「願いが一つだけ叶うとしたら、お前は何を願うんだ?」
唐突な質問に、パーシヴァルはキョトンと目を丸めた。
「何を言い出すんだ、いきなり。」
「良いから、教えろよ。何を願う?」
「・・・・・・・・そんなこと、突然言われてもな・・・・・・・・・・」
小さな望みも大きな望みも、特にないのだ。誰かに叶えて貰おうと思うことは。
死んだものを生き返らせてくれ等と言う愚かな望みは口にしたくないし、人生をやり直したいという気もない。これと言って欲しいものも無いし、現状に不満を持っているわけでもない。
いや、不満が無いと言ったら嘘になるだろう。人にどうこうして貰おうと言う気にはなれないのだけで、今の状況を良しとしている訳ではないのだから。
だが、そんなことをボルスに言うわけにはいかない。コレは自分の個人的な事情だから、彼に話したところでどうにかなるわけでもないし。そう考え、パーシヴァルは口と噤む。そして、他の答えを探してみたが、これと言って思い浮かばない。
チラリとボルスの方へ視線を向けてみれば、彼は答えを求めてパーシヴァルの顔をジッと見つめている。この状況で「無い」というわけにも行かないだろう。言ったところで「そんなはずはない」とかなんとか言って騒ぎ立てられるのは火を見るよりも明らかな事だから。彼が自分の言葉に満足しないまでも、何かしら答えを与えておいた方が時間も体力も無駄にしないで済むだろう。
そう考えたパーシヴァルは、悩みに悩んだ末、言葉を発した。
「・・・・・・・そうだな。戦争で荒れた田畑を少しでも早く元に戻るよう力を貸してくれ、とでも頼むかな。」
「元に戻してくれとは頼まないのか?」
「そんな簡単に戻ったら、作物が実ったときの喜びが減るだろうが。」
不思議そうに首を傾げるボルスにそう言い返せば、彼はしきりに首を傾げてみせた。
そして小さく、問いかけてくる。
「・・・・・・・・そんなものなのか?」
「そんなものだ。一度楽することを覚えると、人間はドンドン堕落していくからな。安易な力は手に入れない方が良いのさ。」
「・・・・・・・・・なるほど。奥が深いな。」
感心したように頷くボルスの様子に苦笑が沸き上がってくる。本当に、素直すぎるくらいに素直な男だと思って。その素直さが羨ましくもあり、腹立たしくもある。
そんな己の内心を押し隠すように微笑みながら、今度はパーシヴァルから語りかけた。
「それで、お前は何を願うんだ?」
「俺か?俺は、俺が今まで見たことも飲んだことも無い世界中のワインを俺の前に出してくれって、願うかな。」
「・・・・・・・・・ソレはまた・・・・・・・・・・・・・・」
良いのか悪いのか分からない願いだ。
普通、ものを要求するのなら大金を欲するモノではないだろうか。まぁ、ボルス程実家の財政が潤っていればこれ以上金を欲しがる必要なないのかもしれないが。
いや、例え財政が潤っていても、評議会議員の連中は私腹を肥やすだめに日々勤しんでいるのだから、そんな願いをしようとしているボルスが特殊なのかも知れない。
そんなことを考えながらどうコメントして良いものか悩んでいると、自分の言葉を非難されたと思ったのか、ボルスがムッと顔を膨らませてきた。そして、言い訳めいて言葉を発してくる。
「世界は広いんだぞ。どんなに金を出しても手に入らないモノだって沢山ある。そう言うモノだって、手にしたいと思うだろ?」
「・・・・・・・・・・・そんなものか?」
「そんなものだ。」
キッパリと言い切るボルスの言葉は、物欲がさほど無いパーシヴァルには理解出来ないものがあったが、一般論はともかくとしてボルスはそうなのだろうから、取りあえず頷いておく。
「・・・・・・まぁ、本人がそれで良いなら何も言わないが。俺はてっきり・・・・・・・・・・」
「てっきり、なんだ?」
言い淀んだ言葉の続きを促すように問いかけてくるボルスにニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべて見せたパーシヴァルは、ゆっくりと言葉を口に上らせた。
「俺をお前に惚れさせろとか、言い出すのかと思ったんだがな。」
その言葉に、ボルスは心外だと言いたげに顔を歪ませ、噛みつくように反論してくる。
「そんなこと、願うわけ無いだろうっ!そんな力に頼ってお前の気持を自分に向けたところで、少しも嬉しくない。それに俺は、自力でお前を振り向かせる自信があるからなっ!」
胸をはって言い切るボルスの言葉に、自然と笑みがこぼれ落ちてくる。彼の真っ直ぐな心が眩しくて。羨ましくて。そして、愛おしくて。
だがそんなことは本人には言ってやらない。言ったらつけ上がるだけだから。だからそんな心は微塵も見せてやらない。逆に意地の悪い表情を彼に向けた。
「それはまた、強気だな。その自信がどこから来るものなのか、知りたいよ。」
パーシヴァルの言葉と態度にムッと顔を歪ませていたボルスだったが、それ以上言い返してくることは無かった。言葉の強さの割には自分を惚れさせる自信が無いのかも知れない。なにしろ、振り向かせたい人に自分の決意を笑われたのだから。
何か言いたげにしながらも何も言えなくなっているボルスの様子に苦笑を浮かべたパーシヴァルは、話題をほんの少し反らすために一つ、問いかけた。
「それはともかくとして。なんだってそんな話を始めたんだ?」
問われた言葉に、ボルスは歪めていた顔をほんの少しだけ緩めて言葉を返してくる。
「ああ、さっき広場でそんな話をしていたのを聞いてな。なんとなく、気になったから。」
「それだけが理由なのか?」
問い返すと、こくんと大きく頷かれた。それがどうしたのだと言いたげな瞳で。
そして、その後にまじめくさった顔でこう続けてくる。
「とは言え、自力でなんとかする気は満々だけどな。」
「何がだ?」
「ワインの収集だ。」
いきなり元に戻った話に一瞬なんの事か察する事が出来なかったパーシヴァルではあるが、直ぐさま続けられたボルスの言葉にああ、と小さく言葉を漏らす。その様子を見ていたのだろう。ボルスはすぐに言葉を続けてきた。
「いつ降って沸いてくるか分からない奇跡に頼る趣味は、俺には無いからな。自分が望むことは自分の力で叶えてみせるさ。時間と金がどれだけかかろうともな。」
「・・・・・・・・逞しい言葉だな。」
真っ直ぐに前を見据えて吐かれた力強い言葉に、小さく笑い返す。
己の心をなんの迷いもなく言い放てるボルスだから、自分は彼につき合っているのかも知れない。自分には無い純真な心に引きつけられるようにして。
本当に、彼の純真さは羨ましい。そして、妬ましい。でも、妬ましいと思う心よりも羨ましいと思う心の方が強い。だから、パーシヴァルはボルスに向って自然な笑みを向けられるのだ。
「・・・・・・・・・そうだな。」
「うん?」
思わず零れた言葉に、ボルスが軽く首を傾げてきた。年相応と呼ぶには、少々幼い仕草で。
そんな彼にニコリと笑い返しながら、短く告げる。
「願いは、自分で叶えないとな。」
その言葉に、ボルスも嬉しそうに笑い返してきた。
そんなボルスの笑顔を見ながら、ふと思う。
今の自分達の関係こそが、ボルスが自力で叶えた望みなのだろうな、と。
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