「クリスマスパーティ?」
 部活終了後、皆揃って部室で着替えている中で宮城が突如言いだした言葉に、三井は素っ頓狂な声を上げてしまった。だが宮城はそんな三井の様子に頓着せず、機嫌良く言葉を続けてくる。
「そうっす。ちょっと早めの忘年会も兼ねて、部員全員でワイワイやりましょうよっ!勿論、ダンナと木暮さんも呼んで。」
 その提案に、三井の眉間には自然と皺が寄った。
「あいつらはんな事にかまけている場合じゃねーんじゃねーのか?」
「少しは息抜きする事も大事ですよっ!どうだ、みんなっ!」
 妙に気合いの入った宮城の呼びかけに、部員達は皆好意的な反応を示している。
 一番乗り気になっているのは桜木のようだ。多分、また勝手な妄想で赤木妹とのラブエピソードでも考えているのだろう。まったくもっておめでたい男だ。彼女の瞳には流川しか映っていないと言うのに。
 三井はそんな部員達の反応を横目で見ながら深々と息を吐き出した。
「なんすか、三井サンは反対っすか?」
 反応が乏しい三井の様子に気付いた宮城が顔を覗き込むようにして問いかけてくるのに苦笑を返した三井は、汗で濡れたTシャツを一気に脱ぎ去り、ロッカーの中に押し込めておいたYシャツを引っ張り出して袖を通しながら、、宮城の提案を微妙に肯定するような言葉を発した。
「別に反対はしねーけどよ。」
「だったらなんすか。そのやる気の無い態度は。」
「うん?・・・・むなしい奴らだなと、思ってよ。」
「むなしい?」
「ああ。クリスマスに男ばっかで集まる計画なんか立ててよ。恋人がいる奴はいねーのか?ここにはよ。」
 その言葉に、室内は一気に凍り付いた。そして、なんとも言えない空気が漂う。
 どうやら本当に彼女持ちはいないらしい。10人近く男が集まる中で、一人として。
「・・・・・・・・寂しい青春時代だなぁ、お前等。」
 思わず同情も露わにそう呟いてしまった三井に、すかさず宮城が噛みついた。
「余計なお世話ッスよっ!大体、そう言う三井サンはどうなんすかっ!あんたにだって恋人なんかいねーじゃねーすかっ!」
 指を突きつけ、唾を飛ばすしながら怒鳴りつけてくる宮城にイヤそうに顔を顰めた三井の反応の薄さに何を思ったのか、宮城が勝ち誇ったような笑みを浮かべながらこう言い切る。
「誤魔化そうったってそうは行きませんよ。この、独り者っ!」
「誰がだ。勝手な事言ってんじゃねーよ。」
 思わず言い返した言葉に、宮城の勢いがピタリと止まる。
 そして、恐る恐るといった様子で問いかけてきた。
「・・・・・・・・・え?いるんすか、彼女。」
「彼女じゃねーよ。・・・・・・・まぁ、強いて言うなら恋人未満な関係って奴?」
「うっそっ!いつの間にっ!」
「いつでも良いだろ、いつでも。」
 嫉妬と好奇心で瞳を輝かせている宮城に、三井は眉間に皺を寄せた。なんとなく口走りたい気分だったから言ってみたが、宮城の予想通りの反応にやはり言うべきでは無かったかと後悔の念が胸中に募る。
 そんな三井に、宮城は尚も問いかけてきた。
「・・・・・・じゃあ、アレっすか。クリスマスはその人と?」
「いや、とくになんも約束してねーから。だからお前等につき合っても良いぜ?」
「え?でも・・・・・・・・・・・」
「あいつはそう言う行事で盛り上がろうとする奴じゃねーからな。気にすんな。」
「そうっすか?なら、良いんですけど・・・・・・・・・・・」
 言いながら、宮城の瞳が再度キラリと輝いた。これはやばいなと思ったら案の定、力強く腕を掴み取られた。
「・・・・・・・・その彼女のこと、詳しく教えてくれませんか?」
「彼女じゃねーから、教えねーよ。」
 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた三井は、スルリと宮城の拘束から逃れて見せた。そして鞄を持ち上げ学ランを掴み取ると、素早く部室の出入り口へと足を滑らせる。
「まぁ、ヤルならヤルで詳しいことを決めてからもう一度言えよ。つき合ってやっからよ。」
「ちょっ・・・・・・・・・三井サンっ!」
「んじゃ、お先〜〜〜〜」
 ヒラヒラと手を振りドアから身体を滑り出させる一瞬の間で一人の男の姿を視界に捕らえた三井は、ほんの少し口角を引き上げた。
 そんな三井に相手が不服そうに顔を顰めたのを確認してからドアを閉め、軽やかな足取りで玄関へと、向っていく。
「コウイウ事は、早い者勝ちなんだぜ?」
 約束も無く一緒に居られると思ったら大間違いだ。
 そう内心で呟きながら。





















 男子高校生が大量に集まり騒げる所。しかも酒抜きで、となると、選択肢はそう多くない。結局無難な所でカラオケに赴くことに決めた一行は、三時間ほどカラオケルームで馬鹿騒ぎしたあと、赤木の家へと赴いた。
 受験前の二人はさすがにカラオケには付き合えないと言うことだったので、二次会を赤木の家でやることになったのだ。
 保護者の目もあるので酒も飲める。いざとなれば泊まる事も出来るという状況では否応無くテンションが上がるというもの。カラオケで散々騒ぎ喉を潰しているにもかかわらず、皆ハイテンションで騒ぎまくり、飲みまくった。
 そんな状況で一時間、二時間と時が進んでいくと場の様子が変わってくる。
 石井桑田佐々岡の三人は早々にダウンして布団の引かれた客間に寝かされている。桜木は髪なのか肌なのか分からない程顔面を真っ赤に染め上げ、晴子に一生懸命話しかけていたが、今は回りに回った酒のせいで床の上に崩れ落ちている。そして、赤木と晴子はそんな桜木をどう扱おうかと相談しあっていた。
 安田角田潮崎の二年生三人は木暮を囲んで何やらシンミリと語り合っていて、流川は一人で黙々とグラスを傾けていた。
 その状況をボンヤリと見つめながら、三井は小さく呟く。
「・・・・・・・・・まぁ、こういう飲み会も楽しいわな。」
 手にしたグラスの中身を軽く揺らしながらの言葉に、三井の前に座して隣に座る彩子に一生懸命話しかけていた宮城が不思議そうに首を傾げてきた。
「何がっすか?」
「うん?・・・・・・・・こうやって、気心の知れた連中と笑いながら酒を飲むってーのは、楽しいもんだなと、思ってよ。」
「なに、三井サン。飲み会初めて?」
「いや、飲み会みたいなもんは腐るほどしてきたけどよ。大勢の中で気ぃ抜いて酒を楽しく飲んだ事は今まで無かったからさ。結構新鮮な気分だわ。」
 クスクスと笑いながらグラスを傾けたら、妙な視線を向けられてしまった。
 宮城と彩子に。
「・・・・・・・・・・あんた、どんな生活してたんだよ・・・・・・・・・・・・」
「あ?・・・・・・・・まぁ、色々とな。」
 人に聞かせるような事では無いのでそれだけ言い、ゆっくりとグラスを傾けた。
 結構な量のアルコールを飲んでいるが、酔いはなかなか回ってこない。幸か不幸か、道を外していた二年間でかなり鍛えられたので。鍛えられた上に元々顔には出ない体質だから、酔っても黙っていれば誰にも酔っていると気付かれることは無いのだが。
 何をするでもなく木暮達が話し合っている様を眺めていたら視界の端で宮城と彩子が目配せしていることに気が付いた。
 多分、突っ込んで聞いてみるべきかどうか相談しているのだろう。しばらくコソコソと話し合った後、意を決したように宮城が口を開いてきた。
「あの、三井サン・・・・・・・・・・」
 宮城の問いかけを遮るように突如、三人が座る場所に大きな影が出来た。なんだろうかと思い顔を上げると、そこには半開きの瞳をした流川の姿が。
「・・・・・・・なんだ、流川?」
 視線が自分の方を向いている事から自分に用があるのだろうと判断した三井がそう問いかけると、流川は緩慢な動きで一度瞬きをした。そして、ボソリと呟く。
「・・・・・・・・ねみぃ・・・・・・・・・・・・」
「あ?だったら客間の方に・・・・・・・・・・・」
 行け。と言いかけた言葉は途中で飲み込んだ。勢いよくその場にしゃがみ込んだ流川が三井の腿を枕にするように倒れ込んできたから。
「おいっ!何してんだ、流川っ!」
「・・・・・・・・丁度良い。」
「はぁ?」
「高さ。」
「何を訳のわからねー事を・・・・・・・・・って、おいっ!寝るな、馬鹿っ!」
 速攻で寝息を立て始めた流川の頭を思い切りよく殴りつけてやったのだが、流川は少しも気にした様子を見せず、寝入っている。
 そんな流川の態度にどう対処しようかと悩んでいた三井に、彩子が苦笑を向けてきた。
「ふふふっ。流川、先輩に甘えてるのかしらね。」
 女の勘が働いたのか。なかなか良いところを付いてきた彩子だったが、だからといって素直に「そうかもな」とは言えないので、取りあえずすっとぼけてみせる。
「はぁ?なんで俺がこいつに甘えられなきゃならねーんだよ。」
「だって、良く1On1やってるじゃ無いですか。自分が一番だって全身で語ってる流川が自分から先輩を誘ってまで。だから、慕ってると思うんですよ。流川は、先輩の事を。」
「あ〜〜〜?そんなもんかねぇ・・・・・・・・」
 呟きながら己の腿に乗った頭に生えている固い真っ直ぐな黒髪に指を通す。
 サラサラとした手触りに少し頬が緩んだ。この感触は結構好きなのだ。
「・・・・・・・・・まぁ、好かれるのは嫌いじゃねーけどよ。」
 クククっと喉の奥で笑いながら髪の毛に絡めていた指を動かし酒で少し上気している頬へと手を滑らせた。そしてその頬を軽く掌で覆った三井は更にその手を動かし、首筋に添える。その手に力を込めて流川の頭を持ち上げた三井は、己の上半身をゆっくりと倒していく。流川の端整な顔に己の顔を近づけるように。
「・・・・・・・・え?」
「ちょっ・・・・・・・三井サンっ?!」
 三井のしようとしていることに気が付いたのだろう彩子と宮城が叫び声を上げてその場に立ち上がると、その騒ぎに皆が何事かとこちらに視線を向けてきた。急激に集まった視線の中、三井は少しも動じずにゆっくりと流川の唇に口付けていった。
 触れるだけの軽いものではなく、深く、奥底まで探るような口づけを与えるために。
 寝ていると思ったから繋がりを深くしたというのに、流川の舌に己の舌を絡みつかせた途端に直ぐさま反応を返され、自然と苦笑を浮かんでくる。
 どうやら狸寝入りだったらしい。
「少し、サービスしすぎたか。」
 そう内心で呟きながらゆっくりと唇を放した三井を迎えたのは、非難と驚きがありありと滲む瞳達だった。
「・・・・・・・・・・三井サン、あんたって人は・・・・・・・・・・・」
 皆が凍り付いて何も言葉を発せ無くなっている中、最初に立ち直ったのは宮城だった。喉の奥から絞り出すような声でそう呟いてくる。
 そんな宮城に、三井はニヤリと、笑いかけた。
「別にいいだろ、キス位。減るもんでも無いし。」
「そりゃ、そうっすけど。男同士で・・・・・・・・・・・」
「キスすんのに男も女もたいして違いねーだろ。」
「・・・・・・・・・いや、あんた間違ってるし・・・・・・・・・・・」
 何をどう言っても話が通じないと思ったのか、宮城が頭を抱えて黙り込んだ。そんな宮城の横で静まりかえった場をどうにかしようと思ったのか、彩子が必死な様子で語りかけてくる。
「ぁ〜〜〜・・・・・でも、流川は男のくせに綺麗な顔してるし、キスしたくなる気持ちも分かりますよ!」
「なっ・・・・・・・・!アヤちゃん!まさか、流川の事・・・・・・・・・・っ!」
「違うわよ、馬鹿ッ!早とちりしないで頂戴!」
 夫婦漫才のように息のあった突っ込みを披露している彩子に苦笑を浮かべながら、三井はサラリと言ってのける。
「別に流川にじゃなくてもキス出来るぜ?俺は。」
「え?」
 揃って三井の方に顔を向け直した宮城と彩子に笑いかけた三井は、己の腿の上に乗っかっている流川の頭をどけると、その場に立ち上がった。そして、テーブルの上に右膝を乗せ、驚きに目を見張っている宮城の顎を捕らえると、少しの迷いもなく彼の唇に口付ける。
 その瞬間、宮城の身体がビクリと跳ね、後方に逃れようと身体を引いた。だが三井は彼を逃しはしなかった。顎を捕らえている右手とは逆の手で素早く宮城の首筋を固定する。そして、驚きのあまりに開いた歯列の間から己の舌を素早く宮城の口内へと侵入させ、逃げまどう彼の舌に己のそれを執拗に絡みつける。
「・・・・・・・・・・・ふっ・・・・・・・・・・・・」
 与えられた強い刺激に耐えられなかったのか、宮城が甘味の混じる息を吐き出した。そんな自分に驚いたのか、はたまた羞恥を感じたのか、宮城は大きく瞳を見開き、面白いくらいに顔を紅潮させる。
 宮城の反応に気をよくした三井は、ここらで勘弁してやろうとゆっくしと拘束していた頭を解放した。そして、腰が抜けたのか、驚きの為なの分からないがズルズルと床に崩れ落ちる宮城に勝ち誇ったような笑みを向け、これ見よがしに手の甲で濡れた唇を拭ってみせる。
「この程度で腰を抜かしてるようじゃ、まだまだお子様だな。宮城ぃ?」
「う・・・・・・・・・・・うるせぇっ!余計なお世話だっ、ちくしょうっ!」
 ヨロヨロと身体を起こしながらも怒鳴り返してくる宮城の様子を笑いながら見ていた三井だったが、急に脳天に重い衝撃を感じてその場にしゃがみ込んだ。
「っってーーーーなぁっ!赤木っ!いきなりなにしやがるっ!」
「それはこっちの台詞だ、バカモンがっ!」
 怒鳴りつけてくる赤木の姿を下から見上げると、彼は頭から湯気を出しながら仁王立ちしていた。
「まったく・・・・・・・・・・いくら酒の席だからと言って、やって良いことと悪いことがあるだろうが!」
「悪いこと?」
「そうだっ。酔った勢いで後輩におかしなマネを働くなど、恥をしれ、恥をっ!」
「ふぅ〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・」
 赤木の言葉に、三井はゆっくりと口角を引き上げる。
 別に酔っぱらってはいないのだが、そう解釈しているのならその方が都合が良い。何をやっても酔っぱらいの凶行でしかなくなるのだから。
 ならばもっとこの場を沸かせてやろう。
 そう考えた三井の行動は早かった。
 まだ鈍い痛みを発している頭を意識の外に追いやり、ゆっくりとその場に立ち上がる。そして、甘えるような上目遣いで赤木の顔を見つめた。
 鉄男に『性質が悪い』と言われた目つきで。
「後輩にキスするのは、悪い行いなんだよな?」
「ぁ・・・・・・・・・?あ、ああ・・・・・・・・・」
 三井が醸し出す空気が変わったことに気付いたのか、赤木の腰が僅かに引けた。だが三井はそんな彼を逃さず、素早くしっかり筋肉が張り付いた分厚い肩へと、手を伸ばす。そして嫣然と、微笑みかけた。
「じゃあ、同輩なら問題ないわけだ。」
「何を言っているんだ、三井・・・・・・・・・・・・っ!!!」
 何を言われたのか分からないと言いたげに眉間に皺を寄せた赤木の首に素早く己の腕を巻き付けた三井は、宮城の時同様なんの躊躇いもなく赤木の肉厚な唇に口付けた。
 驚きに目を見張り、必死に三井の身体を引き離そうとする赤木の首に巻き付ける腕に力を込め、噛みつくように口づけを与え続ける。
 回りでその様を見ていた部員達は、ただただ口を開けて呆然と見つめることしか出来なかった。
 木暮の手の中にあったグラスはいつの間にか床に転がり、大きな水たまりを作っていたが誰もその事に気付いてはいない。
 妙に寒々しい空気が流れる中、不意に三井が腕の力を緩めた。
 その途端に、重さのある赤木の身体がガクリと傾げ、床板を揺らす勢いで膝をつく。
「ふっふっふ・・・・・・・・。俺様に勝とうなんざ、10年はぇ〜よ?赤木?」
「・・・・・・・・・三井ぃ〜〜〜〜〜っ!」
 地の底から絞り出したようなうなり声に、三井はうひゃひゃと甲高い笑い声を漏らした。そして未だに事態を飲み込めずに呆然としている木暮へと、視線を向ける。
「・・・・・・・・・さて。木暮。」
「え?」
「次は、お前の番だぜ?」
 ニッコリと微笑む三井の言葉に、木暮はその場に固まっている。逃げることも出来ずに。
 そんな木暮ににじり寄る三井の足をうっすらと開けた視界の片隅で捕らえていた流川は、深々と息を吐き出した。そして、小さく呟く。
「・・・・・・・・・・・サービスしすぎだ、ドアホウ。」
 その言葉を最後に、流川の意識は完全に闇の中へと落ちていった。
『皆の前でキスをする』
 それが三井からのクリスマスプレゼントなのかなと、思いながら。
























ってなわけで、クリスマス物。
三井御乱交?
というか、彼の進路状況がどうなっていること前提の話なのか大いに気になる。笑!
















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クリスマスプレゼント