バーツに会いに行った帰り道、正面玄関前の階段に二人の男が座り込んでいるのを発見した。
 なにやら二人の表情は暗く、思い悩んでいる様子が伺える。
 関わり合いになりたくなかったので、裏から回って城内に入ろうと思ったパーシヴァルだったが、方向転換する前に男の一人と目が合ってしまい、立ち去るに立ち去れない状況に陥ってしまった。
 仕方が無いので腹を括り、パーシヴァルはにこやかな笑顔を浮かべながら二人に近づいていった。
「こんにちわ。こんなところで何をしていらっしゃるんですか?」
 その言葉に二人の男は顔を上げ、互いに顔を見合わせた後、深いため息を付きながら男の一人が吐き出すように呟いた。
「・・・・自分たちの境遇について、考えていたんです・・・・。」
 男、リードの言葉を引き継ぐように、もう一人の男、サムスも言葉を零してくる。
「俺たちは、このままお嬢さんに付き従っていて良いのだろうかと、時々不安になるんだ。」
 サムスの言葉に、時々しか不安にならないのかと突っ込みを入れたくなったが、グッと堪える。
 二人を余計に凹ませてもしょうがない。
 下手なことを言って、リリィ嬢に怒鳴り込まれても迷惑だ。
 自分に火の粉が掛からないようにするためにも、ここは一つ二人のやる気を増加させておくべきだろうか。
 そんなことを考えて居たパーシヴァルの前で、リードが座る位置を少しずらし、サムスとの間に一人分のスペースを作り始めた。
 なんだろうと首を傾げてみていると、パーシヴァルの顔を見つめながら、リードがそのスペースを軽く叩いて見せる。
 どうやら、ここに座れと言いたいらしい。
 自分に話しをしたいと言うことだろうか。
 しかし、彼等にとって自分はまったく関係のない人間だ。そんな人間に話しをしてどうなるというのだろうか。
 そう思いはしたが、ここで無視するのも外聞的に悪い。軽く頷き返したパーシヴァルは何も言わずに示された位置に腰を下ろした。
 何か言ってくるのかと彼等の言葉を待っていたのだが、一向に口を開く様子が見えない。チラリと様子を窺ってみると、何を言うでもなくボンヤリと景色を見つめている。
 やることもないので、パーシヴァルもそれにならって前方に視線を向けた。
少し高い位置にある正面玄関から城の外を見ると、意外に景色が良い。さすがにイクセの村まで見ることは出来ないが、目の前に広がる草原の緑と、空の青さを見ていると、なんとなく心が洗われる気がしてくる。
「・・・・君の所は良いですねぇ・・・・・・。」
 不意にかけられた言葉に、パーシヴァルは散じかけていた心を現実に引き戻した。
「何が良いのですか?」
 リードの言葉に、彼の顔に視線を向けながら問い返して見る。
 彼は、パーシヴァルの方に視線を向けず、夢の中に居るような口調でボソボソと胸の内を語り始めた。
「リリィお嬢様は、一般の常識が欠片もないんですよ。自分が常識なんです。自分の言うことが全て正しいんです。チヤホヤされて育ったからしかたの無いことなのかも知れませんが、一緒にいて大変なんです。」
 それは何となく察することが出来る。
 時々騒いでいる姿を見かけるが、何をそんなに怒っているのか分からないことも多々あるのだ。
 彼等は良くつき合っているものだと関心した覚えがある。
「俺たちは、付き人なんです。強いて言うなら、ボディーガードなんです。なのにお嬢様の扱いは、殆どというか、まるっきり召し使い・・・・。いや、奴隷のようなんです。」
「物心付く前から身の回りの事は誰かにやって貰っていたから、仕方が無いのだとは思うんだけどな。思うんだが・・・・・。」
 二人の男は、揃って深いため息を付いている。
 何をどう声をかけて良いのか悩む。
 ただ、彼等の愚痴を聞いて上げるだけで良いのか、それとも何かしらの助言が欲しいのか。二人の苦労を労ってやった方が良いのか。
 悩んだ挙げ句、パーシヴァルは率直な意見を口にしてみた。
「・・・そんなに嫌なら、お辞めになってはいかがですか?」
 その言葉に、二人はまたも盛大にため息を付いて見せた。
「・・・それが出来れば、苦労していないですよ・・・・・。」
「なんだか良く分からないんだが、離れようと思っても離れられないんだ。」
「それはまた、どうしてですか?」
 パーシヴァルの質問に考え込むような間が落ちた。
 そんなに難しい問いだったのだろうか。まさかとは思うが、身内が人質になっているとか言う話しだったら、部外者が軽々しく首を突っ込む事も出来はしない。
 質問の選択を間違ったかと後悔している中、パーシヴァル越しに視線を合わせていたリードとサムスが、嫌そうに、どこか疲れたように呟きを漏らしてきた。
「・・・アレを野放しにしたら、周りに迷惑がかかるでしょう?そんな恐ろしいこと、我々には出来ません・・・・・。」
「そうだ。アレの被害を減らすことが、我々に与え等えた被害なんだ。それに・・・・。」
「それに?」
「・・・・辞表出しても、破り捨てられそうだ・・・・・。」
 一理ある。
 あの唯我独尊の彼等の雇用主が、そう簡単に辞表を受理するとも思えない。
 とくに今の状況では。
 訃報が会って、国に帰らなければならないという状況でも無い限り、彼等がこの境遇から抜け出す事は出来ないのかも知れない。
 会ったときよりも深く落ち込んでしまった彼等に、悪いことを聞いてしまったと反省する。
「良いよな、君は。常識的な上司で。」
 心の底から羨むような響きを持つリードの言葉に、パーシヴァルは苦笑を浮かべた。
 確かにリリィよりも人としては上等な部類に入る。おかしな命令はしないし、部下を下僕の様には扱わない。それどころか、どこか申し訳なさそうにしている。自分の力を過信してもいない。上司としては、申し分が無いだろう。
 しかし、常識的かと言われると少し首を捻る。
 戦いに関して言えば知識も技術も相当なものだが、私生活でいうと年頃の娘とは思えない位ものを知らない。自分が周りに与える影響力というものも、まったく理解してはいない。その点で、時々ヤキモキしたりもする。
 目が離せないという点ではリリィと似たような物だが、話せない理由が違うので精神的にさほど悪くはない。
「変わって差し上げたいですが、コレばかりはどうにもなりませんね。」
「分かってますよ。あそこに就職してしまった自分が悪いんです。・・・もう、諦めましたよ。」
 遠い目でそう呟くリードの言葉に力がない。
 少しでも力づけてやろうとパーシヴァルが言葉を発しようとした瞬間、背後からけたたましい高い声が響き渡った。
「こんなところで何やってるのよっ!私を放って置いてっ!」
「お・・・・・お嬢様!」
 条件反射なのだろう。二人は飛び上がるようにその場に立ち上がった。
 そんな彼等に同情心が沸いてくる。
「お茶の時間を忘れないで頂戴!これ以上さぼるようなら、給料上げないわよ!」
「すいません、今、用意しますから!」
 慌てて城内に駆け込む二人を見送りながら、リリィは不愉快そうに眉間に皺を寄せている。
 彼女の相手は本当に大変そうだ。
 話しも終わったことだし、さっさと帰ろうとその場に立ち上がったパーシヴァルは、自分に向けられた突き刺さるような視線に気が付いた。
 振り向くと、そこにはリリィが立っている。
「・・・・何か用ですか?」
 ニコリと微笑みながら問いかけてみると、彼女は多少頬を赤らめながら、睨み付けてくるような瞳でパーシヴァルの顔を凝視してきた。
「あなた、クリスのしもべよね?」
 しもべという言い方はどうだろうか。こういう認識をしているなら、リード達への当たりがああなるのも仕方がない。
 そう思いながらも、パーシヴァルは微笑み、頷き返した。
「ええ。クリス様に伝言でもおありですか?」
「そんなものないわよ。それよりあなた、これから暇?暇ならお茶に誘ってあげるけど。」
 高飛車な態度でそう言い切る彼女の様子に、苦笑が浮かぶ。
 クリスと同じ年とも思えない位、幼い感じがする。それはそれで可愛いとは思うが、この人間を四六時中相手にするのは疲れるだろう。
 下手に口が周り、権力を持っているだけに、幼子をあやすよりも困難な気がする。そんな中に自ら身を投じる程、マゾではない。
「申し訳ありませんが、これから仕事に赴かなければ参りませんので。」
 断りの言葉を発すると、一瞬面白く無さそうに顔を歪めたリリィだったが、意外にあっさり引いて見せた。
「そう。仕方ないわね。じゃあ、また今度の機会に誘ってあげるわ。」
 捨て台詞のように言い捨てて歩み去るリリィの背中を見送りながら、パーシヴァルは小さく息を吐き出した。
「やっかいな人だな・・・・・。」
 クリスがあんな人間でなくて良かったと、本気で安堵した。
「・・・・頑張って下さいね・・・・。」
 疲れ切った表情をしていた男達が先ほど座っていた場所に、そっと言葉を落とす。
 自分には何も出来ないし、してやる義理もないのだが、話しを聞いてやることくらいしても良いかと思う。
 














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