休憩を告げる声を聞き、それまでコートの中を走り回っていた部員達がコート外へと出て行った。
水場で汗を流す者。彩子からドリンクを受け取る者。その過ごし方はそれぞれ違う。
三井は彩子からドリンクを受け取った後、壁にもたれかかるようにして床に腰を下ろした。少しでも体力を回復するために。
他の部員と下らない言葉を交わす元気は、練習の終盤になると残っていないのだ。
「・・・・・・ちっ・・・・・・・」
なかなか収まる気配を見せない乱れた呼吸の合間に舌打ちする。
自分の体力の無さを痛感して。
チラリと視線を投げれば、三井程疲労を見せている者はさほど居ない。せいぜい一年生の中で二三人といった程度だ。
スタメンでは無いとは言え、二年生である安田に潮崎、角田の三人は呼吸が上がっているものの、床に座り込む程の疲労は見せていない。
「・・・・・情けねーな。まったくよぉ・・・・・・・」
誰にともなく、呟きを漏らした。
日に何度空白の二年間を悔やんでいるのか、自分にも分からない。
悪いことばかりでは無かったけれど、やはりバスケをやる上では二年の空白は大きすぎたから。
毎日磨かれている床に視線を落とし、溜息を吐く。
と、耳に元気に大笑いする桜木の声が飛び込んできた。
思わず視線をそちらに向ければ、毎日のように練習を見に来ている桜木軍団と、何やら楽しそうに話をしていた。そんな桜木には、疲れなど少しも見えない。汗をかいてはいるが、それだけだ。今から一試合軽く出来そうな位に元気が有り余っているように見える。
「・・・・・・・・ムカツク・・・・・・・・・」
別に桜木の事は嫌いではないが、むしろ後輩としては好いている部類に入るのだが、自分が今一番欲している物を目の前で見せびらかされると、大いに腹立たしい。
大体、なんで一年のくせにあんなにデカイんだと、内心で愚痴る。赤木も一年の頃からでかかったが、何を食べたらあんなにでかくなるのだろうか。15才の分際で。
しかも、一年生とは思えないあの化け物じみた体力。体力の面で見たらまだ流川の方が可愛げがあるというものだ。
身体だけではなく態度もでかいから、桜木には一年生らしい初々しさが無い。だから余計にムカツク。いや、新入部員らしくバスケの腕は素人臭さが滲み出しているのだが、異常に物覚えが早いこともあり、今ではもう湘北の大事な戦力となっていたりもする。
「・・・・・・・・・やっぱ、可愛くねーな。あいつはよぉ・・・・・・・」
その呟きが聞えた訳ではないだろうが、桜木と話をしていた水戸がこちらに視線を向けてきた。そして訝しげに眉間に皺を寄せ、桜木に何かを語りかける。
話かけられた桜木がこちらに視線を向けたと思ったら、大股で三井の前まで歩み寄ってきた。
「なんだね?ミッチー。この天才に何か用があるのかね?」
「・・・・・・・誰が天才だ。誰が。」
無駄に機嫌良く声をかけてきた桜木に仏頂面でそう言葉を返してやったのだが、言われた桜木は大して気にしなかったようだ。
いきなり三井の目の前にしゃがみ込んだと思ったら、顔を覗き込むように首を倒してみせる。
「大丈夫か?ミッチー。顔色が悪いぞ?ミッチーは体力無いんだから、あまり無理をするな。」
「うるせーよ。体力だけの馬鹿が人に意見してるんじゃねー!」
「なんだとっ!この天才を馬鹿などとっ!!」
「うるせーよ。目の前で騒ぐな。・・・・・・・ったく。その無駄に余った体力を半分くらいわけて欲しいぜ・・・・・・・・」
叫ぶ桜木に向って鬱陶しげに手を振って見せながら、後半は呟くようにそう漏らした。その言葉を桜木は耳にしていたらしい。突如大声で笑い出した。
「わははははっ!ミッチーッ!ようやくこの天才の素晴らしさが分かったようだなっ!いやいや、結構結構!わははははっ!!」
「誰が天才だっ!てめーなんかレイアップしか出来ねーくせにっ!」
「なんだとっ!ミッチーっ!」
「天才だって言うんならなぁ3Pを俺以上に決めてみろ!まぁ、所詮お前には無理な事かもしれないけどなぁ?」
「ふんぬぅーーーーーっ!!!」
「何を馬鹿騒ぎしとるんだ、この馬鹿たれ共がーーーーーっ!」
「イタッ!」
「いてぇっ!」
これからまさにつかみ合いの喧嘩になると言った瞬間、タイミング良く赤木の拳が三井と桜木の脳天に直撃した。
思わず悲鳴を上げた二人は、頭をかかえてその場にしゃがみ込む。
そんな二人の姿を忌々しげに見つめていた赤木は、吐き捨てるようにこう語りかけてきた。
「休憩は終わりだ。さっさとコートに入れ。二人とも元気が有り余っているようだから、徹底的に揉んでやる。」
「・・・・・・・・・・げっ・・・・・・・・・・・」
俺を殺す気か、赤木。
思わず内心でそう零したが、口には出さないで置く。自分から弱音を吐くなどと言う無様なマネはしたくなくて。
「・・・・・・・・・・仕方ねぇ。気合い入れていくか・・・・・・・・・・」
深く息を吐き出しながらそう呟いた瞬間、頭に大きな手の平を乗せられた。
何事だと視線を向ければ、そこには悟りを開いたような、妙に真剣な眼差しをした桜木の姿があった。
「・・・・・・・・桜木?」
そんな彼の表情は珍しく、一体何があったのだろうかと首を傾げた。すると、桜木が神妙な表情で言葉を返してくる。
「大丈夫だ、ミッチー。ミッチーが倒れたら、この天才が保健室に運んでやる。」
「何が大丈夫なんだっ!馬鹿野郎っ!!」
怒鳴り返して桜木の頭を殴りつけた三井は、肩をいからせてコートの中へと戻っていく。
何を言い出すのかと思ったら、人の事を馬鹿にしやがって。
そう、内心で呟きながら。
「誰が倒れるかよっ!練習でっ!」
体力が尽きた今の自分の原動力は、身の内から沸き上がってくる怒りだけだった。
だが、動く力があるのなら良い。動けないよりよっぽどマシだ。
今後どれだけ体力をつけられるのか。
桜木レベルとは言わないが、一試合フルで走り回れる体力が欲しかった。
そんなもの、すぐにつくわけが無いけれど。
年に一回花三の日ですから!それにしては陳腐ですが。涙。
欲するモノ