最近視線を感じる。
 誰のものかは分かっている。何しろ、その人物は尾行が下手なのだ。
 本人は上手く隠れているつもりらしいが、その姿はパーシヴァルから丸見えで、全く意味を成していない。
 その事実を教えてやった方が良いのかと思うが、彼のプライドを傷つけるのも悪い。
 というより、声をかけたことで余計な騒動が起こることを危惧して、パーシヴァルは彼を放置していた。
 それにしても、何故自分の後をつけ回すのか。
 考えられることはただ一つ。自称名探偵のキッドに誰かが自分の事を調査依頼したのだろうと言うこと。彼に頼むとは物好きなと思いはしたが、彼に頼む様なことなので、大した依頼ではないのだろう。
 調べたければ勝手に調べれば良い。自分には、探られて困る物など何もないのだ。いや、あることはある。べつに知られて困りはしないが、子供の教育的に良くない事が。 とは言え、躍起になって隠そうと思うことでもない。
 男に抱かれる自分と言う物を恥じているわけでは無いのだ。わざわざ触れ回る気が無いと言うだけの物。
 だからパーシヴァルは、自分の周りをコソコソ嗅ぎ回る少年を放置しているのだった。






 キッドが尾行にもならない尾行を繰り返していたある日の事。
 珍しく彼が自分の視界にひっかからなかった。もう諦めたのか、何か情報を掴んだのか。なんにしろ鬱陶しいものが視界から消えるのはありがたいことだ。
 これでやっとのんびり過ごせるとホッと息を吐いたパーシヴァルの目の前に、突如小さな影が踊り出してきた。
「パーシヴァルさん!少し、おたずねしたいことがあるのですが。」
それは、ここ数日自分の背後にくっついていた少年、キッド。
 彼はそう言うなり、懐から手帳とペンを取り出した。その手帳をパラパラとめくり、あいているページを見つけたらしい彼は、手帳にペンを突き立てた状態でパーシヴァルの顔を下から見上げて来る。
 どうやら、尾行では欲しい情報を手に入れられなかったらしい。
 とはいえ、探偵が直接ターゲットに接触して情報を取ると言うのはどうなのだろうか。ちょっと頂けないのでは無いかと思うが、それを指摘したところで彼が自分の行動を改めるとは思わない。
 それならば、自分で間違いに気づくまで優しく見守っているのも大人としての勤めだろう。そう思い、パーシヴァルはニッコリと微笑み返してやった。
「なんでしょうか。私に答えられることならば、答えさせて頂きますが。」
「では答えて頂きましょう。あなたはいま、つき合っている方はいますか?」
 予想していなかった答えに、一瞬間があいた。大した事では無いと思ったが、思っていたよりも下らなかった。
 自分に思いを寄せているご婦人の誰かが依頼したのだろう。なんとも平和な依頼で、肩すかしを食らう。
「いませんよ。」
 とりあえず本当のことを言う。
 もっと細かく言えば、身体のつき合いのある人間なら複数いるが、彼が求めているであろう『恋人』としてつき合っている者はいない。
 その答えになにやらメモを取っている姿に、パーシヴァルの口から笑みガ零れ落ちる。
 一々書き取るようなことは言っていないのだが。探偵を気取るのも大変だ。
「では、好きな方は?」
「それもいないですよ。」
「そうですか。」
 頷き返す言葉はどこか事務的だ。仕事をしているという満足感がそうさせているのだろうか。
「では、好きなタイプは?」
「好きなタイプ?」
 聞かれ、パーシヴァルは考え込んだ。
 そう言うことを今まで考えたことは無かった。なにしろ、誘われたら嫌とは言えない環境で成長期を過ごしてしまったため、どんなタイプの人間ともつき合うことが出来るようになってしまったのだ。
 自分から誰かを好きになったことなど皆無に等しいし、周りの人間を恋愛の対象に見た事も無い。そう思うと、なんだか面白くない人生を送っている気がしてきた。恋愛だけが人の生きる意味ではないのだから、そんな事は無いのだが。
 自分の思考に落ちそうになった心をキッドの強い視線で引き戻し、パーシヴァルは軽く腕を組んで顎に指をかける。
「・・・・そうですね。しっかりと前を向いて生きている人、ですかね。」
 僅かな間で考え、最近よくつき合う人間達の顔を思い出し、言葉を紡ぐ。
 恋愛感情で言うとどうなのかは分からないが、同じ空間を共有するのに心地良い仲間達は、皆そんな感じの人物だ。だとしたら、それが自分のタイプなのかも知れない。人は、自分にかけている物を持った人に引かれると言うから。
「・・・なるほど。わかりました。ご協力感謝致します。」
「・・・・それだけで良いんですか?」
 あまりにあっさり終わってしまった事情聴取に、軽く驚いた。たかだかこのくらいのことを調べるのに、どうしてあそこまで派手な尾行が必要だったのかと、不思議にも思う。
 そんなパーシヴァルの疑問に気づきもしないで、キッドは仕事を果たした満足感でいっぱいの顔で大きく頷いてみせる。
「ええ。結構です。では、まだまだ難事件は残っておりますので、失礼させて頂きます。」
 格好良く言い切ったキッドは、駆け足気味にその場からさっていった。
 結果を依頼人に聞かせに行ったのかも知れない。
「・・・あんな簡単な内容なら、彼に頼むよりも自分で探った方が良いと思うんだけどな・・・・。」
 そうは思うが、パーシヴァルの口に出すような事ではないだろう。本人達がそれで納得しているのなら、需要と供給の関係は成立している。
「それにしても、いったい誰があんな下らないことを頼んだんだろうな・・・・。」
 ボンヤリと呟きながら、パーシヴァルは再び足を進め始めた。 





 







「で、どうだった?」
「はい。調査結果によると、現在彼につき合っている人物はいないようです。数日尾行していてそのような素振りは見えなかったので、確かな事です。」
「・・・そうか。」
「そして、特別思いを寄せている人物もいないようです。」
「・・・・・・・・そうか。」
「ちなみに、好みのタイプは『しっかりと前を向いて生きている人』だという結果が出ました。調査の報告は以上です。」
「・・・・うむ。ご苦労だった。これは、約束の後金だ。」
「ありがとうございます。また何かありましたら、この名探偵キッドに依頼して下さい!」
「ああ。また頼む。」
「では!」
 格好良くポーズを取って立ち去るキッドを見送りながら、ボルスは彼の口から聞いた言葉を反芻していた。
 自分とつき合っていると言って貰えなかった事は少しショックではあるが、予想していた事なので気にしないようにしておく。好きな人もいないとと言われたのもショックだが、それも無視する事に決めた。問題は、彼の好きなタイプだ。
「『しっかりと前を向いて生きている人』か・・・・・。それなら何とかなりそうだ。」
 自慢じゃないが、前しか見ていないと良く言われる。程度の問題もあるかも知れないが、まったく好みのタイプから外れているわけでもないだろう。
「よしっ!頑張るぞーーーっ!」
「・・・・・・何を頑張るんだ?」
「うわっっ!」
 気合いを示すように大きく体を伸ばしていたボルスは、なんの前触れもなくいきなりかけられた背後からの声に、思わずその場に飛び上がった。
「パ・・・パ・・・パーシヴァルっ!い、いつからそこに・・・・・?」
 慌てて振り向けば、そこには愛してやまない同僚の姿があった。
 先ほどの話しを聞かれてはいないかと、ボルスの心臓は早鐘を打ち出した。
 べつにやましいことはないのだが、人に頼んで二人の関係の突破口を開く道を探っていたと言う事実を知られるのが、なんとも言えず恥ずかしかったのだ。
「何を動揺しているんだ?」
 そんなボルスの動揺している姿に、パーシヴァルは普段自分に見せない柔和な笑みを浮かべて見せた。一瞬見とれかけたボルスだったが、その瞳の奥にある剣呑な光に気が付き、赤くなりそうな顔色を瞬時に青色に塗り替えた。
「べ・・・べつに、動揺なんかしていないっ!」
 思わずそう言い返してしまったボルスに向けられた笑みが、さらに深みをましていった。それと同時に、瞳に宿る光も強くなる。
「そうか、俺の勘違いだったか。」
 軽く腕を組み、右手の指で口元を隠すようにして小首を傾げてみせる。いつもは見とれてしまう程様になったその動作も、今のボルスには恐怖を誘う動きの一つに見える。
「・・・・・・最近、毎日のように尾行されていたんだ。」
「・・・・そ、それは物騒だな。」
「たいして害も無さそうだったから放って置いたのだが、今日その尾行者が俺の前に現れて、つき合っている人はいるのかとか、好きなタイプはとか、下らないことを聞いてきた。」
「・・・・へぇ・・・・・。」
 ばれている。これは確実に、自分のやったことだとばれている。
 パーシヴァルの身体から、静かに怒気が滲み出しているのが分かる。
「どこかの可愛らしいお嬢さんが、告白する勇気もなくて人の頼んだと思っていたんだがな・・・・・。俺の読みも甘かった。」
 そう言うと、本当に綺麗に笑いかけてくる。状況も考えずに思わず見ほれてしまうほど。
 しかし、次に続く言葉ですぐに現実に引き戻されてしまった。
「お前の馬鹿っぷりには、ほとほと呆れるな。」
「パ・・・・パーシヴァル・・・・・。」
「いい大人のする事ではない。身体ばかりがデカクなった子供のおもりは、したくないんだよ。俺は。」
「そ、それってどういう・・・・・・。」
 言葉の真意を求めて声をかけたが、馬鹿にしたように鼻で笑ったパーシヴァルは、冷たい一瞥を投げて、声もかけずに立ち去ってしまった。
「ちょ・・・・ちょっと待てっ!」
 慌てて声をかけたが、振り返りもしない。その背を追うように伸ばした手も届くことなく、行き場を失ったように伸ばされ続けていた。
「また、あの沈黙の日々が続くのか・・・・・?」
 この先一週間は口をきいて貰えないであろう事を経験で悟ったボルスは、力無く地面に膝をつくのだった。



















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