ほんの10分程度の休憩時間。水飲み場に足を運んだ三井は、思い切りよく頭から水を被った。
「ぷはーっ!あ〜〜〜〜気持ち良いなぁ〜〜」
 上機嫌に言葉を発しながら、ダラダラと頭の上から滴り落ちてくる水分を拭うように手櫛で髪を掻き上げたところで突き刺さるような視線を感じ、三井はその視線の方へと顔を向けた。
「・・・・・・・なんだ?宮城?」
「・・・・・・・いや、なんでも、無いッすけど・・・・・・・・・・」
 どう考えても何かありそうな態度でそうのたまった宮城は、不自然な態度で視線を反らし、誤魔化すように水を吹き出す蛇口に顔を寄せた。
 だが、そんな位の事で誤魔化される程三井は優しい男ではない。宮城が水を飲んでいる最中だろうと構わずに彼の身体に軽くケリをお見舞いしてやった。
「ああ?何もねーって態度じゃねーだろうがっ!はっきり言えよ、はっきりっ!」
「いや、ホント何もねーっすから!」
「嘘付くんじゃねーよっ!」
 何が何でも答える気が無いと言いたげな宮城の態度に焦れた三井は、凶悪な目つきで宮城を睨み付け、ジリジリと足を動かしていく。とっつかまえて何が何でも吐かせてやろうと、そう思って。
 そんな三井の決意を感じ取ったのか。宮城も緊張した面持ちでジリジリと後退していく。
 妙な緊張感が水飲み場に落ちた。
 そんな重苦しい空気を打ち破ったのは、妙に冷めた感じの男の声だった。
「センパイが無駄に色気を振りまいてるのが悪いんす。」
「・・・・・・・・・・・・・・あ?」
 突然割って入った声を言葉に、三井はポカンと口を開いた。そして、声の方を振り返る。
「・・・・・・・・・なんか言ったか、流川?」
「無自覚にやる所が質悪い。あんたはもっと自分を知っとくべきだ。」
 妙にキッパリとした口調でそう告げた流川は、呆れの色を存分に含んだ瞳で見つめ返してきた。
 後輩にそんな目で見られるのは腹が立ったが、怒りを覚える前に呆れの中に自分を心配している色を見付けてしまい、三井は僅かに動揺した。
 流川にそんな目で見られる意味が分からなかったし、そんな感情を流川の瞳の中から読み取ってしまった事にビックリして。
 だから、答える声からは先程までの威勢が無くなった。
「なに偉そうな事ほざいてんだよ、てめーわ。わっけわかんねーぞ?」
「・・・・・・・・・・わかんねーなら良いっす。」
 そんな三井の言葉に、流川は深々と息を吐き出した後そう続けた。まったく良いと思っていない態度で。そして、これ以上話す事はないと言いたげにさっさと水飲み場から出て行こうとする。
「おい、流川っ!ちょっと待てってっ!言いっぱなしで行くなっつーのっ!」
 引き止めるようにそう言い、流川の腕を引き寄せた三井は、自分よりも数センチ高い位置にある流川の黒い瞳をじっと見つめた。流川もまた、三井の色味の薄い瞳を見つめ返してくる。
 その真っ直ぐな視線になにやら居心地の悪さを感じながらも、三井はいつもと同じデカイ態度で言葉を叩き付けた。
「お前は、たまに言葉を発したと思ったら偉そうに自分勝手に喋りやがって。なんなんだよ、いったいっ!言いたい事があるなら、はっきり・・・・・・・・・・」
 言え、と言おうとした言葉は途中で途切れた。
 いきなり。なんの前触れもなく。突然。流川が頭を撫でてきた事によって。
 再入部当初よりも少し伸びた髪を、ゆっくりと、丁寧に。優しい仕草で梳いてくる。三井の人よりも薄い色の髪にまとわりつく水分を払うように。
「る・・・・・・・・・・・るか、わ?」
 彼の行動の意図が分からず、三井は呆然と呟いた。多分宮城も、唖然とした顔をしているだろう。
 宮城に限らず、誰が見てもそんな反応をするだろうと思う。必要以上に人と接触しようとしない流川が、突然。誰に命令されたわけでもないのに部活のセンパイの。しかも男の髪を梳いているのだから。
 ただ梳いているだけならまだしも、何やら微妙に満足げなのは、気のせいだろうか。
 普段とあまりにも違う彼の様子に、三井は頭を撫でる手を払いのける事も出来ないでいた。そんな事をしたら何をされるか分からない気がして。
(だ、誰か、助けてくれ・・・・・・・・・っ!)
 心の内で叫んだSOSに、誰も気づいてはくれなかった。すぐ近くにいる宮城にも。
 もしかしたら一生この状態から抜け出せないのかも知れない。そんな悲しい事を考えた三井の耳に、聞き慣れた男の野太い声が聞えてきた。
「よーーーし、集合!」
 その言葉に、ようやく流川の手が頭から離れた。そして、何事も無かったかのように体育館へと歩き去っていった。その後ろ姿を見つめながら、三井はフラリと身体を揺らし、水飲み場の壁にもたれかかった。
「・・・・・・・・い、いったい、なんだったんだ、アイツ・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・さぁ。思春期ですからね。」
 三井の問いに、宮城は答えになっていない答えを返してきた。
「・・・・・・・あの図体で思春期言われたら、キモイぜ・・・・・・・・・・・」
「でも、ピッチピチの15歳ですからね。」
 十分に思春期でしょ、という宮城の言葉はなんの解決にもならなかった。
 思春期だろうがなかろうが、流川の行動はおかしいと思うので。
「・・・・・・アイツとは、出来る限り関わらないようにすっかな・・・・・・・・」
「それが良いんじゃないッスか?なんか・・・・・・・・・・・」
 先の言葉を、宮城は飲み込んだ。
 三井もあえて聞こうとはしなかった。聞いたら、戻れなくなりそうだったから。どこからどこにとは、深く考えたく無いけれど。
 赤木の怒鳴り声が体育館に響いている。
 三井と宮城を探して。
「・・・・・・・行くか。」
「・・・・・・・・・ウス。」
 妙にテンションを下げながら、二人は水飲み場から足を踏み出した。
 互いに互いを励ますように、その肩を叩きながら。


























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髪を梳く《三井》