いきなり空中に放り出されたような感覚を感じたと思ったら、次に感じたのは落下感。
そして、背面に感じる鈍い痛み。誰かを押しつぶしたような。
「ぐえっ!」
案の定身体の下からは蛙を押しつぶしたような声が漏れ聞こえてくる。
「は・・・・早くどけっ!!パーシヴァルっ!!」
「すまんすまん。今退けるから・・・・・・。」
苦笑混じりの声を上げながらそうボルスに返しつつ顔を上げかけたパーシヴァルは、自分たちに向けられている複数の瞳の存在に気が付いた。しかもそれが、警戒の色を込めたモノであることに。
もしや敵のど真ん中に出たのだろうか。
背中に冷や汗を流しながら視線を上げたパーシヴァルは、今自分たちがいる場所の状況を見て僅かに首を傾げた。
そこは、大きな机の上。
その机の周りに複数の人間が座り、今まさに会議中だという様相だ。
その会議の場には自分たちの知っている顔が集まっていない。まったく知らない土地の、どういう集まりか分からない会議室。どう考えても自分たちにとって良い状況とは思えない。彼等の多くはどう見ても腕に覚えのある兵士達なのだ。逃げおおせるとは思えない。
この場をどう切り抜けるべきだろうか。慌てる頭をなんとか冷静な状態に持って行ったパーシヴァルがめまぐるしく今後の展開を想定していると、身体の下から苦しげな声がかけられた。
「・・・・パーシヴァル・・・・。頼むから、早く・・・・退け・・・・・。」
「あ、ああ。」
虫の息と言って良いほどに弱々しいボルスの声に思考を中断させられたパーシヴァルは、慌ててその場に立ち上がった。そして、未だ机の上で苦しげに呻いているボルスの顔を覗き込む。
「悪い。怪我は無いか?」
「・・・・・大丈夫だ。そこまで柔に出来ていない。」
「そうか。それは良かった。・・・・・良かったが・・・・・。」
もう一度視線を周りに向けた。
そのパーシヴァルの動きで、ボルスも周りの状況がおかしいことに気が付いたのだろう。パーシヴァルの行動に習うように彼も視線を周りに向けた。そして、ポカンと口を開く。
「・・・・・なんだ?ここは・・・・・。」
「・・・・・それは、俺が聞きたい。」
ボルスの呟きにパーシヴァルはそう返すしかなかった。
ここが敵陣で無いことを祈るばかりだ。どこか遠くの、今のこの戦いに関係していない地域であれば、無事に解放して貰えるかも知れないから。しかし、この状況でどう声をかけて良いものか。
普通の人間は空から振ってくる事などしない。何も無い空間からいきなり現れた時点で、怪しいことこの上ない。
さて、どうしたモノか。いくら考えても妙案など浮かんでこなかった。
平静な顔を保ちつつも内心でかなり焦っていたパーシヴァルに、長い真っ直ぐな黒髪を背中に伸ばした、冷たい眼差しの男が話しかけてきた。
「・・・・・・随分な登場の仕方だな。」
いきなりそう言ってくるとは思わず、少し驚いた。しかし、そんなことはお首にも出さず、パーシヴァルはいつもと変わらない口調を心がけて、出来るだけ軽めに受け答えをする。
「申し訳ありません。色々手違いがあったようです。お邪魔でしょうから、すぐにでも退散したいのですが。よろしいでしょうか?」
「そう言う訳にもいかないな。お前達には、聞かなければならない事がありそうだ。」
「私たちの持っている情報など、たかが知れてますよ。」
「くだらん情報でも、無いよりあった方が良い場合もあるからな。」
表情の伺えない黒い眼差しで見つめてくる男は、少しも引く気配を見せない。とは言え、この場でいきなり取り押さえる気も無さそうだ。ただ単に、机の上に立っているから取り押さえにくいだけかも知れないが。
そんなパーシヴァルの内心を読んだのか、男が言葉を続けてくる。
「身柄の安全は保証しよう。お前達が怪しい行動をしない限りこの場で縛り上げることはしないと、約束する。だからさっさとそこから降りてくれ。このままだと話辛い。」
男の言葉が真実のモノなのか。パーシヴァルはジッと彼の顔を覗き込んだ。
窺うような視線にも、男は少しも動じる様子を見せない。若い男ではあるが、なかなか出来る男のようだ。男から視線を外したパーシヴァルは、周りに居る人間にも注意を向けてみた。
最初は殺気を感じさせていた彼等だったが、今は平然としたものだ。この黒髪の男が何もしないと言ったからだろうか。分からないが、とりあえずここは彼の言葉にしたがって置いた方が良さそうだ。
「・・・・・分かりました。ボルス。」
「あ、ああ。」
事の成り行きを黙って見守っていたボルスが頷き、軽い身のこなしで机の上から降り立ったのに続いて、パーシヴァルも床に足を下ろした。そして、再度視線を周りに向ける。
人種も、着ている服装も。年齢すらもバラバラの集団。いったいどこのどんな集まりなのだろうか。どう考えても10代半ばと言った少年少女までもこの場に居ると言うのは、なんなんだろうか。
と、思ったところで引っかかりを覚えた。一人の少女の顔に。
茶色の髪を肩より上で真っ直ぐに切り揃えた、丸い眼鏡をかけた少女。10代半ばを過ぎた程度だと思われる彼女に、妙な既視感を感じた。どこかで会っただろうかと首を捻ったところで思い至った。しかし、その考えはあまりに突飛で、思わず呟きがこぼれ落ちる。
「・・・・・・馬鹿な・・・・・・。」
「・・・・なんだ?」
「・・・・いえ。なんでもありません。」
パーシヴァルの呟きに訝しげに眉を顰める男に軽く首を振り返す。そんなパーシヴァルの行動をジッと窺っていた男だったが、追求しようとは思わなかったらしい。
「まぁ、良い。では聞くが、お前達はどこから来たんだ?」
「その前に、二三確認してもよろしいでしょうか。」
「なんだ?」
「ここは、ショウジ城でしょうか。」
端的にそれだけ問うパーシヴァルの言葉に一瞬驚いたように目を瞬いた男は、その瞳に僅かな不審の色を浮かべながらも頷きを返してくる。
「ああ。そうだが。」
「では、今は何年ですか?」
訝しみながらも答えた男の言う数字は、15年ほど前の数字。自分がまだ、イクセの村の中を駆け回っていた時代の。狭い世の中しか知らずに居た、幸せだった時代の数字だ。
「・・・・おい。パーシヴァル・・・・。」
その数字にさすがのボルスも気が付いたのだろう。慌てた様子で肩を叩いてくる。
そんなボルスの瞳を覗き込んだパーシヴァルは、ボルスの問いを肯定するように大きく頷きを返して見せた。そして、ボルスにしか聞こえない音量で言葉をかける。
「・・・・どうやら、間違いないみたいだ。いいか、ボルス。余計な事は言うなよ。」
「余計な事?」
「ああ。下手な発言は、歪みを生むかも知れないからな。」
「歪み?」
良く分からないと言いたげに首を傾げるボルスの言葉を遮る様に、彼の顔の前に手をかざしたパーシヴァルは、改めて男へと向き直った。
「私達が所属しているのはゼクセン騎士団です。」
「ゼクセン?・・・・・随分遠いな・・・・・。」
思案するような顔でそう呟く男に、パーシヴァルはニコリと笑いかけた。
「我が騎士団にはテレポート能力というものを持つ人間がおりまして。その者の紋章の力で遠い場所にも一気に飛ぶことが出来るのです。それを使って出かけたのですが・・・・・。目測を誤ったようです。」
本当の事と嘘を織り交ぜて話す。全部嘘を付いて話をすると見破られる確率があがるのだ。本当に知られたくない事は隠し、ある程度漏洩させても良い情報は出していく。真実だと思わせる嘘を付きたい時に有効な手だ。
確か、フッチがこの間この同盟軍にもビッキーが居たと言っていた。同じ年齢だった等と怪しいことは言っていたが、他の団体よりも話が通り易いはずだ。
そんな思惑からそう答えたパーシヴァルだったが、どうやら話はすんなり進みそうだった。黒髪の男が、パーシヴァルの言葉に軽く頷きを返している。
「テレポート?・・・・・なるほどな。」
「ビッキーさんと同じ能力を持った人が他にも居たんですね。」
それまで黙っていた、黒髪の青年の隣に座っていた少年が唐突に口を開いてきた。
多分、自分たちに危険が無いと察したのだろう。彼の瞳には人なつっこい光が宿っている。
「うちにも一人いるんですよ。テレポート能力者が。テレポートの失敗ほど困った事は無いですよね。」
無邪気のそう語りかけてくる少年の言葉に、パーシヴァルは本当にあのビッキーがこの城に居るのかと内心で首を傾げながら、そんな事を感じさせずに、だが多少驚いた顔を作りながら首を傾げて見せた。
「・・・・そうなのですか?滅多にない能力だと聞いていたのですが・・・・・。」
「僕もそう聞いてました。まぁ、ビッキーさんの言うことだから9割方信じては居なかったんですけど。」
ニッコリと笑う少年に見つめられ、それまで緊張で身体と心を固くしていたパーシヴァルの心が幾分和らいだ。
不思議な少年だと思う。きっと彼がこの軍の長である『チッチ』なのだろう。多くの書物にその名が出ているので知っている。書物から受ける印象と、実際に会って見ての印象は大きく違っていたが。
「元の場所まで送って差し上げたいんですが・・・・生憎、ビッキーさんはゼクセンという地に行ったことが無くて・・・・。・・・・・・多分。」
「そんな。お気になさらずに。どうにかして帰る算段は付けますので。」
「でも・・・・・・。」
「ゼクセンは、ちょっとやそっとで帰れる距離ではないな。」
言いよどむ少年の声に、冷静な男の声が被さった。確かにそうだ。その上自分たちには路銀も無い。というより、この時代のゼクセンを目指したところでどうなる分けでもない。ゼクセンに帰るよりはむしろ、この地に留まってビッキーの紋章の暴発を待ったほうが都合が良いのではないかとさえ思う。
しかし、それを自分から宣告するのはどうだろうか。どれだけの期間で元に戻れるのか分からない。路銀がたまるまではここで働かせてくれと頼むのも、騎士としてどうなのかと思う。自分的には全然気にもならないことだが、根っからの騎士であるボルスが何というか。
どうしたモノかと思い悩むパーシヴァルに、少年の隣に座っていた少女が明るい声で宣言してきた。
「帰るにもお金かかるんでしょ?じゃあさ、そのお金が貯まるまでここで働いたら良いよ!!」
「・・・・・ナナミ。そんなこと勝手に・・・・・。」
「なんで?良いじゃない。だって、この人達騎士さんなんでしょ?カミューさんやマイクロトフさんと同じでしょ?強いんでしょ?強い人なら、いくら居ても良いと思うけど。ねぇ?」
同意を求めるような少女の眼差しを受けたのは、大柄な体格の、だが人の良さそうな笑顔を浮かべた男だった。彼はナナミと言われた少女の言葉に苦笑を浮かべると、肯定するように頷いて見せた。
「騎士だから腕が立つってわけじゃないが・・・・。良いんじゃ無いか?新兵の訓練要員にでも雇ったら。そこら辺にはちゃんと手が回って無いわけだしよ。」
そう口にした男は、チッチの顔をジッと見つめている。その眼差しは、リーダーの言葉に従うと、そう言っているようだった。気づけば、その場にいる人間全てがチッチの事をそう言う瞳で見つめていた。
見た目はただの少年だが、皆の心をしっかりと掴んでいる様だ。だからこそ、戦いに勝利する事が出来たのかも知れない。
そんな事を考えていたパーシヴァルの耳に、少年の思案する様な声が聞こえてきた。
「・・・・そうですね。戦いを長期で見たのなら、兵士の増強はした方が良いですし・・・・。」
そこでいったん言葉を切った少年は、パーシヴァルとボルスの顔をジッと眺め見た。心の奥底を覗き込むような、そんな瞳で。
と、思ったら、すぐにニコリと人好きのする笑顔を浮かべてみせる。
「それに、悪い人達では無いですよ。大丈夫です。」
「何を根拠にそういうことを言っているのですか。」
「僕の勘。大丈夫ですよ。何かあったときの責任は僕が取りますから。」
「そう易々と責任を取るなどと言って貰いたくは無いのですがね・・・・・。」
呆れたような、困ったような呟きを漏らした黒髪の男は、大きく息を吐き出すと、諦めた様に小さく頷き返して見せた。
「分かりました。あなたがそう言うなら、これ以上止めはしません。ただし、面倒はご自分でしっかりと見て下さいよ。」
「分かってます! そんなわけで、しばらくこの城に滞在して下さい。お仕事して貰った分は、しっかりとお給金出しますから。」
「それは、ありがたい事ですが・・・・・。そんなに簡単に私たちの言葉を信用して良いのですか?」
こんな簡単に、いきなり降って沸いた人間の言葉を信じても良いのだろうか。人ごとながら、心配になってくる。困惑するパーシヴァルに、少年は思い切り良く頷き返してきた。
「大丈夫です。怪しげな人間なんて、この城にはゴロゴロ居ますから。今更一人や二人増えたところでどうってこと無いですよ!」
力強い少年の言葉に、この軍が激しい戦いに勝利出来た理由が見えた気がした。
それ以上何かを聞かれることもなく、空いている部屋に案内されたと思ったら、支度金だとある程度の金を渡され、当面の生活に必要な物を渡された。そして、ひと月の給料について説明され、自分たちがやる仕事をざっと説明され、広い城の中も案内された。
そうこうしているうちに真上にあった日も沈み、気が付くと酒場で歓迎の宴が開かれていると言う状況だ。
「じゃ、新しい仲間が出来たことに乾杯だっ!」
熊の様な男、ビクトールと名乗った男の声に合わせ、酒場に集まっていた人間達が手にしたグラスを掲げて近場の者と打ち鳴らす。慣れた動作に、こういったことが良くあるという言葉に頷けるものを感じた。
その動作に習って、パーシヴァルはビクトールと、その隣に座るフリックと名乗った美青年。それと、赤と青い騎士服を纏ったカミューとマイクロトフという騎士の二人ともグラスを打ち鳴らす。
「まぁ、最初は分からないことがあると思うが、慣れてくれば住み心地が良い城だから、あんまり深く考えずにつき合って行こうや。」
人なつっこい表情でそう言ってくるビクトールに、パーシヴァルもニコリと笑い返した。
「ありがとうございます。私共の力が皆さんのお役に立てるか分かりませんが、恩に報いられるように頑張りますよ。」
「そういう堅っくるしい言葉はいらねーよ。結局の所、よそ者の寄せ集めみたいな軍なんだからな。」
ビクトールは、ニッと笑いながらそんなことを言ってくる。
「俺はまぁ、一応こっちの国の生まれだが、こいつはトランの出身だし。生まれや育ちを気にして仲間になんかしてないから、気楽に行こうや。」
そう言いながら隣に座るフリックの背中を勢いよく叩くビクトールに、やられたフリックがイヤそうに顔を歪めて見せた。
「痛いぞ、お前。」
「悪い悪い。」
「・・・・ったく、馬鹿力が。まぁ、こいつの言うとおり、あまり気にすんなよ。この城ではホント良くあることだからな。」
「そうですよ。城主自らどこかから拾ってくる事もありますから。空から落ちてくる位、なんて事ありませんよ。」
にこやかに語りかけてくるフリックとカミューの言葉に、パーシヴァルは笑い返すしか無かった。空から降ってきただけではなく、時空も越えてきてしまった人間など、多分この城には自分たちしか居ないだろう。
パーシヴァルがそんな会話をしている横で、ボルスはマイクロトフと真面目な顔をつき合わせて話し込んでいた。
「今度、お手合わせ願います。ゼクセンの方の太刀筋を、是非とも拝見させて頂きたい。」
「こちらこそ、是非ともお願い致します。マチルダ騎士団のご高名は、遠いゼクセンの地でも聞及んでおります。お相手して頂けるなんて、光栄ですよ。」
「それはこちらの台詞です。出来れば、我が騎士団の動きも見て頂けると幸いです。何かありましたら、是非ともご指導を。」
どこの世界にも堅苦しい人間というのはいるものだ。これだけ砕けた城の中にも、こういった人物が居ることに少し驚きを感じる。
そんな思いが顔に出ていたのだろう。カミューがクスリと笑みを浮かべてきた。
「すいません。堅苦しい奴で。」
「いえ、謝ることでは。」
「あいつは剣術馬鹿なんです。多分、これから事あるごとに訓練に誘ってくると思いますから、今の内に謝っておこうと思いまして。」
「それなら、ボルスも似たような物ですよ。本当に、剣しかまともに扱えない男な物ですから。どれだけこの城の役に立つか・・・・・。」
少しも留まる様子を見せずに語り合っている彼等の様子を眺め見ながら、そう零した。
二人はお互いの剣技に付いて語り出したようだ。こちらの会話に耳を傾けている様子は少しも無い。そう言う集中力を持てるところはボルスの長所であり、短所でもある。もう少し周りに目を向けてくれと、常々言いたいところではあるが。言ったところでどうなることも無いと分かっているだけに、今まで口にしたことは無い。
ふと気が付くと、カミューも似たような視線でマイクロトフの事を眺めていた。どうやら、同じ意見を持っているようだ。何となく、親近感を覚えてしまうパーシヴァルだった。
「・・・・・まぁ、何はともかく。これからよろしくお願いしますよ。」
「こちらこそ。」
再度そう口にしてきたカミューの言葉には、先ほどと違った響きが含まれていた気がする。
様々な人種が集い、仲良く酒を酌み交わす酒場。
自分たちの本拠地と、似ているようで異なる場所。
自分たちは、戻る事が出来るのだろうか。
ほんの少しだけ心配になってため息を付いた。
自分が考えたところでどうにかなるわけでもあるまい。せいぜいビッキーの様子に目を光らせ、魔法が暴発しそうな時を見計らう事しか今の自分たちには出来ないのだから。
前向きに考えなければ。
そう思いながら、パーシヴァルは手にしたグラスの中身を一気に煽った。
明日からの生活を、その脳裏に描きながら。
生活自体は今までと大して変わらない。
新兵の訓練指導に、自分たちの鍛錬。資金稼ぎにモンスターの討伐に赴き、交易の護衛について回る。
どこの時代でも城の運営方法が大きく変わる事は無いらしい。パーシヴァル的に言えば、書き仕事が一切なくなったので仕事が一つ減り、精神的には楽になってはいるが、ボルスにとっては何も変わりが無い。最初は戸惑っていた様だが、一週間も経った頃には違和感無く城の仲間にとけ込んでいた。カラヤとのしがらみが無いだけに、ビュッデヒュッケの住人達よりも砕けた関係を築けている気もする。ビュッテヒュッケ城ではあまり足を運ぶことの無かった酒場にも、最近良く足を運んでいるようだ。酒の相手は、殆どマイクロトフの様ではあるが。
なんにしても良いことだ。そんなことを考えながら、パーシヴァルは長い廊下を歩いていた。その背中に、聞き覚えのある声がかけられた。
「よう、パーシヴァル。」
振り向くと、そこには印象的な青い装束を纏った見目麗しい青年と、熊の様に大柄な男が肩を並べてこちらに向かってくる所だった。
「ここの生活には慣れたか?」
綺麗に整った顔で微笑みかけてくるフリックの言葉に、パーシヴァルも微笑みながら頷き返す。
「はい、お陰様で。」
「今日は相棒は一緒じゃないのか?」
ビクトールが僅かに首を傾げながら問いかけてくるのに、パーシヴァルは苦笑を浮かべた。
最初の三日位は下手な事を喋ってはいけないという緊張のためか、パーシヴァルの傍らを離れようとしなかったボルスであったが、マイクロトフと話をしている内にそう言った緊張が薄れてきたらしい。最近ではビュッテヒュッケ城と同じようにお互いの事をそれ程気にせず過ごすことが出来ている。
「この二三日は一緒に行動する方が少ないですよ。ここの生活にも慣れましたし、友達も出来た様なので。」
「そうなのか?」
「ええ。」
「じゃあ、相棒は今その新しいお友達とどっかに行ってるのか?」
「多分、そうだと思いますよ。一々気にしてないので、正確な所は分かりませんが。」
ビクトールの問いに軽く頷き返すと、彼はなにやら不思議そうな顔で見つめ返してくる。自分は何かおかしな事を言っただろうか。問いかけるように首を傾げてみせると、彼は苦笑を浮かべながら首を振り返してきた。
「いや、最初あんだけベタベタしていた割には、随分とあっさりした関係なんだなぁと思ってよ。」
「まぁ、最初は仕方ないでしょう。彼も色々と不安に思うことがあったのでしょうし。」
「お前には無かったのか?」
「ありましたよ。」
軽い調子で頷けば、ビクトールは面白がる様に、何か新しいおもちゃを見つけた子供のような瞳でパーシヴァルの顔を見つめてきた。
「そうは思えねーけどな。」
「人前でそんな気持ちを露呈させたく無いだけですよ。負けず嫌いなもので。」
「まぁ、立ち話はそれくらいにして置いて。」
ビクトールとパーシヴァルの会話を遮るようにして、フリックが唐突に声を上げてくる。
その事で二人の視線がフリックへと流れ、ソレを確認したフリックは、すぐそこにある食堂の入り口を指し示して見せた。
「用事が無いんなら、一緒に飯でも食わないか?奢ってはやれないけどな。」
「良いですよ。丁度私も、そこを目指していたのです。」
「決まりだな。じゃあ、さっさと行こうぜ。」
言うが早いか、フリックはさっさと歩き出してしまった。その後を、パーシヴァルとビクトールが従うように付いていく。
程なくしてたどり着いた食堂は、昼時のためか、そこそこ席が埋まっていた。
「いらっしゃいませ。三名様ですか?」
「ああ。」
「ただ今ご案内します。どうぞ、こちらへ。」
にこやかな笑みを浮かべたウエイトレスが案内してくれるのに続いて、3人は店内を歩いていく。その姿を、店内にいた客達が目で追っているのに気が付いた。
いや、3人の姿ではなく、フリックの姿をと言った方が正しいかも知れない。
これだけ見目麗しい男なのだ。それは仕方の無いというもの。しかし、当の本人は少しも気にしてはいなかった。集まっている視線に気が付いていないのか、はたまた慣れっこになっているだけなのか。こっちに来てからそう関わりを持ったわけでは無い彼のことはいまいち分からず、判断に悩む。
案内された席に着いた3人は適当に注文を済ませ、改めて顔を見合わせた。
「どうだ、ここの生活は。」
切り出してきたのは、フリック。その言葉に、パーシヴァルは軽い口調で言って返す。
「ゼクセンと大して違いはありませんよ。多少仕事が減ったくらいで。」
「そうか。じゃあ、シュウにそう伝えておこう。」
「それは勘弁して貰いたいですね。」
小さく笑い返せば、フリックも戯けたような顔で笑い返してくる。
「そう言うな。俺だってやりたくない仕事を押しつけられているんだ。少しは手伝ってくれると、ありがたいんだよ。」
「やりたくない仕事、ですか?」
「ああ。書き仕事。」
「・・・・なるほど。それはイヤですね。」
「なんだ、パーシヴァルもそう言うことをやらされてる口か?」
「ええ。他に出来る人材がいないもので。」
「じゃあ、手伝ってくれよ。二人でやればその分早く片付くってモンだろ?」
身を乗り出すようにそんなことを言ってくるフリックに、パーシヴァルは笑いを返す事しか出来ない。
この城にきて一週間やそこらのものがそう簡単にどれだけ重要か分からない書類に手を付けて良いものか分からない。フリックもそんなことは分かっているだろう。分かっていても言いたくなる気持ちは、なんとなく分かる。役に立たない事は分かっていても、うっかりボルスに「お前もやれ」と言いたくなる自分が居るので。
「やれと言われたら、やりますけどね。」
とりあえずそう返しておく。その言葉に偽りも無いので、問題は無い。
「おや、皆さんお揃いで。」
不意にかけられた声に顔を上げれば、そこには赤い騎士服を纏った男が立っていた。
「カミューか。これから飯か?」
「ええ。ご一緒してもよろしかったですか?」
「構わないよ。」
快く頷くフリックに軽く礼を述べたカミューは、流れるような動きで空いているイスへと腰を下ろした。
フリックの隣の席に。
その途端、店内に小さなざわめきが沸き上がった。フリックに負けず劣らず整った顔立ちをしているのだ。カミューは。フリックだけでも十分に店内の視線を集めていたのだから、余計に視線を集めてしまうだろう。
その事をカミューは分かっていて、あえてフリックの隣に座ったとしか思えない。
優しそうな顔をして、食えない男だ。
そんなことを考えていたパーシヴァルに、カミューは何の前触れも無く語りかけてきた。
「今日はお一人なのですか?」
「・・・・・なんで皆さんあいつと私をセットにして考えて居るんですか。」
人の顔を見るなりそう言ってくるカミューの言葉に、自然と眉が寄ってしまう。ブラス城時代にも、ましてやビュッテヒュッケ城でもそんなことを言われたことは無いのに。
むしろ、共に居ることに驚かれていた気もするのだが、ここではまったく逆の反応を返される。そんなにも、最初の三日間の印象が強いのだろうか。
「何故そんなに嫌がるんですか?」
「別に嫌がっては居ませんが、今まで彼とセットに考えられた事がなかったので。戸惑いますね。」
「そうなのか?良いコンビだと思うけどな。」
不思議そうにそう言ってくるビクトールの言葉は深く考えて発したものでは無いのだろうが、そうであるからこそ、なんとなく面白くない。あの単細胞と良いコンビだなどと言う言葉は、あまりありがたくない。
確かに騎士攻撃という協力攻撃はあるが、それは六騎士の中で扱う武器が似ているからやっているだけで。それも二人組で動く訓練のためにとやっていただけで、仲が良かったからやり始めたわけではない。
そんなパーシヴァルの思いを知ってか知らずか、ビクトールがさらに言葉を続けてくる。
「それに・・・・・。」
言いかけて、ビクトールは言葉を止めた。
「それに、何ですか?」
言いかけた言葉の後が気になり、問いかける。その視線に逡巡するように視線を彷徨わせたビクトールだったが、結局口を開く事にしたらしい。
「それに、あいつ。お前のこと好きだろ?ああいうタイプは、好きな奴とは四六時中一緒に居たがるものなんじゃ無いかと、思ってよ。」
苦笑を浮かべながら言われた言葉に、一瞬思考が停止した。
何を言われたのか判別出来なかったのだ。
徐々にビクトールの言葉は胸の中に落ち、それを理解した後、パーシヴァルはその顔に薄い笑みを浮かべて見せた。
「何を言い出すのかと思ったら。」
「あ、なんだ、お前。俺の言葉を信じてないのか?」
「信じる信じないの問題ではありませんよ。子供じゃ無いんですから、そんな低次元の主張で仕事を選ぶなんて事、いくらボルスでもしませんよ。」
「・・・・・・低次元・・・・・・・」
何故かその一言にビクトールが激しく落ち込んでいる。何か悪いことを言っただろうか。首を傾げて他の二人の顔を見やれば、フリックは冷ややかな眼差しをビクトールに向け、カミューは面白がるような苦笑を浮かべていた。
「なにか、まずいことを言いましたか?」
「気にするな。自分の馬鹿さ加減に気が付いただけだから。」
「・・・・・そうですか。」
冷ややかな眼差しをそのままで、馬鹿にするように鼻で笑うフリックの言葉に、パーシヴァはそう返すしか無い。そんなパーシヴァルの戸惑いを察知したのだろう。カミューが補足するように言ってきた。
「ビクトール殿は、フリック殿と一緒に出来る仕事を好んでいますから。好んでいると言うよりも、一緒でなければ行かないと騒ぎ立てたりするくらいですよ。」
砕けた城だと思っていたが、それは少し砕けすぎでは無いだろうか。個人の好き嫌いで戦いの人選をするというのは。そうは思ったが、新参者が意見するものでもない。
どう答えて良いものか悩んだ挙げ句、パーシヴァルは苦笑混じりにこう答えた。
「仲が良いんですね。」
「・・・・・人聞きの悪い。この馬鹿熊が人にしつこく付きまとっているだけだ。」
「でも、そのしつこい行動を許しているって事は、仲が良いって事ですよ。」
「・・・・・カミュー・・・・・。」
不機嫌がにじみ出ている声音に小さく肩をすくめて見せたカミューは、それ以上発言する事は無かった。相手をどこまで突いて良いのか、知っているのだろう。慣れた掛け合いは、見ていて面白い。見目の良い二人のやることなので、会話がどうでアレ見ているだけでも目の保養になると言うものだ。
そんなことを考えていたパーシヴァルの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「パーシヴァルっ!」
見るまでもなく相手が誰なのか分かってはいたが、パーシヴァルは一応視線をそちらに向けてみる。
案の定、そこには金色の髪を日の光で輝かせている男、ボルスの姿があった。
「遅かったな。今訓練が終わったのか?」
「いや。訓練自体は結構前に終わっていたんだが、その後マイクロトフ殿と少し手合わせをしていたんだ。」
満足そうに微笑む男の顔は、年よりも若く見える。剣を握れば騎士団の中でも一二を争う腕前だというのに、そんなことを少しも感じさせない。それは良いことなのか、悪いことなのか。内心で首を傾げながら、パーシヴァルはボルスの背後に立っていた男へと軽く頭を下げた。
「わざわざおつき合い頂いて、申し訳ありません。」
「いえ、こちらこそ。良い鍛錬になります。今度は、是非ともパーシヴァル殿にもお手合わせ願いますよ。」
「私はボルス卿よりも腕が劣りますから、マイクロトフ殿の相手には役者不足ですよ。」
「何を言っているんだ。俺はお前から易々と一本取ることなど出来ないぞ。お前にもっとやる気があれば、俺を倒すこと等容易いはずだ。」
パーシヴァルの言葉をムキになって否定するボルスの姿に苦笑が浮かんでくる。ボルスが自分の力を評価してくれているのは嬉しいが、それは言い過ぎだ。ボルス程ムキになれないことは確かだが、自分なりに真剣に剣を合わせてあの結果なのだから。
そもそも、ボルスとは体力も筋力も違う。正攻法で剣を合わせたら勝ち目が低くなっても仕方がないと言う物だ。
「マイクロトフは勝ち負けに拘っているわけでは無いですから、お暇な時に身体慣らし程度におつき合い下さい。」
パーシヴァルの考えを察知したのか、カミューがそんな風に声をかけてくる。もっと気楽に考えろと、そう言うように。
そう言われてしまっては、意固地に断るのも格好が悪い。結局、パーシヴァルは頷きを返すのだった。
「・・・・そうですね。そう言うことでしたら、お相手させて頂きますよ。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、とりあえずよ。飯を食いに来たならお前達も座れよ。」
ビクトールがそう言ってくるのを合図に会話が一端切れ、二人は空いている席へと腰を下ろした。
マイクロトフはカミューの隣に、ボルスはパーシヴァルの隣に。示し合わせた分けでも無いのに、そこが自分の席だと言わんばかりに自然と。それが何となく面白かった。
「そう言えばパーシヴァル。」
「なんだ?」
適当に注文してあった料理を口の中に納めていたボルスが、急に思い立ったように顔を上げてきたのに、既に食事を終え、食後のコーヒーを口にしていたパーシヴァルはチラリと視線だけを流してみた。
「釣りって、やったことはあるか?」
「釣り?ああ。あるけど、それがどうしたんだ?」
またいきなり突拍子もない事を言い出した。今までそんな単語を彼の口から聞いたことは無いから、この城の誰かから仕入れた内容なのだろう。
「この城で、金を払うとやらせてくれる場所があるらしい。後で行ってみないか?」
目を輝かせながらそんなことを言ってくる。
子供か、お前は。
そう突っ込みを入れたくなったが、なんとなく憎めないので不思議だ。そして、こういう表情で誘いをかけてくるボルスの言葉を突っぱねられない自分のことも、不思議でしょうがない。
「そうだな。後で行ってみるか。」
「ああっ!」
嬉しそうに頷き、再び食事に戻ったボルスの様子に苦笑を浮かべていると、なにやら視線を感じた。訝しみながら顔をそちらに向けると、そこにはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるビクトールと、したり顔で微笑んでいるカミュー。そして、何故かそっぽを向いたフリックの姿があった。
ちなみに、マイクロトフは何事も無かったように食事をしている。
「・・・・何か?」
思わずそう問い返してしまったパーシヴァルに、ビクトールはニヤニヤと笑みを浮かべたまま頭を振ってみせる。
「いやいや。なんでもねーよ。」
その様子は何でもなさそうには見えなかったが、なんとなく深く追求する気にもなれなかった。だから、適当に頷き返す。
「・・・・・そうですか。」
そうたいしてつき合っていないが、彼等が心根の良い人達だとは言い難い事には気が付いていた。触らぬ神にはたたり無しとも言うし。危ないと思ったものには触らないに限る。
それにしても釣りか。昔は良く遊び半分食料調達半分にやっていたが、騎士になってからはそうやっていなかった。得に最近は、そんなゆったりとした時間を取る事も出来ない慌ただしい日々を過ごしていた気もする。
これは天が与えてくれた休暇の一種だと思って、楽しんで見るべきだろう。
いつ戻れるのか分からないのだ。
ビクトールの言葉では無いが、気楽に構えていた方が良いだろう。早く戻りたいという気持ちはあるけれど、慌ててどうにかなる問題では無いのだから。
時代が変わろうと、場所が変わろうと、生きていく事に必要な事に大きな違いは無い。
眠って、食べて。
そのために働いて、お金を得る。
結局、生きるための行動になんの違いも出てこないのだ。
「・・・・・どうした?」
急に黙り込んだパーシヴァルの顔を覗き込みながら、ボルスがそう尋ねてくる。その瞳は心配そうな光を放っていた。その瞳に、ホッと心が安まるのを感じた。
見慣れた紫の光。
何もかもが見知らぬ世界で、唯一自分に馴染みのある存在。
「いや、何でもないよ。」
ボルスの言葉に首を軽く振りながら、そう答えた。
彼が傍らにいるだけで、自分の心が落ち着いてくるのを感じながら。
自分一人ではない。
その事が、今無性に嬉しかった。
続く・・・・・・?
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なんか、エライ中途半端でご免なさい・・・・。汗。
時の向こう