「一つだけ願いが叶うとしたら、何をお願いします?」
 部活に向うために部室で着替えていた三井は、傍らで着替えをしていた宮城に突然そんな質問をされ、、キョトンと瞳を丸めて彼の顔を見下ろした。
「・・・・・・・・はぁ?いきなり何言い出すんだ、お前。」
「良いから、教えて下さいよ。」
「そんなの知ってどうするってんだ?お前が叶えてくれるってーのか?」
 興味津々という顔で言葉を重ねてくる宮城の顔をイヤそうに見つめる三井の視線に、宮城はへこたれることは無かった。ムッとしたような顔をしながらも、執拗に問いかけてくる。
「そんなこと出来るわけないっしょ。ただ聞いてるだけっす。良いから教えて下さいよ。誰にも吹聴したりしないっすから。」
「そんなん、吹聴したってなんもねーだろうがよ。」
 何をそんなにしつこく聞いてくるのか分からないが、これは何か言わないと解放してくれ無いだろう。
 部活が始まる時間が差し迫っている。いや、実際にはそれ程余裕がないわけではないのだが、早めに体育館に赴いてシュート練習でもしておきたい三井にとってはかなり時間が無い部類に入る時間帯だ。だからそうそうにこの場を切り抜けたいのだが。
 さて、どうしたものか。
 いきなり「願い事は?」と聞かれても正直困る。そんなこと、毎日考えているわけではないのだ。流れ星を見て咄嗟に口からついて出てくる言葉は大体ろくでもないものにしかならないものだし。
「ああ、でも・・・・・・・・・・・・」
 ちょっと前までは毎日のように同じ事を願っていたかも知れない。
 どうにもこうにも捨てきれなかった願いを胸に抱いていたのはついこの間の事だったのに、随分と昔の出来事のように感じる。
 あの頃はここに戻ってこられるとは思っていなかった。そんなこと夢だと思っていたから。だから、一番の願いを叶えられた今、これと言って誰かに願いたいモノはない。
 全国制覇は願いではなく、自分達の力で成し遂げたい目標だから。
「・・・・・・・・・・そうだな・・・・・・・・・・・・」
 小さく言葉を零しながら、三井は宙に視線を彷徨わせた。どこかに自分の願いが落ちては居ないか探すように。
 そして、ようやく見付けた答えをそっと口に上らせる。
「・・・・・・・・・一生バスケを続けさせてくれって、願うかもな。」
 その言葉に、宮城が驚いたように目を見張った。そんな宮城の反応に小さく笑みを浮かべながら、胸の内で呟く。
「それが、今の自分の一番の願いかも知れない。」と。
 別にプロになりたいわけではない。それを職業にしたいわけではない。皆の前ではなんだかんだとデカイ事を言ってはいるが、自分にソコまで行ける力があるとは思えないから。
 だけど、二度とバスケから離れたくは無かった。タダの遊び程度でも。どんな状況になっても、ボールを触っていたいと思う。例え腕が無くなろうが、足が無くなろうが。
 そう強く思っているから、二度と同じ事はしないと思う。思うが、自分のことを信用出来ないモノもあるのだ。自分の弱さを自覚しているだけに。
 その思いを告げるように、三井はゆっくりと言葉を零した。
「・・・・・・・・・一度横をむいちまったからな。また同じ事を繰り返しそうで正直、怖ぇものはあるんだよ。だから、絶対に同じ事を繰り返さないように、そう願うかもな。」
 照れくさそうにそう告げると、宮城がなんとも言えない表情を浮かべてみせる。いつも回りの良い口が機能しない事を歯痒く思っているような表情を。
 そんな宮城の反応に、少々内心を吐露しすぎたかと反省する。
 妙に気を使われるのも嫌だからフォローの言葉を入れようと口を開いた三井だったが、その口から言葉を発する前に横から言葉を挟まれた。
「ぜってー大丈夫。あんたは一生、バスケしてる。」
 力強くキッパリと言い切られた言葉に驚き、声の発信源に瞳を向けたら、そこには流川の感情の色を窺わせない漆黒の瞳があった。
「・・・・・・・・・流川?」
「大丈夫。俺がついてる。」
 視線を合わせて彼の名を呼んだ途端にキッパリと言い切られ、三井は軽く目を見張った。だがすぐに苦笑が浮かんでくる。この自信はどこから出てくるのだろうかと、そう思って。
「・・・・・・・・そうか。バスケ馬鹿のお前がいれば、俺も道を踏みはずさねーかもな。」
「うす。」
自信に満ちた頷きにくすぐったさを感じて笑みをこぼす。そして、自分よりも数センチ高い場所にある流川の頭を撫でくり回した。胸の内に沸き上がった嬉しさを誤魔化すために。
「んじゃ、期待してるぜ、流川。」
 冗談に冗談を返しているような軽い口調でそう告げる。彼が本気だと言うことは痛いほど分かっていたけれど。かけられた言葉に対してここで素直に喜べるほど、自分の気性は真っ直ぐではないから。
 それは流川も分かっているのだろう。とくに何も返さずに、辛うじて三井に分かる程度に軽く首肯して見せた。
 そんな流川と三井のやり取りを不思議そうに見つめてい宮城だったが、流川には何を問いかけても無駄だと判断したのだろう。流川の言動を無視して違う事を問い掛けたてきた。
「んじゃあ、流川は何を願う?」
「ずっと一緒にいる。」
「ずっとって、誰とだよ。」
 言葉短にそれだけ答えた流川に、宮城は続けて問い掛けたが、問われた流川はそんな宮城の言葉を無視して部室からフラリと出ていった。もうこれ以上話す事は何も無いと、言いたげに。
「・・・・・・・・・んだよ、あいつ。付き合いわりぃな。」
「流川だからしょうがねーんじゃねーの?」
 顔を歪めて呟く宮城に苦笑を浮かべながらなんのフォローにもならない言葉を発した三井は、話すことで止められていた着替えを再開させた。全ての準備を整え終えた三井は、ブツブツと文句の言葉を発し続けている宮城の後頭部を軽く叩いた。そして、非難がましい目で見上げてくる宮城に向かってニヤリと、口角を引き上げてみせる。
「おら、いい加減行くぞ。時間が惜しい。」
「うーっす。」
 どこかやる気なく言葉を返してくる宮城と連れ立って体育館に向かう。心地良いドリブル音に包まれている場所へ。
「ちゅーす。」
 軽い挨拶の言葉を発しながらそこに足を踏み入れた途端、目の前に茶色いモノが飛び込んできた。反射的に受け取り手の中のモノに目を向ければ、それは見慣れたバスケットボールだった。
 三井は顔を上げ、ボールが飛んできた方へと視線を向ける。向けた視線の先には予想どおり、無表情に自分の事を見つめて来る流川の姿が。
 何も語っていないようで雄弁に物事を語っている彼の瞳に見つめられ、フワリと顔が綻んだ。そして、受け取ったボールを流川へと投げ返す。
「てめーがお願いするなんて、可愛らしい事するかよ。」
 と、心の内で語りかけながら。
 そして、
「お前のソレは、お願い事じゃ無いだろう?」
 そう瞳で語りかける。
 流川は望むものは自力で手に入れる男だろうから。回りから見たら困難なものであると思われるモノであっても。絶対に自力で手に入れるだろう。
 そんな流川だから、自分は心惹かれたのだ。
 そんなこと、流川には絶対に教えてやらないけれど。




































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