冬服が完全実地される日の朝、バスケ部員達は校門の前で鉢合わせた。
その部員達の視線が、挨拶もそこそこに一人の男へと注がれる。
「・・・・・・何でお前、学ラン着てねーんだ?」
皆の疑問を、三井が代表して口にした。
その問いに、注目を一身に集めた男・・・・・・桜木が、とても心外そうに眉をつり上げる。
「聞いてくれよ、ミッチーっ!朝起きて学ランを着ようとしたら、小さくて着られなくなってやがったんだよっ!!置いておくだけで縮むなんて、不良品だぞ、あれはっ!文句を言いに行かねばっ!」
眉をつり上げて怒り狂う桜木の様子に、三井は深く溜息を吐き出した。
「・・・・・・・そりゃあ、お前の身体がデカクなっただけだろうが。」
「ふぬ?」
「入学したときから何センチ伸びたって?体重も増えたんだから、筋肉も付いたんだろ。背が伸びて肉が付けば、制服が小さくなるのは当たり前だろうが。バーカ。」
「ふぬぬぬぬ・・・・・・・・・・」
「身長が伸びた時点でその事に思い至れよな。冬服が完全実地される前に着ておいて、着られなかったら新しいのを買いに行くのが普通だろうが。お前の体格なら、下手すりゃオーダーなんだからよ。」
諭すようにそう言ってやれば、桜木は何がなんだか分からないと言いたげに首を傾げて見せた。
「オーダー?」
「時間も金もかかるって事だよ。」
「なんだとーーーっ!」
その一言に、桜木は更なる怒りを表すように両腕を振り上げた。
「コレは店の奴の陰謀だっ!この天才から金をむしり取ろうとしてるんだっ!己ーーーっ!」
「・・・・・・・違うっつーのに。ホント、馬鹿だな。お前。」
「なんだと、ミッチーっ!」
「あっ、そうだわっ!」
今まさに桜木が三井の胸ぐらを掴み取ろうとしていたのを遮るように、晴子が小さく声を上げた。
その声に、桜木が素早く晴子へと振り返る。
「どうしました、晴子さんっ!」
「うん、あのね。確か、お兄ちゃんの昔の制服がまだ家に置いてあったと思うの。」
「ゴリの?」
「うん。だから、それで良かったら上げるわよ。どうせもう使わないし。どうかしら?」
「・・・・・・えっ!」
その提案に、桜木は驚いたように目を見張った。
赤木の制服を着る自分の姿というモノに、良い印象を受けなかったのだろう。その顔がほんの僅かに引きつったが、可愛らしく小首を傾げてくる晴子の言葉を断る事など、桜木に出来るわけがない。
「はいっ!是非ともっ!」
桜木は、速攻で頷いたのだった。
そんなことがあった翌日の放課後。赤木が大きな紙袋を片手に体育館までやって来た。その傍らには木暮もいる。モノを渡すついでに部の様子を見に来たのだろう。
「頑張っとるか。」
「ダンナ。」
「赤木さんっ!」
「おぉ、ゴリにメガネ君。久し振りだなぁ。何か用かね?」
練習の手を止めてワラワラと歩み寄ってくる部員達に軽く手を挙げて答えた赤木は、その手をおもむろに振り上げ、近づいてきた桜木の脳天に己の拳を叩き込んだ。
「『用かね』じゃないわっ!お前の為に来たんだろうが、バカモンっ!」
「いってーっ!なんなんだよっ!」
そんな仕打ちを受けるのは納得が行かないと言いたげに、痛みのあまりに目に涙を浮かべながら殴られた脳天をさすった桜木に、赤木は手にしていた紙袋を突きつけた。
「とりあえず、一年の時に着ていたやつを持ってきた。サイズが合うかどうかわからんから、まずは羽織ってみろ。」
「・・・・・・・おおっ!昨日晴子さんが言っていた制服かっ!悪いな、ゴリ。この天才のためにわざわざ。」
状況が分かったことで気を取り直したらしい。頭の上に置いていた手を紙袋に伸ばした桜木は、妙に愛想の良い笑顔でそう返した。
そんな桜木に、赤木は嫌そうに顔を歪めてみせる。
「・・・・・・・下らんことをいっとらんで、とっとと着て見ろ。着られそうになかったら持って帰るからな。」
「おう、分かった。どれどれ・・・・・・・・・・・」
ゴソゴソと袋の中から制服を取りだした桜木は、それをTシャツの上から羽織ってみた。
「・・・・・・・・・うぬ。小さくないぞ。」
その言葉に、皆が桜木の学ラン姿に注目する。
「・・・・・・・そうだな。まぁ、ちょっと肩と横が余ってはいるが、良いんじゃねーの?」
三井のコメントに、宮城が同意するように頷きを返してきた。
「そうっすね。コレなら二年の夏までは着られそうじゃないっすか?」
「そうか?」
そんな二人のコメントに、桜木は着心地を確かめるように身体を捩ったりしている。
しばらくその動作を繰り返していた桜木は急に動きを止め、力強く頷いた。どうやら動きにくい所は無かったらしい。
それを確認してから、赤木も満足そうに頷いた。
「良し、じゃあコレはお前にやろう。ついでに、今着ている物もやるぞ。卒業してからだがな。」
「おっ!悪いな、ゴリッ!」
「・・・・・・・全然悪いと思っていなさそうだぞ・・・・・・・・・」
軽い調子で答えてくる桜木に、赤木は苦虫を噛みつぶしたような顔でそう呟きを漏らした。そんな赤木の様子を見ながら、木暮が苦笑を浮かべている。相変わらずだと、言いたげに。他の部員達も、和やかな雰囲気で笑い合っていた。
その見慣れているけれども、最近目にしていなかった光景に懐かしさを感じ、皆の輪から少し外れた所で微笑を浮かべながら見つめていた三井は、急に肩を叩かれて背後を振り返った。
「何だ、流川。」
振り返った先に居た流川の姿に少々驚きを感じながら、三井は軽く首を捻って問いかけた。
彼からアクションを起こしてくるのは大変珍しい。せいぜい1On1に誘うときくらいなのだ。だからよっぽど重要な用事があるのだろうと思ったのだが、流川の口から飛び出した言葉は、まったく予想していないモノだった。
「センパイのは、俺に下さい。」
「・・・・・・・・・・はぁ?」
主語のないその言葉に、三井は首を傾げた。
「何をくれって?」
「センパイの学ラン。」
「はぁ?」
「使わないでしょ、卒業したら。」
だからくれと言わんばかりの強い瞳に、三井は気圧されるように一歩後ずさった。
そんな二人のやり取りを、他の部員達も不思議そうに見つめている。その視線をほんの少しだけ気にしながらも、三井は流川に問い返した。
「・・・・・・・確かに使わないが・・・・・・・・俺の学ランなんか貰っても、お前には着られないだろ?邪魔になるだけだぜ?」
「邪魔になんかならねー。」
そう返してきた流川の瞳は、これ以上ないくらい強かった。
一体なんなのだろうかと、内心で首を捻る。
三井の今着ている学ランは、部活に復帰した後、新たに買って貰った奴なので全然痛んでいない。人にやっても恥ずかしくない状態だ。だから、欲しいと言っている奴にやることはまったくもって問題ないのだが、流川がそんなモノを欲しがる理由が分からない。
そう考えたところで、三井はハッと息を飲んだ。あることに気が付いて。そして、僅かに顔を青ざめさせる。
「・・・・・・まさか、お前・・・・・・・・・学ランコレクターとかか・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・何を言ってるんすか。」
三井の言葉にフウッと深く息を吐き出した流川は、息を吐きがてら僅かに俯けた視線を再度三井へと向け直し、試合中と同じ真剣な眼差しで見つめてきた。
「俺は、センパイのだから、欲しいんす。」
その眼差しと言葉に、三井の顔には自然と朱色が差した。
なんだか、口説かれているような気分になって。
「・・・・・・・・三井サン?」
そんな三井の様子を訝しく思ったのだろう。宮城が顔を覗き込んできた。
その顔を押しやりながら、自分の動揺を押し隠すようにわざと尊大な態度で流川に語りかける。
「・・・・・・・・・しょうがねーな。そこまで言うなら、くれてやるよ。」
「・・・・・・・・・うす。」
自分がそんな偉そうな言われ方をしたら腹を立てて殴りかかっている所だが、流川は能面のように動かぬ顔をほんの少し綻ばせて小さく頷いた。
その仕草に、三井の心臓が大きく跳ね上がる。
自分の言葉に嬉しそうに微笑む流川の姿を可愛いと思ってしまって。
(おいおいっ!大丈夫か、俺っ!)
思わずそう内心で突っ込みを入れる。動揺はなるべく出さないようにしながらも。
「卒業式が終わるまでは着るから、やるのはその後だからな。」
「うす。」
三井の言葉に、流川は素直にコクリと首肯して見せた。
そんな流川の姿を見て、木暮が実に嬉しそうにこうコメントを寄越してくる。
「三井は流川に好かれてるんだな。」
その言葉にドキリとした。
多分、彼の言葉には深い意味は無いのだろうが。
「好かれてる、か・・・・・・・・・」
既に三井から興味を無くした言うようにあらぬ方向を見ている流川にチラリと視線を流した三井は、言葉と共に小さく息を吐き出した。
それは多分、卒業式の日に分かることだろうなと、内心で呟きながら。
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