人前で弱音など吐きたくないボルスであったが、今はさすがにちょっと厳しい。
左目の上を切られたため、視界は片方しか効いていないし、体中に裂傷がある。
剣を握る手に力も入らない。
特効薬は持っている。
無理をしないでさっさと使えばいいのだが、ボルスは意地になって使おうとはしない。
なぜならば、後ろにいる男に自分が弱っていると悟られたくないから。
水の紋章を持っている事からパーティ全体の回復役を任されている彼は、今の自分の状態を見ても回復しようとはしてこない。
それは、自分にまだ戦う力が残っていると判断してのことなのか、それともただ単に自分のことなど眼中に入れていないのか。
その真意を問うことは、戦闘中である今は出来はしない。
「これが終わったら、絶対、文句を、言ってやるっ!」
息を切らせながらも、ボルスはそう憎々しげに呟いた。その途端、集中力が切れたのか、またモンスターから攻撃を食らってしまった。
危うく取り落としそうになった剣の柄を慌てて握り直したボルスは、敵から離れるように僅かに身を引く。
そのボルスの動きに合わせるように、一気に敵の懐に飛び込んできたパーシヴァルは、敵に一撃を食らわせた後に、ニヤリと意地の悪い笑みを見せながら声をかけて来た。
「・・・・変わるか?」
「うるさい!まだやれるっ!」
「そうか、じゃあ、頑張れよ。」
肩で息をするボルスの様子は、端から見ていても大丈夫で無いことは一目瞭然なのにも関わらず、パーシヴァルはあっさり頷いて後退してしまった。
やはり、この男は自分を殺す気なのかもしれないと思いつつ、ボルスは剣を握りしめた。
朦朧とする意識の中、自分よりもあからさまに軽傷のメンバーを回復していくパーシヴァルの姿を視界に留めつつ、ボルスは意地だけで剣を振り下ろした。
気が付くと、辺りは真っ暗になっていた。
何故自分の目の前に星空が広がっているのか、状況が理解できずにうろたえるボルスの頭上で、聞きなれた甲高い声が聞こえてきた。
「キュィィィーーーーン!」
「うわっ!」
その耳に突き刺さる声に、ボルスは慌てて飛び起きた。
「な・・・・フーバーか・・・・驚かすなよ。鼓膜が破れるかと思ったぞ。」
「キュィーーン・・・・・・」
「あ、気がついたんですね。」
謝るように顔を俯けるフーバーの声にかぶさるように、新たな声がかけられた。
「ヒューゴ殿。ご無事でしたか。」
「おかげさまで。今回の戦闘では、ボルスさんが一番重傷でしたよ。」
「・・・・・そうですか。」
それはそうだろうと思うけれど、そう言われてしまうと恥ずかしい。
まるで、自分が一番弱いと言われているような気がして来る。
「あ、どこか痛いところとかありますか?一通り治療はしたんですけど、毒とかは、平気ですか?」
表情を曇らせたボルスの様子に慌てたようにそう言葉を継いでくるヒューゴに、気を遣わせてしまった気恥ずかしさが増す。
「ええ、大丈夫です。戦いのあとはたいがい喉が渇いている物なのですが、それもないですし。このまま一戦突入できるくらい回復してますよ。」
「・・・・それは・・・・。」
「何か?」
「・・・・・いえ、何とも無いなら良いんです。」
何か言いかけて途中で止めたヒューゴの態度が腑に落ちず、問いただそうとしたボルスの耳に聞きなれた声が聞こえて来る。
「ああ、ボルス。気がついたのか。」
「・・・・パーシヴァル・・・・。」
ニコリと、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて寄越すパーシヴァルの態度に、忘れかけていた怒りが再び首をもたげるのを感じた。
その感情の変化に気付いているのかいないのか、パーシヴァルはその怒りを煽るように声をかけて来る。
「ずいぶんゆっくり寝ていたな。怪我はもう大丈夫だろう。今まで寝ていた分、今日の不寝番はお前だからな。」
「パーシヴァルさん、それはさすがにちょっと・・・・。」
気の毒そうに進言して来るヒューゴの言葉に、パーシヴァルは笑顔で首を振った。
「大丈夫ですよ。彼は『誉れ高き六騎士』の一人ですからね。それぐらい何てことありません。ねぇ?ボルス卿。」
ニッコリと微笑みかけて来るパーシヴァルの言葉に、握り締めていた拳がフルフルと震えて来るのを感じる。
それは怒りの為なのか、それとも違った感情からなのか分からない。
分からなかったが、ボルスは心に浮かんだ言葉をなんの加工もせずに口に上らせた。
「お・・・お前には、愛がないのかっ!」
「・・・・・何を言い出すんだ?」
突然叫ばれたボルスの言葉に、パーシヴァルは軽く眉間にしわを寄せた。
いきなりそんな事を言われたのだ、当然の対応だとは思うが、怒りに沸いている脳みそでは、そんな判断も出来ない。
ボルスは、迸る怒りを直接ぶつけていった。
「さっきの戦闘だって、俺には全然回復呪文を使わないで、他の奴ばっかり助けやがって!俺が死んでも良いって思ってるんだろう!」
「そんな事あるわけないじゃないですか。ねぇ、パーシヴァルさん。」
「ヒューゴ殿は黙ってて下さい!」
「・・・・すいません・・・。」
口を挟まれ、思わずギッと睨み付けてしまうと、ヒューゴは肩を竦めて僅かに身を引いた。いつもだったら慌てて取り繕うところだが、今のボルスにそんな余裕はない。
頭の中は、パーシヴァルの事でいっぱいなのだ。
ヒューゴが身を引いたため、気分的にパーシヴァルと一体一になったボルスは、目の前に立つ男へ向ける視線に力を込める。
「どうなんだ。そこのところ、はっきりしろ。」
「はっきりもなにも、何故お前がそんな事を思うのか不思議でしょうがないんだが。」
「なんだとっ!」
呆れたといわんばかりの態度に、これ以上激する事がないだろうと思っていた心に新たな火種が沸き上がる。
「そういきり立つな。少しは冷静になって俺の言葉を聞け。」
怒り心頭といったボルスの様子を見て苦笑したパーシヴァルは、問い掛けるように首を僅かに倒して見せる。
そんな動作一つで、怒りで充満していた心に違った感情が沸き上がるのを感じる。
なんでこんな男にここまでほれ込んでしまったのか、自分の気持ちが分からないが、惚れてしまったのだからしょうがない。
しかし、だからといって簡単に見ほれてしまうのも腹立たしくもある。
「・・・・わかった。聞いてやるから、手短に話せ。」
自分の感情を誤魔化そうとしたら、ぶっきらぼうなしゃべりかたになってしまった。
しかし、パーシヴァルはそんなボルスの態度に慣れているとでも言いたげに軽く微笑みかえして来る。
「まず一つ。お前を後回しにしたのは、お前の腕を信用していたからだ。レオ卿までいかないにしろ、お前にも底力があるのは知っているからな。長引きそうな戦闘では、極力紋章は使いたく無かったから、お前の回復はギリギリまで押さえた。」
「そ・・・・それは、俺の事を認めているということか?」
「当たり前だろう。」
あっさりと返された言葉に、心が僅かに浮きたつ。
普段自分の対する思いを口に出してもらっていないだけに、嬉しさもひとしおだ。
「お前が死んで良いと思っていたら、戦闘後に回復したりしない。もう少し状況を見て言葉を発するんだな。」
「す・・・すまん・・・・・。」
なんだか立場が逆になってしまった感じがするが、まぁいいだろう。
今は気分も良い。細かいことは気にしないで置くに限る。
「誤解は解けたのか?」
「ああ。悪かったな。疑ったりして。」
「良いさ。・・・・まぁ、誤解も解けたようだから、今日の不寝番は任せたぞ。」
「ああ。任せておけ。」
快く頷くボルスの言葉に、パーシヴァルが満足げな笑みを浮かべたが、ボルスにはその笑みの意味を察することは出来なかった。
元来人の心の機微にうといのだから、仕方ない事なのかもしれないが。
ただ、自分のことを認めて貰えているということに、ボルスは喜びを感じていた。
いつも人を馬鹿にするような事しか言わないパーシヴァルが、騎士としての自分の腕を信頼してくれていたのだ。こんな嬉しいことはない。
そんな振って沸いた喜びに酔いしれていたボルスは、自分を愛しているのか否かという問いに、パーシヴァルが答えていないことに気付いていなかった。
それでもボルスが幸せならば、それはそれで良いのかもしれないと、10近く年下の少年に同情にも似た哀れみの視線を向けられていた事にも。
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ソコに愛はあるのか