雲一つ無い青空の下、ボルスは緑が生い茂る草原の中に寝転び、ボンヤリと上空を見上げていた。
 青色しか見えない視界には、時折小さな鳥が飛び込んでくる位の変化しか見せない。
 ビュッデヒュッケから大分離れているので城の喧噪も聞えてこない。モンスターの気配もない。ソレはありがたい事だが、この静けさを誰かに打ち破って欲しかったので、なんとなく不愉快な気分になり、ボルスはムッと顔を歪めて見せた。
 だが、むせ返る程の緑の匂いにすぐ心が落ち着いた。そして、ホッと息を吐く。
「馬鹿だよな、俺は・・・・・・・・」
 数時間前の出来事を思い出して呟きを漏らす。
 本当に馬鹿だと、思って。
 パーシヴァルが忙しいのは分かっている事だ。体力馬鹿の自分と違って、彼は様々な種類の仕事を任されている。だから休日に急な仕事が入るのも仕方のない事なのだ。この城にいるとうっかり失念するが、今は戦時中なのだから。休日だなんだと言っている場合ではない。
 ボルスは再度息を吐いた。深々と。
 仕事のせいで折角取り付けたデートがドタキャンされたからと言って切れた自分が恥ずかしい。頭に血が上ると見境が無くなる自分をどうにかしたいものだが、どうにも出来ない。持って生まれたものはそう簡単に変えられやしない。
 だが、もっと大人にならねばと本気で思う。じゃないと、バーツの言葉ではないが、本気で愛想を尽かされるかも知れない。自分がパーシヴァルだったら、自分みたいな馬鹿な人間とつき合いたくないと思うだろうから。多分、すぐに縁を切りたくなるだろう。
 しかし・・・・・・・
「絶対に、そんな事させないからな・・・・・・・・・」
「何をさせないんだ?」
「うわっ!」
 強い決意を込めた言葉に問いかけられ、ボルスは慌てて飛び起きた。
 そして、傍らに置いて置いた剣を手にして身構え、突如現われた人物を睨み付ける。途端に、ポカンと口を開いた。
「・・・・・・・・・・・パーシヴァル・・・・・・・・・・・・」
 呆然とした声で名を呼べば、偉そうに見える態度で腕を組んでいたパーシヴァルが軽く首を傾げて見せた。そして、顔を僅かに綻ばせる。
「何をボンヤリしているんだ、こんな所で。城の近くとはいえ、危ないだろ?」
「ぁ・・・・・・・・・・・あぁ、うん・・・・・・・・・」
 いつもと変わらぬパーシヴァルの様子に、ボルスは少々驚いた。絶対に罵倒されると思っていたのだ。あれだけ派手に騒いで城を飛び出してきたのだから。
 その思いが顔に出ていたのだろう。パーシヴァルがクスリと小さく笑いを零した。そして、少し呆れを含んだ声で言葉を発してくる。
「お前が馬鹿なのは今に始まった事では無いからな。一々騒いで居られないよ。」
「・・・・・・・・・・・うっ・・・・・・・・・・・」
 痛いところをつかれ、ボルスはグッと息を飲んだ。そんなボルスに再度笑いかけてきたパーシヴァルは、立ちひざ状態のボルスの近くまで歩み寄り、その隣に腰を下ろしてきた。
「・・・・・・・・・パーシヴァル?」
 突然の行動の意味が分からず首を傾げて問いかけると、彼は柔らかな光が浮かぶ瞳で見つめ返してきた。
 そして、手にしていたバスケットをボルスの手の中に押しつけてくる。
「・・・・・・・・え?」
「一日中つき合うのは無理だが、昼食くらいはつき合ってやるよ。」
 それで良いだろうと、穏やかな眼差しで問いかけてくるのに、ボルスはパッと顔を輝かせた。
「ああ、充分だっ!」
 力一杯頷きを返したボルスは、一拍おいて、呟くように一言漏らした。
「・・・・・・・・有難う。」
 心からの感謝の言葉に、パーシヴァルは微笑む事で答えを返してきた。
 ここに来るだけでも時間を大幅にロスしているだろう。その上昼食につき合えば、仕事の進行は大きく変わる。それにも関わらず自分の事を追いかけてきてくれた彼に、感謝の言葉をどれだけ述べても述べたり無い。自分のせいでこの後の仕事が大変なのだという事を、一切口にしない彼に。
 ボルスは無言で渡されたバスケットを開いた。そこにはぎっちりとサンドウィッチがつめ込まれている。それをひとつ手に取り、口の中に放り込んだ。
「・・・・・・・・うん。美味い。でも、お前が作った奴の方が美味いな。」
 一口食べただけでそう言えば、パーシヴァルが驚いたように目を見張った。
「・・・・・・・・分かるのか?」
「当たり前だ。好きな奴の作る物の味を忘れるわけがないだろ。」
 キッパリと言い切ってやれば、パーシヴァルは一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐに苦笑を漏らしてきた。
 そして、どこかからかいの色が混じる声音で言葉を返してくる。
「・・・・・・今回はさすがに自分で作っている暇が無かったんでな。悪い。」
「イヤ、別に俺は、お前に作れと要求した訳じゃ・・・・・・・・・・」
 素直に感想を述べただけなのにそう言われ、ボルスは本気で慌てた。確かに、聞きようによってはそう要求しているように聞えなくもなくて。
 そんなボルスの様子を見つめながら、意地の悪い笑みを見せていたパーシヴァルは、何かに気づいたように軽く目を見開き、クスリと小さく笑いを零した。そして、笑みを浮かべたままゆっくりとボルスの頭に手を伸ばしてくる。
 何をする気だろうかとその動きを目で追っていたボルスの頭にパーシヴァルの手が乗り、クセッ毛でゆるやかなカーブを描く髪の毛をゆっくりと透く。
 その感触に、ボルスは身体を強ばらせた。今まで、パーシヴァルにこんな風に頭を撫でられた事が無かったから。
 顔も身体も強ばらせたボルスの様子にパーシヴァルは不思議そうに首を傾げたが、気にしない事にしたらしい。髪を梳いていた手をスイっと動かし、ボルスの眼前に何かを突きつけてきた。
「花、咲いてたぞ。頭に。」
 笑みの混じる声でそう言われ、ボルスは差し出された小さな花を受け取った。
 草原に所狭しと咲いている花を。
「お前の髪は柔らかいしウェーブがかかってるから、くっつきやすいんだな。気を付けろよ。そのまま城に帰ったら笑われるぞ?」
「・・・・・・・・・・あぁ、分かった。」
 苦笑を浮かべながら、髪を透くように絡まった草の葉や花を取り去るパーシヴァルの手つきに、ほんの少しくすぐったさを感じる。
「さて、あんまりのんびりしている暇はないからな。さっさと食べるぞ。」
「あぁ。」
 ボルスの髪に絡まった草花を粗方取り終えたのか、パーシヴァルが声をかけてきた。その言葉に軽く頷いたボルスは、手にしていたバスケットを二人の間に置く。そして、もう一切れを手にして口の中に放り込む。
 パーシヴァルも同じようにサンドウィッチを食べ始めた。その合間に言葉をかけてくる。
「暇なら子供達の練習につき合って上げてくれ。基本を見直すのは、お前にとっても良い事だろうしな。」
「ああ、分かった。」
「それから、いい加減溜め込んでいる洗濯物の始末も付けろよ。これ以上放置したら臭ってくる。」
「・・・・・・・・分かったよ。」
「今日は多分遅くまで仕事が終わらないだろうから、俺の事は気にせず先に寝てろ。待って無くて良いからな。」
「眠くなったらな。」
 いつもと変わらない静かな口調で説教じみた事を言ってくるパーシヴァルの言葉に、ボルスは一つ一つ頷いていく。もう少し心躍るような甘い会話がしたいところだが、ソウイウ話運びにする方法が分からないので頷く事しか出来ないのだ。
 そんな中、ふとパーシヴァルが天を仰いだ。頬を撫でる優しい風に、ほんの少し瞳を細めた彼はとてもリラックスしているように見えた。その穏やかな顔に、ボルスの胸が大きく波打つ。
 激しくなる動悸を押さえつけているボルスの目の前で、幸せそうな笑顔を浮かべたパーシヴァルがボソリと、呟いた。
「良い天気だな。」
「・・・・・・・・あぁ。」
 コクリと、首肯する。
 先程と同じように頷いただけなのに、ホンノ少し胸の奥が温かくなった。
 早鐘を打つ心臓の音がパーシヴァルに聞えないか心配しながら、ボルスも天を仰いだ。
 こんな穏やかな午後も悪くないと、思いながら。



























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《20040603Up》


髪を梳く【パーシヴァル】