それでも許してしまうのは

「・・・・明日から遠征に出かけるんだ。」
 夜、ベットの中に入ろうとしていたボルスが急にそんなことを言い出した。
 そのボルスの言葉に、パーシヴァルは小さく頷きを返してやった。
「ああ、知っている。」
 別にボルスの行動に興味があるわけではないが、騎士団の主要メンバーの予定はある程度頭の中に入っているので、わざわざ教えて貰わなくても知っている。その事はボルスも知っているはずだと言うのに、何をわざわざ宣告してくるのだろうか。
 彼の意図が分からず首を傾げたが、彼がわけの分からない事を言い出すのはいつものことだ。きっとまた何か良く分からないことで悩んでいるのだろう。そう言うときは放って置くに限る。
 そう思い、パーシヴァルは読んでいる本へと意識を向け直した。
 そんなパーシヴァルの反応を窺うような間の後、ボルスがボソボソと言葉を続けてくる。
「・・・・今回の遠征は、下手をすると一週間は帰ってこられないと言われたんだ。」
「そうみたいだな。頑張って来いよ。」
 本に集中しながらも、とりあえず相づちは打ってやった。
 完全に無視するとガタガタ騒いで読書どころでは無くなるのだ。
「・・・・おい。」
 その反応が気に入らなかったのか、ボルスの発する言葉に険が含まれた。
 それに気が付いたパーシヴァルは、気づかれないようにこっそりとため息を漏らした後、読んでいた本から顔を上げ、ニッコリと笑いかけてやる。
「アイテムはちゃんと持ったのか?お前は無茶な戦い方をするからな。怪我には十分気を付けろよ。」
 そう声をかけると、ボルスは小さく息を飲んだ。これで大人しく寝てくれるはずだ。優しい言葉の一つでもかけ、ニッコリと笑い返してやれば気が済むのだから。
 そんないつものパターンを脳裏で描いていたパーシヴァルだったが、今日のボルスはなにやら様子が違った。
 ベットに腰掛けていたボルスは、自分に向けられたパーシヴァルの笑顔に恥ずかしがって顔を赤らめながらベットの中に潜り込むことをせず、深く俯きながら小さく肩を震わせている。その様子に尋常ならざるものを感じたパーシヴァルは、読んでいた本を机に置き、ボルスの元へと足を向けた。
「どうした、ボルス。具合でも悪いのか?」
 だったら明日からの遠征は誰か他の者を向かわせた方が良いかも知れない。
 頭の中で同僚達のスケジュールを思い浮かべながら、未だ俯けているボルスの顔を覗き込んだ。
「・・・・・お前は・・・・。」
「なんだ?」
「お前は、どうしてそうなんだ?」
 ボルスは俯けた顔を上げようともせずそんな呟きを漏らしてきた。
「・・・・そう、とは?」
 呟きの意味が分からず問い返せば、ボルスは漸く俯けていた顔を上げて見せた。
 その瞳を見て、パーシヴァルは一瞬言葉を失った。
 パーシヴァルの顔に向けられた瞳に宿るのは、強烈な怒り。
 今まで、そんな瞳をボルスから向けられたことは無かった。
 だから、思わず身体が引ける。
 その動きを見たボルスが、素早くパーシヴァルの腕を捕らえて来た。反射的にその腕を振り払おうとしたのだが、ボルスの力は強く、振り払うことは出来なかった。変わりに、捕まれた箇所に強い痛みが走る抜ける。
「・・・・痛っ!」
 思わずそう言葉を漏らしてしまったが、その言葉にもボルスが引く様子は見えない。
 いつもだったら、慌てて謝ってくるところなのに。
 いったい何があったというのだろうか。
「・・・・ボルス・・・・?」
 少しも反らされない視線には、殺気にも似た強い光がある。その視線に小さく身体が震えた。
 名を呼んでも少しも反応を返さない事にも、不安は沸き上がってくる。
「・・・・・・お前は、俺の事なんかなんとも思っていないのか?」
「・・・・え?」
「俺は、お前にとってどのくらい価値のある人間なんだ?」
「・・・・・何を言って・・・・・・っ!!」
 彼の言葉の真意が分からず、軽く首を傾げて問い返したところで、パーシヴァルは強い力で腕を引き寄せられた。そして、そのままベットの上に俯けの状態で引き倒される。
「ボルスっ!」
 乱暴な行動に抗議の声を上げたが、ボルスは少しも気にかけた様子を見せない。
 そんな反応は今まで無かったので、パーシヴァルはどう対処していいものか咄嗟に判断出来ないで居た。そんなパーシヴァルに、恐ろしく冷たいボルスの声が降りかかる。
「・・・・俺が一週間留守にすると言っても、お前は何とも思わないのか?」
「それぐらい、いつものことだろうが。何を今更ガタガタ言っているんだ。」
「・・・・・今更、か・・・・・。」
「ちょっ!ボルスっ!」
 ボソリと呟いた後、ボルスは何の前触れもなく押さえ込んでいるパーシヴァルの腕を片手で捕らえ、空いた手をシャツの中に潜り込ませてきた。
 夜の空気で冷えていた身体に、熱い手の平を押しつけられ、その温度差に思わず身体に震えが走った。
 いや、温度差だけが原因では無いかも知れない。
 手の平は背中を辿り、焦らすような動きで胸へと回り込むと、立ち上がりかけた胸の飾りを撫で回す。
「・・・・ボルスっ!いい加減に・・・・・っ!」
「止めろと言うのか?・・・・・身体は、そうは言っていないだろう?」
「お前っ!!」
 思わず怒鳴り声を上げてしまった。
 ボルスがそんなことを言うとは思っていなかったから。
 他の男達のように、すぐに反応を返すこの身体を揶揄するような言葉を。
 悔しさと怒りが沸いてくる。裏切られた様な気分になるのは、どうしてだろうか。
 パーシヴァルが怒りに身体を震わせている間にその背に跨ってきたボルスは、押さえつけていた腕を解放し、その変わりに首筋を上から押さえつけてきた。
「・・・・ぁっ!!」
 上に乗られた事によって肺が圧迫されたのと、喉を押さえつけられた事から呼吸が苦しくなり、パーシヴァルは苦しげな息を吐き出した。だが、ボルスは少しも気にかけた様子もなく、ジリジリとパーシヴァルの衣服を脱がしていく。
「・・・・っ!お前っ・・・・!いったい、なんのつもりで・・・・・っ!!」
「この体勢で、やることは一つだろう?」
「誰がやって良いと言ったっ!」
 抗議の言葉は黙殺され、ボルスはパーシヴァルの身体の線を撫で回し始めた。
「ボルスっ!」
 望まない行為を強要されることほど頭に来ることはない。
 どう考えても抜け出せる体勢だとは思わないけれど、パーシヴァルは出来る限りの抵抗を試みた。
「・・・・いい加減、大人しくしろ。じゃないと、痛い目にあうのはお前だぞ。」
 組み敷いた身体が静かにならないことが気に入らないのか、ボルスの声音はドンドン冷たさが増していく。だからといって身を預けることはしたくない。
 ボルスとセックスする事がイヤなわけではない。散々身体を重ねてきているのだ。身体を重ねることに嫌悪感があるわけではない。
 だが、こういう抱かれ方はイヤだった。
 人間扱いされていないようで。
 イヤな時代を、イヤな人間達を思い起こさせて、イヤだった。
 吐き気さえ覚えるほどに。
「・・・・っあっ!!」
 身体を解すこともそこそこにボルスの猛ったモノを突き入れられ、パーシヴァルは息を飲み込んだ。
「やめっ・・・・!!!」
 抵抗する動きは封じられ、拒否の言葉は黙殺された。
 ジクジクと痛みが沸き上がってくる。
 男を受け入れている箇所よりも、心に。
「・・・・この、馬鹿野郎・・・・っ!!!」
 罵声の言葉を吐き出しながら、眦から透明な液体を零した。生理的な意味合いだけではないモノを。
 悔しくて悔しくて。彼にこんな扱いをされることがどうしようもないくらい悔しくて。
 だけど、どこかで彼の行動を許してしまっている自分がいることに気が付いてしまって。
 その事にも悔しさが沸き上がってくる。
 何故こんな馬鹿男のことなんか、と。
「・・・・パーシヴァルっ・・・・!」
 熱に浮かされた声音が、耳元に吹き込まれた。その声に、自分の身体の熱が少し上がった気がする。
 彼の行動を拒絶する心と、受け入れている心と。
 相反する心の葛藤を無視するかのように、身体はボルスの与える刺激に素直に反応を返している。
「・・・・馬鹿・・・・野郎・・・・・。」
 それは、ボルスに向けた言葉であり、自分へと向けた言葉でもあった。
 彼を完全に拒絶する事が出来ない、自分へと。












 なんだか凄く疲れた。
 身体がというよりも、心が。
 ボンヤリと天井を見上げていると、視界の端に金色の髪が入り込んできた。
 そして、心配げな色を宿す紫の瞳が。
「・・・・・大丈夫か?」
「五月蠅い。黙れ、馬鹿。」
「・・・・・・・・・スマン・・・・・・。」
 これ以上無いと言うくらい冷たい声で言い返せば、ボルスは目に見えて分かるくらいに肩を落としてみせた。
 そんなに反省するくらいならこんな抱き方をしなければ良かったのだ。どんな理由があってこんな暴挙に出たのか分からないが、簡単に許してなどやるものか。パーシヴァルの決意は固かった。
 そんなパーシヴァルに、反省していると言うことをありありとその面に描いていたボルスが、がばっとその場に膝を付いた。
 そして、頭を床に擦りつけん勢いで下げてみせる。
「本当にスマン!!許してくれっ!」
「・・・・・・・・・なんなんだ、お前は・・・・・?」
 まさか土下座をしてくるとは思わなかった。
 意表を突かれたパーシヴァルは、先ほどまで胸の内で沸き上がらせていた怒りを霧散させ、ボルスの後頭部を見つめてしまった。
 そんなパーシヴァルに、ボルスは頭を床に擦りつけたまま言葉を続けてくる。
「どうかしていたんだ、俺は。この一ヶ月お前に触れることが出来なくて、その上一週間も離ればなれだと思ったら、居ても経っても居られなくなって。でもお前は全然平気そうな顔をしているし、やっぱり俺はお前にとってただの同僚なのかと思ったら、何がなんだか分からなくなって、それで・・・・・。」
 ようは、溜まりすぎて理性を無くしたと言うことだろうか。
 言われてみれば、ここのところボルスの相手をしていなかったかも知れない。パーシヴァルの相手はボルスだけではないのですっかり忘れていたが。
 なんとコメントしていいものやら。パーシヴァルはしばし迷った。
 彼を放置していた自分も悪いような気がするが、だからといって強姦するのもどうかと思う。とはいえ、心の中で何故かホッとしている自分に気が付き、パーシヴァルは軽く首を傾げた。
 何故、ボルスの言葉にホッとしたのだろうか。
 ボルスの馬鹿さ加減を露呈させているだけのような言葉に。
 僅かな間に考え込んだが、答えが出てくる様子は無い。チラリと視線をボルスに向ければ、彼は未だに土下座したままだ。このまま声をかけずにいたら、多分朝までこの体勢を維持し続けるだろう。いや、許すまでずっとこの体勢のままな気もする。それこそ、遠征にも出かけずに、パーシヴァルの言葉を待ちそうな勢いだ。
 そう思ったパーシヴァルは、深々とため息を落とした。
 簡単には許すモノかと思っていたのに、結局自分にはこの男を許す選択肢しかないのだ。
 珍しく沸いた怒りもとっくのとうに冷めている事だし。くだらないことはさっさと終わらせ、僅かに残った時間で少しでも睡眠を確保し、体力を戻す努力をした方が建設的だろう。
「・・・・・・頭を上げろ。もうそんなに怒っていないから。」
 その言葉に、ボルスは勢いよく顔を上げた。
「ほ、本当か?」
「ああ。だからさっさとベットに戻って、出発までに少しでも寝ておけ。寝不足で敵に遅れを取られたら、騎士団のメンツに関わるからな。」
 そう、あからさまに不機嫌そうな声音で答えてやったのだが、ボルスは嬉しそうに相好を崩してくる。
 だから、一つ釘を刺して置く。
「だが、次は無いぞ。もう一度同じ事をやったら、その時には絶対に許しはしないからな。覚えて置け。」
「ああっ!絶対にしないっ!クリス様の名にかけて誓うぞっ!」
 そんなことで名をかけられてもイヤだろうなぁと思いながらも、パーシヴァルは了承するように小さく頷きを返してやった。
 同じ事があったら、また許してしまうかも知れないと、心の中で思いながら。
「・・・・ほら、さっさと寝るぞ。」
「ああ。」
 ベットの端に寄り、空いたスペースを軽く叩いて示してやれば、ボルスはいそいそと布団に身体を踏み入れてきた。そして、恐る恐るパーシヴァルの身体に腕を回してくる。
 自分よりも高い体温に包まれ、なんとなくホッとする。
 パーシヴァルの身体が抵抗もせず自分の腕の中に収まったことに気を良くしたのか、ボルスの拘束する力の強さが増す。
 その腕の強さに安心している自分を感じながら、パーシヴァルはゆっくりと目蓋を閉じていった。















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