パーシヴァルは城の最下層を歩いていた。
 そこが何階に位置するところなのか、エレベーターガールが怪しく微笑むだけで教えてはくれなかったので正確なところは分からない。
 とは言え、一階二階位の深さで無いことは分かる。かかる時間の長さがいつもより長いのだ。いったい何の為にこんなに深い位置に横穴を掘ったのか。
 首を捻りながら歩を進めていたパーシヴァルに、前方を歩いていたヒューゴが声をかけてきた。
「いったい、なんなんでしょうかね。この穴は。」
「さぁ。検討も付きません。風の流れから言って、外に繋がっている様子もありませんし・・・・。いざというときの脱出経路には使えそうに無いですね。」
「・・・・そうですか・・・・・。」
「でも、立てこもる事は出来ますよ!ご飯持って来てさえいれば!」
 明るく発言してきたのは、城の守備隊長のセシルだ。彼女からの情報でここの存在に気が付いたらしいヒューゴは、彼女を道案内に、パーシヴァルを護衛にこの最下層まで調査にやってきたのだ。 
 城内とは言え、最下層にはモンスターも出現する。六人のパーティを組むほどではないが、ヒューゴ一人で向かわせるわけにはいかない。そこで、攻撃も回復も普通以上に出来るパーシヴァルにこの任が与えられたのだ。
 最下層の探索にやってきたのは二時間ほど前のこと。そう広くないこのフロアを、既に三回は回っている。
最初は好奇心が先に立っていたヒューゴも、そろそろ飽きてきたらしい。その顔には、最初の頃浮かんでいた笑顔が消え、ふて腐れたようなものに変わっていた。
「エレベーターを塞がれたら逃げ道を断たれて生き埋めになってしまいますから、それは良い考えとは言えませんよ?」
「そうですか・・・・・・。」
 そんなヒューゴの様子を視界に捕らえながらセシルの提案の欠点を指摘すると、彼女は途端にガックリと肩を落としてしまった。
 喜怒哀楽の激しい彼女の落ち込みようになんだか悪いことをした気がしてきたが、提案を飲むことは出来ないので仕方がない。
 彼女にあえて声をかけず、パーシヴァルはヒューゴへと意見を口にした。
「ここのことはあまり気にかけなくても良いのでは無いですか。せいぜい、倉庫に使う位が活用方法だと思われますが。」
「・・・そうですね。そうします。」
 言われた言葉を反芻するように頷いたヒューゴは、俯けていた顔を上げ、何かを吹っ切るようにニッコリと笑いかけてくる。
「すいません。下らないことにつき合わせてしまって。」
「構いませんよ。」
「そうですよ!探検みたいで楽しかったです!」
「そう言って貰えると気が楽になるよ。」
 ハキハキと発言するセシルにニコリと笑い返すヒューゴに、パーシヴァルも柔和な笑みを浮かべながら言葉をかける。
「では、そろそろ戻りましょう。あまり長居をすると、心配されてしまいますからね。」
「そうですね。」
 軽く頷いたヒューゴを先頭に、三人は今日何度通ったのか分からない道を進み始めた。
 殿を歩きながら、パーシヴァルは周りを見回した。
 本当になんのためにこんな穴を作ったのか。薄暗くじめじめしていて、その上モンスターまで出てくるこんな穴を、人が暮らす建物の下に。
 そもそも、どこからこのモンスターが出てくるのだろうか。地面から沸いてくるなどと言うことはないだろうし、散々歩き回って見たが、巣の様なものは発見出来なかった。
 と言うことは、気づかないところに出口があるのかも知れない。ヒューゴ自ら調べさせるわけにはいかないが、後で本格的に調べて貰うよう、手配しておいた方が良いかも知れない。
 そんなことを考えながら歩いていたパーシヴァルは、いきなり背後から口を塞がれ、暗がりの脇道へと引き込まれてしまった。
 視線の先でヒューゴとセシルの姿を捕らえられたが、二人がこちらに気づいた様子もなく、淀みなく進む足音だけが聞こえてくる。
 声を出そうにも、口を塞がれているので言葉を発することが出来ない。逃げだそうにも、腰を背後からがっちりと抱きしめられているため、それも叶わない。
 二人の足音が完全に聞こえなくなってから、不意に耳元で不気味な声が囁かれた。
「・・・その髪が、死神を呼ぶぞ・・・・・・・・楽しみだなぁ・・・・」
 クククっと喉で笑う声に、不気味なものを感じる。
 場所が場所だと言うこともあるだろうが、陰気な感じがしてどうしようもない。
 声音もそうだが、言っていることがサッパリ分からない事も不気味さを増している要因だ。
 僅かに離れた手の隙間から、パーシヴァルは疑問の声を発した。
「・・・・・何を言っているんだ?」
「・・・すぐに分かる。お前の髪は、死神を呼ぶんだからなぁ・・・・。どんどん死ぬぞ?楽しみだなぁ・・・・。墓がいっぱい出来るなぁ・・・・。」
「ちょっと。いい加減に・・・・・・」
 言葉の途中で、パーシヴァルは言葉を途切れさせた。
 彼の口を押さえていた方の手が、パーシヴァルののど元を撫で上げたのだ。
 その手は首筋を伝い、頬にかかったと思ったら、そのまま額にまで伸び、パーシヴァルの整えられた髪の中へと差し入れられた。
「・・・良いなぁ、お前。気に入ったぞ・・・・・」
 喉で笑いながら、男はパーシヴァルの首筋に唇を落としてくる。
 本格的に身の危険を感じてきたパーシヴァルは、力を振り絞って男の身体を引きはがそうとした。
「いい加減にしてくださいっ!本気で怒りますよっ!」
 パーシヴァルの反撃を予想していなかったのか、それともわざとなのか。
 男の身体はあっけなく引き離すことが出来た。
 暗闇の中で向かい合い、その姿確認してみると、そこには真っ黒い羽を背中に持った細身の男の姿がある。
 確か、この間ヒューゴがダッククランの村の近くを歩いていたらいつの間にか仲間になっていたと言っていた男だ。
「・・・・なんのつもりですか。」
「・・・・触ってみたかったんだよ。死神を招くその髪に。墓が増えたら、楽しいだろう?」
「楽しくなんてありませんよ。私たちは、これ以上無駄な墓が増えないようにするために戦っているんです。」
「・・・・それは、どうかなぁ・・・・。」
 男、確かランディスという名前だと思ったが、彼はニヤニヤと笑いながらパーシヴァルの頬に手を伸ばしてくる。
「死は、お前の周りに渦巻いている。大切なモノがドンドン無くなっていくよ?」
「・・・・・・・無くなって困るようなものは、もうありませんよ。」
 ランディスの言葉に気分が悪くなる。
 不気味な笑みと不気味な声に、全てを見透かされているような感じがするのだ。
 初めて言葉を交わした男なのに。
「・・・無くなった物は、また出来る。同じものじゃ無くても、形を変えて。違う意味を持って、な。」
「・・・・何が言いたいんですか。」
「何も。」
 ニヤニヤ笑いながら、ランディスは顔を近づけてくる。
 逃げようと身体を引いたが、頬に添えられていた手が首の後ろをがっちりと掴み、逃げ道を塞いでいる。
 その上身体は壁際に押さえ込まれ、ランディスの身体と密着していて動くに動けない。
 何がなんだか分からないが、とりあえず不愉快だという意思表示をするために睨み付けてやったが、彼はニヤニヤと笑うだけで効果があるように思えない。
 どうしようかと悩んでいる内に、ランディスは首筋を押さえた手はそのままに、もう一本の手がしつこいくらいに髪の毛を撫で回してきた。

 とくに前髪を。

 いったい何がしたいのか、パーシヴァルにはサッパリわけが分からない。
 いっそのこと襲って貰った方が理由が分かって精神的には良いのだが。
 そんな事をボンヤリと考えていたパーシヴァルの身体は、なんの前触れもなく解放された。
 何事だとランディスに視線を向けると、彼は満足そうな笑みを浮かべている。
「人が死んだら教えろよ?墓を見に行ってやるからな。」
 ククっという笑い声を残して、ランディスは暗闇の中にとけ込むように消え去ってしまった。
 残されたパーシヴァルは、呆然とその闇の中を見つめ続ける。
「・・・いったい、なんだったんだ?」
 変なモノが多いビュッデヒュッケ城ではあるが、あれは群を抜いておかしい。
 なで回され、少し乱れた髪の毛を手櫛でなんとか見苦しくない程度に直したパーシヴァルは、男の言葉を反芻した。
「・・・死神を呼ぶ、髪・・・・?」
 サッパリ意味が分からない。
 いっかいの騎士の髪にそんな力があったのなら、騎士団は、もしくは敵対する国や何かはとっくのとうに滅んでいるのではないだろうか。
「なんかホントに、最近変なヤツにばっか好かれるな・・・・・・。」
 大きくため息を付いたパーシヴァルは、重い足を引きずりながら自室に戻るべく、エレベーターへと足を進めていった。





 後日、なんとなく気になってヒューゴの手紙を書いてしまったパーシヴァルだった。






















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