「今日が何の日か知っているか?」
何の前置きもなく、突然ボルスにそう言われたパーシヴァルは、何のことか分からずただ首を傾げることしか出来なかった。しかし、ボルスがそう言うのだから、何かあったのかも知れない。パーシヴァルは、軽く腕を組むと、右手の指先で己の顎を押さえながら、しばし考え込んだ。
大きな訓練の予定は入っていないし、何かの行事があるわけでも、祝日な分けでもない。強いて言うのなら、自分が休日だと言うことくらいで、取り立てて何かある日だとは記憶していない。
ボルスが知っていて自分が知らない事があるとは。そんな驚きを胸に秘めつつ、パーシヴァルはボルスへと言葉を返す。
「何の日って・・・・。別に何も無かったと記憶しているが?」
そう口に出した途端、ボルスは寂しそうに顔を歪ませてしまった。
「・・・・・知らないのか?」
捨てられた子犬のような瞳で見つめられ、なんだか悪いことをしているような気分になる。
もしかしたら、酔って記憶を飛ばしている間に何か約束していたのかも知れない。最近そこまで飲んだ記憶は無いのだが、そこら辺の自分の記憶をあまり信用していないパーシヴァルは、とりあえずボルスへと問い返した。
「・・・・・・悪い。何かあったか?」
「・・・・・・・・・・・・なんだ・・・・・。」
「え?」
ふて腐れたようにボソリと漏らされた呟きを聞き取れず、パーシヴァルは再度問いかけた。その反応にも機嫌を損ねたのか、ボルスの全身からは不機嫌を表すオーラがあふれ出してくる。
やはり自分が何か迂闊な事を言ったのかも知れない。
「悪い。もう一度言ってくれ。」
多少下手に出ながらそう声をかけると、ボルスがキッと睨み付けてきた。
「だからっ!今日は俺の誕生日なのだと言っているっ!」
半ば叫ぶようにそう言い放ったボルスの言葉に、パーシヴァルは言葉を無くした。
何でそんなに興奮しているのか分からなかったのだ。男がこの年になって、何故そんなにムキになって自分の誕生日を主張しているのかと、首を傾げる。
自分の誕生日すら忘れ去っているパーシヴァルには、その心理がさっぱり理解出来ない。
とは言え、ここまで主張されて何も言わないわけにはいかないだろう。そう思い、とりあえず祝いの言葉は述べてみた。
「・・・・・そうか。それはおめでとう。」
その言葉に、ボルスはこれ以上無いと言うくらいにふて腐れた顔になった。
彼はいったい何を自分に要求しているのだろうか。人の心を読むことに関してはボルスなどよりも上を行くパーシヴァルではあったが、そんな彼にもボルスの心理が時々分からなくなる。それは、彼が大人の形で子供のような事を言い出すからかも知れないが。
いっそのこと、この男は子供なのだと割り切ってつき合った方が分かりやすいかとも思うのだが、それは少し気が引ける。腐っても六騎士と言われている男を、そう言う目で見るのは酷と言う物だろうから。
そんな事を考えていたパーシヴァルは、ボルスが自分の事を睨み付けていることに気が付き、意識を彼へと引き戻した。
「・・・・・・それだけか?」
ボソリと、呟きを漏らしてくる。
「それだけって・・・・・・。何がだ?」
「だから、誕生日だって聞いたら、もっと色々あるだろうがっ!」
「・・・・・・色々?」
言われた言葉の意味を考え、気が付いた。
彼の思考を、自分と同じラインで考えてはいけないのだ。相手は子供。子供が誕生日で求める物と言ったら何だろうか。
「ケーキを食いたいのか?」
「違うっ!!!」
地団駄を踏みそうな勢いで怒鳴り返してくるボルスの様子に、苦笑が浮かび上がってくる。本当に、この男をからかうと面白い。
「分かっている。そう騒ぐな。プレゼントが欲しいんだろう?」
「そうだっ!」
途端に顔を輝かせるボルスに、パーシヴァルはニコリと笑い返した。
本当に子供そのものだ。こんな男に剣など持たせて良いものかと思ってしまった事は、本人には言わないで置こう。
「ここまで激しく要求されたら何も上げないわけにもいかないからな。何かプレゼントするよ。何が欲しいんだ?」
あまり物に執着しないパーシヴァルと違って、ボルスには色々と欲しい物が有ることは、近くで見て知っているのだが、その殆どは彼が自分の力で十分手に入れることが出来るのだ。今更自分に頼む事は無いと思うのだが、買って欲しいと言われれば買ってやろう。 妥当なところでワインだろうか。あまり高い物は勘弁して貰いたいと内心で呟いていたパーシヴァルに、ボルスが真剣な瞳で語りかけてきた。
「別に物はいらない。そんな物は自分で手に入れる。だから、パーシヴァルにしか出来ない事を頼みたいんだ。」
「何だ?一日奴隷の様に付き従えとでも言うのか?」
「なっ!!」
途端に真っ赤に顔を染め上げ、狼狽えるように視線を彷徨わせ始めたボルスの様子に、パーシヴァルはスウッと瞳を細めた。
冗談で言ってみたのだが、どうやら図星だったらしい。
油断も隙もあった物ではない。
そんなばかげた要求をしてくるのはナッシュくらいだと思っていたが、どうやらいつの間にか感化されていたらしい。少し、ナッシュにも注意しておかなければ。子供に余計な知識を与えるなと。
悪い大人のせいでそんな要求をするような人間になっていたのであれば、今後のつき合いも考えなければならないだろう。信用出来ない人間と長い時間過ごせるほど、同じベットで寝起き出来るほど、自分の神経は図太く出来ていないのだから。
そう結論づけたパーシヴァルは、未だに顔面を真っ赤に染め上げ、言葉を続けることが出来ないで居るボルスに向かってニッコリと、しかしその瞳には凍えるような冷たい光を宿しながら笑いかけた。
「・・・・・短いつき合いだったな。」
「まっ・・・・・待ってくれっ!」
軽く手を振って部屋から立ち去ろうとするパーシヴァルの様子で、漸くパーシヴァルが怒っている事に気が付いたらしい。慌ててパーシヴァルの腰に抱きつくように飛びかかってきたボルスは、必死に引き戻そうと力を込めてパーシヴァルの身体を拘束してきた。
「五月蠅い。放せ。そんな馬鹿みたいな事を言い出す奴とはつき合い切れん。クリス様にお願いして、部屋割りを替えて頂く。」
「だから、待ってくれと言っているっ!」
「待たないと言っているだろう。さっさと放せ。」
腰に絡みつくボルスを引きずるようにしてドアに向かう姿は、さぞかし滑稽なのだろうと思いながらも、パーシヴァルは歩を進め続けた。
「奴隷になれなんて言ってないだろうっ!俺は、ただ単に今日一日お前とデートがしたいと、そう言おうとしていただけだっ!!」
必死な形相でそう叫ぶボルスの言葉に、パーシヴァルは思わず足を止めてしまった。
ジッと顔を窺えば、彼は真剣な眼差しで見つめ返してくる。どうやら、その言葉に偽りは無いようだ。
所詮ボルスはボルス。その程度の要求しか出来ないと言う所なのだろう。
なんだか、一瞬本気で腹を立ててしまった自分がバカバカしくなってきた。
「・・・・・・いい大人がする要求だとも思えんがな。」
冷たい声音でそう言い返すと、ボルスは寂しそうに顔を歪ませた。
要求が却下されたと思ったのだろう。却下どころか、パーシヴァルがこのまま部屋替えに踏み切ると思ったのかも知れない。
なんだか、憎むに憎めない。
ふうっと深く息を吐き出すと、ボルスがビクリと肩を震わせた。それでも、パーシヴァルの腰から手を放そうとはしない。
なかなか良い根性をしている。ここで電撃を浴びせたところで、この男は身体を解放する事はないだろう。そう思ったパーシヴァルは、今回はその根性に免じて要求を聞いてやることにした。聞かないと、放して貰えそうにもないというのが一番の理由ではあるが。
「・・・・・分かった。遠乗りくらいならつき合ってやるよ。」
「ほ、本当かっ!」
「ああ、本当だ。だから、いい加減放せ。」
飛び上がらん勢いで喜び、パーシヴァルの腰から手を放したボルスからは、先ほどまでの沈んだ空気など微塵も感じない。現金な物だ。
「よし、じゃあ、早速出かけようっ!」
走り出したいのを必死に抑えているような歩き方でドアの前まで進んだボルスは、嬉々とした顔で振り返ってくる。早く来いと言わんばかりに。
なんの準備もしていないというのに、どこまで行く気なのだろうか。
先走るボルスの態度に、自然と笑みが浮かび上がってきた。
「先に行ってろ。俺は少し準備をしてから行く。」
「準備?」
「ああ。遅れるが、必ず行くから厩舎で待っていろ。良いな。」
「・・・・・分かった。待ってるからな。早く来いよっ!」
凄い勢いで駆けだして行ったボルスの背中を見送りつつ、パーシヴァルはのんびりと歩を進め始めた。
どれくらい遠くに行くのか分からないが、昼飯くらい用意して置いた方が良いだろう。そう思って、厨房への道を辿りながら。
「誕生日プレゼントに、デートね・・・・・。」
これでは、世に多くいる恋人同士の関係みたいではないか。自分とボルスが。
「別に、恋人でも何でもないんだが。」
思わず自分の考えに突っ込みを入れてしまったが、まぁ良いだろう。遠乗りにつき合うくらいでボルスが幸せになるのなら、安い物だ。給料三ヶ月分のワインを要求されるよりはマシという物。
「でもまぁ。それなりにサービスしてやるさ。」
ここら辺にある金のかからないレジャーの場所など、腐る程知っている。その中から、今の時期で一番良さそうな場所を脳内で絞り出していった。
ただ馬を走らせるだけではつまらないから。
誕生日だと言うし、少しは楽しませてやろう。そう思いながら歩を進めていたパーシヴァルの顔には、自然と笑みが浮かび上がっていた。
目の前に広がるのは、色とりどりの花だった。
何という花なのかは分からない。花屋で見たことがない花ばかりだった。だが、花屋で売られている花よりも、この場所に咲き乱れている花の方が綺麗だと、ボルスは思った。
「気に入ったか?」
声に振り返れば、優しい瞳でボルスのことを見つめているパーシヴァルの姿があった。
「ああ、凄く綺麗だ。ありがとう。」
「そう言って貰えると、連れてきた甲斐があったと言う物だな。」
ニコリと笑い、軽い動きで馬から降りたパーシヴァルに倣い、ボルスも馬から足を下ろした。手近にあった気に馬の手綱を結んだ二人は、目の前に広がる花畑へと足を踏み入れる。
周りから見ていた見ていたときも凄い花の匂いがすると思ったが、中に入ると余計にそう思う。それは、花屋の店内の匂いとは違う。花屋の匂いもむせ返るような甘い香りがすると思った物だが、この花畑の方が香りが甘い。そんな気がした。
「・・・・花の匂いがこんなにも良いものだったなんて、今まで気が付かなかったな。」
思わずそう零した。その言葉に、パーシヴァルがクスリと笑い声を立てたのに気が付いた。また馬鹿にされたと思ったボルスは、一言文句を付けてやろうと背後から付いてきていたパーシヴァルへと身体を向けた。だが、言おうと思っていた言葉を口から発することが出来なかった。
何かを懐かしむように辺りに視線を向けているパーシヴァルの様子に、引っかかりを覚えたのだ。
いつものようにその顔には薄い笑みが浮かんでいたけれど、その瞳はどこか寂しそうだった。
彼は今、何を考えているのだろうか。
彼が愁えている理由を知りたかったが、聞いたところで答えてくれるわけがない。それは、経験上分かっている。
胸の内を吐露してくれないことに、自分が信用されていない様で寂しくも、悔しくもなるが、無理に聞き出そうとして嫌われるのも嫌だった。
何事も、欲張ってはいけないのだ。昔の関係を思い出してみれば、今の関係は随分良くなったのだ。
自分には敬語を使わないで居てくれる。砕けた調子で語りかけてくれる。そして、彼が自分に向かって心からの笑顔を見せてくれる。
どことなく他人行儀で、他の者と同じ、心の入っていない笑みしか向けられていなかったあのころとは、違うのだから。そう、自分に言い聞かせる。
それでもやはりどこか割り切れない気持ちもあり、ジッとパーシヴァルの顔を見つめていた。その視線に気が付いたのだろう、不意に視線をボルスへと戻したパーシヴァルは、何事もなかったようにいつもの顔に戻り、軽い調子で問いかけてくる。
「ここが気に入ったようなら、ここで昼飯を取るか?」
「・・・・・そうだな。」
「じゃあ、取ってくる。ちょっと待ってろ。」
そう言って馬の元へと戻っていくパーシヴァルの背中を見送った。
鎧を纏っていない彼の身体は、意外と細い。騎士として貧弱な身体というわけではない。必要な筋肉がバランス良く付いている事は、自分の手で確かめているから、分かっている。
騎士団の中でも有数の剣の使い手でもある。自分やレオと比べると多少体力や筋力が劣るものの、訓練時に彼から一本を取ることはなかなかに難しい。
そう認識しているのに、それでも彼が細いという印象を拭い去ることが出来ないのは、どうしてだろうか。鎧を脱いだ、彼の印象が。
自分の考えに首を傾げている間にパーシヴァルが戻り、二人は花畑の真ん中に腰を下ろして弁当を広げた。
「時間が無かったから、大したものが出来なかったが・・・・・。」
「そんなこと無いぞ。凄くおいしい。」
「そうか。なら、良いんだが。」
パーシヴァルが自分のために用意してくれたのだ。まずいわけがない。
先ほどまで気分が暗くなっていたボルスではあったが、今ではもう上機嫌になっていた。パーシヴァルの言動一つ、行動一つでこんなにも気分を浮き沈みさせてしまう自分はどうだろうかと思うが、今更どうすることも出来ない。
自分でこの気持ちを抑えることが出来ないくらい、彼のことを愛してしまっているのだから。
「それにしても、良くこんな所を知っていたな。」
「・・・・昔、来たことがあってな。今くらいの時期に、花が沢山咲いていることを思い出したから・・・・・。」
その時のことを思い出したのか、パーシヴァルの顔が自然と綻んでくる。懐かしむような、何かを愛おしんでいるような、そんな顔。
そう短くないつき合いの中で、そんな顔をしたパーシヴァルを見たことは無かった。
いったい、何を思いだしているのだろうか。誰の事を思い出しているのだろうか。
ボルスが姿の見えない相手に激しい嫉妬の炎と巻き起こしていると、いつもの顔に戻ったパーシヴァルが、ボルスの顔へと視線を向けてきた。
「花束を貰うのも良いかもしれんが、こういった花の贈り物も良いものだろう?」
ニコリと微笑まれれば、否定する事など出来なかった。そもそも、否定するつもりの無いのだが。
「・・・・ああ。どんな高価な物よりも、この景色の方が価値がある。」
力強く頷けば、パーシヴァルは嬉しそうに微笑みを浮かべて来る。そんな表情を自分に向けることは滅多にないから、ボルスは一気に舞い上がった。先ほど感じていた嫉妬など、綺麗さっぱり忘れ去って。
彼が自分のために綺麗な場所を選んで連れてきてくれ、おいしい物を用意してくれ、滅多に見せない笑顔も見せてくれた。
こんなに素晴らしい誕生日は、生まれて初めてだ。
ボルスの胸は、喜びと感動で震えた。
「もう少し向こうへ行くと、小川が流れているんだ。ちょっと行ってみろ。」
食事を終え、いっぱいになった腹を抱えてボンヤリしていると、パーシヴァルがそんなことを提案してきた。
少しというのがどれくらいの距離かは分からないが、食後の運動に歩くのも良いかも知れない。
「そうだな。行ってみるか。」
軽く頷き、視線で一緒に行こうと促したボルスだったが、その誘いにパーシヴァルは軽く首を振り返す事で断って来る。
「俺はこれを片づけてから行くから、先に行ってろ。」
そう言って、空になった弁当箱を指し示してくる。
「それくらい待って居るぞ?」
「良いから。先に行ってろ。」
ボルスの言葉に少しも取り合わずに、パーシヴァルはさっさと馬の元へと戻っていってしまった。
ここまで良い雰囲気で物事が運んできたと言うのに、いったい何だというのだ。少し困惑したボルスだったが、彼の言葉に逆らうようにこの場に留まり、彼が戻ってきた時に不興を買うのは避けたいところだ。
友好的な雰囲気を保つためにも、ここは大人しく彼の言葉にしたがっておくべきだろう。そう考えたボルスは、パーシヴァルが示した方向へと足を踏み出した。
数分歩いたところで、水の流れる音が聞えてきた。音を頼りに歩を進めれば、程なくして小さな川が目の前に現れる。
それは、確かに小さい川だった。幅も一メートルあるか無いかといった位で、川底もすぐに見える位に浅かった。しかし、水は凄く澄んでいて、中で泳いでいる魚のウロコが、日の光に反射してキラキラと輝いている様がはっきりと見て取れる。
「・・・・・・こうしてみると、魚という物は綺麗な生き物なのだな・・・・・。」
思わずそんな言葉がこぼれ落ちた。
今まで、魚という物を川の中で泳いでいるモノとして認識した事は無かった気がする。知識として知っては居ても、その姿を見た事が無かったから。水槽の中で飼われている観賞魚を見たことはあるが、色の鮮やかな魚達を見たときは、こんな感動を感じなかった。
いったい何が違うというのだろうか。
花屋の花と、花畑に咲く花。
水槽の中を泳ぐ魚と、川の中を泳ぐ魚。
同じ生き物のはずなのに、全然違う生き物に見えるのは何故だろうか。
「待たせたな。」
ボンヤリと考え込んでいると、不意に背後から声をかけられた。
「遅いぞ、何をやって・・・・・・」
そう言いながら振り返ろうとしたボルスは、自分の頭の上に乗せられたモノの重さに首を傾げた。
「・・・・・なんだ?」
「プレゼント。俺からの。」
ニヤリと笑むパーシヴァルの言葉に、ボルスは再度首を傾げた。
彼が弁当以外に何かを持ってきていたようには見えなかったのだが。彼からプレゼントを貰えるのは嬉しいが、これがどこから出てきたのか不思議でしょうがない。ボルスは、とりあえずそれがなんであるのか認識するために手を伸ばしてみた。
「あまり力を入れるなよ。結構脆いモノなんだからな。」
頭上のモノに手をかければ、パーシヴァルがそんなことを注意してくる。その言葉に、ボルスは素直に頷いた。せっかく貰ったモノを確かめる間もなく壊してしまっては大変だ。伸ばした手を、慎重に頭上の物に触れさせる。
柔らかく、少し冷たいような感触。それをそっと持ち上げ、ゆっくりと目の前へと持ってくる。
視界に飛び込んできたのは、色とりどりの花が寄せ集まって出来た、リースのような円形の物体。
「・・・・・これは・・・・・?」
「花冠だよ。」
「ハナカンムリ?」
初めて聞く単語に、ボルスは首を傾げて問い返した。その返答は予想済みだったのだろう。小さく笑みを浮かべたものの、パーシヴァルはからかう事も無く、説明を返してくれた。
「そう。花の茎を編み込んで作るんだ。子供の時は、贈り物って言ったらこれを作っていたな。久し振りに作ったが・・・・・。なかなか良い出来だろう?」
手にした物よりも綺麗だと思う笑みを向けられ、ボルスは慌てて頷き返した。これの善し悪しなど、分かるはずもないのだが、パーシヴァルがそう言うのだから、良い物に違いない。
ボルスにとっては、彼が自分のために作ってくれたモノは、例えクリスが作った料理の様な、この世のモノとも思えない物体であっても素晴らしい物になるのだが。
「・・・・・ああ、最高の出来だ。ありがとう。こんな最高の誕生日は、生まれて初めてだ。」
「そうか?そんなに喜んで貰えると、光栄だな。・・・・・似合っていたぞ、ボルス。」
パーシヴァルに褒められる事など滅多にないボルスは、その一言で有頂天になった。
気分が良いなどと言う簡単な言葉では収まりきらないくらいに上機嫌になっている自覚はある。こんなに幸せだと、後で手痛いしっぺ返しが来るのではと思いながらも、今はこの幸せな気分に浸っていたいという気持ちの方が上回る。
ボルスが手にした花冠をいそいそと頭上に戻すと、パーシヴァルが嬉しそうに目を細めて見せた。
そんなパーシヴァルの表情に、胸がドキドキしてくる。
パーシヴァルの表情がいつもより軟らかい気がするのは、ただの気のせいなのだろうか。もしそうだとしたら、それは自分の誕生日だからだろうか。そう思った物の、その考えはすぐに否定した。認識してもいなかったボルスの誕生日だから機嫌が良いなどと言うことは、パーシヴァルに限ってないだろう。99%の確率で。
では、何故だろうか。
花畑が綺麗だったからだろうか。弁当がおいしかったからだろうか。花冠が旨く出来たからだろうか。
何にしろ、ボルスに取って今日は素晴らしい日であったことは確かなこと。
今まで感じたことのない感動をし、心を震わせる事が出来た。そして、パーシヴァルが優しい。彼が自分のために時間を割いてくれた。それが、ボルスにとっては最高に嬉しい出来事だった。
「・・・・・・パーシヴァル。」
「なんだ?」
名を呼べば、軽く首を傾げながら問い返してくる。その瞳が常よりも優しい光を発している気がして、ボルスはつい言葉を漏らしてしまった。
「来年も、また来ような。」
その言葉に驚いたように目を見開いたパーシヴァルは、すぐにその瞳を笑みへと変え、小さく頷きを返してくれた。
「そうだな。」
その言葉に、ボルスの心は再び沸き上がった。
来年の今日、二人の生活がどうなっているのか分からない。ビュッデヒュッケにまだ居るとは限らないし、今のように肩を並べて戦っていないかもしれない。
まったく予想も付かない未来ではあるが、小さな約束を得られた事がとてつもなく嬉しかった。
この先どうなるか分からなくても、それでも約束をしてくれたことに。
「約束だぞ。」
「分かっている。」
思わず念を押してしまったが、パーシヴァルは快く頷き返してくれた。
来年も、二人揃ってこの景色を眺めたい。
結んだ約束を果たすために。この男と、共に歩き続けるためにも。自分の傍らを離れ、どこかに行ってしまいそうな空気を持つ、この男を繋ぎ止めておくために。
そのためにも、強くなろう。
ソレが、誕生日に立てたボルスの誓いだった。
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誕生日