「ボルスは、パーシヴァルに対しては弱腰だな。」
 休憩中らしいクリスの姿をレストランの一角で目にしたボルスがこれ幸いとばかりに話しかけ、軽い雑談を交わしている時にクリスがそんな事を言い出した。
 その言葉に、ホンノ少しだけボルスの心臓が跳ね上がる。
「・・・・・・・・そんなこと、ありません。」
「そうか?」
「そうです。」
 自分の心を押し隠そうとしたら、自然と顔が顰められた。
 怒っているわけではないのに、自分には怒ったような顔しか象る事が出来ない。
 騎士の威厳を保とうと思ったときも、恥ずかしさを誤魔化そうとするときも、自分の胸の内にある熱い思いを愛するモノに伝えようとするときも。
 何故かまわりから見たら怒っているとしか思えないような表情しか浮かべられない。
 その事は、付き合いの長い者達は皆知っている。
 六騎士と呼ばれる者達は勿論だが、親交のあるその他の同僚達も皆知っている事だ。だが、最近手を組み始めたシックスクランの連中はまだその事を分かっていない。そうじゃ無くてもカラヤの民には印象が悪いから、時々小さないざこざが起ってしまったりする。
 そのたびにどこからともなくやってきてフォローをしてくれる男がいるから、今のところはそれ程大きな騒ぎになってはいないのだが。
「借りばかり溜まっていくな。」
 そう胸の内で零す事は、この城に移ってからボルスの日課となっている。その事に気付いているわけではないだろうに、上司である騎士団長のクリスがパーシヴァル相手だと弱腰だと言ってくる。
 確かに、借りがあるから強く出る事を控えてはいる。自分なりに。しかし、弱腰になっているつもりはまったく無かった。弱腰どころか、積極的に出ていると思っていた位だ。
 それは、彼の心を自分に向けたいが為に。
 剣の腕がと言う事ではなく、一人の人間として。一人の男として彼に負けている部分が多い事は分かっているから。
 分かっているからこそ、彼の前で弱い自分をさらけ出したくなくて虚勢を張っている。
 彼に劣る所など少しも無いのだと。態度で、全身で示すように。
 それなのに、クリスは苦笑を浮かべながらこう返して来た。
「でも、どこからどう見てもパーシヴァル相手だと弱腰だぞ?」
「どこがですか?」
 ムッと顔を歪めて問い返した。
 その表情が実年齢よりも自分の事を幼く見せているのだと、気づきもしないで。
「そうだな。例えば・・・・・・・・・・・・・」
「ボルス。こんな所に居たのか。」
 クリスの言葉を遮るようにかけられた声にハッと息を飲んだボルスは、慌てて声が聞えた方角。自分の背後へと、視線を向けた。
 そこには予想通り、ボルスが愛してやまない男の姿があった。
「・・・・・・・・パーシヴァル・・・・・・・・・・・」
「おや、クリス様もご一緒でしたか。休憩ですか?」
「ああ。ちょっと息抜きにな。お前も休憩か?」
「いいえ。今日は休暇を頂いておりますので。」
「そうか。では、ここには何をしに?」
「ボルス卿を探していたのですよ。」
「俺を?」
 クリスとパーシヴァルの間でポンポンと繰り返されていた会話の中に突如現れた自分の名に、ボルスは軽く目を見張る。
「なんだ?」
 休暇中の彼にわざわざ探されるような事をした覚えの無いボルスは、訝しむように眉間に皺を寄せながら問いかけた。
「なんだじゃない。アレはいったい何なんだ?」
「アレ?」
 言われた言葉の意味が分からず問い返せば、パーシヴァルの眉間に不機嫌を表す薄い縦皺が浮かべられた。
「お前が仕入れたワインの事だ。」
「え・・・・・・・・・?あっ!」
 一瞬なんの事か分からなかったが、すぐに合点がいった。途端に、ボルスの顔に満面の笑みが浮かび上がる。
「やっと届いたのか!」
「・・・・・・届いたのかじゃない。」
 喜色も露わに声を上げるボルスの言葉に深々と溜息を吐いたパーシヴァルは、ギロリと、その切れ長の瞳でボルスの事を睨み付けてきた。
「お前、あの部屋を自分だけのものだと勘違いしているのでは無いだろうな?」
「そんな事は無いぞ?」
 いきなり何を言い出すのかと瞳を瞬きながら言い返せば、パーシヴァルは人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて返してきた。
「そうか?気付くと最近、棚の中にお前が買ってきたワインばかりが入っているような気がしたのだが、気のせいだったのか?」
「え?いや、それは・・・・・・・・・・・」
「棚の中どころではないな。妙な業者が部屋の中の採寸を取っていた気がしたのだが・・・・・・・あれも気のせいか?」
「いや、あの・・・・・・・・・・・」
「俺はてっきり、お前が増殖したワインの収納場所をあの部屋にしつらえるつもりなんだと思っていたんだがな。そんなつもりは無いんだな?」
「えっと・・・・・・・・・・」
「あるわけ無いよな。あそこは今のところ、俺とお前の部屋なんだから。同室の俺になんの相談もなく、いきなりワインセーラーを作るなんて事、あるわけ無いよな。」
 やたらと断定的にそう告げてくるパーシヴァルの顔には、それはもう綺麗な。年中一緒にいるボルスですら滅多に拝めない綺麗な笑みが浮かべられていた。
 しかし、その笑みの奥に自分に対する強烈な非難の色が見て取れる。
 ホンノ少し前の自分だったら絶対に気付いていなかったと思うが、幸か不幸は今のボルスには発せられた言葉や浮かべられた表情とまったく違ったパーシヴァルの胸の内を、ほんの少しだけ読めるようになっているのだ。
 ここで、ワインセーラーを作るつもりだと告げたら、一週間口を利いてくれないどころの騒ぎでは無いくらいに怒られるのだろう。経験上分かる。いくら馬鹿だアホだと言われるボルスでも。鈍い鈍いと言われるボルスにも、それくらい分かる。
 だから、ボルスの答えは一つしか無いのだ。
「・・・・・・・・当たり前だろ。お前に黙って、そんな物をしつらえるわけがない。」
「では、俺の物を置く場所も無くす位にワインと買い込む事もしないだろうな?」
「ああ。最初の取り決め通りの場所しか使わない。」
「約束するか?」
「ああ。この剣に誓って。」
 そう言いながら、腰に差していた己の愛剣を軽く叩いてみせる。そのボルスの行動でやっと納得したのか、パーシヴァルが先程とは違った質の笑みを浮かべてきた。
「そうか。じゃあ、棚に入らない分のワインは俺が片づけて置いてやろう。」
 そう言ってさっさと身を翻したパーシヴァルの背中に、ボルスは慌てて言葉をかけた。
「え・・・・・っ?ちょ、ちょっと待てっ!」
「なんだ?」
「なんだじゃない!勝手に飲むなっ!」
「じゃあ、一緒に飲むか?」
 クスリと小さく笑いを零しながら問いかけてくるパーシヴァルの言葉と表情に、ボルスの胸は大きく跳ね上がる。そう言う問題じゃないと突っ込みを入れたいところだが、そんな言葉は口から出て来ないくらいに心臓が高鳴る。
 パーシヴァルから誘って貰える事は、そう多くないのだ。ただ酒を飲むという行為にしろ、それ以外の行為にしろ。
 だから、ボルスは一も二もなく速攻で大きく頷き返した。
「ああ。俺がとっておきのワインを出してやるよ!」
「そうか。それは楽しみだな。」
 本当に楽しそうに微笑むパーシヴァルの顔を見ていると、胸が温まる。
 彼に対する自分の愛の確かさを実感する瞬間だ。
「お前の仕事は終わったのか?」
「ああ。今日のノルマは片づけた。」
「じゃあ、部屋まで一緒に戻るか?」
「ああ。もちろんだっ!」
 嬉々として答えたら、再び小さく笑われた。それでも悪い気はしなかった。それは多分、その笑みに自分を馬鹿にした気持ちがそれ程多く含まれていないからだと思う。
「それではクリス様。失礼させて頂きます。」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。」
 軽く頭を下げた二人は、さったとその場を離れ、自分達の部屋へと向う道へと足を向ける。
 だから、その背中にクリスがかけた言葉を、ボルスが耳に入れる事は無かった。
「・・・・・・・ほんとう。ボルスはパーシヴァルに弱いよな。」
 と言う、クリスの言葉を。






















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