ピクニック

「ピクニックにでかけよう!」
 なんの前触れもなくいきなりそう声をかけられ、パーシヴァルは一瞬反応が遅れてしまった。
「・・・・ピクニック?」
「ああ。次の休みにでも、気分転換にどうだ?」
 期待に満ちた瞳で問いかけられ、パーシヴァルの顔に苦笑が浮かぶ。
 25にもなって、どうしてこの男はこうも子供っぽいのだろうか。ある意味、ヒューゴのほうが大人びて見えるというもの。
 とはいえ、その提案はなかなか良いかも知れない。前々から考えていた事もあることだし。
 一人で行くのは大変だからバーツでも誘おうと思っていたのだが、ボルスがつき合ってくれるのなら、そっちの方が良いかも知れない。バーツは一応非戦闘員なのだから、あまり連れ歩くのもどうかと思うっていた所なのだ。
「・・・・・そうだな。後でスケジュールを確認してみるよ。」
「良いのか!?」
 自分から誘っておいて、その返事は意外だったのか、ボルスは驚いたように瞳を見開いて来た。
「なんだ。冗談だったのか?」
「いや、そんなことは無いのだが・・・・・。承諾するとは思わなかった。」
「たまにはそういうのも良いだろう。」
 ニッコリと微笑みかけてやると、ボルスは嬉しそうに顔を輝かせてくる。
「そうだな。・・・・・その日が、楽しみだ!」
 遠足前の子供のようにウキウキと語るボルスの姿に、パーシヴァルは自然と笑みを浮かべていた。










 ピクニックの当日。ボルスは軽い足取りで城内を歩いていた。
 状況が状況だけに、二人揃って休みを取ることは皆無に近く、デートをする機会が無かったのだ。
 しかし、今日は念願の初デート。どうやって休暇を取ってきたのか分からないが、パーシヴァルと揃って一日フリーの日なのだ。うれしさのあまりなかなか寝付けなかった上、やたらと早く目が覚めてしまった。先に起きていたパーシヴァルが呆れた様に自分を見ていたのを思い出す。
 その彼は今隣にいない。せっかくだから弁当を持っていこうと、朝早くから食堂に行っているのだ。
 明るい太陽の下、二人で弁当を広げる自分たちの姿を思い浮かべたボルスは、幸せのあまりニヤニヤした笑いを浮かべていた。周りから不気味なものを見るような目で見られていたが、少しも気にならない。と言うよりも、幸せすぎて人の視線など感じることも出来ないボルスだった。
 止まらない笑みを浮かべながら、ボルスはどこまで足を伸ばそうかと考えた。
 馬に乗って、少し遠くまで出向いてみるのも良いかもしれない。近隣に村もあったし、川もある。そこら辺を目指してみようか。そんなことを考えながら、ボルスはふと疑問に思った。
 何故パーシヴァルは、甲冑を付けてくるように言い置いて行ったのだろうか。この近辺には大したモンスターは出現しない。休日に少し羽を伸ばす程度なら、何も完全武装して行かなくてもいのではないだろうか。たまの休日くらい、くつろいだ格好のパーシヴァルの姿を堪能したかった。それだけが、今のボルスの不幸なネタだった。
 幸せの中の小さな不幸のネタに思い至ったところで、ボルスは待ち合わせの場所へと到着した。
 パーシヴァルはまだ来ていないようだ。先に馬でも連れてきておくかと考えたボルスの視界に、待ちわびていた男の姿が目に飛び込んでくる。
「パーシヴァルっ!」
「ボルス。待たせたか?」
「いや、今来たところだ。」
 ニコニコと笑いかけながら彼に近づいていったボルスは、その背後にいる者の存在に気が付いた。
 何となく、嫌な予感がする。
 その予感が外れて欲しいと思いながら、ボルスは恐る恐る言葉をかけた。
「・・・・で、彼らは・・・・?」
「ああ。レベル上げついでに連れて行く。たまには、遠出したいと言っていたんでな。」
「よろしくおねがいします!ボルス様っ!」
 元気よく挨拶したのは、メルヴィル・アラニス・エリオットの三人組と、セシルにシャボン。連れ歩くのにギリギリの人数。しかも皆子供。
 いったい何故こんなことになったのだろうか。
 ボルスの楽しい計画は、音を立てて崩れていく。
 そんなことに気が付きもしないで、パーシヴァルはニコニコと楽しそうに笑っている。
「では、出かけましょうか。みんな、浮かれて勝手な行動しないようにして下さいね。じゃないと、ボルス卿がキレますから。」
「はーーーーいっ!」
 子供相手に妙に丁寧に語りかけるパーシヴァルに、その周りに群がっていたちびっ子達は元気いっぱいに答えている。
 そんなほほえましい光景を、ボルスは引きつった笑顔で見つめていた。










 普段は相手にしないようなブラックバニーを鬼のように追撃する子供達を引き連れ、二人は石版の地へやってきた。
 何があるわけでも無いが、比較的場所が広くモンスターの出現も少ない場所なので、子供達を自由に遊ばせるには良い環境だと判断したのだ。
 高い位置にあるので景色も良く、自分たちがのんびりするのにも良いだろう。
 戦い慣れない子供達をサポートして戦うのはなかなか疲れ、目的地に着いた時にはボルスは精神的に疲れ切っていた。
「お疲れ様。」
 そんなボルスの様子に苦笑しながら、パーシヴァルは持ってきた水筒を手渡してくる。
「・・・・本当にな。なんで子供は、あんなに元気なんだ?」
 ぐったりしているボルスと対照的に、子供達は始めてくる場所で大騒ぎしている。
 石版の中に自分の名前を見つけては叫び、知っている名前を見つけては叫び。開いているスペースを見つけては、何か言い合っている。彼らの体力には底が無いのかと、ボルスは深いため息を付いた。帰りも同じ調子だと、こちらの体力が底を突く。
 そんなボルスの考えを読んだのか、パーシヴァルが労るように力無く項垂れた頭に手を乗せてくる。
「大丈夫だよ。帰りは大人しくなるから。」
「・・・本当か?」
「ああ。昼飯を食べて一暴れしたら、少しテンションも下がるだろう。それまでの辛抱だ。」
 二三回ボルスの頭を叩いたパーシヴァルは、坂道を転がり回って遊んでいる子供達の方へと足を進めていった。
 まとわりついてくる子供達を相手にしている態度には、慣れたものを感じる。
 本当にあの男は何でも出来るのだなと、ボルスは妙に感心してしまった。扱いに長けているのは女性だけではないらしい。よくよく考えれば、男のあしらいも旨い。頻繁にあしらわれている自分がそう言うのだから、間違いない。
「・・・・もしかして、今回のこともワザとか・・・・?」
 自分とデートをしたくなかったから、ワザと子供達を誘ったのだろうか。
「・・・・あいつなら、あり得る・・・・・。」
 口先一つで相手を丸め込む事など簡単にやってのける相手だ。
 そう思い、少し寂しい気分になった。
 自分はやはりパーシヴァルに愛されていないのだろうか。
 二人きりで出かけたいと思われない位に。
「・・・・・分かっては、いたけどな・・・・・。」
 散々、自分を愛してやれないと言われ続けているのだから、分かってはいたことだ。
 分かってはいるが、それを実感するたびに悲しい気分になるのは、仕方の無いことだろう。
「・・・少しくらい、譲歩してくれても良いと思うんだがなぁ・・・・・。」
「何をブツブツ言っているんだ?」
 不意にかけられた声に視線を上げると、パーシヴァルが軽く首を傾げながらこちらを見ている。
 その片手には、シャボンの身体がぶら下がっている。六騎士の中では力がない方ではあるけれど、彼女くらいなら片手で担ぎ上げられるらしい。新たな発見をしてしまった。
「ボルス?」
「あ、ああ。なんでもない。何か用か?」
 思わずジッと眺めてしまった所を訝しげに声をかけられ、ボルスは慌てて首を振った。
 その態度に首を傾げながらも、パーシヴァルはあえて何も聞いては来なかった。何事も無かったように自分の話を進めてくる。
「そろそろ昼飯にしようと思うんだ。準備してくれ。」
「ああ。分かった。」
「わたしも手伝うっ!」
「そうか。ありがとう。」
 元気に宣言するシャボンの頭を撫でながら、パーシヴァルはニッコリと微笑みかけている。子供相手なのだから当たり前だと思いつつ、ボルスは小さな嫉妬の炎を燃やしていた。
 自分には滅多に見せない顔を、他人に見せているのは腹が立つ。そんなボルスを放っておきながら、パーシヴァルはシャボンと仲良く話しながら弁当を広げていく。
 辺りに良いにおいが漂い始めた。
 中を見ると、子供が好きそうな彩りで、可愛らしく整えられている。
「おいしそうっ!」
 小さく上がったシャボンの歓声が聞こえたのか、遊びに夢中になっていた他の子供達も戻ってくる。
「あーっ!おいしそうっ!食べて良いですか?」
「手を洗ってからですよ。」
「はーいっ!」
 奪い合うように持ってきたおしぼりで手を拭いた子供達は、夢中になって食事をし始めた。あれだけ騒いでいたのだから、さぞかし腹も減った事だろう。
 子供達が奪い合うようにして食事をする光景を未だかつて見たことがないボルスは、その様を呆然と見つめていた。
 ボルスが正気に戻ったのは、最後のサンドイッチがエリオットの口に投げ込まれた時だった。
「あー、おなか一杯!」
 そう言うなり立ち上がった子供達に、パーシヴァルは苦笑しながら一声かけた。
「暴れるのは、もう少したってからにした方が良いですよ。消化に悪いですからね。」
「分かってまーす!」
 威勢良く返事をしながらも、子供達は勢いよく駆けだしていった。
 その姿を困ったように見つめていたパーシヴァルは、黙りこくっているボルスへと視線を向けてきた。
「驚いたか?」
「・・・・ああ。あんな食事の風景は、初めて見た。」
「お前の実家だと、あり得ない光景だろうな。」
 クスクスと笑いを零したパーシヴァルは、傍らに隠してあったバスケットを一つ取り出し、ボルスの手の中へと渡してきた。
 何事だと目を瞬くボルスに、パーシヴァルはからかうような笑みを浮かべてみせる。
「お前のことだから、あの子達と一緒に食事なんて出来ないと思ってね。別枠で持ってきておいた。子供達が気づく前に食べてしまえよ。」
「あ・・・・ありがとう・・・・。」
「どういたしまして。」
 ニッと笑ったパーシヴァルは、ゆっくりと腰を上げて子供達のそばへと歩いていく。
 その後ろ姿を見送りながら、ボルスの胸には何とも言えない幸福感が沸き上がってきた。気にしてくれていないようで、細かい心配りをしてくれる彼への思いが、さらに高まる。
 そんな彼だからもてるのだろうと思う。上っ面だけの人当たりの良さしか持ち合わせていないなら、ここまで人は魅了されないだろう。
「だから、心配になるんだけどな・・・・・・。」
 深い息を吐いたボルスは、手渡された弁当をのんびりと食し始めたのだった。












 傍らに気配を感じ、沈んでいた意識が浮上してくるのを感じた。
 閉じた目蓋から透けて見える日は明るく、身体の周りはポカポカと暖かい空気が覆っている。
 どうやら、満腹感と暖かい陽気で眠りに誘われていたらしい。
「・・・うー・・・・。」
 小さなうめき声を上げながら瞳を開けると、その先に柔らかく微笑んでいるパーシヴァルの姿があった。
「起きたのか。」
「ああ・・・・どれくらい寝ていた?」
「一時間くらいだよ。もう少しゆっくりしていられるぞ?」
「そうか・・・・・・。」
 盛大にあくびをしながら、眠りで固まった身体を解すように背伸びをする。
 しかし、このまま起きあがるのも勿体なく感じて、ボルスは伸ばした身体をそのまま地面へと横たえた。
「疲れてるみたいだな。」
 その様子を見てクスクス笑うパーシヴァルに、ボルスはうんざりしたように重く息を吐き出した。
「ああ。もう勘弁してくれって感じだ。俺に子守はできん。」
「そうか?それなりにちゃんと面倒見ていたと思うぞ?」
「戦闘中はだろ?」
「彼らにはそれで十分だろう。騎士の格好良さを見せてやるのも、俺たちの仕事だ。」
「・・・・そんなものかな。」
「そんなものだ。」
 優しい声音に誘われるように、暖かな風が二人の間に吹き抜けていく。
 その風に薄く瞳を閉じながら、パーシヴァルはのんびりとした口調で話しかけてきた。
「お前には感謝しているよ。今回の件は、良い息抜きになった。」
「え・・・・?」
「大手を振って子供の相手を出来る機会も、大した用事もなく城から出ることも滅多に出来ないからな。良いことを思いついてくれたと、感謝しているよ。」
「それって・・・・・・。」
 彼の口ぶりから判断すると、彼はデートの誘われたと言う意識がなかったと言うことだろうか。最初から、子供同伴で行くものだと、そう思っていたと。
 複雑な顔をしているボルスに、パーシヴァルは軽く首を傾げてみせる。どうやら、本気でボルスの狙いが分かっていなかったらしい。どおりでスケジュールの調整とか言い出したはずだ。とは言え、彼が喜んでくれたのならそれはそれで良い。
 誘ったかいがあったと言うものだ。
「どうした?」
「いや、なんでもない。天気が良くて、良かったなと、思っただけだ。」
「ああ、そうだな。」
 雲一つ無い青空に、二人揃って視線を向けた。
 こうやって二人でのんびり空を見上げる時間が出来ただけでも、良しとしよう。
 慌てる乞食は貰いが少ないという言葉もある。事を急いてはいけないのだ。
 そんなことをボンヤリと考えていると、不意に目の前に影が差した。何事だと思ったら、パーシヴァルの整った顔が近づき、軽く唇を触れさせてきた。驚きに目を見張っているボルスに、パーシヴァルはニコリと笑いかえしてくる。
「・・・そろそろ帰ろうか。帰りもモンスター退治をしないといけないしな。」
「あ・・・・ああ。そうだな・・・・・。」
 あっさりその場を離れていくパーシヴァルの態度に、今の口づけは夢だったのかと疑った。呆然としながら唇に触れてみるが、そこにはもうなんの感触も残っていない。
 青空の下で、子供達しかいないとは言え人の目のあるところで、パーシヴァルから与えられたキス。
「・・・・・それって、少しは期待しても良いって事か・・・・・?」
 呟かれた言葉にこたえてくれるものは、その場にはいなかった。
 だが、ボルスの胸には淡い期待が沸き起こる。自分と彼との関係は、昔と大分違ってきている。
 隣に立って、剣を振るえる程に。
 その先までいける可能性が無いとは言い切れない。
「・・・・頑張るだけだ。手に、入れたいならな・・・・・。」
 決意を込めて呟き、ボルスは愛しいものの傍らへと歩を進めていった。
 自分のことを、笑顔で迎え入れてくれる、彼の元へと。











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