ビュッデヒュッケ城は沸いていた。
 新しく年が変わったことを祝して。
 日付が変わった瞬間から沸きに沸き、日が昇り始めた頃には半数以上の人間が酔いつぶれる事になった。それで数時間静まっていたのだが、酔いつぶれた連中も夕方には回復し、日が落ちてから新年パーティは第二弾が始まった。
 人々が沸き返る中、一番人が集まっていたのはレストランだった。
 今日だけレストランから出されるものは全てタダとなっているからだ。何故かというと、材料費から人件費。その他諸々必要とされるであろう経費は城の方から支給されているからだ。
 年に一度の事だし、長引いている戦争で暗くなりがちな皆の心を引き立たせるのに丁度良い理由になるだろうと考えたらしい。そんなわけで、どんなに騒いでも食べまくっても誰も咎めるモノのいない新年パーティは時間が経つ毎にエスカレートしていき、レストランの厨房は休む暇も無い。レストランに人が押しかける事は最初から分かっていたので、厨房に立つ人間はいつもより多く配置されていたにも関わらず。
 炎の英雄ヒューゴ自ら頭を下げて招集されたのは、メイミを筆頭にした既存のレストランスタッフの他に、料理の腕を回りの人間が認めているルシア。料理が出来そうなイク、ルース、ネイ。そしてパーシヴァルにサロメ。他にも常駐してはいないまでも何人か手伝いに入っているのだが、基本的にはそのメンバーが朝から半ば監禁状態で厨房で格闘していた。そんな仕事状況ではあるが、レストランに城の人間全てが集まっているわけでは無いのだ。酒好きな連中は酒場に押しかけているのだから。
 酒場は無料開放しているわけではなかったが、そちらもかなり盛況で、クィーンが手伝わされていると小耳に挟んだ。厨房から一歩も出ていないので確認することは出来ないが。手伝うよりも自分も酒飲みの場に混じりたいだろうにと、自分の状況も忘れて少々同情してしまう。
「・・・・・・・・いったい、コレはいつまで続くのか・・・・・・・・・・・・」
 無心にジャガイモの皮を剥きながら思わず愚痴を零してしまう。その声を隣で同じ作業をしていたサロメが聞き、疲れの滲む声で答えてくる。
「日付けが変わるまでです。今日が終わりしだい全てのサービスは打ち切りですからね。・・・・・・・・・・あと、二時間の辛抱です。」
 チラリと上向くサロメの視線を辿れば、そこには時計があり、丁度10時を指そうとしていた。
「・・・・・・・二時間・・・・・・・・・・」
「耐えましょう、パーシヴァル。一応特別手当が出ますから。」
「・・・・・・・・・・そうじゃないと、やってられないですね。」
 二人揃って深々と息を吐き出したところで、メイミの怒声がかけられた。
「パーシヴァルっ!オーダーは入ったよっ!!」
「分かった。今やる。」
 どんな状況でも疲れの色を見せない年下の少女の言葉に、剥きかけのジャガイモをサロメに手渡し、調理台に向う。
 動いていれば意外と早く感じる時の流れが、本当に速く流れていれば良いのにと、思いながら。

















 日付が変わってから数時間後、ようやくレストランの厨房から部屋へと戻る事が出来るようになったパーシヴァルは、つい数時間前までの騒ぎっぴぷりが嘘だったかのように静まりかえっている城内を歩きながら、ぼそりと呟いた。
「・・・・・・・・・今日は良く働いたな・・・・・・・・・・・」
 多少仮眠や休憩は取ったが、20時間は働き続けていたのではないだろうか。体中の筋肉が凝り固まっている。とくに包丁を握っていた手や、肩が。普段と違う筋肉を酷使したのだから仕方のない事かも知れないが、この調子だと明日は筋肉痛決定だろう。
「料理のし過ぎで筋肉痛というのは、情けないな・・・・・・・・・・・」
 重い足を引きずるようにして階段を歩く。夜中にエレベーターを使うのは気が引けるのだ。なんとなく。動きも遅いし。
「風呂に入った方が良いんだろうが・・・・・・・・・そんな元気はさすがにないな。」
 今日は早々に寝てしまおう。
 そう決意しながらドアを開け、施錠をしたパーシヴァルはよろけながらベットへと向かい、そこにたどり着いた途端に身体をバタリと倒れ込ませた。
「ぐえっ!」
 その瞬間に上がった蛙を潰したような唸り声と、期待していた柔らかさとは違うゴツゴツとした感触に顔を顰めたパーシヴァルだったが、これ以上動くのも億劫で取りあえず無視することに決めた。
 だが、うなり声を上げた主にはこの状況を放っておく気はサラサラ無いらしく、パーシヴァルの身体の下でもぞもぞと動き出す。
「おいっ、パーシヴァルっ!重いだろうがっ。いい加減退けっ!」
「・・・・・・・・・・・五月蠅い。俺は疲れているんだ。放っておけ。」
「放っておけるかっ!バカヤロウ!」
 夜中であるにも関わらずわめきだしたボルスは、己の身体の上に被さるパーシヴァルの身体を強引に押しのけ、ベットの上へと座り直した。
 変な凸凹が無くなって動きやすくなったベッドの上をパーシヴァルは、ジリジリとベットの上を這い、いつも寝ている位置へと身体を動かし始める。
 が、その動きは途中でボルスに止められた。
「おい。靴ぐらい脱げ。汚れるだろうが。」
「そんなの、後で洗えば良いだろうが。」
「お前なぁ・・・・・・・・・・」
 呆れたように呟いたボルスは、それ以上何を言っても無駄だと察したのか、無言のままパーシヴァルの靴を脱がしにかかる。
 妙にサービスの良いボルスの行動に小さく笑みを浮かべながら彼の好きにさせておいたら、今度は上着を脱がされた。そしてシャツを脱がせようとしたところで、ふと手を止める。
「・・・・・お前。凄い筋肉がこってないか?」
「ああ。今日は一日働いていたからな。明日は筋肉痛決定だ。」
 驚きが大いに含まれたボルスの問いかけに、あふれ出しそうな欠伸をかみ殺しながら答えてやる。
 するとボルスは急に押し黙った。またろくでも無いことを考えているのだろうかと思ったが、今は疲労の為に言葉を出すことも何かを考えることも億劫で、何か言い返すことが出来ない。
 ボルスが黙ったことで辺りが静かになると、堪えていた眠気が猛烈に襲いかかってきた。まだ人が起きている中で眠りに付くのは自分の主義に反するが、年中同じベッドで寝ているボルスしかいないのだから、何も起こりはしないだろう。起ったところで所詮ボルスのやることだから大したことでも無いだろうし。なんの問題はない。だからこのまま寝てしまっても大丈夫。
 そう自分に言い聞かせながら眠りの世界に落ちかけていたパーシヴァルに、ボルスの妙に嬉しそうな声がかけられた。
「・・・・・・・・・・良し。俺がマッサージをしてやる。」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
 何を言われたのか一瞬分からず、眠気でぐらつく頭を持ち上げようとしたパーシヴァルだったが、その動きは上から押さえつけられることで押しとどめられた。
「・・・・・・・・おい、ボルス・・・・・・・・・・・?」
「黙ってろ。明日・・・・・・・・・というか、もう今日だな。今日に疲れが残らないようにしかっり揉んでやる。」
 そのボルスの言葉と共に背中に強い圧迫を感じた。そして、ばきばきと肩が音を鳴らす。その音を聞いただけでなんとなく身体が解れた気分になったパーシヴァルは、開いていた瞳をゆっくりと閉じ、全身の力を抜いた。ボルスに身を任せるために。
「・・・・・・・・そいつは、ありがたいな。」
「そうか?」
「ああ。」
「・・・・・・・・・・・へへへっ」
 褒められた子供のような笑い声を上げるボルスに苦笑を浮かべながら、パーシヴァルは再び意識を手放しにかかった。
 背中を揉みしだく暖かい掌の存在を、心地良く思いながら。
































新年とっぱじめなので甘い感じで。笑!













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初仕事の後に