心配
「鉄頭にパーシヴァルって奴がいるだろ?」
アンヌの酒場でレオと二人で飲んでいたボルスの耳に、聞きなれた男の名前が聞こえてきた。
場所から言って、ボルスの丁度斜め後ろの辺りから聞こえて来る。
思わず振り返りそうになったのをなんとか押し留め、背後の様子を伺った。騎士団の事を鉄頭というからには、後ろを振り返るまでもなく、話をしているのがグラスランドの者である事が分かる。
なんの話なのだろうとレオと顔を見合わせたボルスは、あからさまにならない程度に背後の話に耳を傾けた。
「ああ、あの鉄頭の中でも偉い方の部類に入る、綺麗な顔した兄ちゃんの事か?」
「そうそいつ。お前、そいつと酒飲んだことあるか?」
「いや、ないけど・・・・。なんでだ?」
「じつは、あいつさ・・・・・・・。」
その先の言葉は耳元でこっそり囁かれたのか、ボルスの耳には入って来なかった。
「うわっ。マジか、それ?」
「ああ。マジだって。この間たまたまその場に居合わせてさ、恩恵に授かっちまったよ。俺。」
「で、どうだった?」
「ああ。最初は所詮鉄頭だからって思ってたけど・・・・・・」
「・・・・俺も遭遇してーなぁ・・・・・・」
そんな会話を聞きながら、ボルスとレオは身体を震わせていた。
「・・・いったい、何をやったんだ・・・・?パーシヴァルの奴・・・・・・。」
「わからん。わからんが・・・・・・あの男のことだ。何かしでかしていてもおかしくないぞ。」
「確かに・・・・・・。」
お互い黙ってはいるが、それぞれパーシヴァルとの肉体交渉の経験を持っている。
男の話のニュアンス的に、そちら方面の話ではないかと予測を立てたが、具体的なことを言うと追求されそうなので、結局お互い明確な言葉を避けてしまった。
何となく、白々しい空気が二人の間に流れる。その間にも、背後の会話は続いていく。
「今度酒場に来るときには気を付けて見て置けよ。いつもやるとは限らないらしいからな。」
「そうなのか?・・・・・・わかった。」
その会話で、自分の推理があっていた事を確信する二人だった。
二人とも、酒に酔った勢いでパーシヴァルを抱いたようなものなのだ。初めは。
「・・・・・・どう思います?クリス様に、話をするべきでしょうか?」
「いや、それは待て。・・・・少し、我々で様子を見よう。・・・・パーシヴァルの。」
レオの真剣な眼差しに、ボルスも表情を引き締めた。
「分かりました。夜はとくに、目を離さないように気を付けます。」
「頼む。」
お互い胸の内にパーシヴァルへの思いを隠しつつ、彼の身を守る算段をつける二人だった。
その日、ボルスはレオ他数名と城の周りに徘徊しているモンスター退治の命を受けていた。
レベル上げも兼ねているので、ひたすら切って切って切り倒した一行は、日がとっぷり暮れた頃になってようやく城へ戻ってきた。
「ボルス。風呂に行ったら、後で一緒に飲まないか?」
「良いですよ。明日は休みですから、つき合いましょう。」
そんなやりとりと交わして、ボルスは一端部屋へと戻った。
軽くノックをしたが、返事はない。珍しく先に寝たのかと思い、ボルスはそっと扉を開いた。
「・・・パーシヴァル?」
室内は真っ暗で、人が起きている気配は無い。声をかけても返事は無く、ベットにも人が寝ている様子はない。
「・・・どこに行ったんだ?」
彼は今日、書類整理のため外には出ていないはずだ。
明日も似たような仕事をやらなければならないと、出がけに嫌そうに語っていたので、間違いは無いはずだ。
「まだ、仕事をしているのかも知れないな・・・・。」
そう結論付けたボルスは、鎧を手早く外すと、風呂に出かける準備を始めた。
「良い湯でしたね。」
「ああ。ここの風呂は、なかなか良い。時々変なものが浮いてるのはどうかと思うがな。」
ゆっくりと風呂に浸かったレオとボルスは、上機嫌で城内を歩いていた。
「今日はとことん飲むからな。最後まで付き合えよ。」
「俺は、量より質で飲みたいのですが・・・・・。」
「何を言ってる。若い内に無茶な飲みかたしておかないと、年を取ってから辛くなるぞ。」
あんまり嬉しくない助言をくれたレオに苦笑いを浮かべながら、ボルスは歩を進めていく。
「そう言えば、パーシヴァルはどうした?部屋にいるなら、誘ってこよう。」
「いえ、それが部屋にいなかったんです。」
「あいつ、今日は外勤務だったか?」
「違います。今日は書類整理と言ってましたから、まだ終わっていないのだと思いますよ。」
「頭が良いと、任される仕事も増えて大変だな。」
「同感です。」
パーシヴァルを気遣うような事を言いながら、二人は淀みなく足を進めていく。
結局、何を言ったところで彼の仕事を変わってやることは出来ないのである。だったら、自分たちに出来ることは彼の邪魔にならないよう、周りに行かないことくらいだ。
そう思いながら、二人は酒場のドアに手をかけた。
店内は、いつもどおり熱気と活気にあふれている。城に集う全ての人種と部族が仲良くしている様は、見ていて何だか不思議な気分になる。この光景は、今回の戦いが終わったら消え去ってしまうものなのか。
多分そうなのだろうが、以前のようなギスギスした関係に戻るのもしのびない。
何となくうれしさと寂しさをごちゃ混ぜた様な気分になりながら、二人は開いた席に適当に腰をかけた。
すぐにやって来た店員に適当に注文をしたボルスは、軽く投げかけた視線の先に見慣れた姿を捕らえた。
「パーシヴァル?」
「うん?ここにいたのか?」
ボルスの呟きに、レオも視線をそちらに向ける。
確かに、そこにいるのは紛れもなく『誉れ高き六騎士』の一人であるパーシヴァル・フロイラインその人だった。
「明日も仕事があると言っていたくせに、こんなところで遊んでいるとは。」
機嫌良さそうに周りの男達と酒を酌み交わす姿に、小さな怒りが沸いてくる。周りにいるのは、ゼクセンの者ではない。カラヤの者が大半だ。すぐ隣に座っているのは、最近よくパーティを組んでいると言っていた、傭兵隊のクィーンという女性。
なにやら耳元で語り合い、クスクスと笑いあっている様は、美男美女の二人だけに様になっている。
「・・・最近、彼女と仲が良いみたいだな。」
「ええ。良く一緒に遠征に連れて行かれると言っていましたから、そのせいでしょう。」
「・・・・・そうか。」
何か含みのありそうなレオの頷きに、ボルスも内心複雑だった。どう考えても、彼女と一緒に居るときの方が自然なのだ。彼女の方が少し年上だとしても、年の割には落ち着いているパーシヴァルと、際だった違いはない。
自分が男だから、女がライバルになるという可能性を全然考えていなかった。バーツが相手ならばどうにかしてこの手に奪い返してやろうと思えるが、女性相手だと、こっちがふられる可能性の方が大きすぎる。
そんなことを鬱々と考えていたボルスの目の前で、パーシヴァルはいきなりクィーンと口づけをし始めた。
「なっ・・・・!」
触れるだけのそれでは無いことは、遠目から見ていても分かる。
いつまで経っても離れない二人の様子に、嫉妬の炎がめらめらと沸き上がってくるのを感じた。
長い口づけから解放された二人は、再び楽しそうに微笑みあっている。
今日のパーシヴァルは笑顔の大安売りだ。自分にはあんな風に笑いかけてくれないくせに。と、いきなりパーシヴァルがその場に立ち上がっり、シャツに手をかけ、それをおもむろに脱ぎだした。
「え・・・・・・?」
何が起こっているのか分からず、ボルスとレオはその場に固まった。
その間にパーシヴァルは上半身裸になり、脱いだシャツを適当に投げ捨てている。その捨てられたシャツを近くにいた男が呆れたような顔をしながら拾い上げ、丁寧に畳んでいる。
それに気が付いたらしいパーシヴァルは、その男にニッコリと笑いかけ、顎に手をかけたと思うと、唇を寄せていった。
「パ・・・・パーシヴァルッ!」
思わず叫び、慌てて駆け寄ると、パーシヴァルは驚いたように目を瞬いてくる。
「なんだ?ボルス。何か用か?」
「何か用って・・・・お前は、いったい何をやっているんだっ!」
「何をって・・・・・?」
怒鳴られている意味が分からないのか、パーシヴァルは不思議そうに首を傾げてくる。
酒が入っているせいか、露わになった白い肌にほんのり赤味が差している。その色が情事の時の熱を持った身体の色に似ていて、ボルスの頭にカッと血が上った。
「こんな人前でそんな格好をして、恥ずかしいとは思わないのかっ!」
「少しも思わないが?」
「少しは恥らえっ!」
あっさりと返してくるパーシヴァルの言葉に、ボルスは思わずその頭を叩いていた。
「・・・・・痛いじゃないか。」
「お前が馬鹿なことを言うからだっ!さっさと帰るぞ!」
「帰りたいなら勝手に帰ればいいだろ。俺はまだ彼女と飲んでいたいんでな。」
深い意味は無いのだろうが、パーシヴァルの口からクィーンのことを『彼女』と言われ、ボルスの嫉妬の炎はこれ以上無いくらいに燃え上がっていく。
そんな中、背後から異様な怒気、というよりも殺気に近い空気を感じたボルスは、チラリと後ろを振り返ってみる。
そこには、戦場で敵を睨み付けてい時と同じ顔をしたレオの姿があった。
礼節に五月蠅いレオのことだから、騎士としてふさわしくなく、酒場で羽目を外しているパーシヴァルの姿に怒りを覚えたのだろうか。
そう思ったのだが、それだけの理由でここまで怒るだろうか。基本的には穏和なレオが。
首を傾げるボルスの耳に、地をはうような、怒りを必死に押さえつけているような低い声が聞こえてくる。
「・・・いい加減にしろ、パーシヴァル。騎士団の品位を下げる気か?」
「べつにそう言うつもりはないのですが・・・・・。」
パーシヴァルもレオの怒りを感じたのか、困ったような笑みを浮かべながらレオの顔を見つめている。
「酒場でちょっと羽目を外すくらいいいんじゃないの?騎士っていっても人間だろう?たまには息抜きしないと、やってられないよ。」
「部外者は黙ってて頂きたい。」
「・・・・・怖いねぇ・・・・・」
レオにギロリと睨み付けられたクィーンは、戯けるように肩をすくめながら口を噤んだ。
そんな彼女をもうひと睨みしたレオは、再びパーシヴァルへと視線を向け直した。
「部屋に戻れ。酒が飲みたいなら、自室で飲めばいいだろう。」
「酒の問題ではないんですが・・・・・。」
控えめなパーシヴァルの口答えに、レオは射殺さん勢いで睨み付けてきた。
思わず黙り込んだパーシヴァルに大股で近づいたレオは、上半身裸のパーシヴァルの腰に手をかけたと思うと、その細い身体を自分の肩の上に担ぎ上げた。
「ちょっ・・・・なにするんですかっ!」
「口答えするようなら、強制的に連れ帰るまでだ。ボルス。戻るぞ。」
「え・・・・あぁ。はい・・・・。」
一連のやりとりを呆然としながら見ていたボルスは、声をかけられた事で我に返り、大股で酒場を出て行くレオの後を慌てて追いかけた。
「お休み、パーシヴァル。身体に気をつけるんだよ。」
その様子を見守っていたクィーンの言葉に意味が分からず、思わず振り返った。
何故就寝の挨拶に『身体に気を付けろ』なのだろうか。目が合うと、彼女は何かを含んだような笑みを浮かべて見せる。
その笑みが自分のことを馬鹿にしているようで、ボルスは面白くなかった。
「お前、しばらく酒は控えろ。」
部屋に着くなりそう言われたパーシヴァルは、嫌そうに顔を歪めている。
いつもより表情が豊かな気がするのは、酒によっているからなのだろうか。今までこんな酔い方をしたパーシヴァルを見たことはないので、ボルスは不思議な気がした。
酔いが進むと陽気になる男ではある。宴会の中心になって場を盛り上げている姿は良く見かけるので、楽しげにしているのは問題ない。
しかし、脱いだり誰彼構わずキスしたり、などと言うことをする男では無かったはずだ。
あの女が、パーシヴァルを変えたと言うことなのだろうか。
「そんなこと承諾出来ませんよ。」
「では、酔うまで飲むな。」
「・・・・酔わなきゃ、酒を飲む意味が無いじゃないですか?」
「それでも飲むな。酔ったお前は、何をするかわからんからな。」
キッパリと言い切るレオの言葉に、ボルスも過去を振り返った。
確かに、酔った勢いで男と抱き合う奴だ。酒に酔わせて良いことはない。
そんなことを考えて、ボルスはふと思い出した。
「そう言えば、パーシヴァル。以前深酒をするなと、言ったはずだよな・・・・?」
「・・・・・・ああ、そういえば。そんなこともあったな。」
初めて彼を抱いた次の日に交わした約束を、彼は忘れてはいなかったらしい。
しかし、覚えていても実行されてなければ意味はない。
思わず睨み付けたボルスに、パーシヴァルは何事も無かったように微笑んでくる。
「大丈夫。深酒はしていないよ。約束通りな。」
「じゃあ、今日のこれは、どういうことなんだっ!」
「これくらなら、深酒とは言わないさ。記憶はちゃんとあるからな。」
「しっかり理性はあるのだと。そう言いたいのか?」
「ええ。」
レオの問いかけに、パーシヴァルは綺麗に微笑んで見せる。綺麗なだけに性質が悪い。うっかり許してしまいそうになるのだ。
しかし、レオは誤魔化されなかったらしい。
大きな体を小刻みに震わせていたと思うと、いきなり大声で怒鳴りつけてきた。
「だったらもっと品位ある行動をしろっ!」
「いたっ!」
ゴツンと音がするくらい強く頭を殴られたパーシヴァルは、余程痛かったのか、眦に涙を浮かべながら頭を抱えている。
「・・・・もう少し手加減して下さい。骨が砕けますよ・・・・・。」
「お前には、これくらいで丁度良い。」
そう言うと、レオは深いため息を一つ吐き、事の成り行きを見守っていたボルスへと視線を向けてきた。
「・・・・・今日は疲れたから、俺は戻る。こいつの行動には目を光らせて置けよ。」
「・・・・・分かってます・・・・。」
頷くボルスに軽く挨拶しながら、レオは部屋を出て行った。
彼の気配が消え去ってから、パーシヴァルは小さく息を吐き出した。
「全く・・・・・。変に過保護で困る・・・・。」
「お前がちゃんとしないからだろ。自業自得だ。」
ボルスにそんなことを言われたが面白くないのか、パーシヴァルはふて腐れたように顔を歪めている。
「キスするくらいで、そんなにムキにならなくても良いと思うのだが・・・・・・。」
問題なのは、キスする事だけではないと思うが、何を言っても言いくるめられそうなので、ボルスはあえてコメントを避けた。
「それより、頭大丈夫か?やたらと良い音がしていたが・・・・。」
瘤が出来てはいないかと、ボルスはパーシヴァルの頭へと手を伸ばした。
その手は頭に届く前に取られ、何事かと視線をパーシヴァルの顔に向けたところで、掠めるように唇を奪われてしまった。
滅多にない彼からの口づけに、ボルスはその場に硬直した。
「・・・・キスしたけど、怒るのか?」
ボルスが何かを言い出す前に、ニヤリと、からかうような笑みでパーシヴァルが見つめ返してくる。その笑みに、夜の誘いの色を見いだしたボルスは、さっきまで胸の中でくすぶっていた嫉妬の炎が、少し小さくなったことに気が付いた。
ボルスはパーシヴァルの肩にそっと手を伸ばしていく。
「それとこれとは、話がべつだ。」
ニッと笑い返し、今度はボルスが唇を奪う。
そのままなだれ込むようにパーシヴァルの身体をベットの上に押し倒しながら、たまに酔っているのも良いかも知れないと、さっきと違うことを思うボルスだった。