「・・・疲れた。」
サロンの大きな窓辺に腰掛けたパーシヴァルは、ボソリと呟きを落とした。
戦場を駆けた後や、大きな訓練があったときはことさら疲れる。その疲れは訓練だけの物ではない。その後に行われる行為による物が大きいのは、自分で分かっている。しかし、それは自分ではどうすることも出来ない事なのだ。
「・・・全員くたばれば良いのにな・・・・。」
半分以上本気の思いを口に出したパーシヴァルは、自分の考えに自嘲の笑みを浮かべた。
そんなことになったら、この騎士団が、国がどうなってしまうのか分かっている。率いる物がいない組織の崩壊ほど早い物はない。
「仕方ない、自分で選んだ道だからな。」
そう言い聞かせることしかできない自分に嫌気を感じながら、火照った身体から熱を逃がすために、パーシヴァルは冷えた壁へと頬を寄せた。
この騎士団の中で、自分は弱者の部類に入るのだろう事を、パーシヴァルは理解していた。
家の繋がりが重要視されてる感のある騎士団の中でのこと。いくら剣技に長けていようと、後ろ盾のない自分には一兵士としての道しか見つけられない。普通に腕だけで身を立てようと思うのならば。
上に近づく手段の一つと考え、誘いの手を受け入れ続けてきたパーシヴァルだったが、ここ最近増えている情事の多さに辟易していた。身体を休める暇もないと、訓練に励むことも出来ない。腕が無ければ出世も出来ないだろう。これでは本末転倒だ。
「・・・考えても仕方のないことだ。」
思考を打ち消すように小さく頭を振った。今ここで手を拒めば、いままでの努力は水の泡となってしまうだろう。もっと、自分一人の足で立てるようにならなければ。そのためにもまずは休息を取らねばと、軋む身体に鞭を打って壁伝いに立ち上がった。
歩きだろうとした瞬間、サロンの扉がそろそろと開かれ、パーシヴァルは緊張で身体を硬くした。自分を抱きに来た誰かだと思ったのだ。これ以上の行為はさすがに厳しい。明日起きられるかも怪しくなってしまう。なんとかやり過ごせはしないかと、壁に寄りかかった姿勢で息を殺して相手を観察した。
キョロキョロと辺りを見回して歩く姿に、この場に慣れていない者の気配を感じた。月明かりしか無い室内のこと、姿を捉えることは出来ないが、見知った気配が無いことは確信出来る。
ではなにしにきたのだろうか。
騎士なら構いはしない。一応ここは騎士のためのサロンになっているのだ。入って悪いことはない。時間が少し問題だが。しかし、騎士ではなく賊だった場合は、やり過ごすわけにはいかない。見過ごしたと言うことがばれると、自分の立場が悪くなってしまう。
無駄に動きたくない所だが、運が悪かったと諦め人影に向かって声をかけた。
「・・・・誰だ?」
「うわっ!」
誰もいないと思っていたのだろう。思い切りよく身体を跳ねさせた人影は、慌ててこちらに視線を向けてきた。
「すいません。人がいるとは思わなくて・・・・。」
一歩踏みだして頭を下げる男の顔を見て、パーシヴァル驚きに目を開いた。
「・・・ボルス卿?」
「そうですが・・・・私のことをご存じでしたか?」
戸惑ったように眉をひそめるボルスの様子に苦笑を浮かべた。
直接話しをしたことはないが、見かけたことは多々ある。彼を知らない者など、この騎士団にはいないくらいだ。
明るい金髪に激しい気性。どんな時にも自分の意見を曲げない頑固さと、年の割には幼なく見える容姿。剣の腕も立つが、家柄の良さが彼の将来を約束していた。
「ええ。有名ですからね、あなたは。若手騎士の中でも、将来有望だと。」
「・・・・実力よりも、家の力が大きいとおっしゃりたいのですか?」
自分と大差ない年齢なのに、むっつりと顔を歪めるその表情は子供そのものだった。そんな表情に、硬くなっていた心が緩み、思わず笑みを誘われてしまった。
「いいえ。剣の腕も含めての話しですよ。確かに、家柄も含まれての話しになってしまいますがね。」
名門には名門の悩みがあるらしいが、パーシヴァルにしてみれば贅沢な話しだ。
笑い出したくなりそうな衝動は納めたが、少し声が漏れてしまった。いぶかしげに眉を寄せるボルスからは自分の表情が見えていないのだろう。不思議そうに瞳を瞬いている様子に、子供に言い聞かせるように首を傾げた。
「それで、ボルス卿はどうしてここに来られたのですか。今はもう、他の兵士は眠っている時間だと思いますが。」
「ちょっと、眠れなくて・・・・。」
その言葉に、僅かに眉が跳ね上がった。
あれだけ訓練に明け暮れておきながら、まだ疲れないと言うのか。
自分を抱く男達と同じ事を言うボルスに、嫌悪感が沸いてくる。
何も分かっていないような顔をしているが、この男も将来的には自分を抱きたがるお偉方と同じ物になるのだろう。
「あれだけ訓練して、まだ体力がおありなんですか。・・・・本当に、騎士という人種は体力がありますね。」
「・・・どういう意味ですか?」
言葉の意味を察することが出来ないのだろう。訝しげに首を捻るボルスに、パーシヴァルは暗い笑みを浮かべた。
「こちらの話しですよ。」
これ以上無駄な話をしていたくない。いい加減身体も辛くなってきた。さっさと退出しようと壁から身体を放したパーシヴァルは、ゆっくりと扉に向かって歩を進めていった。
自然と、その通り道にいるボルスの目の前に来る形になった。一歩ずつ近づいていくと、彼が息を飲んだのが分かった。自分の顔を食い入るように見つめてくるボルスに、パーシヴァルは胸中でため息を付いた。
「あ・・・あんたは?」
「名乗るほどの者ではありませんよ。」
ニコリと微笑みかけてやると、ボルスは面白いくらいに顔を赤くした。
パーシヴァルにとっては慣れた反応であったが、彼はそんな自分の反応が許せなかったのだろう。いきなり怒鳴りつけてきた。
「こ・・・こんな夜中におまえはここで何をしていたんだっ!」
「散歩ですよ。ボルス卿と同じでね。・・・・夜は、なかなか寝付けないもので。」
寝付けないのは自分がではないが、それを彼に語ることはない。
パーシヴァルは、出来ることならさっさと眠りたいのだ。それを呼び出され、相手をさせられる。夜は疲れを取る時間ではなく、疲労を蓄積する時間になっているのだ。そんな中でも倒れずに日々過ごしていけていると言うことは、自分の体力も相当なものだと言うことだろうか。
地顔になりつつある笑みも、自嘲に歪んでくる。ふと気づくと、ボルスが自分の顔をジッと覗き込んでいた。何か用かと尋ねようとしてみたが、それより先にボルスの方が口を開いてきた。
「お前、騎士なのか?」
世間一般では、そう見えるだろうが、自分ではそう思えない。毎晩上司に身体を開いている自分は、娼婦以外の何者でもない。
「どうでしょうね。」
そんな思いから出た一言に、ボルスは困惑したように顔を顰めた。
「どうって・・自分のことだろう。はっきりさせる気がないなら、衛兵を呼ぶぞ。」
「それは困りますね。」
先ほどの自分と同じように、彼も自分のことを賊だと思っているようだ。彼と違って腰に剣も差していない今の状況から考えると無理もないことだが。しかし、衛兵を呼ばれたら面倒だ。何とか彼を黙らせなければならないと考えたパーシヴァルは、自分の考えた方法の効果を思い、にやりと唇を引き上げた。
「じゃあ・・・・。」
先を続けようとしたボルスの言葉を、自分の唇で封じ込めた。
「・・・・っ!」
驚きに目を見開く彼の様子を確認し、パーシヴァルは少し満足した。素直な反応に気を良くしたパーシヴァルは、彼の口内に己の舌を進入させ、思う様舐め上げた。
最初は戸惑ったように奥へと逃げ込んでいたボルスの舌も、時間が経つに連れておずおずと前に進み出てきた。
想像通りの稚拙なテクニックだが、以外と積極的に舌を絡め合わせてくる反応に、少し驚きを感じた。腰を抱かれ、男の体温を肌で感じると、情事に慣れた身体が反応してくるのが分かった。
このままでは引きずられ、なし崩しの打ちに関係を持ってしまいそうになる。関係を持つこと自体は構いはしないのだが、今日はさすがに身体がきつい。パーシヴァルは、絡みついてくる身体をそっと引き離した。
ボルスの視線が突き刺さる。彼の顔は興奮で赤く色づき、瞳にも情欲の色が見て取れた。
なんで、ここの男どもはこんなにも簡単にサカルのだろうかと内心で首を傾げながら、パーシヴァルは濡れた唇を己の親指でぬぐい去った。そして、わざと艶っぽい笑みを彼に向ける。
「今日の所は、これで見逃して貰えませんか?」
「な・・・・な・・・・。」
一気に顔を朱色に染め上げたボルスの様子に、パーシヴァルは大いに満足した。これくらい反応があると、やりがいがあるというもの。慣れた年長騎士どもとは違った反応に、新鮮味を感じてきた。もう少し構っても良い気分だが、引き際が肝心だろう。パーシヴァルは有無を言わせず話しを切り上げにかかった。
「ありがとうございます。それでは、わたしはこれで。良い夢を見て下さい。」
「ちょっと待てっ!」
微笑みかけた後に軽くキスを交わし、さっさと扉に向かったパーシヴァルの背後から慌てた声がかけられ、パーシヴァルは渋々と視線をそちらに向けた。
「お前の名前は?」
名乗るつもりはないといった言葉を忘れたのだろうか。直情型というのは、頭が悪いらしい。無視して立ち去ろうとすると、再び声をかけられた。
「おいっ!」
駆け寄ろうとする足音が聞こえたので、再び視線を向けた。瞳がぶつかった途端、彼は息を飲んでその場に立ちすくした。
「・・・追々、分かることですよ。慌てなくてもね。では、失礼します。」
牽制するように微笑み、扉をゆっくりと閉めると、ボルスはそれ以上追いかけてこなかった。
「・・・・無駄に疲れたな。」
もう日付が変わっているだろう。起床までに後どれくらいの時間があるのだろうか。
「少しでも、寝ておかないとな。」
軋む身体を伸ばすと、少しだけ軽くなった気がしてきた。
ボルスのことを気にすることもなく、自室に戻ったパーシヴァルは短い眠りの世界へと落ちていった。
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遭遇(裏)