「勝負しようぜ、流川。」
 朝練の後、三井が突然そんなことを言ってきた。チラリと周りを見渡せば、部室に残っているのは自分達だけ。そして、語りかけてきた三井は何やら妙に楽しげに微笑んでいる。
 こういう時、三井はろくな事を言ってこない。今までの経験から、流川の警戒心は増した。
 そんな流川の胸の内に気付いたのだろう。三井がフッと顔を綻ばせた。そして、軽く両手を広げてみせる。
「なんも裏は無いし、妙な事を企んでもねー。誓っても良いぜ?」
「じゃあ、なんで?」
「ちょっと、日々の生活に刺激が欲しくってよ。」
 ニッと笑う三井の顔に妙な影はない。ろくでもないことを企んでいるような影は。しかし、相手は三井だ。油断した所でドブの中に突き落とされかねない。そもそも、ろくでもないことを無邪気な顔でしてくる男なので、彼の顔に企みの色が無いからと言って安心してはいけないのだ。いや、むしろそう言う時の方が危ない。
 流川の警戒心は加速度的に高まった。愛があっても耐えられないものはあるのだ。
 そんな流川の心を解きほぐすように、三井は柔らかな笑みを浮かべ、柔らかな声で語りかけてくる。
「そんな顔をするなよ。俺は流川の事が好きなんだぜ?お前が本気で嫌がるようなこと、するわけないだろう?」
「・・・・・・・・・・好き?」
 ピクリと、流川の眉が跳ね上がった。滅多に三井の口から聞けない言葉に反応して。
 そんな流川の反応に、三井はニッコリと微笑みかけてくる。
「ああ。だから、大好きな流川とちょっと遊んでみたいなぁ〜〜〜と、思ってよ。駄目か?」
 甘えるように問いかけられ、流川はグッと口を噤んだ。
 滅多に言われない「好き」どころか、殆ど言われたことのない「大好き」とまで言われ、心も身体も舞い上がる。今目の前にリングがあったら、渾身の力を込めてダンクをかまし、そのリングを叩き壊すのではないかと言うくらいに。
 そうなった流川に出来る行動は、一つしかなった。その行動を、その後深く後悔する事になると、頭の隅の冷静な部分で分かっていたとしても。流川には、そうすることしか道がなかった。












 ダムダムと、体育館の中にドリブルの音が鳴り響く。その音を割くように、甲高い笛の音が響き渡った。
「は〜〜〜い!10分休憩っ!」
 彩子の声に、部員達は練習の手を止めてヨロヨロと用意されているドリンクを手にするためにコートから出て行く。少しでも早く休息を得て、少しでも多くの体力をこの休憩中に取り戻そうと。
 そんな中、一人だけコートの中から動かずにいた三井が、一人の男の名を呼んだ。
「流川。」
 呼ばれ、視線を三井へと向けた流川は、彼の瞳を見てその心を読み取り、人の集まるドリンク置き場へと歩を進めた。そして、二人分のドリンクを手にして三井の元へと歩み寄る。
 そんな流川の姿を、三井はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら見つめていた。その三井の顔を見て眉間に深い皺を刻み込んだ流川だったが、それでも手にしていたドリンクを一本差出し、一言添える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ、三井様・・・・・・・・・」
「おうっ!サンキューっ!」
 屈辱に震える流川の様子に苦笑をかみ殺しながら三井がドリンクを受け取る。他の部員達は、そんな二人の姿を唖然とした顔で見つめていた。
 休憩中でもそれなりに騒がしい体育館が、通夜のように静まりかえった。体育館の入り口に屯する桜木軍団達も、身体を硬直させている。
 どこかでドコンと音がして、体育館の床の上をドリンクボトルがころころと転がっていった。その動きに合わせて、飲みきっていなかったドリンクが床に零れ、細い川を作っていくが、誰もその事に気付いていない。目の前で行われたあり得ないやり取りを呆然と見つめているから。
 そんなギャラリーの視線を感じてより一層眉間の皺を深くして拳を握りしめる流川に、三井は上機嫌で更なる指令を寄越してきた。
「タオル。」
「・・・・・・・・・・・畏まりました。」
 イヤイヤながらも頷き、コート脇に置かれた荷物の中から三井のタオルを手にして戻った流川は、それを三井へと差し出た。いつもの流川にしては恭しく。用意された台詞を発しながら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・三井様。お受け取り下さい。」
「うん。」
 妙に畏まった口調で三井にタオルを差し出す流川の姿に、それまでただただ呆然としていた部員達がガタガタと身体を震わせ始めた。何かあるとすぐに突っ込みを入れてくる宮城ですら、何も言えずに固まっていた。桑田と石井は抱き合ってブルブルと震えている。いつも不遜な態度を示してくる水戸ですら、大口を開けて間抜け面を晒していた。
 そんなギャラリーの態度に、流川はムッと顔を歪める。自分だってこんなことはしたくないと、胸の内で呟きながら。
 ならば何故しているのかと言えば、朝、三井にそそのかされてジャンケンをし、負けた結果そうせざるを得なくなったのだ。
 一発勝負のジャンケンで勝った瞬間、三井に
「今日の部活中、お前は俺の召使いな。」
 と、言われたために。
 なんだそれはと思ったが、一度やると言ったことを反故にすんのか、てめー。口先男め。お前が出来るのはバスケだけか、と毒づかれ、うっかり勢いに任せて頷いてしまった。
 そんな風に感情に流されて取った己の行動を、流川は珍しく後悔していた。屈辱のあまりに身体を震わせながら、海よりも深く。
 そして思う。三井に騙された、と。好きだという言葉は嘘だったのだと。好きな相手にこんな事をさせるわけがないから。
 いや、しかし。相手は三井だ。普通のラインで物事を考えてはいけないのだろう。ならば、やはりそこに愛があると言うことか。
 とは言え、もうその言葉に騙されない。いくら「好きだ」の「大好き」だの言われても、三井の様子が怪しい時には彼の話には乗らない事にしようと堅く決意する。
 例え愛があっても許せない事はあるのだし。
 そう思いながら、流川は人生で初めて、部活が早く終わる事を願ったのだった。























アホ流三でスイマセン。














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流川の後悔