何もする気が起きず、ボンヤリと窓辺に座りこんで外を眺めていた。
 全身から力が抜けきっている。
 これで終わりなんだなと言う思いが、胸の内で渦巻いている。
 いや、二年生の宮城に取ってはこれで終わりではない。
 まだ冬の選抜も、来年の大会も残っているのだから。
 だが、赤木と木暮と一緒に戦う事は、もう無いだろう。
 同じコートの上に立って、同じ夢に向う事は。

「・・・・・・・・・・・なんで・・・・・・・・・・・・」

 今日の試合を思い起し、悔しさのあまりに言葉が零れた。
 身体が思うとおりに動けば勝てたはずだ。
 山王に比べたら弱かったのだから。あいつらは。
 なんで負けてしまったのだろうか。
 なんで・・・・・・・・・・・・・・・
 後悔の念で押しつぶされそうになっていたとき、耳を劈くような悲鳴が飛び込んできた。

「いってーーーーーーっ!!!」

 その声にハッと意識を引き戻し、声の上がった方へと視線を向ける。
 そこには、己の足先を庇うように屈み込んでいる三井の姿があった。
 その全身が小刻みに揺れている様な気がするのは、気のせいだろうか。

「三井サン?どうしたんすか?」

 なんだかその様子に尋常じゃないモノを感じて問いかけながら、傍らに近づく。

「・・・・・・・・った。」
「え?」
「そこの柱に小指ぶつけたんだよっ!!畜生!!」

 余程痛いのか、目にうっすらと涙を浮かべながらそう怒鳴り返してきた三井の態度に、宮城は一瞬ポカンと口を開けてしまった。

「・・・・・・・・・間抜けっすね。」
「うるせぇっ!疲れてたんだよっ!!」

 思わず零れた宮城の言葉に真っ赤になって怒鳴り返してくる瞳には射殺さん勢いがあったのだが、今にもこぼれ落ちそうな程涙を浮かべているので迫力がない。
 そのせいかどうなのか分からないが、睨み付けてくる瞳を怖がるどころか、逆に慰めてやりたくなるのはなってしまう。
 しかし、三井相手にそんな事は出来ない。下手に慰めようとしたら、今以上に怒鳴り散らされるのがオチだ。だから、少しでも気分をもり立てようと軽口を叩いて返す。

「・・・・・・・・まぁ、いつも以上にフラフラしてましたからね。三井サン。」
「うるせーっ!てめーだってそうだったじゃねーか!!」

 涙がこぼれそうな瞳で再度宮城の事を睨み付けてきた三井は、フイッと視線を俯け、ぶつけた右足の小指を己の手の中に握りこむ。

「・・・・・・・・・マジ痛ぇ・・・・・しばらく歩けねーよ・・・・・・・・・」

 拗ねたようなその口調に、宮城の口元に笑みが広がった。
 本人に言うと怒鳴り返されるだろうから言わないが、なんだか可愛く思えて。

「何やってるんすか。明日試合が無いから良いモノの、これで試合があった日にゃ、ダンナに怒鳴られるどころじゃ・・・・・・・・・・・・」

 言葉は、途中で飲み込まれた。
 立てられた自分の膝に顔を寄せるようにして座り込んでいた三井の肩が、小刻みに震えている事に気が付いて。
 それは、先程の痛みを堪えるための震えとは違った。
 必死に噛み殺す嗚咽が、宮城にも聞えてくる。

「・・・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・・・」

 なんと言葉をかけて良いのか分からず、ただ呆然と名を呼んだ。
 妙な緊張感が辺りに落ちる。
 どうやってこの間を突き崩そうかと焦る宮城の耳に、低く、押し殺したような声音が届く。

「なんで・・・・・・・・・・・・」
「え?」

 呟きは小さく、最後まで宮城の耳に届かなかった。
 だから宮城は、三井の言葉をちゃんと聞き取ろうと彼の前にしゃがみ込んだ。

「三井サン?」

 聞き漏らした言葉を再度口に出す事を促すように名を呼び、伏せた顔を覗き込む為に軽く首を倒してみた。
 その宮城の耳に一言だけ、言葉が飛び込んできた。

「・・・・・ゴメン・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・・・」

 その一言に込められた思いが一つや二つで無い事を感じ取り、ハッと息を飲む。
 バスケが好きなのに、見ない振りをしてて、それでも忘れられなくて。駄々をこねる子供のように与えられないモノを壊そうと体育館にやってきた三井。
 一悶着起こして部に戻り、失った時間を埋めるようにバスケに打ち込んで来た三井。
 その三井が事あるごとに空白の二年間を悔やんでいる事に、宮城は気付いていた。
 罪滅ぼしをするかのように、驚く程バスケに集中していた事も。
 体力が尽きる時まで、決してコートから出ようとしなかったのは、少しでも長くバスケをしていたかったからかも知れない。
 彼は冬の選抜にも出ると言っていた。だけど、赤木と木暮はこれで引退だ。その事を、一番悲しんでいるのは三井なのかも知れない。同じ学年なのに、同じ夢を見ていた時間が短かった事を。これから先、同じコートで同じ夢を見る事が出来ない事を。

「・・・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・・・・・・」

 思わずその頭を抱き込んだ。
 少しでも彼の悲しみが減れば良いと、そう願って。

「冬は絶対に勝ちましょう・・・・・・・・・・・」

 例え引退していても、彼等は自分達の。湘北の勝利を我が事のように喜んでくれるはずだから。

「まだ、夢への道は途絶えて無いですよ・・・・・・・・・・・」

 思いを込めて、抱き込む力を強くする。
 胸の濡らす暖かな感触に、己の目にも涙が浮いてくる。
 
負けた奴は強くなる。

 だから、もっと強くなろう。
 少しでもアンタの引退を長引かせてやりたいから。
 少しでも長く、ココでバスケをして貰いたいから。

 声に出来ない思いを胸に抱く。
 己の腕の中の存在を意識しながら。

































      





悔恨