「ちょっと!いい加減にしつこい奴らだね!さっさとどっかに行っちまいなっ!」
「そうつれない事いうんじゃねーよ。ネーちゃん。ちょっと位つき合ってくれても良いだろう?」
「そうだぜ。良い思いをさせてやるからよぉ〜。」
 下卑た笑いを零す男達に、レオナはウンザリと息を吐き出した。
 店の買い物に出かけたら、運が悪い事にいかにも脳みその足りていない男共に囲まれてしまったのだ。昼日中からこんなナンパもどきに出くわすとは思わなかった。どうにかして振り切ろうとしたのだが、いつの間にやら壁際に追いやられ、逃げ出す事も出来ない。
 こんな時、田舎だったら誰かしら助けてくれるのだが、都会ではそうはいかない。自分へのとばっちりを恐れて、見て見ぬ振りをするやからが大半だ。とくに、身体ばかりがデカイ男の集団が相手ならば余計に。
 さて、どうしたモノかと考え込む。誰も助けてくれないのならば、自力で逃げ出すしか道がない。幸いにもまだ買い物をしていないから手ぶらだ。逃げるのに邪魔な荷物は無い。買い出し前だから金は十分に持っている。それを渡してここを脱すると言う手もあるが、こんな輩に汗水垂らして稼いだ金をくれてやる気はサラサラ無い。必然的に、レオナの取るべき道は決まったようなモノだ。
 相手の隙を付いて、一人の急所を蹴り上げてやろう。そして、ここから逃げだそう。
 そう考え、男達の隙を窺っていたレオナの耳に、聞き覚えのある声が聞えてきた。
「・・・・・・・・・レオナ?」
「フリックっ!」
 名を呼ばれて向けた視線の先に現れたのは、最近店の宿屋に泊まり始めたコンビの片割れだった。
 しばらく寝たきりだった彼が少し前からから起き出す様になり、この二三日の間に自分の足で歩いて病院に診察を受けに行く位に回復していた。
 とは言え、元々白いらしい肌は長い事日の光に浴びて居ないせいでさらに白くなっていて、決して健康的とは言えない。その上、上背の割には筋肉の付き方が薄くて頼りない印象を与えている。男のくせにやたら整った容貌も、そう思う事に拍車をかけている気がしたが。
 出歩くようになってから常に剣を腰に差している姿に違和感はなく、剣を使い慣れた戦士だと思えるのだが、レオナには未だにビクトールの言葉が信じられないでいた。
 彼が、そんじょそこらの人間よりも腕が立つと言う事を。
 だから、思わずこう叫んでいた。
「なんでも無いから、あんたは早く帰っときなっ!」
 しかし、言われたフリックは不思議そうに首を捻るだけで、その場から立ち去ろうとはしない。
 痺れを切らしたレオナがもう一度声をかけようとした所で、逆にフリックから言葉をかけられた。
「・・・・・・・・・なんでも無いようには見え無いんだけどな・・・・・・・・・・・」
「フリックっ!」
「なんだなんだ、兄ちゃん。俺たちの邪魔をしようってーのか?」
 闖入者に一瞬緊張の色を見せていた男達だったが、相手が虫も殺せないような色男だと分かった途端、強気にそう返してきた。
 そして、ジロジロとフリックの顔を見回す。やがて、男共の顔にはニヤリと、性質の悪い笑みが浮かび上がった。
「・・・・・・・・・なんだったら、兄ちゃんもつき合うか?」
「そうだな。兄ちゃんくらい美人なら、男って事に目をつむってやるぜ?なぁ?」
 男の一人がそう言いながら周りの仲間に目を向ければ、視線を向けられた男達はその言葉にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて見せる。
 そんな男達の反応に軽く首を傾げて見せたフリックは、クスリと、小さく口元を引き上げながら笑みを零す。
 そして、こう口にした。
「目を瞑って貰わないといけない程、不自由はしてないんでね。遠慮するよ。」
「なんだとっっ!てめーーーっ!」
「用があるのはあんた達ではなくそっちの女だから、さっさと連れて帰らせて貰うぜ。」
 そう言いながら一歩前に踏み出してくるフリックの行動に、レオナの背中に冷や汗が伝い落ちる。
 下らない事を言ってないでさっさと逃げなと叫びたいのに、何故か声が出ない。言い争う男達に恫喝する事など、慣れているはずなのに。
 ただただ黙って事の成り行きを見守るだけのレオナの目の前で、レオナの事を取り囲んでいた男達の空気が変わった。
 からかいの混じっていたモノから、完全な怒りへと。
「・・・・・・・・はい、そうですかと。誰が言うと思ってるんだ?ええ?」
「無駄な抵抗をすると、痛い目を見るのはてめーだぜ?」
 レオナからフリックへと意識を向け直した男共が、険を帯びた瞳でフリックの事を睨み付けた。だが、その瞳にフリックはまったく頓着した様子を見せず、あっさりとした口調で言葉を返す。
「大人しく言う事を聞いていた方が、身のためだと思うんだけどな。」
「なんだとっ!てめーーーーーっ!」
 挑発するようなフリックの言葉に、男の一人がフリックに掴みかかった。
 その瞬間。
 瞬きするような一瞬の間に、男の身体が地面へと崩れ落ちた。
 何事だと目を瞬くレオナと他の男達が見守る中。軽く右手を持ち上げていたフリックが、ニヤリと、馬鹿にしたような、からかっているような。それでいて心底楽しそうな笑みを浮かべて見せた。残った男達に向って。
「さて・・・・・・・・・・・・・・。次は誰から来る?全員でかかってきても大丈夫だぜ?」
「てっ・・・・・てめーっ!ちょーしこいてんじゃねーぞっ!!」
 二人がかりで襲いかかってきた敵の動きを読んでいたのか、軽く交わしたフリックは、次の瞬間、男の腹に思い切りよく蹴りを入れていた。
「ぐはっ!!!」
 胃液を吐いてその場に膝を付く仲間の姿に驚き、攻撃のタイミングがずれたもう一人の男に、フリックは容赦なくその首筋に回し蹴りを食らわす。
 下手をすれば首の骨が折れるのではないかと思う程、強烈な蹴りを。
 その攻撃に容赦はない。
 地面に崩れ落ちている三体の身体を冷めた瞳で流し見たフリックは、驚きのためか。はたまら恐怖のためか、プルプルと震え出した残りの男共に視線を向けた。
 その顔に、ぞっとする位綺麗な笑みを浮かべながら。
「・・・・・・・・・さて。どうする?」
「畜生!!!」
 青ざめながらも後に引けなかったらしい男が殴りかかってくるのを余裕で交わし、その腹に膝を叩き込む。うめき声を上げながら自分の方に向って倒れ込んでくる身体を蹴り放す様に地面に転がしたフリックは、その場から動く事が出来ずにいる男達の目の前にゆっくりと歩み寄っていった。
「う・・・・・・・・・・・うわぁぁっ!!!」
 恐怖のあまりか、強ばった顔で殴りかかってくる男の腹に拳を突き込んだフリックは、ブルブル震えるだけでその場から動く事の出来ないでいる最後に残った男の首筋に手刀を落とし、地面に沈めた。
 それまでに掛かった時間はほんの1・2分。
 あまりに手慣れたその動きに、レオナは驚きのあまりにその場で硬直してしまった。
 そんなレオナの目の前で深々と溜息を吐いたフリックが、ようやくレオナの方へと向き直り、軽く首を傾げながら問いかけてくる。
「大丈夫か?」
「ぁ・・・・・・ああ。私は、なんとも無いけど・・・・・・・・・・・・・」
「けど?」
「・・・・・・・・・・あんた、本当に強かったんだね。」
 言葉が繋がっていないと思いながらも、思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。そのレオナの言葉に一瞬目を見張ったフリックは、すぐに楽しそうに。だけどどこか困ったような笑みを浮かべて返した。
「そう見えないか?」
「ああ。悪いけど、見えないね。」
「良く言われるよ。」
 クスリと笑んだフリックが、極々自然な動きで脇腹へと手を伸ばした。
 彼の負っている傷の事を知らなかったら、まったく気にならない動きだろう。だが、その傷の事を心配して余りある男の事を知っているだけに、レオナはめざとくその行動を見つけてしまった。
「痛むのかい?」
 眉間に皺を寄せながら問いかけたレオナに、フリックはあっさりと返してくる。
「いや。これくらいなら全然大丈夫だ。運動の内にも入らないから。」
「・・・・・・・・そうなのかい?」
「ああ。遊びと同じだ。」
 軽く答えるフリックの言葉に、レオナはしばし言葉を失った。
 あれだけの動きをしておいて遊び程度だと言われたら、今この場に転がっている連中も浮かばれないだろう。
 これで腰に差している剣を使ったらどれほどの動きを見せるのだろうか。この男は。
 目の前に立っている優男を見る目がほんの少しずつ変わってくる。
「・・・・・・・・・で、何か用事があったのか?」
 その話はここで終わりだと言わんばかりに話題を変えてきたフリックに、レオナは小さく頷きを返した。
「ああ。ちょっと買い出しがね。」
「じゃあ、つき合うよ。また変な輩に囲まれるかも知れないからな。」
「その申し出は嬉しいけど・・・・・大丈夫なのかい?身体は。・・・・・・・というか、ビクトールは。」
「ビクトール?」
 なんでそこでその名前が出てくるのか分からないと言いたげに瞳を瞬くフリックの様子に、誤魔化している気配は無い。無いが、なんとなくそらッ惚けられているような気がするのはなんでだろうか。
「そう、ビクトール。あんたの事心配してるだろ。遅れて帰ったら、怒られるんじゃないの?」
「レオナから事情を話してくれれば、大丈夫だろ。」
「・・・・・・・そうかねぇ・・・・・・・・・・」
 例えどんな事情があっても、ビクトールは彼が無駄に出歩く事を良しとしないのではないだろうか。そう思ったが、その言葉は飲み込んだ。
 彼がそうするというのならば、つき合って貰おうと、そう思い直して。
 ずっと寝たきりだったのだ。彼も外の空気を存分に吸いたいだろう。
「・・・・・・・・・・・分かったよ。じゃあ、お願いするかね。」
「ああ。」
 ニコリと笑む顔は、実年齢よりも幼く見えた。
 晴れ渡った青空と同じ色の瞳が、とても綺麗だなと、なんとなく思う。
























「繋」の合間のエピソード。




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療養中の街角で