なかなか寝付くことが出来ない。
ベットの中でなんども寝返りを打っていたが、眠気がやってくる気配は一向に現れない。
「・・・仕方ない。少し歩いてくるか・・・・・。」
深いため息を付いた後、パーシヴァルはのっそりと身体を起きあがらせた。
眠くは無いが、身体は多少怠い。疲れが取れていないのだろう。グラスランドとゼクセンが手を組むことになり、連合軍がこのビュッテヒュッケ城に落ち着いてから、それ程日が経っているわけでもない。
環境の変化に、身体と心がついて行っていないのかも知れない。
「久しぶりに一人で寝るから、ゆっくり眠れると思ったんだがな・・・・・。」
今夜、同室のボルスは泊まりがけの遠征に出ていて帰っては来ない。
子供のように体温の高い身体が近くに無いので、さぞかし快適な眠りにつけると思っていたのだが、この数日でその体温に慣らされたのか、無ければないで落ち着かない気がする。
「・・・少し、頭を冷やして来るか・・・・・。」
そう呟いたパーシヴァルは、用心のために腰に剣を差して部屋を後にした。
はっきり言ってうんざりしていた。
マナーの悪い客に。いや、あんなものを客だとも思いたくはない。
無意味に周囲のものを怒鳴りつけ、下品な話しを店中に聞こえるような大声で話しまくる、あいつ等を。
「やっぱり、鉄頭は最低だね・・・・・。」
怒りと憎しみが抑えきれず、アンヌは思わず言葉を漏らす。
初めて持った自分の店は、開店した初日に彼等の襲撃によって潰された。憎らしくてしょうがないのに、一緒に戦うことになった。城主の計らいで店を開くことが出来たが、憎い鉄頭も店に来る。商売だからと我慢して酒を売っているが、あんな態度を取られると鉄頭を出入り禁止にしてやりたくなる。
憎しみを込めた瞳で鉄頭を睨み付けた。
一際高く上がった鉄頭達の声に、カラヤの男達が視線で追い出そうかと聞いてくる。それを、アンヌは首を振って制した。
一緒に戦い始めたばかりなのに、酒に酔った勢いとはいえいがみ合いをしたら、まとまる戦力もまとまらなくなる。
店を建てるに当たって、どの部族の人にも分け隔て無いつき合いをする事を言い渡されてもいる。自分から力を行使する動きをしてはいけないのだと、アンヌは自分に言い聞かせた。
そんな時、店の扉が開かれた。
夜ももう遅い時間に新たな客が来ることは珍しい。条件反射でそちらに視線を向けると、そこには見知らぬ若い男の姿があった。
彼は、アンヌの視線に気がつくとニコリと人好きのする笑みを浮かべ、ゆっくりとカウンターに近づいてくる。
近づくにつれ、その男の造作の良さがはっきり見えてきた。
スラリと伸びた姿態。首を覆う、少し眺めの灰色がかった緑色の髪は、歩くたびにサラサラと風に揺れ、男の首の細さを強調しているようだ。
少し照明の暗い酒場でもそうと分かるほどに白い肌。
カラヤの造作とは違うのだが、それでも綺麗と思えるその顔には、柔和な笑みが浮かべられている。
一瞬見とれて言葉を失ったアンヌだったが、男が目の前の席に腰を下ろした事で我に返り、慌てて営業用の笑みを浮かべて見せた。
「いらっしゃい。初めて見る顔ね。何を飲む?」
「・・・そうですね。カラヤでしか飲めない酒とかは、ありますか?」
アンヌの笑みよりもさらに綺麗に笑い返しながら、男はそう尋ねてきた。
「あるけど・・・・。結構強いよ?大丈夫?」
「ええ。」
ニコリと微笑む男の言葉に頷き、アンヌは酒を出すために後ろを向いた。
酒瓶を出しながら、アンヌは先ほどみた男の顔を脳裏に浮かべてみる。
シックスクランの者では無いと思う。カラヤやリザート。ダックで無いことは一目瞭然だが、わりと鉄頭に近しい造作をしているチシャの者とは、雰囲気が気がうのだ。
では鉄頭なのだろうかと思うが、アンヌの良く知る鉄頭の連中とも雰囲気が違う。だとしたら、アイラが世話になったという傭兵隊の者なのだろうか。
「はい。これよ。味も匂いもきついから、ゆっくり飲むことを勧めるわ。」
「わかりました。」
アンヌの忠告に軽く頷いた男は、渡されたグラスを口に運んでいく。
その姿を、アンヌはジッと観察していた。いままでこの酒を飲んだ鉄頭達は、全員文句を言ってきた。アルコール臭が強く、普通の酒よりも辛さがきついのだ。
飲み慣れているカラヤの者にはなんてことないのだが、ワインなどと言った上品な酒を好む鉄頭達の口には合わなかったのだろう。
とはいえ、自分で飲むと言って置いて文句を言うのは筋違いと言うものだ。アンヌは飲むことを止めてやったのだから。
さて、この男はどういう反応を返してくるのだろうか。
少し期待しながらその整った顔を眺めていると、彼は面白そうに片眉を上げて見せた。
「なかなか変わった風味ですね。原材料はなんなんですか?」
「それはカラヤの秘伝だから、教えられないのよ。」
「そうですか、それは残念ですね・・・・・。」
そう呟きながら、男はさらにグラスに口を付ける。
今まで無かった反応に、アンヌの興味は増していく。
「まずく無い?」
「おいしいですよ。いや、おいしいと言うよりも、簡単に身体が熱くなりそうで良いって感じですか。」
「気に入ったって事?」
「ええ。ボトルで買って、部屋に置いて置きたいですね。」
笑いながら言われた言葉に嘘の色が見えなくて、暗くなっていたアンヌの心が少し明るくなった。
「じゃあ、帰りに買って行ってよ。初めてだし、安くしとくよ?」
「それはありがたいですね。是非お願いします。」
ニコリと笑いあったところで、また鉄頭が大声を張り上げだした。
せっかく気分が良くなってきたところだというのに。
怒りと憎しみを込めて睨み付けていると、目の前の男がポソリと言葉を落としてきた。
「アレは、放って置いて良いんですか?周りのお客が迷惑している様なんですが。」
「・・・仕方ないのよ。城主から、分け隔て無く酒場を開放しろと言われてるから・・・・。カラヤの男に頼んで店から追い出す事も出来ないわ。今はただ、騒いでいるだけだから・・・・。」
深いため息を落とすと、男は軽く首を傾げて見せた。
何かいいたいことがあるらしい。
視線で言葉の先を問えば、男は皮肉の混じったような笑みを浮かべて見せた。
「分け隔て無く解放するというのは、周りの迷惑になるものを放置しても良いという理由にはならないと思いますよ?」
「でも、ここで鉄頭を追い出したりしたらカラヤの評判も落ちるでしょう?」
「そうでしょうか。どちらかというと、騎士団の評判が落ちると思いますよ?」
「・・・そうかしら?」
「ええ。」
頷いた男は軽く腕を組み、右手の指先を己の口元に持って行った。
その口元には意地の悪い笑みが浮かび上がる。
彼は何を言おうとしているのだろうか。アンヌの身体は次の言葉に備えるよう、自然と硬くなった。
そんなアンヌの様子に苦笑を漏らした男は、その笑みの形を作る唇から言葉を零す。
「物事は最初が肝心ですよ。初めに『ここまでは良い。これ以上は駄目。』というルールをしっかり明示しておかないと、『あの時は良かったのになんでだっ』て事になりかねませんから。」
「でも・・・・・。」
「アレは、あなたの許容出来る範囲の行いなのですか?カラヤの男達がああいう態度をしていても、あなたは何も言わないのですか?」
「・・・・その時は、注意するわ。」
静かに告げた言葉に、男は楽しんでいるような喜んでいるような、そんな瞳で笑いかけてきた。
「だったら同じ対応をすれば良いのではないですか。下手に民族にこだわるから身動きが取れなくなるんです。カラヤだろうと騎士団だろうと、結局は同じ人間なのですから。」
確かに、それはそうかも知れない。
知り合いの男達に追い出して貰おうと思っていたのが、そもそもの間違いだったのだろう。自分が店主として、しっかりした態度で対応すれば良かったのだ。
それなのに、鉄頭と話すことすら嫌がって職務放棄した。
これは、自分が招いた騒ぎと言うことなのだろう。
自己嫌悪に陥ったアンヌが再び男に言葉をかけようとしたその時、こちらの様子に気がついたらしい鉄頭の一人が、下品な笑みを浮かべながらノシノシと近づいてきた。
「なんだ。綺麗なねーちゃんだと思ったら、綺麗なにーちゃんだったのか・・・・。まぁ、良い。こんなところで一人で飲んでないでよぉ、俺たちと一緒に楽しまない?」
「遠慮しますよ。折角の酒がまずくなりそうですからね。」
「・・・・なんだと、貴様・・・・。」
サラリと返す男の言葉に、鉄頭の顔は怒りに歪んでいく。
「人が優しく声をかけてやったのに、つけあがりやがって。痛い目見たくなかったら、言うこと聞きなっ!」
「私を痛い目にあわせたいのならば、もう少し修行した方が良いですね。・・・・相手の力量が分かる程度には。」
馬鹿にするような笑みで、男はそう答える。
その言葉と笑みに、鉄頭の顔は一気に朱色に染め上げられていく。
「ちょっと、あんたっ!」
慌てて止めようとするアンヌを、男は穏やかな笑みを浮かべながら片手で制してきた。
コケにされた鉄頭に呼ばれ、仲間がぞろぞろと集まってきても、男の表情には余裕がある。
周りを囲む鉄頭達と比べれば、半分くらいしか無いのではと思われる細い体躯をしているのに。この余裕はどこから来るのだろうか。
男は、その細い姿態をカウンターから離し、鉄頭達にの前に進み出て、彼等の顔をじっくりと眺め回した。
そして、ニコリと笑みを浮かべる。
「・・・怪我をしたくなかったら、剣を抜かない方が良いですよ?手加減はして上げますけどね。」
「その減らず口が、どこまで持つか・・・・・」
言い終わる前に、鉄頭の身体は吹っ飛んでいた。
何事かと男に視線をやると、彼はその長い足を僅かに持ち上げた体勢で立っている。
腹を抱えて呻く鉄頭の様子から、彼が腹部に強烈な蹴りを入れたのだということを察することが出来た。
出来たが、いつのまにそんな攻撃を仕掛けたのだろうか。近くに居たにも関わらず、アンヌにはその動きを確認することが出来なかった。
「それは、こちらの台詞ですよ。」
ニッコリと笑い返した男は、僅かに身を沈めると一足飛びに鉄頭達の懐に飛び込み、一人の顎に右の拳を叩き込んだ。
思わず呻いて身を屈める鉄頭の腹に抉るようなパンチを入れた男は、気を失って倒れ込む鉄頭の身体を無造作に投げ捨て、これ見よがしに足で踏みつけてみせる。
「さて。次は誰ですか?」
息一つ乱さず、ニコリと笑いかけてくる男の様子に一瞬怯んだ鉄頭達だったが、すぐに気を取り直したらしい。
腰に下げていた剣を引き抜き、男に向けて斬りかかってきた。
「・・・・こんなせまい所で抜刀するなど・・・・。」
呆れたような、蔑むような呟きを漏らしながら、男は軽々と剣先を避けてみせる。
いくら相手が酔っているとは言え、余裕のありすぎる動きだった。その動きは素人目にも腕の立つ者だとわかる。
それは、相対している者達が一番良く分かっているだろうと思うのだが、彼等は躍起になって男に斬りかかっていく。
残りは三人。しかし、男にはなんの障害にもならないだろう。
この勝負の先は見えている。
そう思うと、アンヌは安堵の息を吐き出し、店の状況に目を向けた。
少しずつ破壊されていく自分の店を見つめながら、この争いが早く片づくことを祈って。
被害は出来るだけ最小限納めようと思ったが、剣を抜かれたせいで思っていたよりも大きくなってしまった。
身内の恥をさらした上、余計な片づけまでさせなければいけないことに申し訳なさを感じる。
「・・・申し訳ありません。少し荒れてしまいました。」
「構わないわよ。やっつけて貰って、気分はすっきりしたからね。ありがとう。コレ、私の奢りだから飲んでよ。」
そう言って差し出されたグラスは、この店に入って最初に飲んだカラヤ特有の酒。
嬉しい心遣いではあったが、そもそも身内の悪行のせいなので、パーシヴァルは素直に受け取ることが出来なかった。
「そんなお心遣いはいりませんよ。身内の恥を片づけただけですから。」
「・・・・身内の、恥?」
驚いたように瞳を見開く女主人に、パーシヴァルは小さく頷いて見せる。
「ええ。私も一応騎士団に籍を置く者ですから。」
「そう、なんだ・・・・・。」
なにか複雑そうな顔をしている彼女に、パーシヴァルは苦笑を返す。
カラヤの人達はとくに、騎士団に対して良い感情を持っていない。
それなのに、今まで親しく言葉を交わしていたのだから、内心困惑しているのだろう。
「この件は、私からクリス様に報告しておきますから、あなたに何かしらの責任を負って貰う事も、事情を説明して頂く必要もありませんよ。この者達には、今後同じような過ちを繰り返さないよう、厳しい罰を与えて貰いますから。」
「ぁ、うん。・・・・お願い。」
「で、コレは受け取った方が良いですか?」
出されたグラスを指さして尋ねると、彼女は逡巡した後小さく頷き返してきた。
「では、遠慮無く頂きます。」
受け取ったグラスに口を付け、今日初めて飲んだ酒を味わった。
ボルスだったら絶対に飲もうとしないだろう。
レオだったら、つき合ってくれるかも知れない。
とは言え、彼女が再び自分にこの酒を振る舞ってくれるかどうかは分からないが。
彼女の気持ちは分かる。
自分も故郷をカラヤとリザートに襲撃されたのだから。その時に、大切な人も失った。しかし、だからといっていがみ合ってはいられないのだ。
自分の立場もある。騎士団の中核に位置している者が、自分の感情だけで同盟者との接触を嫌がっているわけにはいかないのだ。
そんな自分と、彼女の立場は違う。そうは思うが、どうしても一言言ってやりたかった。
「騎士団が、憎いですか?」
いきなり振られた言葉に、彼女はビクリと身体を震わせた。
驚いたように見開かれていた瞳は、すぐに細められ、自分の事を射殺さん勢いで睨み付けてくる。
「当たり前でしょ。あなた達のせいで、沢山の仲間が死んだわ。私の店も、潰された。憎くないはずがないわ。」
「・・・そうですね。確かに、我々はあなたの部族を襲いました。しかし、あなた方もゼクセンの、なんの武力も持たない小さな村を襲ったのですよ。お互い様だとは思いませんか?」
「そ、それはそうかも知れないけど、身内を殺されたのよ。憎まないはずが無いじゃない!」
叫ぶ彼女の様子を、パーシヴァルは静かに見つめていた。
こんな風に、素直に自分の感情を吐露したいものだ。感情のままに叫ぶという行為を、どれくらいやっていないだろうか。
そんなことをボンヤリと考えながら、パーシヴァルは小さく笑みを浮かべてみせる。
「でも、あなたはここの主人でしょう?店に来る客は、戦いで疲れた心を癒しに来るんです。その人達に、憎しみの瞳ばかりを向けていて、商売になるんですか?」
「そ・・・・それは・・・・・」
痛いところを突かれたのだろう。彼女は、迷うように言葉を途切れさせた。
そんな彼女の様子に、パーシヴァルは自嘲的な笑みを浮かべる。
少し、八つ当たりをしてしまった。素直に憎いと言える彼女に。 自分が誰にも伝えることの出来ない思いだというのに、彼女は今日会ったばかりの自分にこんなにも簡単にその心を聞かせるのだ。
それが、ほんの少しだけ羨ましくて、憎らしい。誰にも何も言わないということは、自分の選んだ事だけれど。
「・・・・申し訳ありません。少し言い過ぎました。」
「いいえ。そんなことはないわ。・・・・私も、そう思うから。」
「あまり思い詰めないで下さいよ。好き嫌いがあるのは、人間としてしょうがないことですから。」
「でも、今のままではいけないと思うのよ。ここに店を貰ったのだから、みんなに愛される店にしたいもの。」
真剣な顔で見つめてくる彼女の瞳に迷いの色はない。ここに、酒場という場所に強い思い入れがあるのだろう。彼女の瞳には、憎しみ以外の強い光が伺える。
その光がある限り、彼女は一つの暗い心に捕らわれることは無いだろうと、パーシヴァルはホッと胸を撫で下ろした。
そして、一つ尋ねてみる。
「・・・・あなたは、カラヤの人はみんな、分け隔て無く愛しているのですか?」
いきなりの質問に面食らったような顔をしていたが、彼女はいぶかしがりながらも軽く首を振って見せた。
「・・・そんなことは無いけど・・・・・。」
「騎士団の人達も同じですよ。気にくわないヤツもいれば、話してみて以外と馬が合う人もいる。だから、一括りにしない方が良いんじゃないですか?」
その言葉に、彼女は何か考え込んでいる。
やはり、少し無理があっただろうか。
多少考え方の変換が出来るかと思ったが、結局のところ、嫌いなヤツは嫌いでしょうがないと言っているようなもの。
騎士団の人間が全員気に入らないと言われれば、状況が変わることなど何も無いのだ。
あまり長居をするのも良くないだろう。自分は彼女の憎んでいる相手の中核なのだから。
そう思ったパーシヴァルは、グラスの中身を一気に煽ると、考え込んでいる彼女にニッコリと笑いかけた。
「このお酒。本当においしかったですよ。ごちそうさまでした。」
カウンターに最初の一杯目の代金を置いたパーシヴァルは、さっさと部屋に戻ろうと入り口に向かって歩き始めた。
そのパーシヴァルを、彼女は慌てた様子で呼び止めて来る。
「ちょっと待ってっ!」
呼び止められる意味が分からず、軽く首を傾げながら振り返ると、彼女は手招きしている。
これ以上話をする事があるのだろうか。
呼ばれるままに近づくと、彼女はホッとしたように小さく息を吐き出した。
「ちょっと、そこで待っててちょうだい。」
そう言い置くと、彼女はカウンターの裏へと入っていってしまった。
いったい何を言いたいのだろうか。
背後からは、興味津々といった視線が突き刺さってくる。妙に静まりかえっている酒場に居心地の悪さを感じ始めた時、彼女がカウンターへと戻ってきた。
「お待ちどう様。はい、これ。」
目の前に出されたのは、見慣れぬ酒瓶。
ラベルは何も付いていない。栓は固く締められているようなので、新しい酒なのだろうとは思う。
彼女の真意が掴めなくてその顔に視線を向けると、彼女は何か吹っ切れたような笑みを浮かべていた。
「あげる。私の、始めての鉄頭の友達に。」
「・・・・・・・友達、ですか?私が?」
「そう。」
言われた言葉に驚き、目を見開くパーシヴァルに、彼女は迷いもなく頷き返してくる。
「はっきり言って、鉄頭は嫌い。あなたに言われた事は分かるけど、やっぱり心が拒絶するわ。」
真摯な瞳で語りかけてくる彼女の言葉に、黙って耳を傾ける。
相づちを打つのもはばかられて。
「でも、あなたの事は気に入ったの。最初、鉄頭の仲間だと思っていなかったからかもしれないけどね。鉄頭だと分かっても、あなたには憎しみが沸かない。だから。」
「だから、友達になろうと?」
「そう。この年で友達って言うのも恥ずかしいけどね。」
「確かに。」
戯けたように肩をすくめてみせる彼女の言葉に、パーシヴァルの顔にも笑みが浮かんでくる。
「では、またこの店に来ても良いですか?」
「ええ。当たり前よ。あなたは友達なんだから。安くしてあげるわ。時々は。」
「・・・・ありがとうございます。」
なんの陰りもなく微笑む彼女の言葉に、パーシヴァルの心が少し軽くなった。
前向きな彼女の言葉に、自分の中にある暗く濁った思いが、ほんの少し解きほぐされたような感覚が沸き起こる。
「で、今日はこの後もう少し飲んでいく?」
そうして欲しそうな彼女の瞳を見ては、帰るとは言えない。
パーシヴァルは快く頷き返した。
「あなたがそうして良いと仰るなら。」
「良いに決まってるでしょ。むしろ、もう少し話をしたいくらいだわ。」
朗らかに笑んだ彼女は、思い出したようにパーシヴァルの顔を覗き込んできた。
「そう言えば、名前を聞いてなかったわ。あなたの名前は?」
「パーシヴァルですよ。そういうあなたは?」
「私はアンヌ。・・・・よろしくね。パーシヴァル。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ニッコリと微笑みあった二人は、手にしたグラスを軽く打ち鳴らした。
事の成り行きを見守っていた為に静まりかえっていた酒場に、グラスのぶつかり合う軽やかな音がこだまする。
それを合図にするように、店内にはホッとしたような息が吐かれ、再び喧噪が戻っていく。
その様を微笑みながら見ていたパーシヴァルとアンヌは、視線を合わせ、もう一度微笑みあった。
その後二人は時を忘れ、語り合い、酒を酌み交わした。
カラヤで作られた酒を。
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酒