人が立ち動く気配を感じて深い眠りに落ちていた意識を浮上させたボルスは、閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。
 寝起きで霞む視界に人影が映り、何度か瞬きを繰り返しながらその動きを目で追う。
 同室の彼は、鎧を付けていない。確か、今日は午前休だと言っていたから、そのせいだろう。朝早くから図書館に行ってきたのか、手には見慣れない本を持っていた。
 その本を彼の私物と化している机の上に乗せ、戸棚の中からカップとポット、茶葉の入った缶を用意した彼は、ポットの中に茶葉を入れ、机の上にあったヤカンから湯を注ぎ入れた。そして、用意してあった砂時計をひっくり返して椅子に腰をかける。
 ぱらりと、ページをめくる音が静かな室内に響く。静かなのは室内だけではなく、城全体のようだ。
 どうやら相当早朝らしい。良く見れば、窓から差し込む光は薄ボンヤリとしていた。
 変な時間目が覚めてしまったものだ。もう一度寝直そうかと思いながらも、ボルスは半開きの瞳で、同室の友であり、信頼出来る同僚であり、ボルスが愛してやまない男でもあるパーシヴァルの姿を追い続けた。
 砂時計の砂が落ちきったのを目にしたパーシヴァルが、ポットに手を伸ばしてカップに茶を注ぎ入れる。その途端、仄かに甘い香りが室内に漂った。
 液体が満たされたカップを手に取り、ゆっくりと喉に流したパーシヴァルは、満足そうに表情を綻ばせる。そして、再度視線を紙面に落とした。
 そんなどうと言う事もないパーシヴァルの動きを目で追いながら、ボルスは己の心が満たされていくのを感じた。共にこの場に居る事が、無性に嬉しくて。
 肉体労働一辺倒な自分と違って、パーシヴァルは頭脳労働の方が多い。必然的に生活がすれ違い、同室で過ごしているというのに、顔を合わせる事が殆ど無いのだ。
 眠気の晴れた瞳で紙面を見つめるパーシヴァルの顔をジッと見つめた。今まで見られなかった分を取り返そうとするように。
 その強い視線に気付いたのか、パーシヴァルが何かに気付いたように顔を上げ、こちらに視線を向けた。そして、僅かに瞳を見開く。ボルスが起きていた事が意外だと言うように。
「どうしたんだ、ボルス。まだ早いぞ?」
「・・・・・・・目が覚めた。」
 見つかったのならば寝たふりをしていても意味がないだろうと、ボルスは上半身を持ち上がらせた。そして、少し冷たい床の上に素足を下ろしてパーシヴァルへと歩み寄る。
 そんなボルスの行動に、パーシヴァルは軽く首を傾げた。
「まだ二度寝する時間はあるぞ?」
「そうだな。でも、もう目が冴えたからこのまま起きる。」
「なら良いが・・・・・・・・」
 不思議そうに、困惑したように言葉を漏らしたパーシヴァルの傍らで歩みを止めたボルスは、自分の顔を見つめるために上向いたパーシヴァルの唇に軽く口づけを落とした。そして、言葉をかける。
「おはよう。」
 そんなボルスの行動に大きく目を見張ったパーシヴァルは、二三度瞬いた後、フッと表情を綻ばせた。そして、優しく柔らかい声音で言葉を返してくる。
「おはよう。」
 言葉と共にしなやかな腕が伸び、パーシヴァルの手がボルスの首裏を捕らえた。そして、緩い力でボルスの顔を引き寄せ、ボルスがしたように軽くふれ合うだけのキスを返してくる。
 そして、クスリと小さく笑いを零す。
「お前がおはようのキスをしてくる奴だとは、思ってなかったな。」
「それくらいするぞ。今までは機会が無かっただけだっ!」
 からかうような色をが見て取れるパーシヴァルの言葉に、ボルスはカッと頭に血を上らせた。そして、早朝だという事も忘れて怒鳴り返す。
 そんなボルスに、パーシヴァルは軽い笑いを返してきた。
「なんだ?今までやりたいと思っていたのか?」
「え?あ〜〜〜まぁ、な。」
 別に年がら年中やりたいと思っていたわけではないので言葉を濁すと、ボルスの胸の内を察したらしい。パーシヴァルはからかうように片眉を引き上げて見せた。
「そうか。なら、毎日早起きをする事だな。そうすれば、望みは叶えられるぞ?」
「うっ・・・・・・・・・・・・」
 それは魅惑的な言葉ではあったが、かなり無理っぽい。別に自分が寝汚い訳ではない。人並みに早起きの方ではある。だが、それに輪をかけてパーシヴァルが早起きなのだ。異様なほどに。
 しかし、毎朝パーシヴァルにキスが出来るのなら、早起きするべきだろうかと真剣に考える。夜も遅いパーシヴァルと顔を合わせる機会は少ないから、朝くらいは顔を合わせたい所だし。 しかし、パーシヴァルの起床時間に合わせるのは相当難しい気がした。
 真剣に考え込んでいたら、いつのまにやら立ち上がっていたパーシヴァルに頭を撫でられた。
「今茶を入れてやるよ。待ってろ。」
「あ、あぁ。ありがとう。」
 反射的に礼を言うボルスに、パーシヴァルが柔らかな笑みを浮かべてきた。
 その笑みにドキリと心臓が波立つ。朝の柔らかい空気のせいだろうか。いつも以上にパーシヴァルが優しい気がする。
「・・・・・・・ちょっと、早起きしてみるかな。ひと月に一度くらいは。」
 こんな空間を持てるのならば、その努力をする価値があるだろう。
 そう思い、来月の今日、もう一度早起きをしようと、堅く胸に誓うボルスだった。 























なんだかんだ良いながらラブラブ






                   ブラウザのバックでお戻り下さい。













おはようのキス