湖に釣り糸を垂らしながら、パーシヴァルはボンヤリと頬をくすぐる風を感じていた。
 こんなにのんびりと時を過ごしたのはどれくらい振りだろうか。全然記憶に無い位だから、随分と昔のことなのだろう。
 休暇中に気を抜いて過ごすことは多々あったが、それでも心のどこかで周りを警戒していた。ちょっとしたミスをすると、あっという間にそれまで築いてきたモノを奪われるような環境にいたから。
 だが、ここでは関係のないことだ。ここでどんなドジを踏もうと、それを上官に告げ口して自分を追い落とそうとする輩は居ないのだから。
 そんなわけで、騎士団に入団してから感じたことが無かった開放感に、状況も忘れてこんな時間がずっと続けば良いなと思ってしまう。そんなわけには行かないと、分かっているけれど。
「・・・・・・・・・・・らん・・・・・・・・・・」
 ボンヤリと風に揺れる湖面を見つめていたら、傍らから何かを呟く声が聞えた。しかし、その呟きはあまりにも小さかったことと、パーシヴァルがボンヤリしていたことでちゃんと聞えなかった。
 だから、軽く首を傾げて問い返す。
「何か言ったか?」
 その問いに、傍らで同じように釣り糸を垂らしていた男−−−−ボルスが、眉をつり上げながらこちらに顔を向け、大声で叫びだした。
「つまらんっ!つまらないぞっ、これはっ!いったい何の意味があるというのだっ!」
 そう叫びながら、辛抱出来んといった様子でその場に立ち上がるボルスのことを、パーシヴァルは少々呆気に取られながら眺め見る。
 確かに、こういう動きの無いモノはボルスには向かないだろう。しかし、誘ったのは彼なのだ。その言い草はどうだろうか。
「・・・・・・・魚釣りというのはこういうモノだぞ。どこを泳いでいるのか分からない生き物相手なんだから、そうそう簡単に釣り上げられるわけがないだろうが。大体、飽きるのが早すぎるぞ。まだ10分も経ってないじゃないか。」
 子供じゃないんだから、もう少し大人しくしていろと言いかけた言葉は、すんでの所で飲み込む。そんな事を言おうモノなら、今以上に五月蠅く叫び出すことは分かり切っているから。
 が、口を噤んでも結果は同じだったらしい。ボルスは叫び続けた。
「ジッとしているのは性に合わないんだっ!」
「・・・・・・騒ぐな、馬鹿者。折角集まってきた魚が逃げる・・・・・・・・」
 そんなボルスに眉間に皺を寄せながら言葉をかければ、彼はその白い肌に朱色を浮かばせた。そして、パーシヴァルに向かってビシリと指を突き付けてくる。
「お前は、魚と俺とどっちが大事だと言うんだっ!」
「魚。」
 速攻で答えてやれば、ボルスは面白いぐらいにテンションを下げた。
 つり上がっていた眉毛がハの字に下がり、目には涙さえ浮かんでいる。肩の線もガックリと落ち込んでいた。
「・・・・・・パ・・・・・・・・・パーシヴァル・・・・・・・・」
「・・・・・・・フフフフ・・・・・・・・・・」
 ボルスが情けない声を上げたところで、堪えきれないと言った感じの笑い声が割って入ってきた。その笑い声が上がった方向に視線を向けると、そこにはこの釣り堀の管理者であるヤム・クーが居た。
 二人の視線に気づいたヤム・クーは、なんとか笑いをかみ殺しながら微笑み返してくる。
「スイマセン。あまりにもお二人の仲が宜しかったモノですから。」
 その言葉には、あまり同意したくないパーシヴァルだった。
 確かに仲は悪くないと思う。思うが、そんな風に言われる程親密だと思われることに抵抗を感じてしまうのは、ボルスの間抜け具合が腹に据えかねているからだろうか。
 と言うよりも、この間抜けな男と同類だと思われたくないからだろう。
 そんな風に自分の気持ちを推し量りながら、パーシヴァルは軽く首を傾げて問いかけた。
「・・・・・・・そうですか?」
「ええ、とても。この城には沢山仲のいい人達が居ますが、その人達と比べても遜色がないくらい仲が良いですよ。」
「・・・・・・・・そうですか・・・・・・・・・・」
 その人達の「仲の良さ」というものがどう言った類のモノなのか大いに気になったが、あえて突っ込みを入れないでおく。あまり言われたくない言葉が返ってきそうな気がしたので。
 パーシヴァルが内心でそんな事を考えていたら、ヤム・クーが何かに気づいたように視線を横に流した。そして、クスリと小さく笑いを零す。
「噂をすれば、仲の良いコンビの筆頭が来たようですね。」
 その言葉と彼の視線に、パーシヴァルもそちらへと顔を向けてみた。
 するとそこには、印象的な青色を纏った見目の良い青年と、大柄な、人なつっこい笑みを浮かべた男が歩いてくる姿があった。
「よぉ。誰かと思ったら、パーシヴァルにボルスじゃないか。こんな所で何をやってるんだ?」
 滅多にない程整った容貌の男が、気軽な態度でそう声をかけてくる。その男に、問われたパーシヴァルとボルスよりも先にヤム・クーが言葉を返す。
「こんな所は無いでしょう、フリックさん?」
「ああ、悪い。あまりにも二人にマッチしない場所だったんで、ついな。」
 あまり悪く思っていなさそうな口調で返したフリックの言葉は、「こんな場所」発言を謝ってはいるが言葉を撤回はしていない。
 その事にボルスはともかくとしてヤム・クーも気づいているだろうが、そもそも突っ込みは入れつつもフリックの発言自体たいして気にしていないらしいヤム・クーは、早々に話を戻してきた。
「そう言うお二人は何故ここに?」
「ああ、時間が空いたは良いけどやることが無くてな。だからといって酒場で飲み明かす金はないし、そもそもそんなところでのんびりしてたら妙な仕事を押しつけられかねないからな。だから、船で逃亡でもしようと思って。」
「小さいので良いから貸してくんねーか?ついでに釣りの道具もよ。」
 ヤム・クーに答えたフリックの言葉に補足するように、彼の隣に立っているビクトールが続けてくる。その言葉に、ヤム・クーは困惑の色を滲ませた声で言葉を返す。
「船は余ってますから構いませんが・・・・・・・・操船は出来るんですか?」
「気合いでなんとかするさ。」
「いい加減ですねぇ・・・・・・・・・」
 妙に自信たっぷりのビクトールの言葉に苦笑を返したヤム・クーだったが、貸す気はあるらしい。ゆっくりと腰を上げると、二人を誘うように桟橋を歩き出した。そして、一艘の小型船を差し示す。
「今お貸し出来るのはこれだけですが、良いですか?」 
「ああ。十分だ。」
 示された船にチラリと視線を向けたビクトールは、満足そうに大きく頷いた。そして、パーシヴァル達へと視線を向けてくる。
「お前達も、暇ならつき合うか?」
「え?」
 そんな誘いを受けるとは思っていなかったので、少々驚いた。
 瞳を瞬いてニコニコと機嫌良さそうに笑むビクトールの顔を見つめ返していたら、フリックも軽く頷いて言葉を続けてくる。
「別に何をするでもなく、ボンヤリするだけなんだけどな。たまにはそんな時間の過ごし方も良いだろう?」
 言葉の後でニコリと微笑むフリックの顔に、思わず視線が釘付けになった。こんなに綺麗な笑みを浮かべる男を、今まで見たことが無くて。
 この男に微笑まれて否と言える人間が居るのだろうかと本気で思う程、その笑みは綺麗だった。その上、彼の言葉と微笑みには何やら抗いがたい力が働いているような気もする。例え仕事がたて込んでいようとも、断ることは出来ないだろうと思うほどの強制力を感じる。
 その力に推されるように、パーシヴァルは無意識の内にコクリと頷き返した。そして、言葉を添える。
「そうですね。おつき合いさせて頂きますよ。」
 その言葉に、ボルスが慌てたように叫びだした。
「パ・・・・・・・パーシヴァルっ!今日は俺とつき合ってくれる約束だろうっ!」
「釣りにつき合うと言ったんだ。お前につき合うとは言ってない。釣りには飽きたんだろう?お前は部屋に帰ってて良いぞ?」
「パーシヴァル・・・・・・・・・」
 冷ややかな瞳と言葉を向けてやれば、ボルスは面白いくらいに項垂れた。そんなボルスの様子にニッコリと、態とらしい程盛大に笑いかけてやってから、パーシヴァルはフリック達が乗り込もうとしている船の方へと足を動かした。
 そんなパーシヴァルに、ビクトールがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてくる。
「・・・・・・良いのか?」
「良いんです。子供じゃないんですから、一人で遊べるでしょう。」
「冷たいねぇ・・・・・・・・・・・」
 クククッと笑いながら、ビクトールはさっさと船に乗り込んだ。その後に続くようにフリックも乗り、パーシヴァルもその後に続く。
 と、ズカズカとボルスが近づいてきて船に乗り込もうとしているパーシヴァルの身体を押しのけ、有無も言わさず船へと乗り込んでくる。
「・・・・・・・おい、ボルス・・・・・・・・・・」
「俺も行く。」
 そんなボルスの行動に呆気に取られながら言葉をかけると、彼は妙に真剣な目つきでそんな宣言をしてきた。その言葉に、パーシヴァルは軽く目を瞠った。そして、直ぐさま顔を顰めて問いかける。
「行くって・・・・・・・・船に乗ったらそう簡単には降りられないんだぞ?」
「分かってる。」
 力強く頷くボルスの言葉はいまいち信用出来ない。そんな事を言いながら、さっきと同じようにすぐに飽きただのつまらないだのと騒ぎ出すだろう。それは経験上分かり切ったことだ。陸地でならばそうなったらいくらでも放置出来るが、船の上だとどうにもならない。ボルスの為に船を戻すことも出来ないだろう。
 さて、どうしようかと悩んでいたら、陽気な声がかけられた。
「良いじゃねーか。来たいって言うなら連れてってやれば。」
 ニヤニヤと笑みながらビクトールがそんなことを言ってくる。とは言え、ボルスの人となりを知っているので、パーシヴァルはそう簡単に頷くことが出来ない。
「しかし・・・・・・・・」
「大丈夫だって。グチャグチャうるさいことを言いだしたら黙らせれば良いだけのことだろ。幸いココには、そう言うことを得意としてる奴がいるからよ。問題ねーって。」
 惑うパーシヴァルに向かってそう言いながら意味ありげにフリックに微笑みかけるビクトールの言葉に、微笑まれた相手は心外だと言いたげに顔を歪めている。そして、大層嫌そうに低い声を漏らした。
「・・・・その言われ方は気に入らないな。」
「でも、事実だろう?」
「・・・・・・・・・・・まぁな。不得意ではない。」
 大層不本意そうに頷いたフリックは、事の成り行きを見守っているパーシヴァルへと視線を向けてきた。そして、苦笑を浮かべながら言葉を発してくる。
「ってわけだから、連れて行っても大丈夫だぞ。」
「・・・・・・・・・・・そうですか?」
 なんとなく、フリックが人を黙らせる方法が気に掛かったが、問いかけないでおく。その時に教えて貰えば良いのだから。
 多分、そこまで酷いことはしないだろう。と、思っておこう。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます。・・・・・・・と、言うわけだから、ボルス。あまり人様に迷惑かけるなよ?」
「当たり前だ。そんなもの、かけた覚えはないぞ。」
 キッパリと言い切るボルスの言葉に、深々と溜息を吐いてしまったパーシヴァルだった。
















 船で湖に出てから30分程経った。日差しは優しくて温かい。その上吹き付ける風も穏やかで、小さく揺れる船の動きに身を任せていたらトロトロと眠気に襲われた。
 背中を預けているのがビクトールだと言うことも、眠気を誘っている原因の一つだろう。広くて大きな背中は温かく、常に傍らにある気配だから警戒心が薄れる。こんなことでは駄目だなと常日頃思うのだが、気を引き締め直しても無意識の内に警戒心を緩めてしまうのでどうしようもない。
 そんなわけで、最近ではビクトールに対する警戒心のレベルを上げることに対して少々諦め気味だ。それで支障を来していないので良しとする。支障を来すことになったら自然と元に戻るだろうし。
 馴染みのない気配が二つばかり近くに居るが、それは気にする程のモノではない。眠りに落ちていても、何かあったらすぐに対処出来るレベルのものだから。
 沖合に出て何もしないのも勿体ないからと釣り竿を垂らしているが、別に釣りをしたいわけではない。釣れたら釣れたで儲け物だが。放置気味にして置いたせいで釣り竿がなくなりでもしたらヤム・クーに怒られるだろうが、謝って弁償すれば良いだけの話だから問題ない。だからこのまま釣り竿を放置して眠ってしまおう。
 そう考え、浅い眠りに落ちしかけたフリックの意識だったが、突如上がった、穏やかな空気を引き裂くような叫び声で現実へと引き戻される。
「なんでお前はそんな風にじっとしていられるんだっ!」
 青空を引き裂くようなその叫びに、目を閉じたままのフリックの眉間に深い皺が刻み込まれた。
 見るまでもなくその声の主が誰なのか分かったが、取りあえずうっすらと瞳を開け、声が上がった方へと視線を向ける。するとそこには予想通り、目映いばかりの金髪を持った青年が立っていた。
 その青年に怒鳴りつけられた男が・・・・・・・パーシヴァルが、呆れの色を前面に押し出した顔と声で言葉を返す。
「・・・・・・・逆に俺は、なんでお前はジッとしていられないのかってことが気になるぞ?」
 冷静というか、馬鹿にしているというか。そんな声音でボルスに言葉を返しているパーシヴァルに、フリックも賛同するように小さく首肯した。
 確かにその通りだ。釣りが面白くないにしろ、皆の様子を見て一緒に昼寝に興じる位のことが出来ないのだろうか、あの男は。
 そんなフリックとパーシヴァルの問いに答えるように、ボルスが尚も叫び続ける。
「ジッとなどしていられるかっ!こんなに天気が良いんだぞっ!遠乗りに出掛けた方が良いだろうがっ!」
「こんな良い天気の日にはのんびりと日向ぼっこをするのも、正しい休日の使い方だと思うが?」
「夜にも寝るのに、なんで昼も寝るんだっ!」
 時間が勿体ないと言いたげにそう叫ぶボルスの意見とパーシヴァルの意見が混じり合うことは無さそうだ。では、このままボルスは騒ぎ続けると言うことだろうか。それだけは勘弁して貰いたい。今日はゆっくり昼寝をしていたい気分なのだから。
 砦が落ちて同盟軍に加わることになって、戦いが続いて方々を駆けずり回って、当然のように事務仕事などもやらされて。そんな日々を過ごしていたフリックがゆっくりと身体を休めることが出来るようになったのは、つい最近の事だ。僅かな休息でも体力を回復出来る事は出来るが、休める時に休んでおかないと身体が保たない。だから、今日のような本当になにも無い休日は、フリックにとって大変貴重なモノなのだ。
 その貴重な空間に、突然訳の分からない場所に飛ばされてしまった彼等に気を使って同伴させてやっているというのに。
「・・・・・・・・恩を仇で返しやがって・・・・・・・・・・・」
 そんな事を呟きながらユラリと立ち上がったら、背後から苦笑を零された。こうなることに気付いていたのだろう。気付いていながら連れてくるのだから、この男も趣味が悪い。そして、その尻ぬぐいを人にさせようと言うその根性も気に入らない。
 気に入らないからビクトールの思い通りに動いてやりたくはないのだが、彼に彼等の問答を止める気はサラサラ無いようだから、自分でやらなければならないだろう。
「・・・・・・・・面倒臭いな・・・・・・・・・・」
 ボソリと呟きながらも音もなく二人に歩み寄る。そんな自分の接近に、パーシヴァルの方が先に気が付いた。
 何用だと小さく首を傾げた動きに、ボルスもようやくフリックの存在に気が付いたようだ。キョトンと目を丸めて首を倒してくる。
「何か・・・・・・・・・」
「五月蠅いから、黙ってろ。」
 ボルスが問いかけてくるのを最後まで聞かずに、彼の首筋に手刀を振り下ろす。途端にボルスの身体が傾げ、バタリと床に倒れ込んだ。
 その様を驚いたように見つめているパーシヴァルに微笑みかけたフリックは、仕事は終りだと言わんばかりに軽快な足取りで先程の位置に戻っていく。コレで静かに眠れると、思いながら。
「ご苦労さん。」
「黙れ。面倒事を背負い込んだ張本人が。」
 ニヤニヤと笑いかけてくるビクトールにそう言い返して、ドカリと床に腰を下ろした。そして、ビクトールの背に己の背をぶつけるようにして倒れ込む。
「・・・・・・・・しばらく寝る。」
「おう。」
 軽い相槌に、フリックは先程手放しかけた意識を、改めて手放したのだった。














 床に転がったボルスの身体を眺めながら、しばし考え込んだ。
 コレをどうするべきだろうかと。
 このまま放って置いても良いと言えば良いが、起きた時に五月蠅く騒ぎそうだ。とは言え、船室に運び込むのも面倒くさい。毛布をかけて置いてやれば多少は気持ちを落ち着けるだろうか。
「・・・・・・・・・取りあえず、隅の方に転がしておくか。日向に置いて置いたら日差しの熱さで直ぐに起きそうだからな。しばらくおとなしくしてて欲しいし・・・・・・・・・・全く。恥ずかしい男だ。」
 そんなことを呟いたら、プッと笑われてしまった。ビクトールに。
 思わず視線をそちらに向けると、彼は苦笑を浮かべ、軽く右手を挙げながら謝ってきた。
「スマンスマン。ちょっとウケた。」
 あまりすまながって居なさそうな口ぶりでそう謝意を述べたビクトールは、謝る為に上げていた右手を軽く振り、自分の目の前をその指先で指し示してくる。
「こっち来ないか?暇つぶしに話でもしようぜ。」
「あ、はい。」
 その誘いを断る理由は、パーシヴァルにはない。一人でボウッとしていても時間を潰せるが、人と話をすればより一層時間の経過が早くなることだし。その上、ビクトールは歴史に名を残している傭兵だ。彼と話す事で何かしら学べることがあるかも知れない。
 そう思って直ぐさま頷き、指し示された場所に足を向けようとしたのだが、そこで一瞬足を止めた。しばし考えた後、ボルスの身体を引きずる様にして適当な日陰に押し込んだパーシヴァルは、ビクトールの目の前にゆっくりと腰を下ろした。
 パーシヴァルが落ち着くのを待っていたのだろう。それを確認するような僅かな間を開けた後、ビクトールが問いかけてくる。
「お前は昼寝をしないのか?」
「まだそれ程眠くないので。ビクトール殿こそ、昼寝をなさらないのですか?」
「ああ。俺は相棒がマジ寝に入ったからな。俺まで寝たら何かあった時の対処に困るだろう?まぁ、何かあったら直ぐに飛び起きるだろうけどよ。」
 そう言いながら己の背中に身体を預けているフリックにチラリと視線を向けるビクトールに、パーシヴァルは軽く瞬いた。そして、小さく笑いを零す。
「・・・・・・愛のある言葉ですね・・・・・・・・・・」
「おう。愛に満ち溢れてるぜ〜〜」
 臆面も無くそう言ってのける言葉に苦笑が浮かんできた。あまりにもアッサリと言われてしまったから深い意味は無いのかと思ってしまうが、そうではないことは彼等の行動を見ていて分かる。
 信頼しあっている仲間なのだという事は、城に住む全ての人が知っているだろうが、それ以上の関係が有ることも察することが出来る。そんな素振りはないから多くの人は気付いていないだろうが、なんとなく滲み出しているモノがあるのだ。同じような関係を持っているからこそ気づくモノなのかも知れないが。
 多くの人が気付いていないけれども、隠しているわけではないらしい。ビクトールは何かというと本気でフリックに向かって愛の言葉を叫んでいるし、フリックが居ない所でも平気で惚気て見せている。それでも多くの人からただの相棒として見られているのは、互いに自分の足でしっかりと地を踏みしめているからだろうか。
 背中をあわせて戦ってはいるが、依存しあっている訳でも、どちらかがどちらかを守っているわけでもないからだろうか。
 対等な位置に立っているから、気付かれないのだろうか。
 そんな関係が、羨ましかった。
 自分とボルスが対等な位置に立てることは、多分無い。実質的にも、精神的にも。例え同じ地位に着いていても、周りの者達がそう見ないだろう。生まれ落ちた時点で、自分とボルスの間には大きな溝がある。
 そんな事を考えていたら、突然目の前にビクトールの顔が飛び込んできた。
 驚き目を瞠るパーシヴァルに、彼はニヤリと悪戯小僧の様な笑みを見せた。そして、言葉を発してくる。
「お前は?愛は無いのか?コイツに。」
 端の方に転がっているボルスを指さして問いかけてくるビクトールの言葉に、小さく笑む。それは、誰かに聞かれる度に適当に誤魔化している質問だ。答えられる明確な答えが自分の中に無いし、答えがあっても迂闊に口に出せない言葉なので。
 しかし、ここは自分達の世界ではない。繋がってはいるが、ここで自分が何を言っても自分達の本来生活する場所に影響を及ぼすことはない。
 だから、割と素直に言葉が口からついて出た。
「どうでしょうかね。愛はありますけど、どういう愛なのかは、自分にも良く分らなくて。」
「おやおや。それはまた、随分と奥手な発言だなぁ。」
「奥手なわけではないんですけどね・・・・・・・・・・」
 本当に奥手だったらやることをやってもいないだろう。そんな言葉を胸の内で呟きながらどう返せば良いのか悩んでいると、先にビクトールが言葉を発してきた。
「別にさ、悩むことではないと思うぜ?どんなモノでも思いが有ればそれだけで良いと思うからな。」
「え?」
「枠にはまった愛情じゃなくても、良いんじゃねーのかって事。無関心じゃないなら、関係は続けられるからよ。どんなものでも愛があるなら、余計にな。」
「・・・・・・・・・・そんなことで良いんでしょうかね・・・・・・・・・・・」
 納得出来るような出来ないような微妙な言葉に返す言葉を濁すと、ビクトールは大きく首肯して見せた。そして、自信満々に言葉を続けてくる。
「良いと思うぜ?少なくても俺は、そう思ってる。俺とフリックだってお前等と似たようなもんだからな。」
「と、言われますと?」
「俺の方がしつこく付きまとってるって事だ。嫌がられようが、何だろうがな。それこそ、お前がコイツのことを思う程に、フリックは俺のことを思ってくれてないと思うぜ?」
「・・・・・・・・・・そうでしょうか?」
 キッパリと力強く言われた言葉に、パーシヴァルは軽く首を傾げた。
 そう多く言葉を交わしたわけではないが、しつこく付きまとわれているからという理由だけでフリックがこの男と共にいるとは思えない。しつこくされようが、一緒に居たくないと思ったら一緒に行動をしないだろう。彼は。だから、それなりの愛情はあるのではないかと思う。恋情に近い愛ではではないにしろ、なにかしらの愛情が。
 そんなことを考えていたら、ビクトールがからかうような笑みを返してきた。
「端から見たらそう見えないか?お前等も、そう見えないんだぜ?」
「・・・・・・・・・・ソレは・・・・・・・・・・・・・」
「ようは、自分の胸の内が大切って事さ。周りがどう言おうと、相手がどう言おうとな。一緒に居たけりゃ、一緒に居ればいいのさ。」
「相手がそう思っていなくても?」
「ああ。俺は、そこまで人が良くないからな。譲れない所まで譲る気ねーし。」
 一生付きまとってやるぜ!と、声高に宣言するビクトールの姿を見てパーシヴァルはしばし呆気に取られた。だがすぐに苦笑を浮かべ、言葉を返す。
「・・・・・・・・・・フリック殿も大変ですね。」
「アイツとつき合ってる俺の方が大変だぜ?人前では良い人ぶってるが、結構なタマだからな。しっかり捕まえておかないと、一人でフラリとどっかいっちまうし。」
「そんな彼を捕まえておくことがまた、楽しいんですか?」
「おう。」
 子供のような無邪気な笑顔を浮かべながら頷くビクトールにつられるように、笑い返した。子供のようで、ちゃんと大人な人だと思いながら。
 ボルスも彼の半分くらいで良いから大人になってくれれば良いのに。
 そう思いながら、隅の方に追いやった風に靡く金髪に視線を向ける。
 大人びたボルスというのは全く想像つかないなと、胸の内で呟きながら。































一年以上振りに更新。
遅すぎだ。爆死。
ビクフリと微妙に交流。でも仲が良いわけでもなく。
こんな所でビクフリが仲良くしているのはどうなのでしょうか。微笑。
















                       ブラウザのバックでお戻り下さい。




時の向こう・3