「センパイ。1On1、お願いします。」
部活終了直後。マネージャーである彩子の元に駆け寄ろうとした宮城の行動は、不意にかけられた流川の言葉で阻まれた。
声をかけられた宮城は、一瞬自分に声をかけられたと思えず、そのまま歩きだろうとしたのだが、射抜くような視線に動きかけた足を止め、ゆっくりと流川に向き直った。
「・・・・・・・・・・え?俺?」
「ウス。」
恐る恐るというか、呆然と言うか。
そんな感じで問いかけた宮城の言葉に、流川はコクリと頷きを返してくる。
どうやら、聞き間違いでは無かったらしい。
が、何故いきなりそんな誘いをされたのか訳が分からない。
いつもは三井を誘うのだ。流川は。
体力が無いとは言え、三井の腕は部活の中でも飛び抜けてウマイ。テクニックを磨く相手としては申し分ないのだろう。
インハイ前に三井を誘って以来、練習後に三井を1On1に誘う流川の行動は、既に湘北高校バスケ部では日課のようになっている。
その流川が、三井ではなく自分を誘っている。
何故だろうか。
いや、自分の腕だって三井にひけを取っていないと思う。タッパは足りないが、ソレを補って余りあるスピードを持っていると自負している。
が、今まで流川から1On1に誘われたことは皆無に等しいのだ。それが、何故今日いきなり誘ってきたのだろうか。
「・・・・・・・・駄目っすか?」
なかなか答えを出さない宮城に焦れたのか、流川がそう問いかけてくる。
その顔に寂しさが浮かんでいたように見えるのは、気のせいだろうか。
いや、きっと気のせいだ。流川の顔は、眉毛どころか睫の一本だって動いていないのだから。
「・・・・・別に、駄目じゃねーよ。」
「じゃあ、オネガイシマス。」
なんだかとってつけられたような言葉使いに、ちょっとムッとなる。
自分のことを先輩として敬っていないような気がして。
多分、その考えは正しいのだろうが。
とは言え、今更流川に年上を敬えだの、キャプテンに敬意を払えと言ったところでどうにかなるモノでもない。だから、宮城は大人の余裕で聞き流す事にした。
「おうっ!いっちょもんでやるぜっ!覚悟しとけよ、流川っ!」
「おっ!宮城、やる気だなぁ〜。負けんなよ!」
宮城の気合いが籠もる言葉にそう返してきたのは、いつの間にか彩子と歓談していたらしい三井だった。
その三井の顔に視線を向けると、彼はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
その笑みに妙な対抗意識が沸き上がり、宮城はことさら強気に発言した。
「当たり前でしょ!俺はキャプテンなんすから、一年なんかに負けてられないッスよっ!」
「その意気その意気。お前が勝ったら、帰りにラーメン奢ってやるよ。」
「なんすかっ、それはっ!俺が負ける可能性が高いって事ッすかっ!」
ニヤニヤと笑いながらそんな言葉をかけてくる三井に歯を向きながらそう叫べば、三井はフフンと鼻で笑い返してきた。
「さぁなぁ〜〜〜。ま、がんばんな。流川もな。」
「ウス。」
三井の態度もむかついたが、三井の言葉に素直に頷く流川の態度もムカツイた。これはもう、絶対に勝たねばならないと思う程に。
「ぜってー負けねーっ!てめーを床に這い蹲らせてやるぜっ!流川っ!」
「・・・・・・・・・・出来るもんなら、やってみろ。」
その言葉に、再度怒りを全身に漲らせた宮城だった。
ボールがネットを揺らす音が体育館に響き渡った瞬間。宮城の口から深々と溜息がこぼれ落ちた。
「これで六対四だな。キリも良いし、今日はここで終了だ。もう遅いし、とっとと片づけて帰るぞ。」
宮城の息が吐ききられたのを見計らうように、三井がそう指示を出してきた。
まだ続けたいと思った。負けっ放しでは気分が悪いから。だが、指示を出した三井の瞳にはこれ以上続けさせる意思は無いとはっきり書かれていた。
「・・・・・・・・・・分かりましたよ。片づけますよ。」
仕方なくそう呟き返した宮城に、三井は満足そうに微笑みかけた。そして、流川へと視線を移す。
「おら、お前も。とっととモップがけ終わらせろ。ぐずぐずしてたらラーメン奢ってやらねーぞ!」
「・・・・・・・・ウス。」
三井の言葉に素直に頷いた流川は、せっせとモップがけをし始めた。そんな流川の姿をボンヤリと見つめていたら、不意に肩を叩かれた。
驚いて傍らに立つ人物を見上げれば、そこには妙に優しげな笑みを浮かべた三井の姿が。
「・・・・・・・三井サン・・・・・・・・・・?」
「お疲れさん。どうだ?一対一で向かい合って。」
「流川ッスか?」
「ああ。」
「・・・・・・・・・巧いっすよ。やっぱり。不覚にも、敵わねーなって、おもっちまった。」
素直に心情を吐露した。なんとなく、誤魔化しても将がないような気がして。
現に、今日の勝負は自分が負けたのだ。流川が六点獲得で、自分が四点。たったワンゴール差だけど、そのワンゴールの差がデカイ。
チームメイトとしては、とてつもなく頼りになる。だが、一人のバスケ選手としてみたら、憎たらしく思う。恵まれた体躯も、あの飛び抜けたバスケセンスも。
「お前にしては、随分気弱だな。」
落ち込みかけた宮城の心情を察知したのか、三井がからかいを含んだ明るい声音でそう語りかけながら、自分よりも一六p低い宮城の頭を撫でくり回してきた。
「ちょっ・・・・・・三井サン!なにするんすかっ!」
「流川は流川。お前はお前だ。流川に出来なくてお前が出来ることだってイッパイあるだろうが!」
「・・・・・・・・・え?」
思いもかけなかった言葉にハッと顔を引き上げた。そして、三井の顔を覗き込めば、彼はニヤリと、口角を引き上げた。
「確かに、1On1だったらアイツはかなりつえーよ。だけど、人数増やしたら、アイツよりもお前の方がつえーよ。そうだろ?神奈川ナンバーワンポイントガードさん?」
「三井サン・・・・・・・・・」
思いもかけない三井の言葉に、宮城は結構感動した。その言葉に返答出来ない程に感極まって。
だが、続けて発せられた言葉に気分は一気に落ち込んだ。
「ま。それでも勝たなきゃ、先輩の面目丸つぶれだけどな?」
「・・・・・・・・・三井サン・・・・・・アンタって人は・・・・・・・・・・・」
どうしてそう、余計な一言が多いのだろうか。
あのまま口を噤んでくれていたら、センパイとして尊敬出来たかも知れないのに。
だが、そうさせないのが三井なのかも知れない。要所要所で頼れる一面を見せつつも、頼らせてくれない雰囲気を醸し出すのが。
「・・・・その言葉、そっくりそのまま返させて頂きますよ。」
「あん?どういう意味だ、こらっ!」
「だってアンタ。いっつも流川に負けてんじゃん。」
「てめっ!いつもとはなんだっ、いつもとはっ!人聞き悪いこと言うんじゃねーよっ!」
「だって、事実っしょ?アンタが勝ってる姿なんて、滅多に見ないし。」
「このっ・・・・・・・宮城ッ!」
「人間、図星差されると怒るものなんだよねぇ〜〜〜」
「このっ・・・・・・・・・・・・!」
「終わったっす。」
三井が今まさに宮城の胸ぐらを掴み上げようとした時。それを遮るように抑揚の無い声が二人の間に割って入ってきた。
その冷めた声音にハッと息を飲んだ三井と宮城は、かけられた声の方へと首を動かす。
そこには、いつもと同じ仏頂面した流川の姿があった。
「・・・・・・・・モップがけ。」
「あ、ああ。そうか。んじゃ、帰ろうぜ。」
突然の流川の乱入で勢いを削がれた三井が、忙しなく瞳を瞬きながらも流川の言葉に頷きを返し、そう言葉を発した。そして、宮城の方へと、視線を向けてくる。
「・・・・・・了解っす。帰りましょうや。」
三井の視線に同意するように頷いた宮城は、先に立って歩く流川と三井の背中を追い始めた。
自分よりも頭一つ分大きな背中を。
細っこくて、自分より体力が無いのに自分よりも高い背中を。
その背中から、背後に居る宮城に向って言葉がかけられた。
「お前にも奢ってやるよ、ラーメン。」
「え?でも・・・・・・・・・」
「その代わり、醤油限定だけどな。大盛りも無しだぜ。どうしても大盛りにしたけりゃ、その分は自分で払え、良いな?」
勝手に話を進めながらチラリと背後に視線を向けてくる三井の薄茶色の瞳に、宮城はフッと顔を綻ばせた。
「うわっ!ケチ臭いっすね。」
「うるせーよ。奢って貰うんだから文句言うんじゃねーっての。」
「はいはい。分かりましたよ。それでオッケーっす。アリガトウゴザイマス。」
「心がこもってねーぞっ!宮城っ!」
宮城のふざけた口調に面白いくらい怒りを表した三井の様子に、そんな反応をさせる原因である宮城は、ニヤニヤと嫌味のある笑みを浮かべる。そして、馬鹿にするような口調で更に言葉を浴びせかけた。
「いや〜。三井サンの日頃の行いを見てるとねぇ・・・・・・・・・。なぁ?流川。」
「・・・・・・ウス。」
「どういう意味だっ、宮城っ!ってか流川っ!何が『ウス』なんだよっ!この野郎っ!」
ギャーギャー騒ぎ始めた三井を適当に宥めたり更に煽ったりしながら制服に着替え、ラーメン屋への道を歩いた。
なんとも楽しい気分になりながら。
こんな時間もあと残り僅かしか残っていない事を、今は考えたくなかった。
流川VS宮城。
別に三井を賭けているわけではありません。
突発小説につき、訳分かりません。面目ない。汗。
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キスする前の戦い