「パーシヴァル!」
隣を歩いていた男を呼ぶ声に、ボルスの眉が潜められる。
あまり聞きたくない声だ。
彼とは、あまり顔を合わせたくない。というより、隣の男とその男を一緒に居させたく無いのだ。
自分たちは親しい仲なのだと、そう全身で訴えられているようで胸がムカムカする。
そんなボルスの思いに気づいているのかいないのか、パーシヴァルはあっさりと声の主に向き直る。
「バーツ。何か用か?」
軽く首を傾げて尋ねるパーシヴァルに、バーツはニカっと、笑いかけた。
「ああ。この後、暇か?」
「これといって、何かあるわけではないが・・・・。」
「じゃあ、ちょーっくら収穫手伝ってくんね?人手足りなくて、間に合わなくなりそうなんだよ。」
懇願するように顔を覗き込んでくるバーツの様子にあきれた顔をしたパーシヴァルは、その顔を苦笑へと作り変え、快く頷き返した。
「仕方が無いやつだな。待ってろ、今着替えてくるから。」
「サンキュー!助かるぜ。」
あっさりと約束を取付け、さっさと畑に引き返そうとするバーツの後ろ姿に、メラメラと怒りが沸き上がる。
「ちょっと待て!」
いきなりの制止に、パーシヴァルとバーツの二人が揃ってボルスへと視線を向けてくる。
その息のあった動きにも嫉妬を増長され、ボルスの声はさらに尖りを見せた。
「この後、協力攻撃の訓練をすると言う話になっていただろうが。約束を違える気かっ!」
「・・・そんな約束をした覚えは無いのだが・・・・。」
パーシヴァルは、困惑した様子でボルスへと視線を向けてきた。
覚えているわけが無い。そんな約束してはいないのだから。
彼らが二人で行動するのを防ごうと、出任せを口にしたのだ。
とはいえ、口に出してしまったら引くわけには行かない。
強気で押し切って、パーシヴァルを奴から引き離さねば。
「忘れただけだろう。・・・畑と仕事と、どっちが大事なんだ?」
睨み付けながら答えを促すと、パーシヴァルは困ったように眉を寄せる。
畑と仕事と言っては見たが、気分的には自分とバーツのどちらを選ぶのかと言っている様なものだった。
そう思うと、なんだか急に恥ずかしくなる。
「・・・・すまんな、バーツ。そういうわけだから、今日は付き合えそうも無い。」
「気にすんなって。他当たって見るよ。んじゃ、またな。」
「ああ。」
軽く手を振りながら走り去っていく後ろ姿を見送っていたパーシヴァルは、彼の姿が見えなくなってから突然ボルスへと向き直った。
「・・・・・ボルス。」
「な・・・なんだよ。」
きつい視線に、思わず腰が引ける。
「そんな約束、してなかったよな?」
口元は笑っているが、目が笑っていない。滅多に怒らない彼ではあるが、自分の我が侭に気が付き、珍しく怒ったのだろうか。
「し・・・してたぞ。」
「いつ?」
「い・・・一週間位前・・・・かな。」
「そのころは、遠征で城にいらっしゃらなかったと思いますがね。ボルス卿?」
嫌みったらしい口調で告げられた言葉で、その事実に気が付いた。
その時期はボルスは遠征。パーシヴァルはブロス城に戻り雑事をこなしていたのだ。顔を合わせる機会は全く無かった。
そんな時に約束など取り付けられるはずが無い。
「・・・・すまん。」
言い逃れが出来ない状況だと気が付いたボルスは、うな垂れながら謝意の言葉を呟いた。
あからさまに気落ちしたボルスの様子ため息を付いたパーシヴァルは、軽く腕を組み、右手で口元を押さえながら首を傾げて見せた。
「何だって、いきなりあんなことを言い出したんだ?」
もっともな質問に、言葉が詰まる。どう答えていいものかと考え、押し黙ったボルスの様子を見つめながら、パーシヴァルはさらに言葉を続けてくる。
「だいたい、ボルスはバーツに突っかかりすぎだぞ。あいつが何かしたのか?」
「・・・・別に何も。」
「だったら、その態度を改めろ。バーツ自身は気にしていなくても、周りの目からはあまり良く写らないからな。」
ピシリと言い捨てられ、むっと顔を歪ませた。自分の態度が悪いのは分かっている。分かっているが、バーツを擁護するような発言は気に入らない。
「どうしてそう奴を庇うんだ?」
「別に庇ってはいないだろう。一般的な意見を述べているだけだ。」
「そうは言うが、あいつの言うことはけっこう聞いているだろう。少ない休暇の時間を割いてでも。それは、奴の事が好きだからなのか?」
「友達と付き合うのは、普通の休日の過ごし方だろうが。何を言っているんだ?」
不思議そうに問い返す態度が気に入らない。分かっていて言っているのか、本当に分かっていないのか。
人の心の機微に聡くないボルスには判断することは出来ない。
同じ部屋で過ごすことになっても、彼の心の底を推し量る事が出来るようにはなっていない。
「・・・それはそうかもしれないが、俺はそれが気に入らない。」
「それ?」
「お前が、あいつと一緒にいることが。」
そう告げると、パーシヴァルは不思議そうに瞳を瞬いた。
ボルスが何故そう思うのか、理由が分からないのだろう。
自分がバーツに嫉妬しているという事を、気付きもしない彼には。
「何度も言っているよな。俺は、お前のことが好きなんだ。」
「だからそれは・・・・」
「勘違いではないからな。俺には、愛情も無い奴と抱き合うなどといういい加減なことは出来はしない。」
きっぱりと言い切り、パーシヴァルの顔を見詰め返した。
この話をするといつも彼は困った顔をする。
ボルスの思いは気のせいなのだと、聞き入れてくれない。
何故かは分からない。何故、彼が頑なに人の思いを排除しようとするのか。ボルスには理解できない。
「お前の事を一番愛している。だから、他の奴と親しくしているのが、他の奴に微笑みかけているのが、俺には気に入らないんだよ。こんなことではいけないとは思っているが、人を想う気持ちはそう簡単に制御出来るものではない。そうだろう?」
同意を求めて顔を覗き込んだが、望むような返答は貰えなかった。
ただ、困ったように顔を歪ませている。
彼に自分の気持ちが届くのはいつのことだろうか。
同じ思いを返してくれとはいわない。返しては欲しいが、今は多くを望まない。
ただ、分かって欲しいのだ。
自分の想いを、否定して欲しくない。
「・・・・俺に、お前の行動を止める権利は無いから、あいつと親しくするのは自由だよ。でも・・・・。」
言いかけ、小さくため息を付いた。
これ以上何かを言うと、女々しくなりそうだ。
ただの我が侭なのだ。自分が言っていることは。恋人でもないのに、彼を縛る権利は無い。
恋人だとしても、そんな権利はないだろうが。
沸き上がって来る言葉を振り切るように大きく首を振ったボルスは、チラリと視線をパーシヴァルに向けた後、バーツが立ち去った方向へと足を向けた。
「・・・・先に戻る。」
それだけ言い捨てて、ボルスは足早にその場から立ち去った。
パーシヴァルと共にいると沸き上がる複雑な感情。
嬉しくて、愛しくて。だけどちょっとイライラして、自分の想いを無視する彼が憎らしくもある。
目に痛いほどの青空を仰ぎ見ながらぼそりと呟いた。
「・・・・・強くなりたいな。もっと・・・・。」
肉体的にも、精神的にも。
彼を支えられる人間になりたい。
ボルスの想いは、大空へと溶け込んで行った。










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