「なぁ。今度の休みに映画行かないか?」
 いつもの部活帰りのファーストフード店の中で、桃城は向かい側に座っているリョーマに向かってそう切り出した。
 何の繋がりもなくいきなり発した言葉に、言われたリョーマは驚いたように目を瞬いている。
「・・・・なんなんっすか。いきなり。」
 その切り返しは、想像していた通りのものだった。男の割には大きな瞳が、訝しむように桃城の顔を見つめてくる。
 相手の出方を窺う猫のようなその視線に、胸が沸き立って来るのは何故だろうか。
「タダ券貰ってよ。せっかくだから、行ってみようかなぁとか思ってよ。どうだ?」
「・・・・なんの映画なんすか?」
「ああ、これだ。」
 言いながら懐から出したものは、最近話題の映画の招待券。
 テニス以外のことにはあまり興味が無さそうなリョーマではあったが、連日のようにテレビでコマーシャルが流れていたこの作品のことは知っていたらしい。タイトルに目を走らせた途端、イヤそうに顔を歪めてきた。
「・・・・・・ベタベタの恋愛モノじゃないっすか。イヤですよ。こんなモノを男二人で見るなんて。」
 その反応も、想像通りのものだ。
 そもそも、映画になんて興味が無さそうだからどんなものを誘っても話に乗っては来ないだろう。そう思うから、こんな休日の誘い方は今までしたことが無かった。
 だが、今回は違う。たまにはテニスから離れたところで二人きりになりたいのだ。
 ただの部活の後輩に対してそう思うのは、おかしいことだろうか。
 ふとそんなことを思った桃城だったが、深く追求することは止めた。おかしかろうと、リョーマと一緒に休日を過ごしたい事に変わりは無いのだから。
「そう言うなって。タダなんだからよ。」
「イヤです。そんなに見に行きたいなら、女の人誘えば良いじゃないですか。あの不動峰のヤツとかさ。」
 揶揄するような視線と声音に、一気に機嫌が悪くなる。彼女とはなんの関係も無いと、しつこいくらいに言っているのに、彼はその言葉を信用しようともしない。彼女が一々煽るような事を言うせいかもしれないが、部活の先輩である自分の言葉よりも他校生徒である彼女の言葉を信用している態度に腹が立つ。
 可愛くない態度を取るのが『越前リョーマ』という少年なのだと言うことは分かっている。分かっているのに、あまり人間の出来ていない桃城は、彼の言葉と態度に一々腹を立ててしまうのだ。
 いつもだったら、リョーマが今の様な態度を取ろう物なら速攻で口げんかに突入するところだったが、このときばかりは桃城もグッと堪えた。
 なんとしてでも、彼とこの映画に行きたかったのだ。
「だから、俺は、お前と行きたいんだって。」
 怒鳴りつけたい所を、精神力を総動員してなんとか普通に語りかけた。
 桃城の反応がいつもと違う事を訝しく思ったのか、リョーマがこちらの様子を窺うように小さく首を傾げて見せる。その行動に、自分の事をジッと見つめてくる大きな瞳の輝きに、桃城の胸は小さく脈打った。
 そんな桃城の動揺する心になど気づきもしないで、リョーマはいつもと変わらぬ仏頂面を返してくる。
「・・・・なんでですか?」
「そりゃ、お前と一緒に居たいからだよ。」
 キッパリと言い切った桃城の言葉と態度に、リョーマは呆気に取られた表情で見返してきた。
「・・・・・恥ずかしげもなく、良くそんなことが言えますね。」
「別に恥ずかしくねーもん。」
「恥ずかしがって下さいよ。少しは。」
「なんでだよ。お前と居るときが一番楽しいんだから良いじゃねーか。」
 少し不機嫌そうなリョーマの顔をジッと見つめながらそう言い切った。
 それは、紛れもない桃城の本心。
 今まであまり口に出していなかった言葉は、一度口に乗せると溢れることを止められない。
 桃城は、思いの丈をそのままリョーマへとぶつけていった。
「お前と一緒に居るときが、一番楽しいんだよ。俺は。テニスをしている時はもちろんだけど、テニスをして無くても、お前が隣に居ると思うだけで、スッゲー楽しいんだ。」
 その言葉を、リョーマは大きな目を見開きながら聞いている。
 反応を窺うようにその瞳を真剣な眼差しで見つめると、彼は戸惑ったように視線を辺りに彷徨わせた。そして、何かを言おうとして、結局口を噤む。
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ。」
「・・・・・・・・別に。」
「別にって顔じゃねーだろ。言ってみろよ。」
「なんでも無いって言ってるっしょ。しつこいですよ、桃先輩。」
 不愉快だと言うことを顔全体に描きながらそっぽを向くリョーマの態度に、桃城の怒りは一気に沸点に達した。
「しつこいって・・・・っ!」
 今度こそ怒鳴りつけようと思い途中まで言葉を発したのだが、なんとなく気が反れた。
 彼がこんな事を言うのは日常のこと。一々怒鳴っていたら体力が持たない。
 彼と出会った数ヶ月で、自分も随分大人になったものだ。そんなことを胸の内で呟きながら、桃城は気を取り直すように大きく息を吐き出した。そして、未だに不愉快そうに顔を歪めているリョーマへと視線を向ける。
「お前、ホントに可愛くないなぁ。」
 僅かに苦笑が混じった言葉は、桃城の本心。だけど、そんなつれない態度を取る、気位の高い猫の様なところも可愛いと思っている自分が居るのも確かなことだ。
 矛盾している自分の気持ちが分からず首を傾げる桃城の耳に、まだ声変わりをしていない可愛らしい声が聞こえてくる。
「・・・・・・で?何時に待ち合わせっすか?」
 いきなり話を振られ、一瞬桃城の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった。
「・・・・・は?何が?」
「だから、映画。」
 言われた言葉に、思考と身体が硬直した。
 承諾してくれるとは思っていなかったのだ。自分で誘っていながら、リョーマがこんなにもあっさりと承諾してくれるとは。だから、思わずリョーマの顔を凝視してしまった。その発言が嘘なのではないかと、疑って。
 予測していなかった言葉に驚き、言葉が出なかったという事もあるのだが。
「・・・・・・・なんすか?」
 そんな桃城の態度を訝しむように、リョーマが眉を顰めてくる。微妙に耳たぶが赤くなっている様に見えるのは、気のせいだろうか。
 素直じゃないリョーマの態度も可愛く思えて、桃城の顔には自然と笑みが浮かび上がってきた。
「いや。何でもない。・・・・・・帰りに、どっかのコートでテニスして帰っか?」
 その提案に、リョーマはいつもの自信に満ちあふれた、小憎たらしい笑顔を浮かべて返してくる。
「良いですよ。ただし、負けてなんかやりませんからね。」
「馬鹿ヤローっ!ソレは俺の台詞だっ!」
 リョーマの頭を軽く小突きながら、そう言い返した。
 可愛くないけど、可愛い後輩。
 彼の存在が自分の中で大きくなってくるのを感じていた。彼に向ける自分の気持ちがどう言った種類の物か、まだはっきりと分からない。分からないことを、突き詰めて考えようとも思わない。
 今はまだ、一緒に遊んでいるだけで満足出来るから。休日に出かける約束を出来るだけで、今は満足だった。
 今は、まだ。






















ラブ?


















 

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