細い姿態が微かにしなり、その指先を離れたボールが宙に浮かぶ。
 その瞬間、流川の瞳は釘付けになった。
 ボールを放った人物へと。
「・・・・・・・すげー・・・・・・・・」
 綺麗だな、という言葉は、口の中に消えた。
 以前木暮が自分のシュートフォームを綺麗だと言ったことがある。
 だが、自分のフォームなんかよりもこの人のフォームの方がだんぜん綺麗だと、流川は思う。
 その性格と結びつけて考えられない程、お手本の様に基本に忠実な綺麗なフォーム。
 あんなに大ざっぱな性格なのに、シュートフォームだけは機械の様に正確に、いつも同じ美しさを保っている。そして、その成功率も。
 練習中に外すことはまず無い。それだけ練習を積み重ねてきたという事だろう。二年のブランクを感じさせないくらい、ボールは綺麗にネットを揺らしていた。本当に、二年間ボールを持っていなかったのだろうかと疑うくらいに。
「調子良さそうっすね。三井サン。」
 満足そうに自分が放ったボールの行方を見つめていた三井に、宮城がニヤリと口の端を引き上げながら語りかけている。
 その言葉に、三井もまたニヤリと笑う。
「おう。絶好調だぜ。外す気がしねぇ。」
「元々練習中には外さないじゃないっすか。三井サンは。」
「そりゃあそうだけどよ。今日はとくに良い感じだな。」
「その調子を次の試合まで持続して下さいよ。三井サン、ムラがあるんスから。」
「うるせー。一言余計なんだよっ!てめーはっ!」
 怒鳴り、宮城の首を絞めるようにじゃれ合いだした上級生二人の様子をボンヤリと見つめた。なんだか、間に入り込める雰囲気じゃなくて。
 三井は、自分にあんな顔を見せた事がない。それは自分が宮城ほど取っつきやすい性格をしていないからだと言うことは分かっている。三井があんな風に自分に絡んでくることは、滅多に無いのだから、仕方の無いことだと。
 だが、妙に苛々する。
 自分を見てくれないことに。
 他の人ばかり見ていることに。
 他の人には見せる笑顔を、自分には向けてくれないことに。
 なんでそんなことを思うのか、流川自身にも分からなかったけれど。
 分からないから、目を背けたかった。苛々の原因を見たくなかった。だけど、自然と瞳は彼の動きを追ってしまう。
 馬鹿みたいに宮城や桜木と騒いでいる姿を、赤木と木暮と話している時のちょっと真面目そうな顔を、ボールに向ける真摯な瞳を、しなやかにコートの中を駆ける、その姿態を。
 自然と、目で追ってしまう。
 自分に向けられていない顔でも、流川が知らない三井の顔は無いと言い切りたいくらいに、彼の様々な表情を見つめてきた。そのたびに、胸が異様に騒ぎ出す。
 自分は何か病気なのかも知れないと、本気で思うくらいに。
 そんな事を考えていた流川の目の前に突如茶色い瞳が現れた。突然の事でビクリと身体を震わせた流川は、思わず一歩、後ずさる。そのおかげで少し開けた視界に、三井の整った顔が映った。
「・・・・・・・・・・・・ナニ?」
 いきなり至近距離に現れた顔に心臓が大きく跳ねる。心の中は動揺しっぱなしだ。
 だが、表情筋に乏しい流川の顔面にその動揺は現れていなかったらしい。三井は大して気にした様子も見せず、軽く首を傾げて見せた。
「いや、ボケッとこっちを見てるから、何か用でもあったのかと思ってよ。」
「・・・・・・別に・・・・・・・・・・」
 ナニもない。そう、口の中で呟いた。
 その返答に納得いかなかったのだろうか。僅かに眉根を寄せた三井は、ゆっくりと口を開いてきた。
「最近お前、俺の事良く見てるよな?」
「え・・・・・・・・・?」
「俺が気付いてねーと思ってたのか?あれだけジロジロ見てたくせに。俺はそんなに鈍かねーんだよ。」
「・・・・・・・・・ウス。」
 ばれていたとは思わなくて、思わず意味の分からない返答を返してしまった。
 そんな流川の反応を呆れたように見つめてきた三井だったが、その事については突っ込むのを止めたらしい。軽く首を傾げて問い直してくる。
「で?なんだ?」
「ナニって・・・・・・・・・・」
「俺に言いたいこと、あるんだろ?聞くだけ聞いてやるから、言ってみろ。」
 ニコリと微笑むその笑顔は、今まで流川が見たどんな笑顔よりも優しげなものだった。多分、流川の口を滑りやすくしようとしているのだろう。緊張感を拭い去るような、優しい笑顔だから。
 だが、流川の心臓はより一層激しく脈打った。このままでは口から飛び出すのでは無いだろうかと心配する程、激しく。
 でもやっぱり、顔には出ない。そして、自分にも分からない事を三井に話せる訳もない。
 だから、流川はぶっきらぼうに呟いた。
「・・・・・・・・別に、ナイっす。」
「そうか?」
 つまらなそうに顔を顰めた三井だったが、無理矢理聞き出す気も無かったらしい。
「まぁ、それならそれでもいいけどよ。」
 あっさりとそう言って返した。だが、すぐに流川の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。そして、悪戯めいた笑みをその面に浮かべてみせた。
「だったら、もう俺のこと見んなよな。」
「・・・・・・・・えっ・・・・・・・・・・・?」
 言われた言葉に、流川の周りの空気は一瞬凍り付く。
「ナニ、言って・・・・・・・・・・・」
 顔は大きく動かなかったが、発した言葉は少し震えてしまった。そんな反応を示す気は無かったのに。
 そんな流川に、三井はニッと唇の端を引き上げた。そして流川の首筋に己の唇を近づけると、耳に直接言葉を吹き込むように、囁いてきた。
「・・・・・・・自分の気持ちもわからねーようなオコサマには、興味ねーんだよ。俺は。」
 それだけ言うと、三井はさっさと身を翻してしまった。
 コートの中に戻った彼に、桜木や宮城が何か問いかけていた。多分、自分とナニを話していたのか聞いているのだろう。そんな彼等を適当にいなしながら、三井が再びボールを手に取った。そして、軽く宙に放る。何の気負いもなく、自然な動きで。呼吸するのと同じくらい、自然に。
「ナイッシューッ!三井サン!」
 ネットを揺らす軽やかな音の後に、宮城の嬉しそうな声が体育館に響き渡った。
 茶化すように三井のシュートを褒め称える宮城の事を鬱陶しそうに、だけど嬉しそうに見返しながら、三井がその言葉に答えている。
 その二人に、桜木も一緒になって騒ぎ始めた。
 あの中に、自分は混じる事が出来ない。
 歩いたら数歩の距離なのに、何キロも何十キロも離れているようか気がしてくる。
「・・・・・・・・・・自分の、気持ち・・・・・・・・・・・」
 分かれば、あの中に入れるのだろうか。
 三井を見つめても良いのだろうか。
 だけど、
「・・・・・・・・・・わかんねーよ・・・・・・・・・・・・」
 このモヤモヤがなんなのか。
 苛々がなんなのか。
 これを感じ無いのはコートに入っている時だけだという事しか、分からない。
「チクショウ・・・・・・・・・・・」
 呟き、頭を掻いた。
 考えるのは嫌いだけど、コノコトだけは考えないと。そう、胸の内で言葉を続けながら。
「・・・・・・・どあほうが・・・・・・・・・・・」
 それは、自分に向けた言葉だった。
 ナニも分からない、自分に向けての、言葉だった。



























未だに己の心が分からずに。











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自覚のない恋心