「・・・・・・・・あら。」
 ミカン畑にやってきたナミは、先客の姿を目に留めて軽く目を見張った。
 いつも忙しなく動き回っているサンジが、身体を丸めるようにしてスヤスヤと眠る姿を目にして。
「珍しいわね。サンジ君が居眠りなんて・・・・・・・・・」
 余程疲れているのだろうか。そう思い、ナミは小さく頷いた。本人ケロっとしているが、普通の人だったら立ち上がることが出来ないような怪我を頻繁に負っているのだから、それは当たり前の事だろう。にも関わらず、三食の食事とおやつの用意をし、素晴らしいタイミングの良さで皆にドリンクを振る舞ってもいるのだ。疲れない方がおかしい。
 それだけでは飽きたらず、男部屋の掃除や洗濯。ラウンジの掃除に倉庫の整理と休む暇がない。チョッパーじゃなくても心配になるというものだ。
 ナミは、気持ちよさそうに眠るサンジの姿をしばし眺めた。コレがゾロだったら、自分の場所を取るなと有無も言わさず蹴りつけて叩き起こす所だが、サンジならば仕方がない。心ゆくまで休ませてやろう。
 そう思い、ナミはその場を譲るために足を一歩引いた。
 が、すぐにその考えを改め、サンジの傍らに歩み寄る。そして、風になびく金糸へと、指先を伸ばした。
 サラリとした感触が指先を掠める。真っ直ぐな髪は、思っていたよりも荒れていない。ナミが指先で髪をすくい取るたびに日の光が反射してキラキラと輝いている。
 日の光に晒されても焼けない肌は、女のナミからしてみると憎たらしく思う程に白く、今現在隠されている瞳はどんな高級な宝石よりも鮮やかで綺麗な青色をしている。その上、容姿も並以上に良いのだ。アクの強さが邪魔をしてうっかり失念してしまう所だが。こんな風に瞳を閉じられていると、アクの強さよりも容姿の良さの方が際だって、なんだか違う人を見ているような気分になる。
「・・・・・・・本当、綺麗よね。」
 金糸を指先で弄びながら、ボソリと呟く。
 出す所に出したら、もの凄い良い値を付けられるだろうと思う。中身はともかくとして、外見は極上品だから。とは言え、いくら守銭奴のナミでも、サンジをそんな所に出そうとは思わないが。
 そんなこと、勿体なくて出来やしない。
 料理の腕も、彼自身も。この船にとって無くてはならないモノだから。
 だから・・・・・・・・・・・・
「あまり、無茶しないでよね。」
 普段長い前髪で隠されている左反面を掌で撫でながら、サンジの額に口付けた。
 日頃の感謝の気持ちを込めて。起きている時にやったら大変なことになるだろうから、こっそりと。ばれないように注意して。
 途端に、背後から凄まじい殺気を感じて身体を震わせた。
 眠るサンジの身体を守るようにしながら慌てて振り返ると、そこには仏頂面のゾロが立っていた。
「・・・・・・・なんだ。アンタだったの。ビックリさせないでよ、もう・・・・・・・・」
 どんな理由があってあんな物騒な気配をまき散らせたのかは分からないが、それを発したのがゾロであるなら自分達に危害を与えることはないだろうと、ナミは全身に張り巡らせた緊張をフッと解いた。
 そんなナミの様子に、ゾロは何かを言おうと口を開いた。だが、すぐに考え直したらしい。一旦口を噤んだ後、仕切り直すように語りかけてきた。
「・・・・・・・・てめぇはこんな所で何やってんだ?まさか・・・・・・・・・・」
「ちょっ・・・・・・違うわよっ!そういうんじゃ無いったらっ!」
 訝しむようなゾロの問いに、ナミは慌てて手を振った。多分、自分とサンジの関係を疑ったのだろう。クルーに黙って何かしらの情交がある仲なのではないかと。
 そう言う誤解をされるような行いをした自覚はあるので、ナミは少々焦った。そんな誤解をされたくなくて。
 長い航海になるのだ。同じ船にそう言う関係の者がいるのはあまり宜しくないと思う。そうじゃなくても若い男女ばかりの船なのだ。今までは何も無かったとは言え、ソウイウ気配を見せたら、男共が押さえ込んでいる欲を吐き出しにかかるかも知れない。そう易々と組み敷かれはしないが、自分の身を守るためにも、そこら辺はしっかりと線を引いておかなければ。
「そういうじゃなくて、ただたんにこの船で一番働き者のサンジ君にお礼をしていただけよっ!」
「ンなの、わざわざ寝込みを襲わなくても・・・・・・・・」
「起きている時にやったら、どんな騒ぎになるかわからないじゃない。」
 キッパリと言い切ってやれば、ゾロは一瞬間をおいた後、力強く頷き返してきた。
「確かにな。」
 その返答に、ナミはホッと息を吐く。そしてコクリと小さく頷いた。
「分かればいいのよ、分かれば。んじゃ、誤解が解けたことだし、私は部屋に戻るわ。」
「あ?なんかココに用があったんじゃねーのか?」
 フラリと手を振りながらゾロの横を通り過ぎたら、不思議そうに問いかけられた。その問いに、ナミはニッコリと笑い返してやる。
「今日はサンジ君にこの場所を譲ることにしたの。ゾロ、あんたも彼の邪魔をしないで、さっさとここから立ち去るのよ!」
 ビシリと指先を突きつけながら命令口調で告げれば、ゾロは嫌そうに顔を歪めて見せた。
 何か言い訳めいたことを口にしていた気もするが、無視して階段を下りていく。
 そして、甲板に降り立ち、一度空を仰いだ。
「・・・・・・・・・良い天気ね。」
 風も良い。しばらくはこの好天が続くだろう。嵐の兆しは、まだない。
「だから、しばらく休んでてね・・・・・・・・・・」
 伝えたい相手に伝わらないように、ボソリと小さく呟いた。
 青い、穏やかな空を見上げながら。











「・・・・・・・・狸寝入りしてんなよ。」
 ナミが居なくなったのを確認してから不機嫌も露わな声でそう告げると、それまで幼げな、無邪気ささえ感じさせる寝顔を晒していたサンジの肩が小さく震えだした。そして、フッと息を吐いた後に小さく言葉を零してくる。
「・・・・・・いやぁ、もう。俺はこのまま死んでも悔いはねぇな。」
「アホか。」
 これ以上ないくらい喜色に飛んだ声でそう告げられ、ゾロの眉間には深い皺が刻み込まれた。その皺を隠そうともせずサンジに近づいたゾロは、未だ寝転がったままのサンジの枕元に腰をかけ、彼の青色の瞳を上からジッと、見つめた。
「いつから起きてたんだ?」
「あ?なんでそんな事聞きやがる?」
「・・・・・・・・気付いてて、ナミにキスさせたのかよ。」
「あ〜?たまには良いだろ。それくらいよ。」
 その返答から、ナミがこの場に来た時から目を覚ましていた事が窺える。相手が起きていたという事実を知ったら、ナミがなんと言って怒るだろうか。怒っただけではなく、二度とそんな接触を持とうとは思わないだろう。
 それは、ゾロにとって大変素晴らしい事だった。だから、一瞬ナミにその事を教えてやろうかと考える。
 が、そんな事をしたらサンジとの今後の関係が不味くなりそうなので、ゾロは口を噤む事にした。
 その代わりに、サンジの顔を覗き込むようにしていた顔をゆっくりと下げ、ゾロの行動に軽く目を見張ったサンジの唇に、己の唇を触れあわせる。掠る程度の、子供だましの口づけを。
 そんな口づけをした事に恥ずかしさを感じ、ゾロは勢い良く顔を頭上に広がる晴天へと向ける。そして、誤魔化すようにサンジの細い金糸をかき混ぜた。
 触り慣れた、ソレを。遠慮も無く。
「ちょっ・・・・・・止めろよな。折角のセットが台無しになるだろうがっ!」
 そう口では文句を言いながらも、サンジは無理に止めようとはしてこなかった。止めるどころか、ゾロの手に身を任せているような雰囲気さえ有る。それは自分に都合の良い思い違いかも知れないが。それでも、その思い違いを否定されないのを良い事に、ゾロはサンジの金糸に指を絡め続けた。
 サンジの頭から、ナミの手が触れた感触が速く無くなるようにと、密やかに願いながら。



























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《20040829UP》








髪を梳く《サンジ》