久し振りの休日を読書三昧で過ごしていたパーシヴァルは、一日中本を読み続けたせいで固くなった筋肉を散歩でもしながら解そうと、日が傾き出した頃になってようやく自室から足を踏み出した。そして、どこを目指すでもなくフラフラと敷地内を歩き回る。
 どうせ誰にも会う事が無いだろうと思い、格好はいい加減なものだった。色の濃い細身のジーパンに白いシャツを羽織っているだけの。髪の毛には櫛を通しただけでいつものようにセットをしていない。そのせいで、吹き付ける風に髪の毛が煽られ、少々視界が悪くなる。
 乱れた髪を鬱陶しく思いながらも軽く書上げた時、背後から声をかけられた。
「兄ちゃん。今暇かい?」
 あまり聞き覚えの無い声だったが、近くにいる人間は自分しかいないので自分にかけられた呼びかけである事は確かだろう。いったいどこの誰が声をかけてきたのか。軽く首を傾げながらもパーシヴァルは振り返った。
 その視線の先に、なかなか良い体格をした男が一人、立っていた。顔の堀も結構深い。その顔に、妙に馴れ馴れしい笑みを浮かべている。
 しかし、男とパーシヴァルは初対面と言っても良いくらいのつき合いしかない。顔と名前は知っていても、パーシヴァルとはなんの接点もない男なのだ。その男がわざわざ自分に声をかけてきたというのはなんなのだろうか。
 パーシヴァルは、笑みを浮かべ続ける男の顔を見つめ返しながら軽く首を傾げて見せた。
「・・・・・・・・・・・何か、私に用ですか?」
「おう。じゃなきゃ、男になんて声をかけるわけ無いだろう。」
 ニッと白い歯をむき出す派手な笑みを浮かべた男は、青いピッタリとしたパンツに包まれた意外に長い足を一歩前に踏み出し、パーシヴァルとの間にある距離をつめる。
 そして、手を伸ばせばその腕を捕まえられるという距離になってから軽く腰を曲げ、パーシヴァルの顔面に己の顔を突き出してきた。パーシヴァルの顔を覗き込むように。
「兄ちゃん。俺と勝負しねーか?」
「勝負?」
「ああ。こいつでな。」
 そう言いながら男が取り出したのは、一組のトランプ。
 男はそれを、自分とパーシヴァルの顔の間に付きだしてきた。
 いきなり提示された物に取りあえず視線を向けたパーシヴァルだったが、すぐに視線を男の顔へと戻した。
「カブですか?」
「・・・・・・・・・・・・・ゴップだ。」
 ムッと顔を歪ませるその表情から、何やら複雑な怒りの気配を感じた。
 城内でカブの賭場を開いているマイクへと対抗意識だろうか。酒場でチラリと聞いた話によると、賭場に赴く女性の殆どがマイクの所に通っているらしいのだ。同じような賭場を営む彼としては、面白く無いだろう。
 パーシヴァルに対して何かを言いたげに口を開いた男だったが、すぐに気分を切り替えたらしい。相も変わらず派手な笑みを浮かべながら言葉を続けてきた。
「ゴップで、俺と勝負しようぜ?兄ちゃん。」
 『ゴップで』と言う言葉を妙に強調しながらそう告げてきた男の瞳は妙な真剣さがあった。
 例えて言うなら、戦場で敵と相対している時のボルスの様な瞳だ。
 何故そんな瞳で勝負を挑まれないとならないのかさっぱり分からず、パーシヴァルは僅かに眉間に皺を寄せる。
 その反応に気付いたのだろう。パーシヴァルを見つめる男の真剣な瞳に、ジンワリと涙が浮き上がってきた。
 何事だと目を見張るパーシヴァルの目の前で、男は何かを堪えるように自分の口元を押さえ、泣き顔を見られまいとするように素早く顔を俯ける。
「あの・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・金がねーんだ。」
「は?」
「金が・・・・・・・・・・1ポッチもねーんだよ!!!」
 俯けていた顔をガバリと上げた男は、パーシヴァルの両腕に手をかけ、凄まじい強さで握り締めてくる。かなり痛かったが、その痛みよりも男の剣幕に驚いてかける声を飲み込んだ。
 そんなパーシヴァルに、男は尚も言いつのってくる。
「マイクのヤローにしてやられちまった。あのヤロー、俺がコツコツ溜めた金を、ケチなイカサマで巻き上げやがったんだっ!!」
「・・・・・・・・・・はぁ。」
「このままじゃ、可愛い息子に今日の夕飯の時に食うパンも買ってやれねーーーっ!頼む、兄ちゃん!俺と息子を助けると思って、勝負をしてくれっ!!!」
 そう叫んで頭を下げる男の姿に、パーシヴァルはしばし言葉を失った。
 金が1ポッチも無いと言う事は、賭ける金も持っていないと言う事ではないだろうか。そんな事で、もし仮にパーシヴァルがその勝負に勝ったとしたら、この男はどうするつもりなのだろう。
 それともアレだろうか。実は金を持ってはいるけれども、お涙頂戴風の話を先に聞かせる事によって、パーシヴァルが勝つ気分を失わせようとしているのだろうか。むしろ、パーシヴァルに負けてくれと言っているのだろうか、暗に。そうとしか受け取れない気がするのだが。彼の言葉は。
 パーシヴァルは、男の様子をジッと見つめた。
 彼は、腰を直角に折り曲げ、パーシヴァルに向って頭を下げている。微動だにしない男の姿からは、パーシヴァルが頷くまでは頭を上げないという強固な意志を感じ取れた。
「・・・・・・・・・・・なんなんだか。」
 言葉と共に、深く息を吐き出した。
 こんな父親を持ってしまった彼の息子に同情してしまう。年の割にはしっかりした所があるのは、こんな父親の姿を見ているからだろうか。自分がしっかりして、この父親を助けなくてはと、思っているからだろうか。助ける助けない以前に、自分がしっかりしないと生きていけないと思っているのかも知れないが。
 パーシヴァルの口元に小さな笑みが浮かび上がった。
ホンノ少しだけ、うらやましさが滲む笑みを。
「・・・・・・・・・わかりました。お引き受けしますよ。」
「ほっ・・・・・・・・・・・本当かっ?!」
「ええ。」
 喜色も露わに顔を上げる男に、パーシヴァルは苦笑しながら頷き返した。
 ボルスと違って金を食う趣味の無いパーシヴァルは、金銭的には余裕のある生活を送っている。故郷にある程度仕送りをしているとは言え、将来の為に真面目に貯金もしている。その中から親子二人が一週間程度暮らしていける位の金を巻き上げられても、自分の生活になんら支障がない。
 この男はともかくとして、前途洋々な少年にまでひもじい思いをさせるのは可哀想だ。だから、寄付するつもりで勝負につき合ってやるのも良いかも知れない。
 そう考えて、頷き返した。
 そんなパーシヴァルの胸の内を知ってか知らずか、男は嬉々としてパーシヴァルの肩を叩いてくる。
「そうかそうか。うん、兄ちゃんはいい男だな!気に入ったぞ!!」
 別に気に入って貰う必要はまったく無いのだが、口にして角が立つのもイヤなので、取りあえず微笑み返しておく。
「よぉーーーーしっ!いっちょ揉んでやるかっ!わははははははっ!!」
 先程のしおらしい態度などまったく見せず、むしろ吹き飛ばした勢いで大笑いし始めた男の態度に、パーシヴァルはほんの少し、負けてやる気が失せたのだった。
















 すぐに負けるのも味気ないので、負けたり勝ったりを繰り返して時間を稼いだ後、パーシヴァルは当初に決めた通りの金額分負けてやった。
「わっはっはっはっ!兄ちゃんもなかなかやるが、まだまだ詰めが甘いなっ!」
「そうですね。やっぱりプロの方には敵いませんね。」
 言われても悔しくも何ともないコメントを貰ったパーシヴァルは、まるで聞き流しているのではと思われる位にあっさりと返してやったのだが、その態度が男の目にはただの強がりに見えたのか、彼は鼻で小さく笑い返してきた。
 ボルスがそんな態度を示そうモノなら一発殴り付けた後でそれなりの制裁を加える所だが、相手はほぼ初対面と言って良い程の他人だ。気にする事もない。それよりも、いい加減さっさと自室に戻りたい。
 そう考えたパーシヴァルは、男に向ってニっコリと、とても事務的な。だが、ハタから見たら大層愛想良く微笑みかけた。
「では、私は部屋に戻りますので。」
 浮かべた笑みをそのままに軽く頭を下げたパーシヴァルは、さっさとこの場から離れようと踵を返した。
 が、その行動は伸びてきた腕に腕に寄って留められた。
「・・・・・・・・・まだ、何か?」
 これでは金が足りないとでも言うのだろか。図々しい奴め。
 そんな言葉を内心で呟きながら地顔となっている笑みを向ける。すると男は、僅かに視線を反らして何かを惑うような間をあけた。
 いったいなんだろうかと訝しんでいたパーシヴァルの耳に、ボソリと、男の呟く声が届く。
「・・・・・・・・・・お前、飯食いに来い。」
「は?」
「俺の家に来い。暇だろ?」
「ええ。まぁ、今日はこれと言って予定は無いですが・・・・・・・・・・・」
 何故そんな展開になるのだろうかと首を傾げるパーシヴァルの事など気にした様子も無く、男は掴んだままだったパーシヴァルの手首を力強く引っ張り始めた。
「ちょっと・・・・・・・・・。まだ、行くとは一言も・・・・・・・・・・・」
「良いから良いから。俺の可愛い息子を紹介してやるから。
「そんな必要は・・・・・・・・・・・・」
 無い。と言っても男は耳を傾けたりはしないだろう。
 パーシヴァルは深々と溜息を吐き出した。
 どうしてこの城にはこう、わけの分からない人間ばかり集まるのだろうかと。
「・・・・・・・俺も、そんな風に見られていたら、イヤだなぁ・・・・・・・・・・・・・」
 思わず零した一言に、答える声は無かった。
























強引な人に弱い様子。








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