントをあげようにも、稼ぎ手は母しかいないのだから、母が自分で自分のプレゼントを買う事になるのだ。それは、誕生日のお祝いとして相応しくない。だから、今まで一度もお祝いをしようと、言えずにいた。
そもそも、倹約家の母が、自分のために必要以上の出費をしようとするわけがない。倹約家なだけではない。自分の事はないがしろにする人なのだ。どんなに自分達が懇願しようとも、誕生祝いをしようと言う提案に、首を縦に振るわけがない。
自分達だけでどうにか出来ないなら、家主である人間に手を貸してくれと頼もうかと思った事もある。多分、頼めば手を貸して貰えただろう。料理の用意も、プレゼントの用意も手伝ってくれたはずだ。
だが、それだと家主に迷惑をかけたと母が気にするだろうから、頼めなかった。気を使わせるだけではなく、余計な出費もさせかねない。なにしろ母は、無駄な借りを作る事をとても嫌がっていたので。
だが、今年は去年までとは違う。今まで住んでいた家を出て、それまで暮らしていた島も出て、家族だけで暮らし始めた。辿り着いた島で始めた店も、軌道に乗り始めている。
その店に来る客が、たまにチップをくれるようになった。自分達がまだ幼い子供だからか、チップはお菓子である事が多いのだが、たまに小銭をくれる客もいる。
その小銭を貰ったとき、閃いた。この金を貯めていき、次の誕生日には何かプレゼントを贈ろうと。
こっそりと貯め続けた小銭は結構な大金になっていると思っていたのだが、いざ財布を片手に店を見て回れば、自分達の手持ちの金ではたいしたモノが買えない事が分かった。そもそも、母親が何を欲しているのかも分かっていなかった事にも、気付いた。三件くらい店を回ってから、ようやく。
金も足りない上に、何を買って良いのかも分からない。
そんなわけで、今現在途方にくれているのだ。
深く、息を吐き出す。
忙しいディナータイム前の大切な仕込みの時間に、無理を言って休み時間を貰ってきたのだ。手ぶらで帰るなんて真似は、出来やしない。というか、したくない。
したくないのだが、自分達の所持金ではろくなものが買えない。たぶん、良い物を求め過ぎているのだろうとは思うが、最初のプレゼントだ。今まで何も出来なかった分、気合いを入れてプレゼントしたいのだ。変な妥協はしたくない。したくないが、だったらどうすればいいのかも分からない。
「どうしよう……」
ポツリと、呟きを落とす。
何を買って良いのか分からないからと言って、本人に何が欲しいかなんて聞けない。教えて貰っても自分達では手も足もでないようなものだと困るし。
多分、というか、絶対に、何をあげても喜んでくれるだろう。ガラは悪いし乱暴だが、根は優しい人だから。砂浜で拾った綺麗な貝殻をあげても、喜んでくれるだろう。だけど、そんな喜びでは駄目なのだ。自分達が満足出来ないのだ。心の底から、喜ばせたいのだ。
答えが出ない考えで、頭の中がグルグルと回っている。その回転に目眩を起こしそうになったとき、傍らに座しているリョクが言葉を発してきた。
「とうさんのてはいしょのあたらしいやつ、さがす?」
「とうさんのてはいしょか……」
告げられた言葉に、考え込む。確かに、ソレをあげたら喜ぶかも知れない。今持って手配書は頻繁に眺め見ているため、結構ボロボロになってしまっているから。だから、新しい手配書を手にするのも、良いかも知れない。もしかしたら、新しい写真に変わっているかも知れないし。
幸い、父親は高額な賞金首だ。海軍が常駐していないこの島でも、自警団の事務所に行けば手配書の一枚や二枚置いてあるだろう。
しかし、そんな元手がかかっていないプレゼントはどうかとも思う。というか、あまりプレゼントっぽくない。もっと見栄えの良い、いかにもプレゼント!と言う物を上げたいのだが。
「もっときれいなモノがいいなぁ……」
「じゃあ、あれは?」
「あれ?」
不満を露わにした呟きに直ぐさま次の提案をしてきたリョクの指し示した先を見てみたセイは、そこでハッと息を飲み、目を見張った。
男の人が、とても大きな花束をもっている事に気が付いて。
その花束が、凄く綺麗だったから。
「――――はな?」
「きれい」
キッパリと単語一つで告げられ、軽く頷き返す。確かに、あれは綺麗だと思って。だが、あんな立派なものが自分達の財布の中身で買えるわけがない。花は結構高いのだ。それくらいの知識はある。
そんなセイの胸の内を読み取ったのだろう。リョクがポンと、肩を叩いてきた。
「かえるものをかってわたせばいいとおもう。おおきくなくても、かあさんはよろこんでくれる」
「――――そうだね」
確かに、自分達の母親は喜んでくれるだろう。大きな花束じゃなくて、小さな花一本だけでも。花屋で買った物ではなく、そこらの野原から摘んできた花で作った花束でも、喜んでくれるだろう。かけられた金額よりも、気持ちの方を大事にする人だという事は良く分かっているから、その考えに間違いはない。
母に花を愛でる趣味があるかどうかは少々疑わしいものがあるにはあるが、最初のプレゼントが花というのも、良いかも知れない。
深く、頷く。そして傍らに座す兄へと、笑いかけた。
「いこう!」
どこにとも言っていない短い言葉で、リョクにはセイが言いたい事がわかったらしい。直ぐさま頷き返してくれた。そして軽やかな動きでベンチから下り、右手を差し出してくる。
そんなリョクに笑いかけてベンチから飛びおりたセイは、差し出された右手を握り返した。そして、駆け出す。
目的地にむけて。
母親が喜ぶ顔を、脳裏に思い浮かべながら。
「何処ほっつき歩いてたんだ、この放蕩息子どもが!」
ドアを開けるなり、そんな罵声が飛んできた。大分遅れたからディナータイム前に帰ってこられないかと思っていたのだが、店内にはまだ客の姿はない。ギリギリ間に合ったのだろう。
とは言え、約束していた時間から大幅に遅れてはいる。セイとリョクは慌てて厨房へと駆け込み、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「ゴメンで済んだら海軍はいらねぇんだよ!」
怒鳴り声と共に、脳天に拳骨が落ちてきた。
一瞬、目の前に星が飛ぶ。
あまりの痛さに床に倒れそうになったがなんとか堪え、チラリと視線を上げた。母親の顔色を、窺うために。そして軽く、眉間に皺を寄せる。
出かける前よりも、顔色が悪い事に気が付いて。
元々色は白いが、今は白を通り越して青ざめている。
また食事を忘れたのだろうか。多分、そうだろう。一度に大量に食べられないからこまめに食べないといけないという事を、いつになったら分かってくれるのだろうか、この人は。食べるものを食べないから、いつまで経っても体力が回復しないのだと、分かっているだろうに。口うるさく言わないと、すぐにこれだ。
自分が説教されている身だという事も忘れて説教しそうになったが、グッと堪える。変わりに、背中に隠していたモノをサッと、母親の前に差し出した。
「――――なんだ?」
唐突に差し出された物を見て、母はキョトンと、目を丸めた。
そんな母に、笑顔で告げる。
「プレゼント。きょう、たんじょうびでしょ?」
「え…………?」
予想外の事を言われたと言わんばかりに、母の目が大きく見開かれた。そして数度、瞬かれる。
「――――なに、お前等。覚えてたのか?」
「わすれるわけないでしょ。おれたち、きおくりょくはいいんだぜ!」
呆然とした口調で問われた言葉に大きく頷き、知ってるだろうと瞳で問えば、母は軽く頷き返してきた。そして、差し出した物を、受け取る。
「――――サンキュー」
小さく、呟くようにそう告げてきた母は、受け取った物をジッと、見つめた。
小さな小さな、花束を。
駆け込んだ花屋で買えたのは、3本の真っ赤なカーネーションと、そのカーネーションを彩るような、かすみ草だけだった。かすみ草は、お店の人がサービスしてくれたような物なのだが。
花束と言うにはショボイ見栄えではある。その小さい花束を、母はジッと、見つめていた。そして不意に、顔を綻ばせる。
「綺麗だな。ありがとう。大事にするぜ」
その言葉に、セイとリョクはパッと、顔を輝かせた。
喜んでくれるだろうと思ってはいたが、実際に喜んでいる姿を見たら、もの凄く、嬉しくなってて。
「うん! だいじにしてね!」
「当たり前だ。可愛い息子達が初めてくれたプレゼントだからな。大事にしねぇ親が居るかよ」
腕に飛びつきながら言葉をかければ、母はニッと、意地悪そうな顔で笑い返してきた。
一見もの凄く馬鹿にされているような気がする笑みではあるが、母がもの凄く喜んでいる事は、その笑い顔を見て分かった。それが、照れを隠したいときに見せる笑みだと分かったから。実際に相手を馬鹿にしている時の笑い方とは、ちょっと違うのだ。
ギュッと、腕に抱きつく力を強くする。
細い腕に、抱きつく力を。
この腕を支えられる位大きくなるには、あと何年かかるだろうか。寄りかかるのではなく、寄りかかって貰えるようになるには、あと何年。あと何回、母の誕生日を祝えば良いのだろうか。
ポンポンと、頭を軽く叩かれた。視線を上げれば、柔らかい微笑みを浮かべた母の顔が。
自然と、表情が綻んだ。
チラリと、傍らのリョクと視線を交わす。そして同じタイミングで母の顔を見上げ、満面の笑顔で告げる。
「おたんじょうび、おめでとう!」
《20080302UP》
ブラウザを閉じてお戻り下さい。