「また盆栽ですか?」
頭上から聞えてきた声に顔を上に向ければ、そこにはパーシヴァルが苦笑を浮かべながら立っていた。
「本当にお好きなのですね。」
そう語りかけてきた彼の口調に、馬鹿にしたような雰囲気は無い。僅かに呆れを含んでは居たけれど。
だから、ビッチャムは素直に頷いて見せた。
「ああ。まあな。」
その返答に、パーシヴァルは興味深そうにビッチャムの手元を覗き込んできた。
「そんなに面白いものなんですか?盆栽は。」
「面白いとかいう次元では無いな。これは、自分の子供のようなものだから。」
問いかけに、手にしていた盆栽を愛おしげに見つめながらそう返した。そう、子供と同じなのだ。今となっては。
「子供・・・・ですか?」
「そうだ。手をかけ、時間をかけ。病気にならないよう気を付けて、立派に育っていく様を毎日観察している。子供と同じだろう?」
「まぁ、そう言う言い方をすればそうかも知れませんね。」
小さく笑いを零すパーシヴァルの瞳には、以前見た変な光は宿っていない。風の吹いていない時の湖面のように、穏やかな光を放っている。その事に、ホッと息を吐き出した。
あの光はあまり好きでは無いのだ。心の内を見抜かれるようで、落ち着かなくなる。
ビッチャムがそんなことを考えている間にも、パーシヴァルは熱心に盆栽を眺めていた。
興味があるのだろうか。それなら、嬉しいのだが。割と同士のいない趣味である盆栽。一人でやるのは全然構わないが、話を出来る者がいるとやりがいが出てくるのだが。
この後のパーシヴァルの言葉が気になり、ビッチャムはなんとなく視線をパーシヴァルに向けてみた。すると、彼もまた盆栽から視線を外し、ビッチャムの顔をジッと見つめてくる。
「ビッチャム殿には、本物のお子様はいないのですか?」
予想していたのとはまったく違う問いかけに、ビッチャムは一瞬返答に窮してしまった。
「・・・・・何故、そんなことを聞く?」
「居ても良い年齢なのにと、思ったからですけど。」
反応が鈍かったビッチャムの返答に首を傾げながら、パーシヴァルがサラリと返してきた。
その言葉にふと考えた。確かに、そうかも知れない。ルシアにもヒューゴがいるのだ。自分に居てもおかしくはないだろう。だが、この年齢の誰もが子持ちなわけでは無いだろう。
そんなビッチャムの心の呟きが聞えたのか、ただの偶然なのか。パーシヴァルが言葉を続けてくる。
「真面目な方ですし、面倒見も良いじゃないですか。ビッチャム殿は。絶対に家庭向きだと思ったのですけどね。世の多くの女性は、絶対に見逃したりしないタイプの方だと。それなのに既婚者でないというのは、解せない話ですよ。」
心底そう思うのか、パーシヴァルは首を傾げたまま何かを考え込んでいる。
そんな彼の様子に苦笑を浮かべたビッチャムは、こう切り返した。
「それは、貴殿にも言えることだろう。それだけ見目が良く女性に慕われているのに、恋人が男などとは。」
そう言った途端、パーシヴァルがキョトンとした顔で見つめ返してきた。
何かおかしな事を言っただろうかと、こっちの方が戸惑ってしまうほど驚いたような顔で。
「・・・・・・・・・・私には恋人なんて、いませんよ?」
訝しむようにしながら告げられた言葉に、今度はビッチャムが驚く番だった。
「しかし、この間・・・・・・・。」
先の言葉は続けられなかった。
天気の良い真っ昼間に、すぐそこを誰が通るか分からない場所でその言葉を発する事が憚られたから。
その口に出来なかった言葉を、ビッチャムの瞳から聞き取ったのだろう。クスリと、小さく笑みを漏らしたパーシヴァルが、こう返してくる。
「身体を重ねたら恋人になると、そう仰るんですか?」
先ほどよりも僅かに温度の下がった声音でそう告げられた言葉に、ビッチャムは思わず問い返してしまった。
「恋人でも無いなら、何故身体の関係を持つんだ?」
「私も若い健康な男子ですからね。そんなつき合い、今時珍しい物でもないでしょう?」
茶化したような返答は、本心かどうか分からない。だから、ビッチャムはパーシヴァルの瞳を覗き込んだ。
「相手も、そう思っているのか?」
「相手によりけりですよ。少なくても一人は、私のことを独占したがってますからね。」
困ったような笑みを浮かべながらそう返してくるパーシヴァルの様子に、ビッチャムは僅かに顔を顰めた。
「なんでそんな奴の相手をしているんだ?この先旨く行くとも思えんぞ?」
「私もそう思いますよ。思うのですが・・・・・。相手は、そう思っていないようでして。何しろ、あきらめの悪い奴ですから。いつか私の心が変わると、信じて居るようですよ。」
微笑みながらそう告げてくるパーシヴァルの瞳には、優しい光が宿っている。言葉の調子にはキツイものがあるが、多分彼も相手の事を憎からず思っているのだろう。
恋人では無いと言いながらも、そこには確かな愛情があるのではと、ビッチャムは思った。
だが、その男を恋人では無いと言うのだ。なんともおかしな話だと思う。相手の男も気の毒だ。
そんな事を内心で考えていたビッチャムの様子に、パーシヴァルは苦笑を漏らしてきた。
「いつかは諦めるでしょうが。こんな関係、そう長く続く物ではありませんから。」
「それは、経験から来る言葉なのか?」
「そうですよ。それと・・・・。」
「それと?」
言いかけて途中で止めたパーシヴァルに、ビッチャムは先を続けるように促した。だが、結局彼はその先を続けることなく、小さく首を振り返すだけだった。
「いえ、なんでもありません。」
ニコリと笑いかけてきたパーシヴァルは、視線をビッチャムから空へと向けた。日の高さを確認するように。
「では、私はそろそろ戻ります。お邪魔して申し訳ありませんでした。」
「いや。」
短くそう返すと、パーシヴァルは笑みを返すだけに止めてその場からゆっくりと立ち去っていく。
「・・・・・パーシヴァル。」
「何か?」
小さく呼びかけると、彼は首だけこちらに向けてくる。身体は前を向いたままだが、瞳だけはビッチャムへと真っ直ぐに向けて。
その瞳に向かって、語りかける。
「恋人を、作る気は無いのか?」
「ありませんよ。」
即答だった。なんの迷いもなく。それが逆に引っかかる。何故、それ程までに頑なに恋人を作ろうとしないのか。十分に得られる環境に居るというのに。
「どうしてだ?」
「どうしてと言われても・・・・・。必要ないから、ですかね。」
「必要?」
「ええ。むしろ、邪魔でしょう?」
ニコリと笑いながら発せられた言葉には、強固な意志が感じられた。何があっても恋人など作らないと、そう言う意思が。
何をして邪魔だというのか、それは分からない。分からないが、多分何かあったのだろうと予測した。人と深くつき合いたくない、何かが。
「・・・・・そうか。引き留めて悪かったな。」
「いえ。では、失礼します。」
綺麗にお辞儀をしてから立ち去るパーシヴァルを、今度は引き留めることをしなかった。
「・・・・・不思議な男だ。」
一見人当たりが良いのに、決して他人に心を許しては居ない。あんな様子では、生きづらいのではと思うのだが。とはいえ、自分が口を挟むことでは無いだろう。
「いつか、気持ちも変わるだろ。」
人は一人では生きられないのだから。誰かの支え無しでこの世を渡っては行けない。彼よりも少し長く生きているから、そう思う。彼にも、その事がいつか分かるだろう。
それが、少しでも早い時だと良いと、ビッチャムは思った。彼のためにも。
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