「そう言えば、今日はクリスマスですね。」
「クリスマス?」
 立ち寄った執務室で、サロメが急にそんな事を言い出した。聞き慣れない単語に首を傾げて問い返せば、サロメは軽く頷き返してくる。
「ええ。遠い地にある異国での、あがめている神の生誕祭ですよ。」
「生誕祭ですか。」
「そうです。その日の為に家や街を華やかに飾り付けて、当日は家族で集まって神の誕生日を祝うのですよ。その日の夜に子供達は枕元に靴下を下げて、朝起きるとそこにプレゼントが入っているのです。」
「プレゼント?いったい何故?」
「さぁ。詳しくは知りませんが。神が祝ってくれた皆に感謝の意を記している、と言うことなのでしょうかね。それを運んでくるのが赤い衣装に身を包んだサンタクロースと言われる老人なのですよ。トナカイにソリをひかせて空を飛ぶそうです。」
「空をっ!」
「ええ。・・・・・・・・・もう少し早く気付いていれば色々と用意出来たのですが・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ソリが空を飛ぶのか・・・・・・・・・・」
 いったいそのサンタクロースなる人物は何物なのだろうか。そんなことを考え込んだボルスにはサロメの呟きが聞えていなかった。今ボルスの頭の中は、赤い衣装に身を包んだサンタクロースなる老人の姿を想像する事で手一杯だったから。
 そんなボルスの様子に気付いたシーザーが、何か悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべて見せた。だが、ボルスはそんなことに気付いていない。
「・・・・・・・・そのクリスマスには、もう一つ祝い方があってさ。」
「え?」
 突然発せられたシーザーの言葉に現実に意識を引き戻したボルスは、慌ててシーザーへと向き直った。
 ボルスの視線が自分の方を向いた事を確認してから、シーザーは言葉を続ける。
「家族じゃなくて、恋人と二人きりで高級レストランに行って食事して、夜は高級ホテルで愛を確かめる。ってーのもあるんだぜ?」
「え?なんでだ?」
「さぁ。知らないけど。その時期に合わせてにわかカップル増えるらしいぜ、その国では。ほんと、色んな国があるよなぁ・・・・・・・・・・・」
 演技でもなくシミジミと呟いたシーザーの言葉も、ボルスの耳には入っていなかった。
 ボルスの頭の中は、サンタクロースと高級ホテルの二つに支配されていたから。

















「パーシヴァル。クリスマスって知ってるか?」
「・・・・・・・・・・・なんだ、それは。」
 部屋に帰るなりそんな質問をぶつけられたパーシヴァルには、ただただ眉間に皺を寄せることしか出来なかった。
 そんなパーシヴァルに、ボルスは先程聞いた話を聞かせてきた。
 夢中で話すボルスの言葉を甲冑を外しながら聞いていたパーシヴァルは、私服に着替え終えてから再度、ボルスに向き直った。
「世の中色々な宗教があるんだな。」
 なんの感慨もなくそう返してやったのだが、ボルスにはパーシヴァルのテンションの低さが伝わらなかったらしい。いつもより高いテンションで返された。
「そうだよなっ!俺はサンタクロースの存在を初めて知ったぞ。そんな凄い人間がいたことを、今まで知らないでいたとは・・・・・・・・・・・っ!」
「・・・・・・・・・・凄い人間??」
 何を言っているのだ、この男はと内心で呟いたパーシヴァルの瞳は、自然と細くなった。非難するような、馬鹿にするような感じで。
 何をどう考えてもその『サンタクロース』なるものは空想の中での生き物だろう。朝起きたら突然プレゼントが、等と言うことは、遠い異国の地だろうと起こりうるはずがない。
 そんな事は10にならない子供だって分かるだろうに、この男は本気で信じているらしい。サンタクロースの存在を。いったいどんな教育をされたら25の男がここまで純真でいられるのだろうか。甚だ不思議でならない。このままで、陰謀渦巻く騎士団の中で出世いていけるのだろうか。この男は。
 思わず本気で心配してしまったが、彼の人生だから自分が心配する事でもないと思い直した。だからわざわざ彼の夢をぶちこわす事も無いだろうと、適当に頷いてやる。
「そうだな。ビッキー殿の紋章の力にも驚かされたが、世の中色々あるんだな。」
「ああ!もっと世間に目を向けて行かないといけないと、実感したぞっ!」
 力強く頷くボルスの言葉に、軽く目を見張った。まさかそんな言葉がボルスの口から聞けるとは思わなかったから。
「・・・・・・・それは良かった。だったらこれからはもう少し頭を使う訓練をしてくれよ。」
「あ・・・・・・・・・・・・・・ああぁっ!」
 力強いのか力弱いのか。微妙なラインの返事を寄越してきたボルスの様子に苦笑を浮かべたパーシヴァルは、話は終わりだと言うように自分のモノと化している共同の机へと足を向けた。読みかけの本を読むために。
 机に備えられた椅子を引き、腰を下ろしたパーシヴァルは、ボルスの様子など気にもかけずにページをパラパラとめくった。そして、目的のページにたどり着いた所で動きを止め、文章へと意識を向けていく。
 そんなパーシヴァルに、ボルスが怖ず怖ずと言葉をかけてくる。
「・・・・・・・・・でな。パーシヴァル。」
「なんだ?」
「あぁ〜〜〜・・・・・・その、なんだ。」
 自分から声をかけてきたくせに妙に歯切れの悪いボルスに、本に落としていた視線をチラリと、彼に向けた。
 その視線に後押しされるように、ボルスが話しかけてくる。
「今日は、クリスマスなんだ。」
「ああ、さっき聞いた。」
「で、クリスマスは恋人と愛を語らう日でもあるそうなんだ。」
「そう言っていたな。それで?」
「だから、その・・・・・・・今日は、俺と・・・・・・」
「ボルス。」
 言いかけたボルスの言葉を遮るように彼の名を呼んだパーシヴァルは、こちらの様子を窺うような瞳を向けてくるボルスへと、微笑みかけた。
「・・・・・・・・俺とお前の関係は、なんだ?」
「え?それは・・・・・・・・・・・」
「ただの、同僚だよな?」
「う・・・・・・・・・・・・」
「クリスマスは誰と祝うものだって?」
「家族や、恋人と・・・・・・・・・・」
「その区切りで言うなら、俺は今日バーツと過ごすのが正しいクリスマスの過ごし方だよな?」
「えっ!」
 微笑みかけながら告げた言葉に、ボルスはこれ以上無いくらい瞳を大きく見開きながら全身を硬直させた。
 そんなボルスに、パーシヴァルは追い打ちをかけるように言葉をかけていく。
「・・・・・・・そうだよな。知らなかったならまだしも、知ってしまったらクリスマス流の過ごし方をしないといけないよな。」
「あ・・・・・・あの、パーシヴァル・・・・・・・・・・?」
「だから今夜は、バーツの所で過ごすことにしよう。多分朝まで戻らないから、帰りは待っていなくて良いからな。」
 言いながらその場に立ち上がったパーシヴァルは、軽く手を振りながらさっさとドアの方へと向った。その背に焦りを大いに含むボルスの声がかけられる。
「まっ・・・・・・・・・待てっ!パーシヴァルっ!」
 その叫ぶような呼び声に、ドアノブに手をかけた状態で振り向いてやった。
 そして、にこやかに告げてやる。
「サンタクロースが来るかも知れないから、枕元に靴下は下げておいた方が良いかもしれないぞ?」
 その言葉を最後に、ボルスに背を向けドアを閉めた。
 ドアの向こうでは何やら騒いでいる声が聞えてきたが、パーシヴァルは少しも気に留めることなく、城の外に足を踏み出した。弟とも言うべき存在の幼なじみの元へ、赴くために。






















 日付が変わる頃、パーシヴァルは城の廊下を歩いていた。バーツの住処から戻ってきたのだ。
 ボルスには「帰らない」と告げたが、バーツには毎日朝早くから仕事がある。彼の元に長々といると翌日の彼の仕事に支障を来すので、割と早めに帰ってきたのだ。
 そのパーシヴァルの手には一本の酒瓶が握られている。それは先日、城にやって来た行商人に注文しておいた酒だった。
 値段のわりには味も香りも良く、ビネの専門店に置いても遜色ない出来のその酒を気に入ったパーシヴァルが、次に行商に来るときにまた持ってきてくれるように頼んでおいたのだ。次にいつ来るか分からないと言っておきながら、ひと月経たない内に届けてくれたことに喜びが沸き上がる。
 取りあえずバーツと一本開けたパーシヴァルは、寝酒にでもしようともう一本手にして自室へと戻って来た。
 この時間ならばもうボルスも寝ているだろう。そう考え音をたてないようにしながら室内に足を踏みいれたパーシヴァルは、寝ている男の様子を確認しようとベットへと視線を向けたところで、その場に固まった。
 驚きのあまりに。
 手にしていた酒瓶が掌から滑り落ちそうになったところではっと意識を引き戻したパーシヴァルは、ガクリと膝を付きたい衝動をなんとか堪えながら言葉を吐き出した。
「・・・・・・・・・・・ボルス・・・・・・・・・お前って奴は・・・・・・・・・・・」
 言いながら軽く首を振ったパーシヴァルは、恐る恐るボルスの枕元へと、歩み寄った。
 もしかしたら自分の見間違いかも知れないと、淡い期待を胸にして。だが、その期待は泡となって消えた。
 どこからどうみても、手にしてみても、ソレがソレであることに変わりが無かったのだ。
 ソレ・・・・・・・・・・・・・・・・ベットの柱にくくりつけられた、靴下が靴下であることが。
「・・・・・・・本気で信じてるのか、お前は・・・・・・・・・・・・」
 信じるのは良いが、あれは子供にだけプレゼントを配る生き物のはずだぞ、と声に出さずに突っ込みを入れる。入れた所でどうにもならないが。
 パーシヴァルは息を吐き出した。深々と。
 そして、フッと顔を緩める。そして、出来の悪い子供を見守る母親のような顔でボルスの寝顔を見つめた。
「まぁ、信じているなら夢を壊さないでおいてやるよ。」
 言いながら、パーシヴァルは手にしていた酒瓶を枕元の靴下の中に入れてやった。
 ボルスへのプレゼントとしては妥当なものだろう。多分、こんな安酒を彼は見たことが無いだろうし。不思議な贈り物としてはもってこいだ。
 朝目覚めてプレゼントを見付けたときのボルスの様子が目に浮かぶ。だが、折角だから実際の姿も目にしてやりたいから、明日の朝はギリギリまでボルスの様子を観察してみようと、無駄な決意を胸に秘める。
「・・・・・・・ま。今日は良い夢見るんだな。」
 そう呟いて、ボルスの唇にそっと口付けた。
 一年に一度のクリスマスだから、これくらいのサービスをしてやっても良いかなと、思いながら。






 翌日、サンタクロースが来たと大騒ぎする男(25歳)の姿がビュッデヒュッケ城内で目撃された。
 そして壁新聞にそんな男の浮かれた様子が第一面に掲げられ、サンタクロースの秘密に迫りたいとの記者のコメントが寄せられたのだった。

























ボルスがアホで可愛いと思います。
















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クリスマスプレゼント