クリスはボンヤリしながら木々に囲まれた道を歩いていた。
ビュッデヒュッケ城に来てからも、クリスのこなす雑事の数は減りはしない。
それどころか、他民族との共同生活からくる苦情への対応、各部族の長達との話し合いなど、余計に仕事が増えている。
サロメや他の六騎士達も手伝ってくれているが、クリスが目にしないといけない書類の数は多い。
「・・・・・さすがに、疲れたかな・・・・・・・」
誰もいない道でボソリとこぼした。
聞く人がいないのだ、弱音を吐いても許されるだろう。
そうは思うが、ここで自分を甘やかしたら、立ち止まってしまいそうになる。
「駄目駄目、こんな事じゃ。私がしっかりしなくてどうするのよ。」
自分の考えを打ち消そうと慌てて首を振ったクリスは、髪を引っ張られるような感覚に眉を寄せた。
何事かと背後を見やると、綺麗に束ねられた銀色の髪が近場にあった木の枝に絡みついている。
「もう。ろくな事考えないから、こんな事になるのよ。」
自分自身を叱りつけながら、クリスは木の枝に手を伸ばす。
引っかかった部分だけ取り除こうとしてみるが、どう絡みついているのかなかなか旨く取ることが出来ない。あまり手先が器用ではないクリスは、段々イライラしてきた。
細かい作業は好きではない。というか、性格的に向かない。
こうなったら力任せに取ってやると、枝に引っかかっている髪を思いっきり引っ張った。
「あっ!」
その瞬間、綺麗に編まれた銀色の髪は、サラサラと音を立てるようにばらけてしまった。
「あー・・・・・・どうしよう。」
自慢じゃないが、髪の毛など自分で編むことは出来ない。
「・・・・・・・まぁ、少しくらいならどうってことないか。」
自分で編もうとするよりは、そのままにしていた方が良いかも知れない。
そう思い直したクリスは、気にせずに歩き出そうとした。
その瞬間、クリスの頭に小さな痛みが走った。
何事かと視線を向けると、甲冑の間に髪の毛が挟まり、動くたびに幾筋もの髪が引っ張られていく。
気にしまいと思っても、小さな痛みは気に触る。自室までは距離がある。この状態で帰り付く頃には、頭皮に感じる痛みでイライラが増しているだろう。それでは、なんのために息抜きに出たのか分からない。
ここは一つ、自分の精神安定の為にも自分で編もうと果敢にも手を伸ばしてみたが、余計に髪の毛が引っかかるばかりでどうしようもない。痛みを我慢して部屋まで戻ろうにも、ここまで髪の毛がこんがらがった状態だと、恥ずかしくて歩けない。助けを呼ぼうにも、人目を避けて森の奥まで進んできたのだから、滅多に人は通らないだろう。
いったいどうしたら良いのだろうか。
途方に暮れ、ボンヤリと道ばたに座り込んでいると、不意に頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「・・・・・・クリス様。何をしておられるのですか?」
その声音に、クリスの肩が大きく震えた。恐る恐る振り返って見ると、そこには予想した通りの男の顔がある。
よりにもよって彼に出会うなど。この失態をどんな言葉でからかわれるか。
この場を乗り切るためにも、冷静な振りを、何もなかった振りを装わねば。
クリスは必死に笑顔を作り、パーシヴァルへと笑いかけた。
「パ・・・・・パーシヴァル。なんで、こんな所に・・・・・・・・?」
「それはこちらの台詞ですよ。こんな人気の無いところで、何をしていらっしゃったのですか?」
「そ・・・・・・それは・・・・・・・ちょっと、見回りを。な。」
訝しむように眉を潜めるパーシヴァルの様子に、クリスの背筋には冷たい汗が流れ落ちた。なんとか笑顔を作り上げてはいたが、明らかに様子がおかしくなっている自覚はある。
それでも何とか誤魔化しきろうと頑張るクリスに、パーシヴァルは世間話をするような気安さで話しかけてきた。
「クリス様。今日は髪の毛を下ろしていらっしゃるんですね。」
「え・・・・・・・・?あ・・・・あぁ。まぁ、たまにはな。」
動揺しないでおこうと思っているのだが、身体が勝手に反応して声が震える。
ごまかし切れない自分の愚かさにイライラを溜め、そのイライラの発散口を求めて指先に髪の先を絡みつけながら言葉を発した。
「お前はどうしてここに来たんだ?」
「仕事が片づいたんで、散歩をしていたんですよ。この辺りは木が多くて、心が落ち着きますからね。」
「そうか。それなら私と話なんかしてないで、散歩の続きをしてくれて構わないぞ。」
「クリス様は見回りの続きをなされるのですか?」
「あ・・・・あぁ。」
「ならば、ご一緒させて頂きますよ。クリス様お一人で歩かせていたなんて事がボルス卿にでも知れたら、何を言われるか分かりませんからね。」
微笑みながら言われた言葉に、クリスは顔から血の気が失せたのを感じた。
「いやっ、大丈夫だ!子供じゃ無いんだから、一人で平気だ。」
慌てて断るクリスの様子を、パーシヴァルは底の見えない笑顔でジッと眺めてくる。
次に何を言われるのか、この場を切り抜けることが出来るのかと、クリスは緊張で身体を硬くした。
そんなクリスに向って、パーシヴァルがフッと、その顔に浮かべる笑みを深くして見せた。思わずその笑みにドキッと鼓動を跳ね上げたら、パーシヴァルがその薄い唇からゆっくりと、言葉を発してくる。
「クリス様。日の光に輝く御髪を下ろされているのは、皆の目の保養になって喜ばしいと思いますが、甲冑を纏った時には、向かないのではありませんか?」
「・・・・・・え?」
話題の転換についていけず、一瞬間を開けてしまった隙にクリスの傍らに近づいて来たパーシヴァルは、クリスの肩先に手を伸ばし、何かを捕まえた。
「こんな風に、綺麗な御髪が抜けてしまいますからね。」
目の前に持ってこられたものに視線を向けると、それはクリスの銀色の髪だった。
慌てて視線をパーシヴァルの顔に向けると、彼は何もかも理解したように微笑んでいる。
「パっ・・・・・・・・・パーシヴァルっ!」
クリスの顔に一気に朱色が差した。その反応すらも分かっていたのか、パーシヴァルの笑みはさらに深いものになる。
「髪がほどけて、編めなくなったんですか?クリス様は不器用ですからね。」
「うっ・・・・・・・うるさいっ!」
「それで放って置いて、甲冑に挟めてってところですか。・・・・・・・結構抜けてますよ。」
さらに髪の毛を抜き出そうとするパーシヴァルの手から逃れるため、クリスは慌ててその場から飛び退いた。
「いいから放って置けっ。お前には関係ないだろ・・・・・・・・っ!」
そう怒鳴った瞬間、髪の毛は甲冑に吸い込まれ頭皮をこれでもかと引っ張り出した。
その痛みに思わず言葉を飲み込み、動きを止めて頭を抑えると、頭上から呆れたような声がかけられた。
「動かないで下さい。これ以上その綺麗な髪が減ってしまっては、ゼクセン騎士団にとっても大きな損傷となってしまいますよ。」
「・・・・・・・・・たかが髪の毛ごときに、何を言っているんだ。」
人をからかうのに言葉を惜しまないパーシヴァルに反論はしたものの、痛いものは痛いのだ。彼の言葉に従う形になるのはしゃくだが、クリスは素直に腰を下ろした。
そんなクリスの態度に、パーシヴァルが小さく笑みをこぼす。
その笑みは馬鹿にしたものと言うよりも、小さな子供を見守っているモノ様な気がして、居心地の悪さを感じる。
「どうせ私は、剣しか扱えない女だ。料理も出来ないし、髪も結えないし、手芸も出来ない。女としては失格だよ。」
恥ずかしさを誤魔化すために思わずこぼしてしまった愚痴に更なる気恥ずかしさを感じ、クリスはパーシヴァルから視線を反らせた。
「そんなこと言っていないじゃないですか。」
「言葉に出さなくても、そう言う顔をしている。」
「料理が出来て髪の毛が結えることが女性の基準ではないでしょう。クリス様は、今のままで十分魅力的ですよ。」
「・・・・・・・・またお前は、そう言うキザな台詞を吐いて・・・・・・・・・」
いつもの軽口に顔が歪む。どうしてこの男はこうも軽々しくキザな台詞を吐けるのだろうかと思って。その歪んだ顔を見て、パーシヴァルは困ったように苦笑を返してきた。
「本心なんですけどね。大体、クリス様の基準で行くと、私は立派な女性になってしまいますよ。」
「・・・・・・・・?」
言われた言葉の意味を理解出来なかった。
どこからどう見ても男性であるパーシヴァルが、どうして女性になるのだろうか。
彼の顔を覗き込むようにして首を傾げると、パーシヴァルは微笑みながらクリスの眼前に手を差し伸べてきた。
「髪留めはありますか?」
「あ・・・・・・ああ。ここにあるけど・・・・・・」
条件反射のように、言われるまま差し伸べられた手に髪留めを渡した。
それを確認するようにしばらくの間ジッと手のひらを見つめていたパーシヴァルは、おもむろに篭手を外しだした。
「・・・・・・・パーシヴァル?」
「そのままでは部屋に戻ることも出来ないでしょうからね。僭越ながら、御髪を整えさせて頂きますよ。」
「出来るのか!?」
予想もしなかった言葉に、思わず声が高くなる。
「ええ。・・・・・・・・とは言え、櫛が無いので、いつものようにきっちりとしたものは出来ませんけどね。よろしいですか?」
「あ・・・・・・ああ。じゃあ、頼む。」
「喜んで。」
コクリと頷くクリスに、パーシヴァルは快く頷き返してくれた。
そんなパーシヴァルに素直に背中を向けると、直ぐさま大きな手で髪を梳かれた。
その手の大きさに、彼が男である事を再確認した。女のように綺麗に整った顔をしているけれど、彼は紛れもなく自分と異なる性を持つモノなのだと。
そんな事を考えている間にも、パーシヴァルは迷い無くクリスの髪を梳き、淀みなく動いている。その動きに、クリスは感動を覚えた。
この男は、どこでこんな技術を手に入れたのか。良く分からない奴だと思っていたが、また一つ謎が増えた。
そう言えば、彼は料理も旨かった。騎士としての腕も十分過ぎるもの。
不器用この上ない自分とは大違いだ。
「・・・・・・・・・お前は、何でも出来るんだな。」
「そんなことはありませんよ。」
どこか笑いを含んだような声音には、謙遜の響きは聞こえない。本心からそう言っているのだろうが、それはそれでむかつくものがある。皮肉の一つでも言ってやらないとやってられない。
「馬の扱いは騎士団一の腕前だし、剣だって、他のものに引けを取らない。その上料理も出来るし、髪だって結える。容姿だって良いし、頭も良いし・・・・・・。羨ましい限りだ。」
「そう言われると、私が完璧な人間みたいに聞こえますが、私にも出来ないことはありますよ。」
「・・・・・じゃあ、何が出来ないんだ?」
「そうですね・・・・・・・・・。とりあえず、子供は産めませんね。」
「・・・・・・・・・パーシヴァル・・・・・・・・」
そんなことを聞いているのではないことくらい分かっているだろうに。どうしてこう、人の話をちゃかすのだろうか。この男は。
怒気を込めて睨み付けると、パーシヴァルは楽しげに目を細めて笑っていた。
「冗談ですよ。」
「当たり前だ。そんなこと、生物学的に無理だろうが。他のことではないのか?」
「そうですね・・・・・・。クリス様のお心を、私のものにすることですかね。」
言われた言葉の意味が良く分からず、クリスはしばし考え込んだ。
自分の心をものにするとは、手に入れると言う意味だろうか。
ということは、深い意味で取ると告白されているということになる。
その考えに行き着いた途端、自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
からかわれて居るということは分かっている。そういう冗談の好きな男だ。しかし、そうは思っていても慣れない言葉に頬が染まるのを止められない。
その反応をも面白がるようなパーシヴァルの含み笑いに、クリスは勢い良く振り返った。
「パーシヴァル!お前っ!」
掴みかかろうとしたが、寸前のところでかわされてしまった。
そのことにも怒りが沸き、クリスは躍起になってパーシヴァルを取り押さえようとする。だが、彼を捕まえることは一向に出来ない。
「冗談が過ぎるぞ!」
「本心なんですけどね。」
イライラしながら怒鳴っても、パーシヴァルは少しも気にした様子を見せない。
そのことに怒りが更に増す。
「そんな顔で言われて、ハイそうですかと頷けるかっ!」
「・・・・・・・・顔を変えることも、出来ないですね。」
芝居がかったように悩んだ顔をするパーシヴァルの態度に、クリスは怒りのあまり肩をワナワナと震わせた。
この男の口を塞ぐには、ギャフンと言わせるにはどうしたらいいのだろうかと、沸いた頭で考えていると、当のパーシヴァルがニコリと、状況にそぐわない笑顔を浮かべて見せてきた。
「それだけ動いても、邪魔にならないようですね。」
「え?」
怒りが頂点に達しそうになった時、いきなり話題を変えられ、肩透かしを食らった感じがした。
とは言え、かけられた言葉に思わず手を伸ばして見る。すると、確かに髪の毛が綺麗にまとめられている。
あんな軽口を叩きながらもキチンと仕事をこなしていたのだ。この男は。
ギャーギャー騒いでいるだけだった自分とは大違いだ。
ばつが悪くなり、パーシヴァルを正面から見ることが出来なくなった。
だから視線を逸らし、ふて腐れたように呟く。
「あ・・・・・・ああ。大丈夫だ。・・・・・・・・ありがとう。」
「クリス様のためならこれくらい。あなたのためならば、戦場でこの身をあなたの盾にすることも厭いませんよ。」
サラリと言われた言葉が、ただの軽口だと言うことは分かっている。
分かっているが、嬉しくはない。
部下が、仲間が自分のために傷つく姿など見たくはないのだ。
「・・・・・・・・・そんなこと、望んではいないよ。」
先程とは違った意味で視線を合わせることが出来ず、横を向いた。
その瞬間、いつも感じる髪の動きが感じられず、クリスは首を傾げた。
自分の頭が今現在どうなっているのか、鏡が無いので見ることが出来ない。
てっきりいつものように編み上げているのだろうと思っていたのだが、そうではないらしい。
「どうなっているのか、気になりますか?」
首を傾げるクリスの様子に、パーシヴァルが苦笑を浮かべながら問いかけてきた。その言葉に、クリスは素直に頷いてみせる。
「ん?ああ。なんか、いつもと感じが違うんでな。」
「せっかくなので、色々と遊ばせて貰いましたよ。クリス様は見栄えがしますから、道具があればもっと凝った事をしたかったのですがね。この場では、それで精一杯でしたよ。気になるなら、部屋に戻ってから確認してください。
「そうする。・・・・・・それにしても、どこでこんな事を覚えたんだ?」
「故郷では、物心付いた子どもには仕事が与えられていましたから。家事から畑の仕事まで。出来ることはなんでもやらされましたから。面倒を見ている女の子の髪を結うことも、子供の仕事の一つでして。他の人より色々出来るように見えるのは、そんな幼児体験があるからだと思いますよ。」
さらりと言われた言葉に、大きな衝撃を覚えた。
生まれた時から使用人に囲まれている生活をしていたクリスにとって、『子供が働く』という環境があるのだということを知識として知っていても、現実感に乏しいものがあった。それを、身近な者の口から聞かされると、急に現実感が湧いてくる。
それと同時に、彼がイクセの村の出身である事を急に思い出した。その彼が、家の名が重んじられるこの騎士団の中で六騎士として名を馳せるまでに、どれだけ苦労してきたのだろうか。
どんな大変な事でもなんでもない事のように軽くこなしてしまう彼だが、その苦労はなみなみならぬモノだったのではないだろうか。
クリスも、この地位に付くまで多くの苦労をした。『ワイアット』という看板を背負っていても、女だと言うことで他の貴族の男達よりも多くの苦労を。
後ろ盾があるクリスでさえ、女であるというだけで苦労を強いられたのだ。後ろ盾の無い彼がここまでくるのには、クリス以上の苦労があったのではないだろうか。
「・・・・・・・・・大変だったんだな。」
何と声をかけて良いのか悩み、結局そんないいかげんな言葉になってしまった。
口に出した後、自分のボキャブラリーの貧困さに気恥ずかしさを覚えたクリスに、パーシヴァルは軽く首を振って見せた。
「全然苦ではありませんでしたよ。皆がやっている事ですし、当たり前のことですから。」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべながらそう語っていたパーシヴァルの顔が、不意に歪んだ。
大きく変化があったわけではない。
顔の動き的には、自嘲するように口元が引きあがっただけだ。
しかし、瞳の奥に鈍い光が走ったのを、クリスは見逃さなかった。
何かあったのだろうかとその瞳を覗き込むと、自分の変化に気づいたのか、パーシヴァルはゆっくりといつもの笑みを型作った。
「そろそろ戻りましょう。あまり城から離れていると、ボルス卿辺りが騒ぎ出しますからね。」
「あ・・・・・・ああ。そうだな。」
何事も無かったかのように会話を続けてくるパーシヴァルの態度に戸惑いつつ、クリス小さく頷いた。
促すように足を進めだしたパーシヴァルに付いていくように足を動かす。
しばらく無言で歩を進めていた二人だったが、何かを思い出したのだろう。微かに首を傾げたパーシヴァルが、不思議そうに問いかけてきた。
「それにしても、どうしてあの様なところで髪の毛を解いてらしたんですか?」
その話題はもう終わっていたと思っていたのに、またぶり返されてしまった。
ちょっと顔を歪めたクリスだったが、今更むきになって誤魔化すのも馬鹿らしくなり、今度は素直に口に出す。
「やりたくてやったわけではない。通りがかりに木の枝に引っ掛かってしまって・・・・・」
「無理矢理引っ張ったらほどけて収拾が付かなくなったって、所ですか。」
「・・・・・・・・そんなところだ。」
なんでこの男はこうも聡いのだろうか。
全てを見透かされているようで、面白くない。
ムッと顔を歪めて押し黙ると、傍らの男がフウッと呆れたように深く息を吐き出してきた。そして、こう語りかけてくる。
「クリス様は、やはりお一人で歩き回られない方がよろしいのでは無いですか。いつまた同じ事が起こるか分かりませんからね。」
その言葉に、クリスの眉間に刻まれた皺が更に深さを増した。
分かってはいる。今の状況で、自分の存在というものがいかに大きいものになっているのか。良く分かっている。
自分の我が侭が通じる状況でないことも。
分かってはいるが、四六時中誰かと共にいるのは、息が詰まる。
「・・・・・・・私だって、たまには一人で居たいんだよ。」
思わず零れた本音に、パーシヴァルはあっさりとした口調で返してきた。
「それなら、三つ編みくらいは出来るようになっておいた方が良いかも知れませんね。」
言われた言葉に驚き、伏せていた視線を慌てて上げると、そこには優しく微笑みかけてくるパーシヴァルの顔があった。
「三つ編み?」
「ええ。村の子供にも出来る簡単な髪型です。今度、お教えしますよ。」
不器用な自分にそれが出来るようになるのか疑問はある。
疑問はあるのだが、パーシヴァルに言われると出来そうな気がしてくるから不思議だ。
「・・・・・・・ありがとう。」
優しい気遣いに、心から感謝の言葉が沸き上がった。
晴れやかな笑みをパーシヴァルに向けると、彼もそれに答えるように綺麗な笑顔を向けてくれた。
森に入り込んだ時よりも軽い足取りで部屋に戻る道を歩いていく。
途中すれ違った人達の視線が少し気になったが、人の視線を集めるのはいつものこと。
自室に戻るというパーシヴァルと別れた後も、深く考えずに足早に部屋へと戻る。
「・・・・・・・・どうしたんですか?その頭。」
部屋に入るなり、ルイスが驚いたように瞳を見開き、そう尋ねて来た。
そんなに似合わないのだろうかと首を傾げて見せると、ルイスは慌てて首を振った。
「いいえっ!すっごくお似合いです!・・・・・でも、誰にセットして貰ったんですか?」
「ああ、パーシヴァルがやったんだ。」
「・・・・・・パーシヴァル様ですか。・・・・・どおりで。」
何をどう納得したのか、ルイスは一人で頷いている。
「ルイス?」
「いえ、なんでもありません。クリス様はもう髪型を見られたんですか?」
「いや、まだだが?」
「じゃあ、早く見てくださいよ。とっても素敵ですよ!」
「・・・・・・そうか?」
正直、凄く気になっていたのだ。しかし、ルイスの手前、部屋に戻ってすぐに鏡の中の自分を見つめるのも気恥ずかしい。彼がいなくなってからこっそり見ようと思っていたのだが、促してくれたのでその言葉に従うようにいそいそと鏡の前に進み出た。
その途端。
「な・・・・・・・・・っ!」
そこに写った自分の姿を見て、クリスは言葉を失った。
「すごいですよね。この程度の髪留めでこんな髪型をセットするなんて、さすがパーシヴァル様って感じですよっ!」
背後で感心したように話し掛けてくるルイスの言葉を聞きながら、クリスは怒りに身体が震えてくるのを感じた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・来い。」
「はい?」
ぼそりと呟かれた言葉を聞き取れなかったのか、ルイスが首を傾げて聞き直してくる。
そのルイスをギッと睨み付けながら、クリスは部屋の窓が振動する位大きな声で怒鳴りつけた。
「パーシヴァルを呼んで来いっ!」
「えっ・・・・・・あっ、はいっ!」
その剣幕に押されて、ルイスは慌てて部屋から飛び出していった。
何をどうしたらこんな髪型になるのか、クリスにはさっぱり分からない。
ルイスも驚くくらいなんだから、普通は出来ないのだろう。
こんな、夜会に出かけるのでは無いかと思われるくらい豪勢な髪型をしていたから、道行く人々が自分の事を見ていたのだろう。そう思うと、怒りやら恥ずかしさやらで顔が赤くなるのを止められない。
怒りに全身を振るわせながら、クリスは自分の部下である年上の男の顔を思い浮かべた。
どこでこんな技術を会得したのか。
こんなもの、村の子供がするような髪型では無いだろうに。
引き出しの多さには感服する。
そんな事を考えていたクリスは、沈んでいた自分の気持ちが浮上して来ていることに気が付いた。
彼はそこまで読んで、こんな髪型にセットしたのだろうか。
「・・・・・・・・ホントに、分からない男だ・・・・・・・・」
部屋に呼ばれた男の開口一番の言葉を想像しながら、クリスの口元は微かに微笑みが浮かんでいた。
キリリクの「銀色の髪の乙女」のクリスバージョン。
一緒に書いたのに、今頃お目見え。爆!
プラウザのバックでお戻り下さい。
銀