「なぁ。暑いのと寒いの、どっちが好きだ?」
「はぁ?」
 何の前置きも無く突然投げつけられた質問に、流川は眉間に皺を刻み込みながら傍らに座り込んでいる男の横顔を見つめた。
 今は部活の休憩時間だ。さっきまでコートの中を走り回っていた者達が、呼吸を整えながら少しでも疲れを取ろうと床の上に座り込んでいる。
 流川も、彩子からドリンクを受け取った後、壁に背を預けるようにして今の場所に座り込んだ。後から来た三井もドリンクを片手に流川の隣に腰を下ろし、流川よりも苦しそうにぜいぜいと息を吐いていた。
 その呼吸が落ち着きを見せ、手にしていたドリンクを飲んだ後に三井の口から出た言葉が、今の台詞だ。
 はっきり言って、わけが分からない。いや、言葉の意味は分かるが、なんでそんなことを自分に問いかけてくるのかが分からない。もしかしたら自分ではない他の人間に語りかけた言葉なのかと思ったが、周りに人の姿は無いからそうではないと思う。
 独り言にしては少々おかしい。やはり自分に話しかけていると言うことなのだろうか。
 首を捻って考え込んでいたら、それまで前方に向けられていた三井の視線が急にこちらに向けられた。そして、再度問いかけられる。
「さっさと答えろよ。暑いのと寒いの、どっちだ?答えられねーようなモンじゃないだろうが。それとも何か?この話題は流川家では御法度なのか?」
「・・・・・・・・・・そんなことないっす。」
「ならさっさと答えろよ。バスケ以外の事が脳みそに刻み込まれないお前にも、それくらいの判断は出来んだろ?なぁ?」
 随分な物言いに、流川の眉間に深い皺が刻み込まれた。それは人にモノを尋ねる態度では無いだろうと、思って。だが、そんな怒りの気配を三井は察してくれなかったらしい。
 同じテンションと同じ口調で尚も問いかけてくる。
「おらっ!とっとと吐けよっ!秘密にするような事でもねーだろうがっ!」
 それは確かにその通りではあるが、反抗したい気がムラムラと沸き上がる。だが、反抗したら三井はしつこく絡んでくるだろう事が簡単に分かる。流川は、深く息を吐き出した。そして、ボソリと告げる。
「暑い方。」
「あ?」
「どっちかって言うと、暑い方が好きっす。」
 もう一度自分の答えを告げると、三井はニッと口角を引き上げた。そして、流川の顔を覗き込んでくる。
「なんでだ?」
 そんな風に問い返されるとは思っていなかったので少々動揺したが、それでも流川は素直に言葉を続ける。
「・・・・・・・・・寒いと、余計に眠くなる。」
「動きが鈍くなるからか?お前は変温動物かよっ!ほんと、バスケ以外の事に関してはものぐさも良い所だな、お前。バスケやってなかったらただの駄目人間だぜ?」
 呆れたようにそう返してきた三井だったが、聞きたいことが聞けて満足したらしい。飲みかけのドリンクを口元に運び、流川の存在を忘れたようにコートの脇で赤木の妹に向かって夢中で話しかけている桜木へと視線を向けていた。
 そんな自分を無視するような態度にわけも分からず怒りを覚えた流川は、思わず三井の腕を掴み取っていた。
「・・・・・・・・んだ?」
 不思議そうに瞬く三井の瞳をジッと見つめながら、流川は当惑していた。自分の行動の意味が分からなくて。
 己の行動の意味は分からなかったが、このままでは三井のこめかみに血管が浮かぶであろう事は分かった。だから、流川は慌てて言葉を口にする。
「センパイは?」 
「あ?」
「センパイは、どっちが好き?」
 先程問われた言葉をそのまま返す事でなんとか三井の眉間に皺が寄ることを回避した流川は、答えを求めてジッと色素の薄い瞳を見つめた。
 別に何が何でも聞きたいという内容ではなかったのだが、やる気無く質問をした事がばれたら三井がうるさく騒ぎそうだったので。だから、三井がわめくのを封じるつもりで人よりも薄い光彩を持つ三井の瞳を強い瞳でのぞき込んだ。
 そんな流川の瞳の強さに驚いたのか、二三回瞬いた三井はフッと目元を綻ばせ、答えを発してくる。
「どっちもヤだな。」
「・・・・・・・・・・センパイ。」
 キッパリと言い切られた言葉に非難の眼差しを向けると、三井はそんな目で見られるのが心外だと言わんばかりの瞳で流川の顔を見つめ返してきた。
「当たり前だろうが。暑いと身体が溶けて動きたくなくなるし、寒いと身体が固まって動きたくなくなるし。良いことねーモン、どっちも。暑いのが好きだとか寒いのが好きだとか言う奴の気が知れねーよ。」
 ソレは先程暑いのが好きだと言った自分に対する嫌がらせかなんかだろうか。それとも婉曲な挑戦状なのだろうか。ならば受けて立ってやると腰を浮かしかけた流川の耳に、練習の再開を告げる笛の音が聞えてきた。
 その音に、小さく舌を打つ。だが、その指示には素直に従わなければならず、流川はゆっくりと腰を上げた。その隣で同じように立ち上がった三井が、言葉を続けてくる。
「暑い夏は北海道に行けて、寒い冬は沖縄に行けるような職業ってねーのかなぁ・・・・・あったら何が何でもそれをやりてーもんだ。」
 そう呟く三井の言葉には、微かな迷いもない。どうやら本気で言っているらしい。
 と言うことは、別に先程の言葉も自分への挑戦でもなんでもなく、彼の素直な言葉だったということだろうか。
「・・・・・・・・・変な奴。」
 ボソリと呟き、傍らを歩く自分よりも数センチ低い位置にある男の顔を見下ろした。
 二つも年上なのに、妙にガキっぽい人だなと、思いながら。
 そんな彼の動きを目で追ってしまう自分の行動に首を傾げながら、流川はボールへと意識を集中させていったのだった。





















不思議ちゃん系三井。笑。











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暑いの寒いの