プレゼント

 昨日の昼過ぎに辿り着いた島の気候は、夏よりの春の気候で大変過ごしやすい。甲板で横になり、柔らかな風を受けているとそれだけで良い気分になる。
 そんなわけで、ゾロは食事をする以外の時間は甲板で惰眠をむさぼっていた。サンジがこの機会に倉庫の整理をすると言って張りきり、朝から倉庫に籠もっているからでもあるが。
 だが、ゾロの眠りは二時を過ぎた辺りの時間に遮られることになった。真っ直ぐに自分に向かってくる人間の気配を感じ取ったために。
 それが誰の気配かは、探らなくても分かった。分かったのは、勘が鋭いからでも気配を読むのに長けているからでもない。自分の子供達の気配だからだ。
 サンジが産んだ、自分の子供達の。
 一人はサンジそっくりの女の子で、もう一人は自分そっくりの男の子だ。その存在を知った頃には既に、自分の事は自分で出来るくらいに大きくなっていた子供達は、サンジと共に船に乗り、旅をしていく中で、身体も態度も大きくなっていった。
 このまま眠り続けていようか。
 そんな考えが脳裏に過ぎる。遊んで欲しい年頃は過ぎたようだが、絡んでこないわけではない。子供の頃より頭も身体も発達した分、絡み方がえげつなくなってきたりもしている。のんびりしたいなら寝たふりをするに限るだろう。まぁ、異様に勘の良い子供達なので、どれだけ上手に寝たふりをしていても見抜かれ、たたき起こされることになるのだが。
 いや、寝たふりをしていることがばれているのではなく、寝ていてもお構いなしにたたき起こしているだけだろうか。
 そんな事を考えながらも瞼を閉じつづけていると、子供達がゾロの足下まで歩み寄り、足を止めた。そして、楽しげな声で言葉をかけてくる。
「たまには、父さんに母さんを独占させてあげるよ」
 唐突に告げられたその言葉に驚き、ゾロは思わず閉じていた目を見開いていた。そして、腹筋の力を使って上半身を勢いよく起こし、直ぐさまその場に立ち上がった。
 間近にある、先程の発言をした娘の顔をまじまじと見つめる。共に生活をするようになってから数年の月日が経過したが、その間、サンジを独占することを邪魔をされたことは多々あれど、積極的に二人きりにしてくれようとしたことは、一度としてなかったのだ。なのにどうして。いったいどういう心境の変化なのだろうか。
 目の前に立っている娘の満面の笑顔を見ている内に、自然と眉間に皺が寄った。何かを企んでいるとしか思えなくて。
「どういう風の吹き回しだ?」
「なに、その態度。もっと素直に喜べないわけ?」
 ゾロの問いかけに、サンジそっくりの顔をした娘が不機嫌も露わに顔を歪めた。
 そんな彼女に、ゾロは鼻で笑って返す。
「てめぇらの普段の行いを思い出して見ろ。なんか企んでると思うに決まってるだろうが」
 その言葉には一理あると思ったのか。娘は―――セイは、それもそうかと言いたげな表情を浮かべ、小さく頷いた。
 そして、言葉を返してくる。
「でも今日はなんもないよ。誕生日が近いから、プレゼント代わりに母さんを独占させてあげようと思ったんだから。丁度上陸中だしね」
 可愛らしい笑みを浮かべながら告げられた言葉には、確かになんの裏もなさそうだ。企むなんて事が出来るとは思えないほど、純真で無垢な笑顔に見える。
 だが、彼女はサンジの成分を100%に限りなく近い割合で受け継いだ上に、小さい頃からナミとロビンに仕込まれてきた女だ。まだまだ子供の粋を脱していないのに、かなりえげつない手を考えついたりもする。見た目で判断してはいけない。
 とはいえ、愛娘の言葉だ。怪しいと思っていても寛容に引き受けるのが父親と言うものだろう。いくらなんでも、父親の命を脅かすようなマネはしないだろうし。
 例え脅かされたとしても、子供の罠にはまった程度の事で命を落とすような鍛え方はしていないのだ。槍が降ろうがなんだろうが受けて立つべきだろう。
 そう考え、ゾロはニヤリと笑い返した。
「そいつはありがたいな」
「でしょ? んで、はい。これ」
 ゾロの返答に嬉しそうに笑い返してきたセイは、ウエストに巻いていた、買い出し時に財布やら何やらを入れているらしいポーチの中から一通の封筒を取り出し、差し出してきた。
 白い大きめの封筒だ。宛名などは書いていない、無地のものだ。
 いったいこれはなんなのだと首を傾げながら受け取り、中身を確認しようとしたところで、その封筒が無地ではないことに気づいた。封筒の端の部分に、何かの文字が浮き上がっているのだ。
 浮き上がった文字を見てみると、ホテルらしき名前が見て取れた。
 聞いたことがないホテルの名前だ。少なくても、最近立ち寄った島で宿泊したホテルの名前でないことだけは確かだ。それくらいの事は一応覚えているので間違いない。ならば、いったいどこでこの封筒を手に入れたのだろうか。
 その封筒の中には、何か紙切れのようなものが入っている。もしかしたら紙切れではなく、手紙かもしれないが。
 日頃感じている感謝の言葉をつづったものだろうか。いや、だとしたら、ホテルの封筒なんて色気のないものに入れてくる訳がない。この、母親同様気が回る娘が。
 そもそも、そんなものを自分に寄越してくるような子供達ではないだろう。母親であるサンジ相手にならまだしも。
「なんだ、これは」
「ホテルの宿泊券」
 中身の検討がさっぱりつかなくて問いかけると、セイは軽い口調で言葉を返してきた。
 その全く予想していなかった答えに、軽く目を見開く。
「宿泊券?」
「そう。どこのホテルかは、中に地図を入れておいたから母さんに見せて連れていってもらって。中にも書いてるけど、宿泊日数は一週間だから。ご飯も結構おいしいらしいよ。一週間も料理出来なかったら母さんのストレスが溜まるかもしれないけど、そこは父さんがうまくなだめてあげてね」
 流れるような口調でそう告げてきたセイは、言いたいことを言い切ったのか、ニッコリと満足そうな笑みを浮かべて口を閉ざした。
 そんな娘の顔をしばし見つめたあと、その隣に立っているのに自分の前に来てから一言も喋っていない息子へと視線を向けた。そして、手にしていた封筒の中身を確認する。
 そこには確かに、ホテルの場所を示す地図と、宿泊券と思われる紙が入っていた。宿泊日時は、今日から一週間となっている。
 再度子供達へと視線を向けた。
「―――どうやってこんなものを用意したんだ?」
 ホテルのグレードなんてものは名前を見ただけではわからないが、一週間分の宿泊費だ。安宿でも結構な値段になったに違いない。少なくても、10万ベリーはかかるだろう。そんな金をぽんと出せるほど、二人は小遣いを貰っていないはずだ。大人への小遣いだってろくに渡さないナミが、子供達に沢山の小遣いを渡しているわけがないのだから。
 いったいどこからそんな金を捻出したのだろうか。もしややばいことに手を出したのだろうかと心配になって問いかけた言葉に、セイはニッコリと、なんの曇りもない笑顔で返してきた。
「結構前から島に降りる度にアルバイトをしてたんだ。まぁ、たまに小物の賞金首を狩ったりもしたけど。だから、変なことをして稼いだお金じゃないよ」
「そうか」
 ならば良いと、小さく頷く。そして、手にしたままだった封筒を腹巻きの中にしまい、目の前に立つ子供達の頭を軽い手つきで叩いた。
「ありがたく使わせてもらうぜ」
「うん、使って。で、母さんにたっぷりサービスしてあげてね」
「おれの誕生日プレゼントなのに、おれがあいつにサービスするのか?」
「うん。だって、たまたまタイミングが良かったから父さんの誕生日プレゼントってことにしただけだから」
 なんの悪びれもなくそう返され、軽く頬をひきつらせた。
 どうやら名目は自分の誕生日プレゼントということになっているが、子供達的には母親へのプレゼントらしいと、察して。子供達が母親びいきであることはわかっていたが、ここまではっきり言われると軽く落ち込む。
 だがまぁ、良い。サービスしてやって機嫌が良くなれば自分に返ってくることだし。
「わかった。たっぷりサービスしてやるよ」
 気を取り直してそう言って笑い返したゾロに、子供たちは満面の笑みを返してきたのだった。





 そんなやりとりをした数時間後。
 ゾロは子供達が用意してくれた宿屋の一室にいた。
 子供達と別れた後、すぐさまサンジを倉庫から連れ出し、状況を説明するのもそこそこに船を降りてきたのだ。
 途中サンジと激しく喧嘩しながら状況を説明し、地図を見せてまた怒られたりなんだりと騒がしい道中になったが、それでも無事にたどり着いた宿屋は、客室一つ一つに内風呂と露天風呂がついているかなり値の張りそうな宿だった。しかも、一室一室の間隔が広い。他の客の気配を感じ取れないくらいに。従業員の話によると、客室は20室しかないらしい。
「―――あいつら、ナミに借金したんじゃねぇのか?」
 思わずそんな言葉がこぼれた。ホテルのグレードなんてものは見ただけではわからないゾロですら高いのではと思う店構えと室内環境なのだから、相当値が張るはずだ。
 考えれば考えるほど不安になってきたゾロだったが、サンジはあまり、というか全く不安に思っていないらしい。眉根を寄せているゾロに苦笑をこぼした。
「んな心配すんなって。あいつらが無理なことするわけねぇだろ」
「わかんねぇだろ、そんなこと。てめぇが絡むと見境なくなるんだからな、あいつらは」
「大丈夫だって。あいつら結構稼いでんだぜ?」
「稼ぐ?」
「おう。上陸する度に賞金首を狩ってるんだよ」
 告げられた言葉に、確かにセイもそんなことを言っていたなと思い出した。だが、彼女の口ぶりだと賞金稼ぎでの稼ぎがメインではなさそうだったのだが。
「修行ついでの金稼ぎだって言ってたが―――金稼ぎがメインだったみたいだな」
 小さな声でつぶやいたサンジの顔には、柔らかな笑みが刻まれている。子供達への愛情に満ちた笑みだ。
 自然と眉間に皺が寄り、口元がムッと引き結ばれる。自分には滅多なことではそんな笑みを見せないのに、子供達には惜しげもなく向けられる事に、少々おもしろくない気分になって。
 子供相手に嫉妬するなんて大人げないとは思うが、面白くないモノは仕方ない。子供達が母親を独占したがっているように、自分もサンジを独占したいのだから。
「とにかく、せっかくの好意だ。思う存分のんびりさせてもらおうぜ」
「―――そうだな」
 ニッとガキ臭い笑みを寄越してくるサンジの言葉に、ゾロは一拍置いてから頷き返した。心の中を知られないようするために。胸中で渦巻く嫉妬心を知られたら、馬鹿にされること間違い無しなので。
 嫉妬心がある程度収まると、今度は子供達の事が心配になってきた。
 出会った頃に比べたら体も大きくなったし心身共に強くもなったが、それでもまだまだ至らないところが多い。そんな子供達が、賞金稼ぎに精を出している事が。
 同じ年頃の子供に比べたら格段に強い二人だが、大人相手ではそうそう簡単に事を進めることが出来ないだろう。
 引き際を読めれば良いのだが、二人は自分とサンジの子供なのだ。無茶を押し通しかねない。下手をすると怪我どころか命を落としかねないとも思う。
 いや、ナミとロビンに鍛えられているのだ。そうそうおかしなことはしないだろうか。自分達に何かあったら、大事な母親が悲しむと言うことも分かっているだろうし。
 そんなことを考えて黙り込んだゾロに、サンジがおかしなモノを見るような眼差しを向けてきた。
 だが、そんな眼差しは直ぐさま満面の笑みに取って代わった。そして、軽く弾んだ声で問いかけられる。
「飯の時間までやることもねぇし、早速風呂に入るか?」
「そうだな」
 そんな誘いに断りの言葉を吐けるわけがない。ゾロは考え事をさっさと中断し、あっさりと頷き返した。その返答に満足そうに頷き返してきたサンジは、途中で買った替えの下着が入った袋を手にしてさっさと風呂場へと向かった。
 ちなみに、着替えは明日船に取りに戻る事になっている。道中で着替えもなにも用意しないで宿に泊まりに行こうとするなんてどういう神経をしてるんだクソ野郎と激しく罵られたのは、記憶に新しい出来事だ。腹巻きの中に下着を買うだけの金がなかったら離婚されていたかも知れない。いや、法的には結婚していないのだが。気分的に。
 二人で使うには広すぎる脱衣所で服を脱ぎ、浴室へと足を踏み入れれば、そこには木で出来た風呂があった。浴室内に充満している匂いから、それが桧の風呂であることが知れる。
 桧の匂いが充満した浴場でゆっくりと湯に浸かるのもいいだろうが、とりあえず露天風呂に行こうと言うことになり、十分すぎるほど広い洗い場で体を洗ったあと、二人揃って露天風呂へと足を向けた。
「おぉ、いい感じじゃねぇか!」
 露天風呂へと続く扉をあけ、外に一歩出た途端、サンジが喜色の滲む声をあげた。
 その言葉に無言で深く、頷き返す。
 十分すぎるほど広いスペースには、大柄な男が10人程入ってもまだまだ十分な余裕があるほど広い風呂と、柱と庇だけの簡易的な建物があった。その庇の下には体の大きな男が五人くらいは横になれるであろうほど広い台がある。たぶん、火照った体を冷ますための休憩所なのだろう。
 スペースの端の方にはベンチもある。人が一人寝転がるには十分な大きさがあるベンチが。ベンチの反対側には、デッキチェアのような木製の椅子も置かれていた。どれも、景観が損なわれないようなデザインになっているようだ。パッと見ただけではその存在に気付かなかった。
 そのベンチや風呂、休憩所に向かう道には平たい大きな石で通路が造られ、スペースの両サイドには綺麗に選定された植木が品良く立ち並んでいる。隣のスペースとのしきりは、その植木が隠していた。
 そんな周りの様子をザッと見回した後、ゆっくりと浴槽に身体を沈めた。
 背中を石で出来た壁に預け、両足は真っ直ぐ前に伸ばす。そしてばしゃばしゃと勢いよく顔に湯をかけ、ホッと息を吐き出した。でかい風呂は気持ちが良いなと、内心で呟きながら。
 露天だからか、湯の温度はゾロからすると少々温いと感じるくらいだったが、熱い風呂は苦手らしいサンジには丁度良いくらいだろう。
 ちらりと傍らに視線を向けてみれば、予想通りサンジは満足そうな笑みを口元に浮かべていた。
 自然とゾロの口元も緩む。惚れた相手が笑顔で居るのを見ると、それだけで幸せな気分になれるものなのだ。
 なにをするでもなく、ただただサンジの横顔を見つめていると、その視線に気づいたのだろう。サンジがこちらに視線を向けてきた。そして軽く首を傾げる。
「どうした?」
「いや―――」
 なんでもないと答えようとして、口をつぐむ。
 今ここには、自分とサンジしか居ないのだ。そして、自分とサンジ以外の人間がやってくる可能性はゼロに等しい。いつもなら我慢していることも、我慢しなくていいのだ。
 そう考え、ゾロはゆっくりと手を伸ばした。そして、傍らにいるサンジの頬へと手のひらを添える。
 サンジの瞳が数度瞬いた。ゾロの行動の意図を読めないのだろう。それでも逃げようとしないサンジにニヤリと口の端を引き上げて笑いかけ、ゆっくりとその顔に己の顔を寄せた。
 サンジの唇に、己の唇を重ねる。
ただ触れるだけの、軽い口づけをするために。
 一瞬だけ触れ合わせて唇を離し、サンジの瞳を見つめれば、彼は不思議そうに瞳を瞬かせていた。
 そんなサンジになんの言葉もかけず、湯に濡れた頬をするりと撫でれば、サンジはゆるりと口端を引き上げた。そして、大きな水音を立ててその場に立ち上がる。
 一瞬風呂から上がるのだろうかと思った。自分の触れ方が気に入らなくて腹を立てたのだろうかと。
 だが、そうではなかった。サンジは伸ばしていたゾロの足を跨ぐと、腿の上に腰を落としてきたのだ。
 至近距離でゾロと向き合う体勢になったサンジは、細く長い腕をゾロの首へと巻き付けてきた。そしてニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべてゾロの顔をのぞき込むようにしながらながら言葉をかけてくる。
「おまえが甘えてくるなんて珍しいな」
 その言葉に、ゆるりと口端を引き上げた。
「良くおれが甘えたがってるってわかったな」
「わかるに決まってんだろ。惚れた男の事なんだからな」
 意地悪く、からかうような口調で告げられた言葉だったが、その瞳には柔らかな光が宿っている。
 子供たちに向けるものと似た光だが、少し違う。だが、愛情に満ち溢れていると確信できる光だ。
 じんわりと、胸の内が温かくなった。自然と、頬が緩んでくる。
 ゆっくりと両腕を動かし、細い腰をやんわりと抱き込んだ。そして、サンジの瞳をのぞき込みながらニヤリと笑いかける。
「せっかくガキどもが気を使ってふたりっきりにしてくれたんだからな。普段やりたくても出来ないことを存分にしようと思ってよ」
 混じりっけなど欠片もない本心を告げれば、サンジはクスリと小さく笑みを零した。そして、右手でスルリと、頬を撫でてくる。
「普段からたいして我慢してねぇだろうが、お前は」
「まぁな。でも、まるっきり我慢してねぇわけじゃねぇぞ。お前を独占したいのをガキどもに譲ってやってんだからな」
「あいつら、俺にべったりだからなぁ〜〜」
「好かれてるのは良いことだとは思うけどな。たまにはおれに譲れってマジで思うぜ」
 むっと顔を歪めながら告げれば、サンジはクスクスと楽しそうに笑みをこぼした。そして、ゾロの頭を優しい手つきで撫でてくる。
「そんなてめぇの気持ちを読みとったから、こんなプレゼントを寄越してきたんだろうな」
「かもな」
 それはどうだろうかと思いながらも、一応頷き返しておく。ここで下手に言い返したら、サンジの機嫌を損ねることになりかねないと思ったので。
 そんなゾロの内心になど気付かなかったのだろう。サンジは嬉しそうに言葉を続けた。
「あんなに小さかったガキどもが、親に宿のプレゼントをするくらいに大きくなったんだな―――」
 嬉しそうな響きの声だったが、その顔には喜びだけではなく、寂しげな色も浮かび上がっている。
 そんなサンジの細い腰に回していた両腕にほんの少し力を込める。そして、サンジの鼻先に己の鼻先を触れ合わせながら口元に笑みを刻みこむ。
「なんだ、寂しいのか?」
 その言葉に、サンジは一瞬片眉を跳ね上げた。そんな事はないと言いたげに。
 だが、すぐに視線を上向けて考える素振りを見せ、コクリと頷き返してくる。
「かもな。生まれる前からもの凄く手をかけさせられてたから。手をかける必要が無くなると思うと、なんかこう、胸のどっかにぽっかり穴が空いた感じがしないでもねぇんだよなぁ……」
「だったら、またガキを作るか?」
 冗談半分、本気半分で告げた言葉に、サンジは再度片眉を跳ね上げた。だが、今度は考えるそぶりを見せない。ゾロの真意を探るようにじっと、瞳を見つめ返してくる。
 そんなサンジの瞳を見つめ返しつつ、言葉を続けた。
「おれはあいつらがでかくなってからしか世話をしてねぇからな。自分のガキが生まれたばっかの状態を世話してぇとか、思ったりもするんだよ」
 告げた言葉に、サンジは大きく目を見張った。そして、マジマジと顔をのぞき込んでくる。
「―――マジで?」
「おう。まぁ、お前が生んだガキじゃねぇなら世話する気になんかならねぇけどな」
 子供が欲しい宣言をしたからと言って浮気の心配をされることはないはずだとは思いつつ、一応一言付け加えておく。つきあい始めた………というか、身体の関係を持ち始めた当初は、島に上陸して女を相手にしていた事も多々あったので。
 それだけではない。サンジが船を降りていた間、肉体関係のある女を船に乗せていた事もあった。
 だが、サンジに惚れていると自覚してからは浮気など一度もしていないし女に目を向けたこともない。
 それはサンジも分かっているのだろう。付け加えられた言葉にクスリと、小さく笑みを零した。そしてグリグリと、ゾロの頭を撫で回してくる。
「なに、またおれに死ぬ目にあえってか。つーか、今度はマジで死ぬぞ?」
 笑みをこぼしながら楽しげな口調で返された言葉だが、その内容は決して明るいものでも楽しいものでもない。その上、冗談で言っているのではなく、本気で言っている言葉だと言うことは分かっている。
 本当に、以前子供を産んだのと同じ方法で子供を産もうとすれば、サンジが命を落とす可能性が極めて高いのだ。常人以上に生命力が強いサンジでも。
 だから、同じ方法を使わせようという気は更々ない。やると言っても絶対に止める。子供よりも何よりも、サンジの事が大事なので。
「同じ方法で産めとは言ってないだろ。他の方法を探すんだよ。一個はあったんだから、探せばもう一つくらい男でもガキが埋める方法があるだろ」
「どうだかねぇ〜〜まぁ、そんな方法があって死ぬんじゃなければ産んでやっても良いけどな」
 ニッと口端を引き上げて答える様は、冗談を言っているとしか思えない。男が簡単に子供を産むことを了承するわけがないのだから、普通は冗談を言っていると取るだろう。
 だが、サンジならば方法を見つけたら言葉通りに行動してくれると確信している。行動力がむやみやたらにある男なので。その気性が子供たちにも受け継がれていて、父親としては心配の種が尽きないところではあるが。
 とりあえず、胸の内に今さっき出来たばかりの野望を刻み込んでおく。
 男でも子供を産める方法を探り出すという野望を。
 そしてニヤリと、笑いかけた。
「んじゃ、とりあえず子づくりに励んでおくか」
 そう言ってサンジの細い腰に回していた腕に力を込めてほんの少しだけその身体を引き寄せれば、サンジはニヤリと笑い返してきた。
「まだ方法見つかってないんだから、子づくりなんてする意味ねぇんじゃねぇの?」
「がんばりゃ出来るかもしれねぇだろ」
 さらりと言って返し、サンジの細い首筋に舌を這わせれば、サンジはくすぐったそうに軽く肩をすくめた。
 だが、嫌がるそぶりは見せない。嫌がるどころか、綺麗な笑みを浮かべて返してきた。そしてゆっくりと、優しい手つきで頬を撫でてくる。
「だったら、がんばってみるんだな。ガキが出来なかったらてめぇの頑張りが足りなかったんだってバカにしてやるからよ」
 クツクツと喉の奥を震わせて笑いながら告げられた言葉に抗議するため、首筋に噛みついてやった。じわりと血が滲むくらい、強く。
 その滲んだ血を直ぐさま舐めとり、サンジの唇に口づけをする。
 少し前にしたような、触れるだけのものではない。サンジにしかしない、本気の口づけを。
 












〈20101007UP〉