ボヘン
と、言う変な音が鳴った。
後になってこの音を聞いた時に逃げておけば良かったと思ったのだが、この時はたいして気にしていなかった。
何しろ戦闘中で、しかも相対している敵が結構強いモンスターで、余所見をする余裕も無ければ逃げ出せる余裕も無かったのだから。
「アレアレ?もしかして、失敗?」
そんなビッキーの一言に突っ込みを入れられないくらい、状況は緊迫していた。
敵のHPはやたらと高く、防御力も高い。その上かなり素早かった。ラッキーだったのは、攻撃力がそれ程でも無かった事だ。敵の攻撃を避けきれないまでも、与えられるダメージは小さいので、今のところ大きな打撃は受けていない。
とは言え、いつ大きなダメージを与えられるのかわからない。一瞬たりとも気を抜けない状況だ。
そのはずなのに。
何を思ったのか、パーシヴァルの前列で戦っていたフレッドが、いきなりグルリと振り返った。いや、振り返るというのは語弊があるかも知れない。なにしろ、身体ごとパーシヴァルの方に向き直ったのだから。
何事かと驚くパーシヴァルの反応など気にした様子もなく、フレッドはズカズカとパーシヴァルの目の前まで歩み寄ってくる。敵の存在など、忘れたように。
「・・・・・・・・フレッド殿?どこかに怪我でも・・・・・・・・・」
「好きだぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
言いかけた言葉は、突然の絶叫とも言えるフレッドの言葉にかき消された。その叫びに、どうやら告白されたらしいパーシヴァル本人だけではなく、パーティーのメンバー全員がギョッと目を剥いた。
いや、ビッキーは何も気にしていないようだったから、全員では無いのだが。
そのビッキー以外のメンバーは、思わず戦いの手を止めてパーシヴァルとフレッドの方へと、視線を向けた。
皆が見守る中、フレッドは顔を赤らめ、全身を振るわせながらまた一歩パーシヴァルへと歩み寄り、その肩を掴んでくる。
「い・・・・・・・・・今まで気付かなかったが、俺はお前を愛しているぞっ!!!」
「・・・・・・・・そんな事を言われましても・・・・・・・・・・」
ボルスならともかく、殆ど交流と言えるような交流をしていないフレッドにそんな事を言われても困惑すると言う物だ。しかも、戦闘中に。
ボルスでもこんなアホな事はしないぞ、と内心で突っ込みを入れていたパーシヴァルは、頭突きをかます勢いで近づいてきたフレッドの顔から慌てて己の顔を背けた。
「なっ・・・・・・!何をするんですかっ!いきなりっ!!」
「愛の口づけだっ!!」
「そんな事して良いと、誰が言いましたかっ!」
何やら血走りだしたフレッドの瞳に、パーシヴァルは本気で身の危険を感じ始めた。
いつも言動のおかしい人だと思っていたが、今日は今まで以上におかしい。おかしいという言葉では生ぬるい程だ。
ボヘン!
「あららぁ・・・・・・・また失敗。」
先程聞いた怪しげな音と、怪しげなビッキーの言葉。
気にはなったが、今はフレッドから目を離せない。ほんのちょっと目を反らせただけで襲いかかられそうな雰囲気があるから。だから、ビッキーが何を失敗したのか確認する事が出来なかった。
ジリジリと近づいてくるフレッドから逃げるように、パーシヴァルは後ずさる。
敵の攻撃の手はまだ収まっていない。ヒューゴとフッチが必死に食い止めているが、いつまでも保つとは限らない。早々にこの気が狂ったとしか思えない男をどうにかしなければ。
むしろ、誰かこの男に攻撃を加えてくれと胸の内で訴えていたパーシヴァルの耳に、咎めるような声が聞えてきた。
「・・・・・・・・何をしているんだ、フレッド。」
不意に上がった声に、フレッドの意識がそちらに反れた。ようやっと助けが来たのかと、パーシヴァルも視線をそちらに向ける。
その向けられた視線の先に立っていたのは、フランツだった。
フランツは険しい顔でフレッドの事を睨み付けている。どうやら戦闘中にアホな事を言い出したフレッドに怒りを覚えているらしい。それはそうだろう。フランツは頭に「クソ」が付く程真面目真人間なのだから。
その真面目人間フランツが、フレッドに鋭い視線を向けたまま、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「誰の断りをえて、パーシヴァルにそんな言葉をかけている。」
発せられたフランツの言葉に、パーシヴァルは小さく首を傾げた。
断りとか、そう言う問題では無いと思うのだが。
そんなパーシヴァルの疑問など気にもせずに、二人は言い争いを始めた。
「そんなもの必要ないだろっ!愛は自由だっ!」
「ああ、そうだな。だが、パーシヴァルは駄目だ。」
「なんだとっ!何を理由にっ!」
「理由?それは、パーシヴァルが俺のモノだからだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待て。」
フランツの言葉は聞き捨てならず、パーシヴァルは思わず二人の会話に割って入った。
「誰が、フランツ殿のモノだと?」
「決まっている。お前だ、パーシヴァル。」
当然のように言い切るフランツの言葉に、パーシヴァルのこめかみがピクリと震えた。だが、なんとか表情をいつもの笑みから変えないように注意しながら、さらに問いかける。
「・・・・・・・・あなたには、イクという名の素晴らしい彼女がいるでしょう?」
「過去の女だ。」
キッパリと言い切ったフランツは、もうすでにフレッドの存在を忘れてしまったのか、パーシヴァルにむき直り、フレッド同様、妙に血走った瞳を向けてきた。
「今は、お前だけだ。パーシヴァル。」
「・・・・・・・貴方まで。何をわけの分からない事を・・・・・・・・・」
「わけ分からない事など何も無い。俺の胸の内にある熱い思いを伝えただけだ。」
「そうだぞ、パーシヴァル。素直になれ!!」
「いや、素直と言われても・・・・・・・・・・・」
フレッドとフランツの二人に詰め寄られ、パーシヴァルは困惑した。なんでこんな時にこんな所でこの二人にこんな事を言われないといけないのだろうか。
この二人は誰もが認める彼女持ちだ。はっきり言って、自分の守備範囲外だから余計なちょっかいをかけた事は無かったのだが。一体何を切っ掛けにそんな事を。もしかして自分は無意識に誘っていたのだろうか。
そんな事を考えていたら、助け船を出された。
「いい加減にしろよ、二人とも。」
そう声をかけてきたのは、フッチだった。彼は二人からパーシヴァルを守るように間に割って立ち、パーシヴァルに詰め寄る男共にキツイ視線を投げかけた。
「パーシヴァルが困っているだろうが。それに、今は戦闘中だ。ビッキーさんとヒューゴが頑張っているから良いけど、それだっていつまで保つか分からないんだ。さっさと戦闘に・・・・・・・・・・・・・」
ボヘン
「また失敗〜〜〜〜〜?」
フッチの言葉の途中で聞えた音とビッキーの声に、パーシヴァルの全身に震えが走った。
それは戦士の勘とも言うべきものだろうか。この場をすぐに離れろと、頭の中で警鐘が鳴り響いている。
その音に従うように、パーシヴァルはゆっくりと足を後退させた。だが、その動きは振り返しもしないで伸ばされたフッチの腕に、己の手首が捕らわれる事で阻まれた。
そして、フッチがゆっくりと振り返る。
「・・・・・・・・どこに行くんだい?パーシヴァル?」
人の良さそうな顔で笑いかけてくるフッチの様子は、いつもとなんら変わらない。だが、その瞳の色だけは違った。
今のフッチの瞳はフレッドとフランツと同じ、血走った余裕の無い色をしていたのだ。
「・・・・・・・どこって・・・・・・・まだ、戦闘が終わってないですし・・・・・・・・・」
「そんなの、後で大丈夫だよ。」
イヤな予感をヒシヒシと感じながらなんとか言葉を吐き出し、ジリジリと後退していたパーシヴァルにニコニコと微笑みながら、フッチが捉えた手首を握る力を強くした。逃がしはしないと、言うように。
全身から冷や汗が伝い落ちる。こんなにも追いつめていると感じるのは、いつ以来だろうか。随分と昔の事だったようなきがするのだが。
「後って・・・・・・・・なんの後ですか?」
フッチの行動を窺うように問いかけたら、彼はニコリと、屈託のない笑みを浮かべて返してきた。
「そんな事、決まってるだろう?」
「!!!」
言うが早いか、フッチは噛みつくような口づけをパーシヴァルに与えてきた。
「・・・・・っ!!!!」
必死に抵抗したが、自分よりも体格も筋力も上の相手をはねつける事は、容易ではない。首をガッチリと押さえ込まれたら、尚のこと。
ヒューゴも見ているというのに、何をしやがると内心で毒づきながら口づけから解放してくるのをジッと待った。抗ったところで逃げられないのは分かり切っているので。
一生このままの体勢であるわけがないから、フッチが口づけを終えた時に隙をついて距離を取ろう。
そう考えてされるがままになっていたのだが、悠長にそんな機会を待っている場合でない事に気がついた。なぜならば、フッチが鎧の留め金に手をかけ始めたからだ。
「ちょっ・・・・・・・・!何してるんですかっ!」
「何って、決まってるだろ?」
「決まってるって・・・・ちょっと!本気ですか?!」
少しも手を止めようともしないフッチの様子に、パーシヴァルは本気で身の危険を感じる。彼と身体を繋ぐ事に抵抗を感じているわけではない。そんな事は散々やっているのだから、今更抵抗を感じるのは馬鹿だろう。
別にやるのは良い。良いのだが、場所と状況とギャラリーに問題が大ありだ。
何しろ20にもなっていない子供の目の前なのだ。しかも、緊迫している戦闘中。そんな時に身体を繋げる行為をするなど、正気の沙汰ではない。
そう思うのに、フッチは全然気にした様子もなく、黙々とパーシヴァルの鎧を引きはがす作業に勤しんでいる。
どうやってこの場から逃れようかと、頭を働かせていたパーシヴァルに逃げ道を塞ぐように、フレッドが声をかけてきた。
「フッチさん。その鎧、俺が外しましょう。その代わり、俺も混ぜて下さい。」
何をわけの分からない事を、と、ギョッと目を剥くパーシヴァルの事を無視して、フッチとフレッドの間で言葉が交わされ、話が進んでいく。
「・・・・・・・そうだな。よし、良いだろう。だけど、ボクが先だからな。」
「構いません。」
「俺も混ぜてくれ。なんでもやるぞ。」
そう宣言してきたのは、フランツだ。そんなフランツに、フッチとフレッドは頷き返している。
「良いだろう。取りあえず、パーシヴァルを背後から取り押さえてくれ。」
「分かった。」
当の本人であるパーシヴァルを無視して話は進み、鎧は着々と剥ぎ取られていく。
「ちょ・・・・・・・・っ!ちょっと、本気ですか?!これ以上は洒落になりませんよ?!」
「大丈夫だ。洒落でも冗談でも無いから。」
「いや、そう言う問題では・・・・・・・・・・・」
言葉の途中で視線を感じてそちらを見やれば、ヒューゴが微妙な顔でこちらの様子を見つめていた。
そして、パーシヴァルの視線に気付いた彼は、力の無い微笑みを返してくる。
「・・・・・・・・取りあえず、こいつ等を倒したら、どっか行きますから。」
「・・・・・・・・・ヒューゴ殿・・・・・・・・・・・」
そんな気遣いをするくらいなら、モンスターよりも先にこの三人を倒してくれ、と心の中で呟く。だがそんなパーシヴァルの願いはヒューゴに届かなかったらしい。彼はこちらに目を向けないように努力しつつ、無心にモンスターに斬りかかっていた。
この時程、モンスターに襲いかかってきて欲しいと思ったときはない。そうすれば、この気が狂ったとしか思えない男共を自分の身体から引きはがせるだろうから。
肌に外気が触れ、鳥肌が立った。身体が冷えるのと同時に、頭も冷えてくる。
なんだが段々どうでも良くなってきた。三人一遍に相手をするのも、外でやるのも、誰かに見られながらやるのも初めてではない。さすがに戦闘中にやるのは初めてだったが。
これでまた無駄な経験値が増える。
そう思いながら、深く息を吐き出した。
それなりにハードな戦闘の後で体力が充ち満ちているわけではない。その上体力に自信有りと言った様子の男共が相手なのだ。どう考えても最後まで意識を保っていられるとは思えない。三人が満足するまで自分の体力が持つかどうかも微妙なラインだ。事が終わった後の事を考えると、ちょっとどころかかなりブルーになる。
途中で気を飛ばすのはイヤだなぁと、ボンヤリと考えながら、パーシヴァルは身体をまさぐる六本の手の感触から意識を遠のかせた。
望まない刺激をを熱心に追っていたくはなくて。
さっさと事が終わる事を願いながら、パーシヴァルは投げやりな気分で瞳を閉じていった。
ブラウザのバックでお戻り下さい。
狂乱