闇の中、三井は気怠げに身体をベッドの上に俯せていた。
その身には一糸も纏わずに。
あまり日に当たらない生活をしているために元の白さを保っている肌が、窓から差し込む月明かりに照らされてより一層白く見え、怪しげな色気を漂わせていたが、当の三井はその事に少しも気付いていないのか、無防備にその肌を晒し続けるている。
いや、気付いていないのではなく、部屋にいる人間が誰か分かっているからこその態度なのだろう。他の人間が居たならば、彼はこんなにも警戒心を解いたりはしない。そうと周りに覚られずに、周りの人間の一挙手一投足を観察しているのだから。
それは、身体を重ねている時でも変わらない。我を忘れて夢中で抱きついているように見えても、頭の中は冷静でいる事が多いのだ。どんなに甘い声を上げていても、その瞳に宿る光は静かなモノだから、間違いないだろう。
出会った当初は、そうではなかった。ちゃんと瞳にも熱が籠もっていた。だが、回を重ねる事に。相手をした人間の数が増える事に、彼の瞳から温度が無くなっていった。自分を相手している時でさえ、時々妙に冷めた目つきをするくらいだ。
「・・・・・・・・・・三井。」
静かな空気を震わせるように彼の名を呼んだ。喧噪の中に居たら絶対に聞えないような声量で。
だが、狭い室内に二人きりの状況だ。聞えないわけが無く、三井の頭が微かに動いた。
身体を俯せたまま微かに頭が動き、色が薄い瞳だけがこちらに向けられる。その瞳を見つめながら、手近にあった煙草を取り、火を付ける。そして大きく煙を吸い込み、それを一息吐き出してからゆっくりと、口を開いた。
「・・・・・・・お前は、何をしてーんだ?」
その問いに、三井は感情の色が窺えない瞳をむけ続ける。言葉を返そうともしないで。
そんな三井に、再度言葉を投げかけた。
「いつまでも此処にいる男じゃねーだろう、お前は。何がしてーんだ?」
その言葉にも、三井はなんの反応も返さない。
「何処に行きたい?」
もう一言だけ問い、口を閉ざす。
自分の吐き出した白い煙が室内に充満するのを視界の端に捕らえながら、ジッと三井の反応を窺った。
そういえば、こいつは煙草を吸わないなと、なんとなく思いながら。
室内には機械類の動く音が響き渡る。人が二人も居るのに、やけにはっきりと。
その音に耳を傾けながら三井の色の薄い瞳を見つめ続けていたら、彼の瞳が僅かに細められた。スイッと視線を反らされる。そして、ベッドに顔を伏せながら言葉を一つ、返してきた。
「・・・・・・・・・別に。何も。」
その答えを耳にして、もう一度煙を口から吐き出した。一言添えて。
「・・・・・・・・ウソをつくんじゃねーよ。」
チラリと三井が視線を流してくる。その瞳にニヤリと口角を引き上げて笑い返し、短くなった煙草を灰皿に突きつける。
「ウソをつくんじゃねー。お前の目は、ちゃんと前見てんだろうがよ。」
言われた言葉が予想外だったのか、三井が大きく目を見張った。その瞳に、尚も語りかける。
「てめーは俺らとは違う。まだ目が腐っちゃいねー。まだ這い上がれる。腐る前に歩き出せや。」
「・・・・・・・・・鉄男・・・・・・・・・・・・」
「てめーはもう、一人で歩けるだろう?」
口角を引き上げてからかうように笑いかければ、三井はなんとも言えない表情で黙り込んだ。そして、小さく首を振る。
「・・・・・・・だけど、俺は・・・・・・・・・・・」
「やりたい事があるなら、見苦しくたって縋り付いてみろよ。人生変わるぜ?こんな所にいるよか、よっぽど良い目を見られるってモンだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってぇ、言うだろうが。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それ、何か違うぜ?」
クスリと小さく三井が笑った。そしてゆっくりと起きあがり、ベッドの上に胡座をかいて座り込む。
「・・・・・・・・・やりたい事、ね・・・・・・・・・・」
組んだ足の上に置いた自分の手を見るように俯きそう呟いた三井は、深々と息を吐き出した。
何かに迷うように。
踏み切れない何かを感じているかのように。
だから、それ以上言葉をかけなかった。
彼の答えは、彼が決めた時に聞けばいい。
そう思って。
彼が自分に何かを言ってくるまでは、つき合ってやろう。
それが、彼を拾った自分が果たすべきモノだろうから。
そう思いながら、鉄男は新しい煙草を手に取り、火を付けた。
吐き出した白煙のせいで、室内が霞む。目の前にモヤがかかる。そのモヤの向こうに、ベッドに腰掛け、ボンヤリと自分の手元を見つめ続ける三井の姿があった。
何となく腕を伸ばし、白煙を散らそうとした鉄男だったが、その行動はすぐに留めた。
そして、ニヤリと意地悪く、口角を引き上げる。
「・・・・・・・・・・自分で振り払えよ。」
胸の内で呟きながら、再度白煙を口から吐き出した。
明るい世界に戻って欲しいと思いながらも、自分の元に留めておきたいとも思う自分の複雑な心境を笑いながら。
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霞む視界