「最近のパーシヴァルさんは、かなり疲労が溜まっていると思うんです。」
 トウタが、いきなりそんな話をし始めた。
 場所は噴水前。見回りをしていたボルスは、どこからともなく現れたトウタに捕まり、何の前触れもなくそんな事を言われた。
 とは言え、言われた内容はボルス的にも穏やかなものではなく、突然すぎるトウタの態度を不審に思う間も無かった。
「ほ、本当ですか!」
 思わず詰め寄るように問い返せば、トウタは神妙な顔で頷きを返してくる。
「ええ。隠しているようですが、私には分かります。何しろ私は、小さい頃から沢山の患者さんを見てきたのですからね。」
 人を疑うという事が不得手なボルスは、自信満々なトウタの言葉を簡単に信じてしまった。何しろトウタは医者なのだ。医者がわざわざそんなウソを付くはずがない。それになにより、その言葉を疑ってしまって、パーシヴァルにもしもの事があったら、自分は後悔するどころの話では無くなってしまうだろう。
 そう思うからこそ、問いかけるボルスの勢いも付いて来るというもの。
「じゃあ、クリス様に頼んで休暇を取らせた方が良いのでしょうか?」
「そんな申し出、パーシヴァルさんは受け入れたりしないと思いますよ。」
「そ、それは、そうかも・・・・・・。」
 さくっと返された言葉に、ボルスは無い頭を捻った。
 では、一体どうすれば良いのだろうか。どうすれば、パーシヴァルを休ませる事が出来るのだろうか。
 うんうんうなっていたボルスは、そんな自分の様子をトウタがほくそ笑みながら見つめている事に気付いていなかった。
「大丈夫ですよ、ボルスさん。そんな意地っ張りなパーシヴァルさんにピッタリの薬があるんです。」
「え・・・・・?」
「これです!」
 そう言って、トウタが自信満々に懐から取り出したのは、シンプルなデザインの小瓶。
 そこに入っているのは、透き通った薄いピンクの液体。見るからに甘そうな感じがする。一瞬子供用のシロップか何かかと思う位に、甘ったるそうだと思うのは、ボルスの気のせいだろうか。こんな薬、良く効くと言われても、パーシヴァルは飲まない気がする。そう思い眉間に皺を寄せていると、トウタはそれをボルスの眼前に突きつけてきた。
「これはとても素晴らしい薬でして、飲んだだけで身体に溜まった疲労を一層してくれるんですよ。」
「そ、それは・・・・・・・」
 なんだかとても怪しい気がするのだが。
 元来薬に頼らない生活をしているボルスには、そもそも薬事態あまり信用していない所があるのだ。病気など、気合いと休息があれば薬などに頼らなくても治ると思っているから。
 そんなわけで、鈍い鈍いと言われているボルスの顔にも不審の色が浮かび上がる。だが、トウタはそんなボルスの態度を少しも気にせずに、嬉々として話しかけてきた。
「これは我が師から教わった秘密の薬剤を調合してましてね。その効き目と言ったら、他の似たような薬剤など遠く及ばないのですよ!」
「・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・。」
 トウタが熱く語れば語るだけ、ボルスが不審に思う心は増していく。とは言え、その不審を直接口にする事などボルスには出来るわけもなく。なんだか気の抜けた返事を返してしまった。
 そんな気乗りしていない様をあからさまに見せるボルスの手に、トウタは小瓶を無理矢理握らせてくる。
「これを、是非ともパーシヴァルさんに飲ませて頂きたいのです。」
「これを・・・・・ですか?」
「はい。就寝前にでも、ワインに混ぜて。」
「・・・・・・・・・・・・・ワインに?」
 何故薬を酒に混ぜるのだろうか。これは、怪しいながらも栄養剤だと思っていたのだが、そうでは無いのだろうか。栄養剤を酒に混ぜて飲むなどという話は、聞いた事がない。
 トウタは信頼出来る医者ではある。多くの同胞が、彼の医術によってその命を取り留め、戦場に戻って来られた。この城で生活する者の多くが、彼に絶対の信頼を置いている。
 だが、今の話はいまいち納得が出来ない。
 これを飲むのが自分だったら、言われるがままに飲んだかも知れない。しかし、これを飲まされるのはこの世で一番愛する男なのだ。彼にもしもの事があったら、自分は生きてはいけない。あからさまに不審なモノを彼に与える事など、ボルスには出来ない。これは、何がなんでも断らねばなるまい。愛するパーシヴァルのために。
 そんな決意を胸に秘め、トウタに断りの言葉を発しようと口を開きかけたボルスの動きを、その寸前で当のトウタが止めてきた。まるで、ボルスの心の動きを掴んでいるかのようなタイミングで。
「これを飲ませる事が、パーシヴァルさんにとって最良の道なのです。彼を思うなら、必ずこれを飲ませて下さい。彼の事が、大切ならば。パーシヴァルさんの事を一番大切に思っているのはボルスさんだと思ったからこそ、頼んでいるのです!」
「トウタ先生・・・・・・」
 そう言われえると、ボルスはイヤと言えなくなった。何よりも、バーツではなくて自分に声をかけてきていると言う事に、ボルスのやる気がくすぐられた。
 常日頃から、誰よりもパーシヴァルを愛していると。そうパーシヴァルに向かって叫んでいるボルスなのだ。
 ボルス的には皆の前で言っても良いのだが、それはパーシヴァルが嫌がるからやっていない。そんな自分を健気だと、時々思うボルスであった。
 それはともかくとして、ボルスの胸にわだかまっていた不信感は、先ほどのトウタの言葉で一気に一掃されてしまった。小瓶を握る力も強くなると言う物だ。
「・・・・・・分かりました。コレは、責任持って俺があいつに飲ませます。」
 その言葉に、トウタの顔は一気に晴れやかなモノになった。
「ありがとうございます!必ず、今夜に!」
「はい。任せて下さい!」
 気合いを示すように、ボルスは小瓶をさらに強く握りしめた。ボルスの体温で僅かに温度をあげた液体が、凄く大切なものに思えてくる。
「では、俺は仕事に戻りますので。」
 浮き立つ気分を隠しきれず、テンション高めにそう声をかければ、トウタもニコニコと、先程よりも明るい笑顔で送り出してくれた。
「はい。頑張って下さい!」
 笑顔で見送るトウタが、ボルスの背中を見つめながら質の悪い笑みを浮かべていた事に、心が浮き立っているボルスは気付かなかった。
























 その日の夜。相も変わらずパーシヴァルは本を読みふけっていた。
 城の図書館に置いてある本には珍しいモノが多いらしく、暇を見つけては何かしら借りてきている。あまり本を読む事を得意としていないボルスには、なんでそんなに本を読みたがるのかさっぱり分からない。そんなものを読んでいる暇があるのなら、もっと俺につき合ってくれと、本気で主張したい所だ。主張したところで聞き入れてなど貰えないだろうから言わないけれど。
 読書に没頭しているパーシヴァルが己の存在に気付いているのかすら怪しいが、とりあえずボルスは息を殺しながら秘蔵のワインに手を伸ばし、コソコソと開封した。
 グラスをとりあえず二つばかり用意したボルスは、真っ赤な液体をその中に注ぎ入れ、片方のグラスに渡された小瓶の中身を全て流し込んだ。
 そうしてから、ふと思う。
「・・・・・全部、入れて良いんだよな・・・・・?」
 なんとなく不安になったが、まあ良いだろう。栄養がありすぎて困ると言う事もないだろうから。
 自分の考えを肯定するように大きく頷いたボルスは、右手に持っているのが薬入りだと、念仏のように頭の中で繰り返しながら、何気なさを装ってパーシヴァルに語りかけた。
「パーシヴァル。ワインでも飲まないか?」
「ああ。そうだな。」
 間髪入れずに返事を返してくるが、ボルスの言葉を聞いているとも思えない反応だった。なにしろ、視線一つこちらに向けないのだから。
 おざなりに対応されて、自然と眉間に皺が寄る。でもまぁ、良い。今はコレを飲んで貰う事が一番大切なのだ。
 そう自分を納得させるように心の中で呟きながら、ボルスはそっとパーシヴァルにグラスを差し出した。
「ありがとう。」
 どうやら本に視線を向けながらも、視界の端にボルスの動きを捕らえていたらしい。もしかしたら受け取って貰えないのでは無いかと心配するボルスの不安を余所に、パーシヴァルはあっさりそれを受け取った。そして、グラスの中身を一気に煽り、空になったグラスを直ぐさまボルスに突き返してくる。
 条件反射でそれを受け取ったボルスは、受け取ってからハタと気が付いた。
「お前ッ!これはチシャから仕入れた最高級のワインだぞ!!もっと味わって飲め!!」
「悪い悪い。」
 全然悪いと思っていなさそうな口調でそう返してきたパーシヴァルは、どうやら意識の大半を本へと注いでいるらしい。言葉は返してきても、視線一つ向けるどころか、指先一つこちらに向けてこない。
 そう言うときのパーシヴァルに、何を言っても仕方が無い事は、経験上分かっている。下手に騒ぐと機嫌を損ねて、いたたまれない気分になりさえするのだ。
 そう、過去の経験と今の状況を照らし合わせたボルスは、深々と溜息を吐き出した。思い浮かべてみると、自分が全然報われていない気分になったのだ。とはいえ、とりあえず今回はトウタに貰った薬を飲ませる事が出来たので良しとしよう。そう、自分の心を納得させるように脳内で呟いたボルスは、それでも何かを諦めきれずにもう一度深々と溜息をつく。
 そして、何の気なしにパーシヴァルが夢中になって読んでいる本の表紙へと、視線を向けた。

【メイドは見た!主人の奇行100連発ッ!!!】

「・・・・・・・・・・・・・なんだ?それは・・・・・・・?」
 思わず突っ込みを入れてしまうボルスだった。
 学術書ならまだしも、何故そんな低俗な本を真剣になって読んでいるのだろうか。こんな低俗な本の方が、自分と話をする事よりも大切な事なのだろうか。そもそも、パーシヴァルがそんな本を読むような人間だとは思っていなかった。
 そんなボルスの困惑に気付いているのかいないのか。どうやらボルスの突っ込みを聞いていたらしいパーシヴァルは、本から顔を上げずに言葉を返してきた。
「結構面白いぞ。本物のメイドが投稿したモノをまとめた本なんだ。」
「・・・・・・ほぉ・・・・・」
 そんな事言っても、所詮ヤラセだろうが。そんな言葉が口から付いてでそうになり、ボルスは慌てて口を噤んだ。下手な事を言って怒らせるのは得策じゃない。何しろ今、妙な薬を飲ませたばかりなのだ。何を切っ掛けにバレて、怒られるか分かったものではない。しばらくの間はパーシヴァルを刺激しないのに限る。
 そう考えて微妙な頷きを返すボルスに、パーシヴァルは淡々と言葉を続けてくる。
「全て匿名の記事で、書かれている名も仮名なんだが、読んでいれば誰の事を書いているのか、すぐに分かるぞ。」
「ほう。分かるのか。」
「ああ。例えばコレ。」
 そう言ってパーシヴァルが開いて見せたページには、少年趣味の評議会議員が、遠方に住む貧しい家の子供の中から自分好みの子供に声をかけ、仕事を与えると言う触れ込みで屋敷に呼び寄せ、夜な夜な性的虐待を加えているという、なんともヤバ気な内容の話だった。
 これはもう、変態を通り越して犯罪ではないのだろうか。
 ザッと目を通しただけでも悪趣味だと思ってしまう。こんな話、フィクションでも読みたくない。そう考えたボルスに、パーシヴァルはサラリととんでもない事を言ってきた。
「コレは、パウエル殿だ。」
「な・・・・・・・何?」
 いきなり飛び出した見知った評議会議員の名前に困惑を示しているボルスの事など気にもせず、パーシヴァルはさらに本をめくっていく。
 その反応の薄さに、さっきのは自分をからかう為に言われたウソなのだと、勝手にそう決めつけた。評議会でもそれなりの権限を持つパウエルが、そんな性癖を持っているとは思えない。
「で、これ。」
 再び上がったパーシヴァルの声に、今度はなんだと、視線を向ける。
 そこに載っていたのは、筋肉隆々の有名騎士が、人目を忍んで仕立屋を屋敷に呼び寄せ、自分の身体にあったドレスを作らせているという話。そして、屋敷内ではそのドレスを代わる代わる着用し、夜な夜なメイドの前でファッションショーを開いていると言う話だった。
 これは、犯罪性はないけれどかなりの変態だ。そんな変態行為を繰り返すようなヤツが騎士であるはずがない。そう、思いたい。
 しかし、パーシヴァルは無情にも男の名を告げてくる。
「これは、ガロワ殿。」
「ま、まさか・・・・・」
 もう引退してしまったが、勇猛果敢な騎士として名を馳せていた男の名だ。
 昔ブラス城で顔を合わせた事があったが、一本筋の通った、男の中の男と言った感じの、見た目も中身も逞しい、好印象を受ける人だった。
 その彼と女装というものがマッチしない。そもそも、彼が女装しても似合わない。パーシヴァルぐらい見目のいい男ならともかく、あの人には、絶対に。
 いい加減謀るのは止せと言う視線を向けたが、その視線に気付いては貰えず。パーシヴァルは嬉々として語り続けてくる。
「それと、これ。」
 なんだかもう、記事を見るのもイヤになったが、見ろと言われて見ないわけには行かない。顔を引きつらせながら覗き込むと、そこにはレズビアンの貴族女性が、自分好みの女性を集めてメイドにし、夜な夜な自分の寝所に引き入れ、愛欲の日々を送っていると。その上愛人であるメイド同士をまぐわせ、それを見て興奮するのだという内容が書かれていた。
 なんだかもう、変態だとか犯罪だとか言うよりも、怪しい小説の話である気がして、ボルスには現実感を持つ事が出来ない。いっそ、『全てフィクションです』とでも言われた方が楽しく相づちを打てたかも知れない。
 そんな事を考えながら顔を青ざめさせていると、パーシヴァルが普段となんら変わらない口調で名を告げてくる。
「これは、シェスター夫人だ。」
「う・・・・ウソだろう・・・・・?」
 それは、社交界の華と言われている、見目美しく、楚々とした印象のある女性の名だ。どんな時でも夫の半歩後ろに控え、柔らかな笑顔を振りまいている姿は、ボルスの記憶に鮮やかに残っている。
 その彼女と本に書いてある内容が合致しなくて、ボルスは困惑するばかりだった。
 ボルスがオロオロと視線を彷徨わせている様をジッと眺め見ていたパーシヴァルは、フッと顔を綻ばせると、それまで何があっても閉じなかった本をパタリと閉じて見せた。
 そして、一言呟く。
「まぁ、信じなくても良いが。これは事実だからな。」
 なんの感慨もなく、むしろどこかうつろな様子でそう漏らしたパーシヴァルは、閉じた本をパラパラとめくりだした。
 別に読む気は無いらしい。視線は本に向いているが、目がページを追っていない事でそう分かる。
 パラパラとめくれるページをパーシヴァルと共に目で追うでもなく見つめながら、ボルスは考え込んだ。
 もし仮にパーシヴァルが言うような、本に書いてある様な事をその者達がやっているとしたら、これから先、彼等を見る目が変わるだろう。ギクシャクして、変な事を口走るかも知れない。いや、絶対にそうなる。その自信がボルスにはあった。自分に何事も無かったフリなど、出来ようはずがない。
 そう考えて、ふと気が付いた。
「・・・・・・・なんで、お前にそんな事が分かるんだ?」
 匿名なのに、何故だろうか。不思議に思って問いかけると、キッパリとした口調で言い返された。
「知ってるから。」
「知ってるって・・・・見た事があるのか?」
「それは、秘密だ。」 
 パーシヴァルが、クスリと微笑む。
 その顔に、ボルスの心臓が大きく脈打った。なんだか、妙に艶っぽく見えたのだ。パーシヴァルの笑みが。笑みというか、全身から漂うオーラが。
 彼が色っぽく見える時など腐るほどあるのだが、今まで見た中で今が一番色っぽいと思う。なんだかもう、微笑まれただけで下半身が反応しそうなくらいだ。というか、むしろ反応している。
 そんなボルスの様子など気にもかけずに再び本に視線を向けたパーシヴァルだったが、その視線はすぐに反らされ、彼の眉間には深い皺が刻まれていく。
「・・・・・・・・・・なんか、熱いな・・・・・・・」
 言われ、外気温に意識を向けてみたが、彼が言うほど熱くは無い。
 ボルスの下半身は熱を持って熱くなっていたが、それは口に出さないで置く。
「いや。そんな事は無いと思うが?」
「そうか?凄く熱いんだが・・・・・。それに、妙に喉が渇く。」
「喉が?・・・・・これ、飲むか?」
「ああ。」
 未だに手を付けていなかった自分用のグラスを差し出せば、パーシヴァルは素早く受け取り、先ほどと同じように一気に飲み干した。そして、空いたグラスをボルスに突き返し、ワインで塗れた口元を手の甲で乱暴に拭い去る。
 その仕草にも妙な艶っぽさを感じてドキドキしていると、パーシヴァルがボソリと、床に吐き捨てるように囁いた。
「まだ、足りない・・・・・」
 そう言うと、パーシヴァルは座っていたイスから立ち上がり、ワインの置いてある戸棚に向って歩いて行った。そして、先ほどボルスが開けたワインを鷲づかみ、その瓶の口を己の口へと運び、ラッパ飲みをし始める。
「・・・・・・・おい・・・・・・・・」
 いくら酒に強くても、その飲み方はどうだろうか。そもそも、その酒はそんな飲み方をするモノでは無いのだ。時間をかけ、ゆっくりとその香りと舌触りを味わって飲むものなのだ。
 そう怒鳴り返したかったが、なんとなく口を噤む。
 なんだか、彼の様子がおかしくて。
「パ・・・・・パーシヴァル・・・・・?」
 恐る恐る声をかけると、戦場で敵に遭遇した時のような顔で睨み付けられてしまった。
 思わず、身体が大きく震える。
 自分は何か悪い事をしただろうか。
 背中に伝い落ちる変な汗の存在を感じながら、必死に記憶を探る。そんなボルスに、パーシヴァルはゆっくりと近寄ってきた。恐ろしく強い視線で睨み付けながら。
 恐怖に戦くボルスの頬に、パーシヴァルの細い指が伸びてくる。そして、ゆっくりとその輪郭をなぞるように指先が動き、その指先が唇に触れたところで、人を殺せるのではないだろうかと思うほど強かった視線から鋭さが消え、労るような優しい物へと変化した。
「・・・・・・・そうだな。この乾きは、酒ではどうしようもないな・・・・・・・・・」
 クスクスと笑い声を零すパーシヴァルの姿は、気が触れているとしか思えなかった。
 視線は優しいのに、どこかに狂気が潜んでいるような、そんな気がしてならない。
 この男の事をこんなにも怖いと思った事は無い。ボルスの身体に、小さな震えが走った。それを頬に当てた指先で感じたのだろう。パーシヴァルの笑みがさらに深いモノになった。
「・・・・・・・・何をそんなに怯えているんだ?」
「別に、怯えてなど・・・・・・・・」
「こんなに震えているのに?それでも怯えていないというのか?」
 子供に言い聞かせるような口調でそう言われ、自然と頬に朱色が差してくる。彼との年齢差は一つだけなのだ。それなのに、凄く年下であるかのように扱われる事が度々ある。それが、凄く悔しい。自分の事を認めていないのだと、そう言われているようで。
「なあ。ボルス。」
「・・・・・・・・なんだ?」
「なんだか・・・・・・・・・・。凄く乾いているんだ。身も、心も・・・・・・・・」
 笑みを含む声でそうささやきかけながら、パーシヴァルがゆっくりと顔を近づけてくる。
「・・・・・助けてくれるだろう?」
 問いかけるようなささやきだったが、その視線には否と言わせない迫力があった。
 何からとも、何をとも問い返せない。言葉を発する余裕は、ボルスには無い。その瞳に見つめられただけで、金縛りにあったように動けなくなったから。
 そんなボルスの唇を、パーシヴァルが自分の唇で塞いでくる。
「・・・・・・・・・・っ!!!」
 口内を執拗にまさぐられ、思わず息を飲み込んだ。パーシヴァルから積極的に誘ってくる事など皆無に等しいので、ちょっと嬉しい気持ちになったが、その巧みなテクニックに翻弄されそうになり、慌ててその身を引き離そうともがき出す。
「ちょ・・・・ちょっと待てっ!!」
 あれよあれよと言う間にすっかり裸に剥かれ、ベットの上に押し倒されていたボルスは、上に乗っかかってくるパーシヴァルの身体をなんとか引きはがそうと抵抗を試みた。
 そんなボルスの抵抗に、パーシヴァルがムッと、顔を歪ませる。
「ここまで来て、待ては無いだろう?」
「それはそうかも知れないが、それでも待て!この体勢は、ちょっとおかしいだろう!!」
「・・・・・・・・・おかしいか?」
「おかしいっ!絶対におかしいっ!」
 不思議そうに首を捻るパーシヴァルに、ボルスは強硬に主張した。
 パーシヴァルがどうしてもというのならば、受け身でも。と、思う時があったりもしたが、いざその状況に陥ると腰が引ける。
 勇気の足らない俺を許してくれ、でも、心の底から愛してるぞ!と、内心で叫びながら、ボルスは主張をし続ける。
「前に言っていたぞ!お前はっ!自分には男に乗っかる趣味はないと!だからこれは、絶対におかしいっ!」
「・・・・・・・・・そうだったかな・・・・・・・・・・」
 言われ、パーシヴァルは記憶を探るように視線を上向かせた。その隙に拘束を逃れようともがいてみたが、意外にもその締め付けは強く、逃れる事が出来ない。
 焦るボルスの頭上で、あっけらかんとしたパーシヴァルの声が聞えて来た。
「まぁ、良いか。」
「よ・・・・・。良くないぞっ!!」
 思わず速攻で突っ込んでしまった。その突っ込みに、突っ込まれた本人はニコニコと、屈託のない笑顔を返してくる。
「大丈夫だって。そんなに嫌がるなら最後はちゃんと入れさせてやるから。」
「そ、それなら・・・・・・・・・って!ち、違うぞっ!そこだけが問題なわけではないっっ!」
「良いから良いから。少し黙っていろ。」
 そう言いながら、パーシヴァルはボルスの身体を押さえつけ、ゆっくりとその唇に舌先を滑らせてきた。
 ゆっくりと口内をまさぐる舌の動きに、ゾクリと、背筋に震えが走る。
 その反応を小さく鼻で笑ったパーシヴァルは、ボルスの唇を解放し、柔らかい耳朶に歯を立ててくる。
「・・・・っ!」
 その痛みに思わず息を飲むと、耳に直接、甘い声を吹き込まれた。
「・・・・・・痛いだけじゃ、無いだろ?」
「な・・・・・」
「恥ずかしがらずに、声を出せよ。・・・・・いつも、俺にそう言ってるのは、お前だろう?」
「そ、それは・・・・・・っ!」
 首筋を強く吸われ、チリっとした痛みが走る。痛みを覚えた場所から生暖かい体温が消え去ったと思ったら、今度は別の場所に、似たような痛みが。
「パ・・・・・パーシヴァル・・・・・?」
「・・・・・・・肌が白いから、紅い色が目立つな。」
 嬉々とした、異様な程楽しげな声でそう言われた事で、漸く先ほどの痛みがキスマークを付けられた痛みだと分かった。
 分かったが、そんな物を嬉々として付けるパーシヴァルの気持ちがさっぱり分からない。
「パーシヴァル。お前、いったいどうし・・・・・・ぁっ・・・・!」
 言葉の途中で、既に上を向いていた股間のモノを手の平で包まれ上下に擦られた。
「・・・・・凄いな。もうこんなになってるぞ?」
 ちょっと触られただけなのに硬さを増していくモノに対して向けられた言葉に、ボルスはカッと顔を朱に染めた。
「そ、それは、お前が・・・・・・っ!」
「俺の身体を見て反応したとでも?」
「わ・・・・・悪いかよ・・・・・・・」
 馬鹿にされた気がしてそう返したが、答えは意外なものだった。
「悪くはないさ。男冥利に尽きるってものだよ。」
「そ・・・・そうか・・・・・?」
「ああ。今日の俺は気分も良いし、サービスしてやるよ・・・・・・」
 妖艶な笑みを浮かべながらそう呟いたパーシヴァルは、立ち上がったボルスの物に手を添え、自分の後穴へと宛う。
「パー・・・・シ・・・ヴァル・・・・・?」
 何をするのだと僅かに首を傾げた瞬間、パーシヴァルの身体がゆっくりと身を沈めてきた。
「ッ・・・・・はぁ・・・・・あっ・・・・・・!」
 慣しもしていないそこにいきなり質量の大きくなったモノを突き入れたからか、パーシヴァルが苦しげな息を吐き出す。
 その様を見て慌ててその身体を支えようとしたが、伸びてきたパーシヴァルの手によってやんわりと遮られた。
「・・・・・・だい、丈夫・・・・だ・・・・。お前は、そのまま、横になってろ・・・・・」
「し、しかし・・・・・・・」
「言っただろう?サービスしてやるって・・・・・・。たまには俺が、お前を楽しませてやるよ・・・・・」
 クスリと笑みを零したパーシヴァルは、片手を結合部分に伸ばし、もう片方の手をボルスの腹の上に置いて、ゆっくりと己の身体を引き上げていった。そして、モノが抜け切れそうになったところで一度動きを止め、一気にまた押し込んでくる。パーシヴァルの体重を乗せて。
「・・・・・ぁあっ!」
 自分で生み出す快感に声を漏らしながら、パーシヴァルは尚も身体を動かし続ける。
「ふっ・・・・・ぁ・・・・・・」
 どういう心境の変化なのか。滅多に聞かせない声までも惜しげもなく発してくるパーシヴァルの姿に、ボルスはいても立ってもいられなくなった。
「パ・・・・・・パーシヴァルっ!」
「っあぁっ!」
 叫びながら身を起こして自分の上に跨る身体を引き倒せば、パーシヴァルが小さく悲鳴を漏らしてきた。
 結合部分に強烈な衝撃を感じたのだろう。その衝撃を持続させる勢いで、ボルスは激しく腰を打ち付ける。
「あっ・・・・・・ボル・・・・・スッ・・・・・っ!」
「パーシヴァル・・・・・・パーシヴァル・・・・・・っ!」
 痛みからか、快感からか。眦から涙を流すパーシヴァルに、ボルスは息も荒く語りかけた。
「愛してる・・・・・愛してるんだ・・・・・・。俺には、お前だけなんだ・・・・・っ!」
 その告白に、パーシヴァルが涙で潤んだ瞳をボルスの方へと向けてくる。
 その瞳がフッと優しい光を浮かべ、何かを言いたげに唇を動かしたが、結局言葉を発しては来なかった。変わりに、ボルスの背中に腕を伸ばし、すがるように力強く、抱きついてくる。
「・・・・・パーシヴァルっ!」
 その動きに何とも言えない愛しさを感じたボルスは、より激しく、腰を打ち付けたのだった。 






















「いっ・・・・・・・!!!」
 耳元で聞えたそのうめき声に、眠りの底に落ちていたボルスの意識が浮上して来る。うっすらと瞳を開ければ、そこにはこめかみを押さえながら眉間に皺を寄せているパーシヴァルの姿があった。
 滅多に見られない彼が苦痛を訴えるその様に、ボルスの意識は一気に覚醒した。
「どうしたっ!!」
 その叫びに、一段と眉間に皺を寄せたパーシヴァルは、力無い声で呟きを漏らしてくる。
「・・・・・・・あまりデカイ声で騒ぐな。頭に響く。」
「頭痛か?熱は?」
 慌てて彼の額に手を乗せて見せたが、取り立てて高くもない。どちらかというと低いくらいだ。では一体なんだろうかと、手の平を額に当てながら考え込む。
 そんなボルスの手の平の存在を鬱陶しそうに見ていたパーシヴァルだったが、振り払う元気も無いようだ。
 当てられた手の平をそのままに、言葉を続けてくる。
「頭も痛いが、身体も妙にだるいんだよ・・・・・・」
 ボソリと零したパーシヴァルは、自分のその言葉で何かを思い出したらしい。ボルスへと視線を向けてきた。
「そもそも、俺はいつの間に寝たんだ?」
「・・・・・・・え?」
 言われた言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。
「いつの間にって・・・・・・・・・・」
「なんだか頭がボンヤリしてて、昨夜の事が思い出せないんだ・・・・・。お前にワインをもった所までは記憶があるんだが・・・・・・・・・・」
 そう言いながら、パーシヴァルは再び眉間に皺を寄せ、苦痛に堪えるように俯いた。余程頭痛が酷いのだろう。パーシヴァルに限って、ワインを一本開けただけで二日酔いになるとは思えないのだが。
 もしかしたら、酒に混入した栄養剤とワインの相性が悪く、変な化学反応でも起こしたのだろうか。そう思い、ボルスの顔から血の気が落ちていく。
 ばれたら、ヤバイと。
 そんなボルスの動揺に気付いた様子も無く、パーシヴァルは僅かに視線を上向けてきた。
「あの後、何かあったのか?」
 問いかけられ、ボルスは少し焦った。本当の事を言おうものなら、自分はパーシヴァルに殺されるかも知れない。知らなかったとは言え、自分のせいでそんな状況に陥らせたのだから。
 だから、ボルスは必死に演技をした。
「別に何も?すぐにワインを一本開けて、その後すぐに寝たからな。・・・・・・まぁ、やる事はやったが・・・・・・・・」
 どうせ隠してもすぐにばれるだろうから、そこの所はさっさと白状しておく。ばれるようなウソは付くなと、常日頃パーシヴァルに言われているから。
「・・・・・・ああ。なるほど・・・・・・・」
 身体の怠さの正体はそれで分かったのだろう。パーシヴァルは、納得したように小さく頷いた。そして、しばらくの間何か考え込んでいたようだが、すぐに考える事を放棄したらしい。
 大きな溜息を一つ、吐き出した。
「・・・・・まぁ、良いか。」
 何が良いのかボルスには分からなかったが、聞き返す勇気は無い。昨夜の事を突っ込まれたら言い逃れる事など出来そうも無いから。
 そんなボルスの内心の動揺など気付いた様子もなく、パーシヴァルは、怠そうにベットから立ち上がった。そして、何かに気付いたようにボルスの方へと視線を向け、驚いたようにその身体を眺め回す。
「・・・・・・・・・それは、俺が付けたのか?」
 視線を辿れば、そこには無数の紅い痕が残っていた。首筋に、胸、そして二の腕。それ以外の所にも多々点在しているそれは、どこからどうみても昨夜の情交の痕でしかない。決して、虫さされだと誤魔化せる程度のモノではないのだ。
 パーシヴァルがボルスに痕を付けた事など、今まで一度も無かった。とはいえ、この状況でボルスにこんな痕を付けられるのはパーシヴァルしかいない。それは、二日酔い状態のパーシヴァルにも分かる事だろう。だから、誤魔化さずに頷き返す。
「ああ、まぁ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・何でだ・・・・・・・・・?」
 それはボルスにと言うよりも、自分に問いかけた言葉のようだ。ひとしきり首を傾げていたが、頭痛のせいで思考がまとまらないらしい。諦めたように息を吐き出し、脱ぎ散らかされた衣服へと手を伸ばしていく。
 それらを素早く身につけたパーシヴァルは、ボルスの方を見ずに声をかけてくる。
「眠気さましに風呂に行ってくる。」
「・・・・・・ああ。分かった。」
 二日酔い状態で風呂なんぞに入って良いモノかと思ったが、とりあえず黙っておく。本当の意味で二日酔いではないのだから。
 そんなボルスに、パーシヴァルは何かを言い忘れたというように振り向いた。そして、一言告げる。
「お前はしばらく、人の居る時間に風呂に行かない方が良いぞ。」
「え?何でだ?」
「冷やかされるから。」
 そう、僅かに笑みを含んだ声で告げたパーシヴァルは、ボルスの返事を待つことなく、さっさと部屋から出て行った。
 彼の足音が聞えなくなってから、ボルスは改めて自分の身体を見回した。
 胸だけでなく、二の腕や太もも等、ありとあらゆる場所に紅い鬱血が浮かび上がっているそれは、とてもじゃないが、女を抱いている間に付けられたものとは思い難い。
「・・・・・・・襲われたみたいだな・・・・・・・・」
 みたいじゃなくて、ある意味本当に襲われたのだが。とは言え、言葉通りに最終的にはいれさせてくれたのだが。というか、自ら入れて見せてくれたのだが。
「・・・・・・良く、わからん男だ・・・・・・・・」
 ボソリと呟いたボルスは、バタリと力無くその身をベットの上へと投げ出した。
 昨夜のパーシヴァルも新鮮で良かったが、やっぱりやるからには自分のペースでやりたいものだ。そうじゃないと、抱いているのに抱かれた気がしてきて気が気ではない。いや。あれはあれで良かったのだが。
「・・・・・・・・・今度やるときは、最初から主導権を握ってやるからな・・・・・・・・」
 そう決意の言葉を零しながら、ボルスは浅く短い眠りの世界へと落ちていった。
























 トウタは朝からウキウキしていた。
 何しろ、昨日ボルスに渡した薬は自信作なのだ。この地方では手に入らない、トランでも知っている人が滅多にいない秘密の薬剤を使用した、ホウアン直伝の媚薬。それに、自分なりに手を加えた最高傑作なのだ。効果は絶大のはず。
 アレを飲まされたパーシヴァルのやる気は倍増どころの話ではなく、きっと今日のボルスは足腰も立たない状態になっているはずだ。
「・・・・・・部屋に行ってみましょうかね・・・・・・」
 素知らぬ振りをして、崩れ落ちているボルスの姿を確認し、この薬を売りさばく算段を付けよう。
 そんな事を考えながらニコニコと人の良い笑みを浮かべて廊下を歩いていたのだが、あるモノを見てその笑顔に亀裂が入った。
「・・・・・・・・ボルスさん・・・・・・・・・」
「ああ、トウタ先生。おはようございます。」
 絶対に動き回れる体力など残っていないと思っていたボルスが、いつもと変わらぬ元気な姿で闊歩している姿を見た途端、呆然とその名を呟いてしまった。
 そんなトウタに、ボルスはいつもとまったく変わらぬ様子で挨拶を返してくる。
 しかし、トウタの様子がおかしい事に気が付いたらしい。眉間に皺を寄せて顔色を窺ってきた。
「・・・・・・どうしました?何か、悪いモノでも食べたのですか?」
「・・・・・いえ、あの・・・・・。身体は、なんとも無いのですか?」
「俺ですか?俺は元気ですけど・・・・・・・。ああ、そうだ。」
 問われた意味が分からないというように首を傾げたボルスだったが、何かを思い出したように両手を打ち、困ったような色を浮かべた瞳でトウタの顔を覗き込んでくる。
「あの薬、ワインに混ぜるのは止めた方が良いと思いますよ?」
「・・・・・・・・え?な、何故ですか・・・・・・・・?」
「今朝、パーシヴァルが酷い頭痛に悩まされてましたから。二日酔いの状態らしいです。」
「そ・・・・・・そうですか・・・・・・・・。それで、その他にパーシヴァルさんに変わった事は?」
「いえ。コレと言って・・・・・。ああ、薬を飲んだ後の記憶は無くなったようですが、それだけですね。それが何か?」
 キョトンとした顔で覗き込んでくるボルスの様子に、ウソを付いている色は無い。と、言う事は、あの薬は失敗作だったと言う事なのだろう。
「・・・・・・・何故だ・・・・?ホウアン先生の作った薬はバッチリだったのに・・・・。私が手を加えたのが悪かったのか・・・・・?」
「・・・・・トウタ先生?」
「あ、いえ。なんでも無いんです。ちょっと、考えてみますね!」
 ブツブツと零していると、心配そうに、と言うよりも不審がるように声をかけられ、トウタは慌てて笑顔を作って見せた。そして、さっさと身を翻す。
「じゃあ、患者さんが待ってますので、私はこれで。」
「あ、はい。ご苦労様です。」
 ボルスの言葉に笑顔を返しつつ、トウタは医務室に向う足を速めた。
「ホウアン先生・・・。私はまだ、あなたに遠く及びません・・・・・・・」
 そう呟きを漏らしつつ、新薬制作への意欲を、また燃え上がらせるトウタだった。 




















ボルス受け認識が間違いなのです。











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攻め気なヒト