頼れる相手















「・・・・・・・・マジかよ・・・・・・・・・・・・」
 自慢じゃないが、生まれてこの方ソレに困ったことはない。その自分が今、本気でソレが無いことに困っている。この世の終りではないかと思うくらいの絶望すら感じている。
 いつもしつこいくらいに周りをうろついている徳男達だったが、こんな時に限ってさぼりを決め込んでいるので使えない。携帯で呼び出せば急いで戻ってきそうだが、これまた運が悪いことに今日は家に忘れてきている。というか、バスケ部に戻ってから携帯なんてさほど必要が無くなったのであまり持ち歩かなくなっていたのだ。こんな事ならちゃんと持ち歩いておくべきだったぜ、と胸の内で後悔したが今更遅いと言うモノだ。
 他に三井が頼れそうなのは赤木と木暮だが、今の自分の状況を聞いた奴等は絶対に何か言ってくる。説教じみたことを。だから、頼みたくはない。そもそも奴等に頼み事をするのは無駄に高いと言われている自分のプライドが許さない。
 他のバスケ部員は後輩だけだ。後輩に頼み事をする事も又、三井のプライドが許さなかった。
 とは言え、今現在自分はのっぴきならない状況に置かれている。
「あ〜〜〜・・・・・・・・どうすっかな・・・・・・・・・・」
 このままでは自分は死ぬ。本気でそう思う。と言うよりも、間違いないだろうと思う。
 死んで当たり前だ。既に身体が言うことをきかなくなっているのだから。これ以上何も出来ずにいたら、自分はこのまま活動を停止して地に伏し、土に返るに違いないと本気で思う。
 やはり此処はプライドなど投げ捨てて赤木に頭を下げるべきだろうか。いや、赤木に頭を下げるくらいなら石井や桑田辺りに頭を下げた方がいい気がする。そいつらなら、今の自分の状況を他の部員に言いふらす事はないだろうから。言いふらしそうだったらガン付けして黙らせられるだろうし。
「・・・・・・・・・よしっ!」
 そう結論づけた三井は気合いを入れ、自分の席から立ち上がった。そして、ふらつきそうになる足をなんとか踏ん張り、一年の教室へと向かう。石井と桑田は何組だったかと、考えながら。
 フラフラと身体を左右によろめかせながらいつもより長く感じる廊下を突き進んでいたら、前方から見慣れた長身の男がゆっくりと歩いてくるのに遭遇した。見間違いたくても見間違いようのない男だ。こんな綺麗な面を持った男はそうそういないから。
 その男の名を、何となく呟いた。
「・・・・・・・・・・・流川・・・・・・・・・・・」
「ウス。」
 先輩を見つけた条件反射なのか、流川がコクリと首を倒してくる。挨拶とも思えないような言葉と仕草だが、ゴーイングマイウエイの彼にしては上出来な仕草と言えよう。三井のことを一応は先輩と見なしているようだし。
 そんな流川の態度に少々機嫌を良くした三井は、微かに笑みを浮かべて返す。
「お前、これから昼飯買いに購買に行くのか?」
 彼の進行方向から考えてそう問いかけると、流川は再びコクリと首を倒した。どうやら肯定しているらしい。それくらい言葉にしろと思いはしたが、返事をするだけマシだろうと思い、突っ込まないでおく。と言うよりも、突っ込む体力が残っていないので突っ込めない。
「そうか。購買かぁ・・・・・・・・・・」
 突っ込む変わりに、ボソリと呟く。そして、ボンヤリと考えた。
 別に、流川でも良いのではないだろうか、と。
 恐ろしく無口な上に人の輪の中に入ろうとしない流川のことだ。自分が楽しかったら周りのことなどどうなっていても良いと思っていそうな男のことだ。自分の今の現状を知ったとしても、絶対に他の人間に言いふらしたりはしないだろう。いや、間違いなくそんなことはしない。
「・・・・・・・良し。」
 三井は確信を持って頷いた。そして、胸の内で呟く。
「こいつしか居ない」と。
 自分の世界に入っている三井の様子をもの凄く不審そうな瞳で見つめていた流川だったが、立ち去るタイミングを逃したのか、大人しく三井の次の言葉を待つようにその場に留まっている。
 そんな流川の腕を、三井は力強く掴み取った。身の内に残っている、最後の力を振り絞って。
 突然の三井の行動にギョッと目を剥いた流川に、三井はこれ以上無い位真剣な眼差しを向けた。
 多分、自分の人生の中で、安西に「バスケがしたい」と訴えた時の次くらいの真剣さだろうと思うほど、真剣に。
「流川。お前に頼みがある。」
 普段ふざけた態度を取ることが多い三井が発した緊張感漂う言葉に、握りしめていた流川の腕がピクリと震えた。そして、軽く首を傾げながら問い返してくる。
「頼み・・・・・・・・・?」
 表情はそれ程動いていないが、どうやら驚いているらしい。それはそうだろう。藪から棒にそんなことを言われたら誰だって驚く。しかも相手は流川だ。誰かに頼み事をされること自体少ないだろうから、人に頼み事をされたこと自体に驚いているのかも知れない。
 バサバサと、女が悔しがり、羨ましがるだろうほど長く豊かな睫を揺らした流川の瞳を、ジッと見つめた。自分の真剣な思いが伝わるようにと、願いを込めて。
 そして、言葉を続ける。
「ああ。一生のお願いだ。俺に・・・・・・・・・・・・」
 続けようとした言葉は、突如割って入った音で、途切れさせられた。


グ〜〜〜〜〜〜〜


 と言う、盛大な腹の音のために。
 その音を耳にして空腹感が増した三井は、流川の腕を掴む手から力が抜けそうになった。だが、ここで放してはいけない。空腹のあまりに震える手になんとか力を込めながら流川の腕を握り直す。
 だが、それ以上力を出すことが出来なかった。ガクリと首を俯ける。これ以上身体を真っ直ぐにしておくことすら辛いほど、腹が減っていることを自覚して。
 そして、最後の力を振り絞って、己の望みを口にする。
「俺に、飯を奢ってくれ・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウス。」
 三井の悲痛な訴えに、やや間があったモノの、流川はコクリと頷いた。
 そして、力無く項垂れる三井の身体を引きずるようにして歩き出す。
 取りあえず、購買に向かって。



















「あ〜〜〜〜!生き返ったぜっ!」
 流川が与えたパンを三つばかりペロリと平らげた三井は、500ペットのポカリを一気に飲み干し、プハーッと息を吐き出した後、満足そうにそうのたまった。
 その食いップリをボンヤリと見つめていた流川は、なんとなく頷き返す。
「ウス。」
「何が『ウス』なんだよ。ちゃんとした日本語で返せってーのっ!」
 ついさっきまでは死にそうな顔でフラフラしていたくせに、腹が満ちた今はやたらと元気に突っ込みを入れてくる。
 なんなんだ、この人はと思いながらも、三井はこれくらい騒がしくないと調子が出ないなとも思う。
 そんな風に思う自分に首を傾げながらも、手元にあった袋の中からもう一つパンを取り出した。そして、そっと三井に差し出す。
「まだ食うっすか?」
「イヤ、もう良いわ。サンキューな。」
 自分でも珍しいなと思うような人を気遣う言葉に、三井は照れくさそうな笑みを返してきた。その妙に子供っぽい三井の笑顔に少し鼓動を早くした流川は、そんな自分に首を傾げつつ、手にしていたパンの袋を破って中身に齧り付いた。自分はまだ食べたり無かったので。
 授業中は何もしないで寝ているだけなのに、何故か昼時になると腹が減る。まだまだ身長が高くなるという事だろうか。それは大いに喜ばしいので、そのためにも食えるだけ食っておこうと思う流川だった。
 そんな流川の食いップリを見つめながら、三井がベラベラと喋り倒してくる。
「ホント参ったぜ、今日は。昼飯買おうにも財布を忘れてよ。鞄の何処を探しても100円玉一枚も入ってないしよ。そんなときに限って徳男達はさぼり決め込んでやがるし、赤木や木暮に金を貸してくれって頼みゃぁ、たるんどるとかって怒られるだろうし、宮城と桜木には馬鹿にされるだろうしで誰にも言えなくてよ。このままじゃ腹が減りすぎて放課後に部活に出られやしねーと思ったからな。マジで。いや〜〜。マジで助かったぜ、流川っvv」
 呼ばれた名前の後にハートマークが付いているのでは無いかと思う位上機嫌にそう言われ、何となく嬉しくなる。だから、自分でも意識する前に言葉が飛び出した。
「俺は誰にも言わねーし、馬鹿にもしねー。」
 だから、次に何か困ったことがあったらまた自分に声をかけろと瞳で告げる。
 その言葉が三井に伝わったかどうかは怪しいが、彼は機嫌良く頷き返してきた。
「おうっ!だから、お前に声をかけたんだよ。」
「・・・・・・・・・・ウス。」
 自分の無言のメッセージは伝わっていない気がしたが、なんとなく嬉しい言葉だったので取りあえず頷いておく。
 そんな流川の頭をぴしぴしと叩きながら、三井が言葉を続けてくる。
「この借りは、三倍に返してやるから、期待してろよ〜〜?」
「・・・・・・・・・・・三倍っすか?」
「おうっ!」
 力強く肯定する三井の言葉に、流川は深く考え込んだ。まさか、食べた量の三倍と言うことはあるまい。菓子パン九つを一気に返されても正直困るし。
 一日一つで、そのたびに一緒に昼飯にありつける、というのはナカナカに良いと思ったが、なんで良いと思うのかが分からなくて首を捻る。まぁ、妥当な線で金額の三倍という所だろうが。
 と言うことは、いつの日か二人で部活帰りに食事をして帰れると言うことだろうか。皆が居る中で、自分にだけ奢ると言うことが出来るわけがないから。そんなことをしたら、絶対にあのドアホウが大騒ぎするに決まっているし。だから、その時は三井と自分の二人きりで食事に行くのだろうと、流川は勝手に決めつけた。
 それはなんだか、デートみたいだ。
 そう思ったら、突然心臓がバクバクしてきた。一試合フル出場した後のように。
 チラリと三井を盗み見たら、彼はとても満足そうに、幸せそうに微笑んでいた。そして、楽しげに告げてくる。
「ラーメンなんてケチくさい事はいわねーよ。なんでも好きなモン奢ってやるから、考えて置けよ!」
 自分の考えを肯定するような三井の言葉に、早くなっていた鼓動がより一層早くなった。病院に行った方が良いのではと、思うほど早く。
 体温が、一度二度跳ね上がった気がする。
 なんで自分の身体がそんな反応を起こしたのか分からない。
 分からないが、その熱が不快ではないことだけは確かだ。
 そして、その時が来るのを楽しみにしている事もまた、確かなことだった。
























自覚してなくてもゆっくりと想いは育まれ。














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