「センパイ、大学に行くんすよね?」
唐突に問われ、三井は軽く目を丸めた。
現在は昼休み。屋上は寒いからと部室で落ち合い、昼食を食べ終えてから流川に構うことなく速攻で問題集を開いて勉強をし始めた自分に、目の前の後輩は何を言い出すのだろうかと思って、目を丸めた。
もしかしたら彼は、自分が趣味で勉強をしているとでも思っていたのだろうか。
まぁ、数学の問題を解くのは嫌いでは無いが、趣味という程の事でもないので、そんな誤解はされたくない。
それともなんだろうか。遠回しにもう間に合わないから止めろと言っているのだろうか。それはかなり失礼な事甚だしい。自慢じゃないが、インハイ後から真面目に勉強し始めて、そこそこ学力を身につけてきたのだ。ランクに拘らなければ、大学の一つや二つ軽い。
だから、三井はギロリと流川を睨み付けた。
「・・・・・・・・んだ、てめぇ。文句あるのかよ。」
ドスの効いた声でそう問うと、流川は軽く首を振った。三井の不興を買ったことに慌てた、という感じではなく、真に文句が無いと言うように穏やかな眼差しで。
そして短く問いかけてくる。
「どこ?」
「あ?志望校か?それはまだ決まってないな。」
桜木辺りとだったら会話にならないであろう流川の単語喋りではあるが、経験と前後の繋がりから、三井は苦もなく彼の言いたいことを言い当てた。
そして、逆に問いかける。
「で、それがなんだって?」
「教えろ。」
「決まってねーもんを教えられるわけねーだろ。ギリギリまで粘って、可能な限りランクの高い学校を選ぼうとしてんだよ。ランクだけじゃなくて、バスケ部の活動状況も考えねーとなんねーんだけどな。」
矢継ぎ早に答えた三井の言葉に、流川は押し黙った。納得したからではなく、三井の言っている事が良く分らなくて黙ったのだろうと思うが。
そんな流川に、今度は三井が問いかける。
「大体お前、そんなの聞いてどうすんだ?」
「俺もそこに行く。」
問いかけた瞬間、速攻で返された言葉には欠片の迷いも無かった。そんな流川の強い意志の滲む言葉に、今度は三井が押し黙る。
しばし、静かな空気が流れた。言葉も無く、狭い室内で見つめ合っていたから。遠くから騒ぐ生徒の声が聞こえてくるが、部室の中には二人の呼吸の音しか無かった。鼓動の音まで聞こえそうなくらい、狭い室内は静まりかえっている。
その静かな空気を打ち破ったのは、三井だった。
「・・・・・・・・・アホか、お前。」
「アホじゃねー。本気だ。」
「本気でそういう事を言うお前が、アホだっつってんだよ。」
呆れの色を大いに含んだ声でそう告げると、流川が不服そうに眉間に皺を刻み込んだ。
その眉間に己の指先を突きつけた三井は、その指先でグリグリと眉間を抉るようにしながら、意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「大学行くのは良いけどよ。てめー、アメリカどうすんだ?」
三井の言葉に、流川の瞳は少し大きく見開かれた。どうやら本気でその事を失念していたらしい。三井は喉の奥で小さく笑いを零した。
「だからお前はアホだっつってんの。一時の感情に流されて、目先の事だけにこだわってるからよ。もっと先を見通した人生設計を立てろよ、バーカ。アメリカ、行くんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・ウス。」
「だったら、俺を追っかけてアホ大学に入ってる場合じゃねーだろ。アメリカに行くための勉強をしろってのっ!」
眉間に突きつけていた指先を放し、変わりに掌でピシャリと彼の額を引っぱたく。そして、流川の顔を覗き込むように首を倒した。
「お前が日本人初のNBA選手になるの、俺は結構楽しみにしてんだぜ?」
ニヤリと口角を引き上げながらの言葉に、流川は神妙な顔でコクリと頷いた。そして、ゆっくりとその長い腕を持ち上げ、三井の背に回してくる。
その腕に力が籠もり、二人の距離がゆっくりと近づいた。
「・・・・・・・・・でも、離れたくねーっす。」
隙間が無いくらいに近づき、耳元で静かな呟きが落とされる。
その言葉にくすぐったさを覚えて、小さく笑った。
「だったら、とっととビッグになって俺を養える位の男になれよ。そしたら、何もかも投げ捨てててめーの所に行ってやるからよ。」
自分のモノよりも広く厚みのある背中に腕を回しながら囁くと、流川の身体がビクリと揺れた。
抱きしめてくる腕に力が籠もる。
「・・・・・・・・・・本当っすか?」
「おう。その時にてめーに金髪美人の彼女や彼氏が出来てなきゃ、な。」
「出来るわけねー」
ギュッと更に強く抱き込まれた。そして、甘い響きの声が耳に吹き込まれる。
「アンタだけだ・・・・・・・・・・・」
「誰がアンタだ。生意気な口を叩いてんじゃねーぞ、一年坊主。」
背中に回していた手を外して後頭部を軽く叩いた。そんな攻撃、効きやしないと、分かっているけれど。
案の定、流川はピクリとも動かなかった。変わりに、小さな笑い声が耳に届く。そして、強い決意の秘められた声が。
「・・・・・・・・・・約束ッス。」
「おう。」
力強く頷き、そっと身を離す。そして、触れ慣れた唇に口づけた。
誓いのキスのような、口づけを。
ゆっくりと合わさった唇を放した三井は、ニヤリと口角を引き上げて見せる。なんの拘束性もない約束を交わした自分達の姿が、年端もいかない子供達が真剣な顔で将来を誓っている図に重なって。
そんな三井の胸の内に気付いているのか居ないのか。微かに首を傾げた流川だったが、笑みの意味を問いかけてこようとはしなかった。変わりに、微かな笑みをその整った面に刻み込みながら、先程三井がしたような口づけを落としてくる。
最初は触れるだけだったソレは、徐々に深い交わりを求めるモノになってきた。その少し拙い口づけを優しく受け止めながら、流川の背を抱きしめる。
そんな未来も良いなと、思いながら。
そこまでこの関係が続くのも悪くないと、思いながら。
そう思いながら、胸の内で呟いた。
「その前に、てめーのことをなんとかしねーとな。」
ひとまず、一発で大学に入り、自分に納得が出来るプレイが出来るようにならなければと、現実的な事を考える。
流川に釣り合うように、とは思わないけれど。
後悔する生き方だけは、したくないから。
もう、二度と。
「だから、前を見させてくれよ?」
自分が余所見をする暇がないくらい、真っ直ぐな生き様を見せてくれと、胸の内で呟いた。
頼るのはイヤだけど、彼が真っ直ぐに前だけを見据えて歩く様を見つめているのは、好きだから。
出来ることなら、背中を見るのではなく、傍らで見ていたいが。
目指すモノが違っても、気持ちだけは同じ方を向いて。
そんなことを思いながら、強く彼の身体を抱きしめた。
そんな風に出来たら良いなと、思いながら。
記念なので甘めに。
でもちょいと遠慮がちに。
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未来