どこに行きたいのかと尋ねられたビクトールとフリックは、一も二も無く速攻で酒場と答えた。そんな二人の反応に呆れた様な顔をしたパーシヴァルだったが、すぐに快く承諾し、酒場へと案内してくれた。
 所変われば品変わると言う言葉通りに、そこには見た事もない銘柄の酒が沢山置いてあった。ビクトールとフリックは、それを棚の端から順番に、嬉々としながら注文し始めた。二人の飲みっぷりを見ていた周りの客達も、店主である女性も呆れたように見ていたが、そんな視線を浴びる事は良くある事なのでまったく気にならない。
 ここは、自分達が生活している時代ではないのだから、気を使って酒量をセーブしなくても良いから、フリックの飲み方もいつもより豪快になっていた。
 ビクトールも良い感じに酒が回ってきたようだ。いつも陽気な彼が、輪をかけて明るい。彼もかなりザルではあるが、チャンポンし過ぎればそれなりに酔う。今日は飲み慣れていない酒のオンパレードだから、酔っぱらうのも仕方の無い事だろう。と、ビクトールと同じ量の酒を飲み切っているフリックが冷静に観察していた。
 その外見から酒に弱そうだと思われがちなフリックではあるが、実際はビクトールよりも強い。フリックにとって、酒は水のようなものなのだ。むしろ、水の感覚で飲んでいると言っても過言ではない。
 とはいえ、そんなコトでは『青雷のフリック』的にはかわいげにかけると言うものだから、いつもはそんなに飲めないふりをしているのだが。
 そんなフリックの目の前で、ご機嫌なビクトールが隣に座っているパーシヴァルの背中を力一杯叩いていた。
「おいっ!飲んでるか?今日は俺等が奢るからよっ!ガンガン飲めよ!」
 馬鹿でかい声でそうパーシヴァルに語りかけたビクトールが、その背中を叩く力を更に込めている。
 酒場に来るのだからと、日中は常に纏っている銀色の甲冑を脱いだパーシヴァルには、その攻撃は結構痛いだろうと思う。しかし、彼はニコニコと楽しげな笑みを浮かべながら言葉を返していた。
「ちゃんと飲んでますよ。」
「本当か?そのわりには、全然酔った顔をしてねーぞぉ?」
「そう言う体質なんですよ。」
 心底楽しげにそう返すパーシヴァルの様子を見ながら、フリックは少々感心した。
「・・・・・・・良い根性だな・・・・・・・・・・」
 ボソリと呟き、ビクトールの事を観察していた瞳を、今度はパーシヴァルへと向けた。
 男にしておくのは勿体ないくらいに整った容姿に、柔和な笑み。柔らかい物腰に、丁寧な言葉使い。
 時の彼方に居る友に、どことなく通じるモノを感じる。騎士というモノは、こういうモノなのだろうかと、思うくらいに。
「・・・・・・・・それにしても・・・・・・・・」
 少しも顔色を変えずに自分達と同じだけ酒を飲むとは、大した酒豪だ。自分達の時代にも大酒飲みは沢山居るが、彼程顔色を変えずに飲み続ける事の出来る人間はそうそう居ない。
 ただ量が多いだけではなく、酒の種類などまったく構わずに何本も開けている上に、その殆どがかなりアルコール度の高いものなのだ。それこそ、弱いヤツが飲んだら一発でヒックリ返るのではないかと言う程のモノを、彼は勧められるままに飲んでいる。
 ビクトールですら、その浅黒い肌を朱色に変化させているというのに、彼はその白い肌を少しも染め上げてはいない。
「・・・・・・・・良い飲み友達が出来たのかな・・・・・・・・・」
 クスリと、口元に小さく笑みが浮かんだ。
 とことんまで飲むのにつき合ってくれる人間など、今までビクトールしかいなかったから、その考えはなかなかに新鮮だ。いや、いなかったと言うよりも、作らなかったと言う方が正しいのかも知れないが。
 そんな事を考えていたら、背後から柔らかい声がかけられた。
「楽しんでる?」
 その声に振り向くと、そこには店主だと言っていた女性、アンヌの姿があった。
 彼女は、自分の視線とフリックの視線が合わさった事を確認してからニコリと笑いかけてきた。
 その笑顔に、フリックも微笑み返しながら、軽く首肯してみせる。
「ああ。お陰様で。十分楽しくやってるよ。・・・・・・あいつは、楽しくしすぎだと、思うけどな。」
 そう言いながら視線をビクトールへと向けるフリックの言葉に、アンヌは楽しそうにクスクスと笑いを零してくる。
「あれくらいなら、全然大丈夫よ。・・・・・でも、良かった。楽しんでくれて。今後とも、ご贔屓にね。」
「勿論だ。毎日のように通わせて貰うよ。」
「そう言って貰えると、嬉しいわ。」
 フリックの言葉に営業用とも思えない程嬉しそうに微笑み返してきたアンヌは、その笑みをすぐに何かを企むようなモノへと変え、フリックの青い瞳を覗き込んできた。
「それじゃあ、お近づきの印に良い事教えてあげるわ。」
「良い事?」
「そう、良い事。」
 そう言いながら笑みを深くしたアンヌは、手にしていた酒瓶を一本、フリックの前に付きだしてきた。
 いったい何だろうかと首を傾げるフリックに、アンヌは実に楽しそうにこう返してくる。
「これを、パーシヴァルに飲ませてみて。楽しい事になるから。」
 言葉と共に酒瓶を押しつけたアンヌは、それで話は終わりとばかりにさっさと身を翻してカウンターへと戻っていってしまった。
「・・・・・・・・・・なんなんだ?」
 意味が分からず、首を捻る。しかし、捻った所で答えが分かるわけでもない。頭の上にクエスチョンマークを浮かべたフリックは、答えを求めるように手渡された酒瓶に瞳を落とした。
 それもまた先程まで飲んでいた酒と同じようにフリックが見た事の無い銘柄で、自然と興味が引かれる。取りあえず味見をしてみようと、目の前にあった自分のグラスを一気に空け、そこに注ぎ入れる。そして一口含んだ所で、思わず言葉がこぼれ落ちた。
「・・・・・・・・・辛・・・・・・・・・・」
 舌先を焼く様な辛さに眉根を寄せはしたものの、たいした気にもせずにその液体を臓腑に流し込む。すると、身体の内側から焼けるような熱さが沸き上がってきた。
「・・・・・・・・・・でもまぁ、嫌いじゃ無いな。」
 口から火が出るのでは無いかと思うくらいに内蔵が熱を発していたが、やたらと甘い酒よりはこっちの方が好みに合っている。なかなか良い酒に巡りあったモノだ。是非とも銘柄を覚えておいて、レオナに仕入れて貰おう。
 そう内心で呟いたフリックは、何やら楽しそうに会話を弾ませているビクトールとパーシヴァルへと、その酒瓶をつきだした。
「おい、新しい酒を貰ったぞ。飲んでみろよ。」
「おっ!どれどれ・・・・・・・」
 その言葉に、ビクトールは嬉々として飛びついてきた。そして、いつものようにグイッと一息で飲み込んだ途端、小さく叫び声を上げて来る。
「うわっ!辛っ!腹が焼けるっ!」
「でもなかなか良いだろ?」
「おう。甘ったるいのよりは、酒って感じで良いな。」
 自分と同じような感想を抱くビクトールの言葉にクスリと笑みを漏らしたフリックは、今度はパーシヴァルに瞳を向けてみた。
「お前はどう思う?」
 その問いに、注がれた酒をゆっくりと口に運んでいたパーシヴァルが、チラリと視線を上げ、ニコリと、綺麗な笑みを返してくる。
「そうですね。私も嫌いじゃないですよ。むしろ、好きな位ですね。」
「へぇ。意外だな。お前の見てくれから言って、もっと上品な酒を好みそうな気がしてたんだが。」
「そうですか?でも、普段飲んでいる酒はこういうモノが主流ですよ。」
 ビクトールの問いに平然とした顔でそう答えたパーシヴァルは、ゆっくりと、だが確実にグラスの中を減らしていく。その様子から、彼がこの酒を飲み慣れている事が窺えた。
 彼の様子におかしな事はない。いったい何がどう楽しい事になるだと言ったのだろうか。彼女は。
 真意が分からずチラリとカウンターに視線を向けてみると、丁度こちらに視線を向けていたらしいアンヌと目があった。その合わさった瞳に、アンヌは実に楽しそうに微笑み返してくる。その笑みから何かを知っているような光を感じたが、それがなんなのかは読み取れない。
 いったい何だというのだろうか。
 再び首を傾げた所で、周りの空気がざわめいた事に気がついた。
 何事だろうかと視線を前に戻したところで、フリックは不覚にもその場で凍り付いてしまった。
 何故なら、目の前でパーシヴァルとビクトールが口づけを交わしていたから。
 しかもそれは、ただふれ合うだけのモノではなく、実に濃厚な、相手の口内をまさぐるような口づけだったから、余計に驚いた。
 別に嫉妬したわけではない。
 自分とビクトールはそんなモノをするような間柄では無い。彼が誰とセックスしようと、フリックは全然気になら無いのだ。それはそれでビクトールがガタガタ騒ぐ事ではあるが、気にならないものを無理矢理気にする事など出来るわけがない。
 それはともかくとして、気にならないのならば何故そんなにも驚いたのかというと、ビクトールはともかくとして、パーシヴァルがそんな事を人前でする人間だとは思っていなかったからだ。
 付き合いは正味一日くらいのものだが、それくらいの事は分かる。
 彼が身体の関係を異性に限定していない事も、むしろ同姓との交わりの方が多いであろう事も、何となく分かっている。分かっているが、それをオープンにしている雰囲気は微塵もなかったのだ。
 その彼が、こんな人目の多い所で男と熱烈な口づけを交わしているというのは、なんなんだろうか。さすがのフリックも、一瞬で判断する事が出来ずに、しばし固まってしまった。
 そんなフリックの様子に気付いたらしい。ビクトールが、慌てたようにパーシヴァルを自分の身体から引きはがし、困惑の眼差しを向けながら言い訳の言葉を口にする。
「ちっ・・・・・・違うんだッ!フリックっ!これは、浮気でも何でも・・・・・・・・・・っ!」
「おや。つれない事を仰るんですね、ビクトール殿は。」
「つれないも何も、お前が勝手に・・・・・・・・・・っ!」
「でも、悪い気はしなかったでしょう?」
 クスリと、艶を含んだ笑みを浮かべながらビクトールの顔を覗き込んでくるパーシヴァルの仕草に、覗き込まれたビクトールはゴクリと、喉を鳴らしている。
 どうやらこの熊は、顔の良い人間に弱いらしい。そう判断を下しながら、フリックは事の成り行きを傍観するべく、先程の酒をゆっくりと臓腑に流し込んだ。男に迫られて慌てる熊の図は、そうそう見られるものでは無いのだ。見物する価値はあるだろう。そう思って。
 そんなフリックの目の前で、更に笑みを深くしたパーシヴァルが、ビクトールの胸元へと、手を伸ばしながらその身を寄せていく。
「貴方相手だったら、一夜限りの相手でも私は構わないのですが。いかがですか?少し、遊んでみませんか?」
「遊ぶって、お前・・・・・・・・・・っ!」
「良いですよね。ビクトール殿は。これだけ立派な身体をされて・・・・・・・・。レオ卿とどちらが逞しいでしょうかね・・・・・・・・。本当に、羨ましいですよ。私も、出来る事ならこういう身体に生まれたかったものです。」
 ビクトールの全身をなで回すように手を動かしながらしみじみと呟くパーシヴァルの言葉に、ビクトールの身体付きでパーシヴァルの顔をした人間の姿を想像してみたが、なんだかとっても不気味な物になってしまったので、思わず顔を歪める。
 フリックがそんな想像をしている間にも、ビクトールはパーシヴァルの誘いの手から逃れるように、僅かに腰を引きながら言葉を返していた。
「い、いや。お前だってそう貧弱な身体をしてるわけじゃないだろ?実用的な筋肉がついた、スッキリした綺麗な身体だと思うぜ?」
「そう思いますか?」
「ああ。思う思う。フリックもそう言う意味では良い身体をしてるがな。」
 何を思ったのか、いきなり人の事を引き合いに出し始めたビクトールが、その姿を脳裏に描いたのか、妙に嬉しそうに顔を綻ばせる。そんなビクトールの様子に、パーシヴァルは不思議そうに首を小さく傾げて見せた。
「そうなんですか?」
「ああ。瞬発力重視って感じの、綺麗に引き締まった身体だぜ?」
 自分の事のように嬉々としてそう言いだしたビクトールの言葉に興味を引かれたのか、パーシヴァルの視線がフリックへと向けられた。
 その瞳に酔いの色は見て取れない。まったくもって平常時と同じ瞳の色だと思うのだが、彼の行動は素面とは思えない。いったい何が起ったのだろうかと訝しんでいたら、いきなりパーシヴァルが席を立ち、ゆっくりとフリックに近づいてきた。
 傍らまで近づいてきたパーシヴァルは、品定めをするような視線でジロジロとフリックの全身を眺め回している。
「・・・・・・なんだ?」
 そんなパーシヴァルの態度を訝しく思いながらも言葉をかけたら、ニッコリと、実に綺麗に微笑まれた。
「・・・・・・・・ちょっと、見せて頂けますか?」
「は?」
「貴方のその身体を。」
「え・・・・・・・・・っ!」
 なんの話だと問い返すよりも早く、パーシヴァルに座っていた長いすの上に押し倒され、素早い動きでマントを剥ぎ取られた。
 確かに油断はしていたが、完全に遅れを取った事に驚きを感じる。
 多分、殺気が少しも無かったからだと思うが、だからといって易々と押し倒され、その上身ぐるみを矧がされそうになっているなど、不覚どころの騒ぎではない。こんな事、今まで生きていた中でも数える位の経験しかないのではないだろうか。むしろ、無いに等しい。身体が出来上がってからは、絶対にこんな事は無かったはずだ。
 そんな事を考えている間に胸当てを外され、シャツの裾をたくし上げられそうになり、フリックは慌ててその手を制するように抵抗をし始めた。
「ちょっ・・・・・・・いきなり何を・・・・・・・っ!」
「大丈夫ですよ。そんなに慌てなくても。ただ、ビクトール殿が褒め称える貴方の身体を見てみたいだけですから。それ以上の事は、ここではしませんよ。」
 ニコリと、本当になんの裏も無いのだと。そう言っている様に綺麗な笑みを浮かべてくるパーシヴァルの顔色にも、目の光りにもおかしな所は少しも無いのに、それでもやはり言動がおかしい。もしかしたら、そうは見えなくてもかなり酔っぱらっているのかも知れない。
 いったいこれはなんなのだと、いったい何のスイッチが入ったのだと、そう問いただしたくてカウンターに視線を飛ばしてみたのだが、アンヌは他の客の相手をしていてこちらに視線一つ向けてこない。
 周りの客も、パーシヴァルがビクトールにキスした時には多少ざわめいていたが、今は興味津々といった様子でこちらの様子を窺っているだけで静かなものだ。
 世の中にそう多くはいないであろう美青年が二人絡み合っているのだ。さぞかし絵になっているだろうから、それは仕方の無い事だろう。なにしろ、自分の顔を見慣れているビクトールですらアホ面を下げてこっちの様子を呆然と見つめる事しか出来ないでいるのだから。
 もし、押し倒されていたのが自分ではなくカミューだったとしたら、自分もこの事態を傍観していただろうと思う。だから、ジッと見つめるだけの彼等の気持ちも分かる。綺麗なものは、ずっと見ていたいと思うものなのだ。とは言え、このまま放置して置いて良いというわけにはいかない。
 さて、どうしたものか。
 これがビクトールだったら、少しの迷いもなく雷を落としている所だが、相手はつき合って間もないが、此処で関係を悪くしない方が良いと思われる人物だ。大人しく好きなようにさせておくべきなのだろうか。
 もし仮に彼がかなり酔っぱらっていたとしても、まさか此処で本番を仕掛けてくる事も無いだろうし。身ぐるみ矧がされる程度の事は、甘んじて受けいれた方が良いのだろうか。
 そんな事を考えていたら、突然パーシヴァルが行動を止め、覆い被さっていた身体を引き離した。
 いったい何事だろうかと訝しみながらも身体を起こし、乱れた衣服を素早く直す。そんなフリックの行動をジッと見つめていたパーシヴァルだったが、すぐに視線をフリックからビクトールへと向け直した。そして軽く腕を組み、右手の指先で軽く顎を捉える形で何かを考え込んでいる。
 いったい何を考え込んでいるのだろうかと首を捻っていたら、ビクトールとフリックの顔を交互に見つめたパーシヴァルが、何かに納得したように大きく頷きを返してきた。
「・・・・・・・そうですよね。愛し合う恋人達の間に波風を立てるような事をしてはいけませんよね。」
「・・・・・・・おい、ちょっと待て。」
 その言葉は聞き捨てならず、思わず眉間に皺を寄せながら言葉をかけた。しかし、かけられたパーシヴァルはそんなフリックの言葉など少しも気にかけていないようだった。
 自分で発した言葉が正しいと思ったのか、更に頷きを深くしている。
「おい、パーシヴァル。何を勘違いしているのか知らないが、俺とこいつは・・・・・・・・」
「大丈夫ですよ。そんなふうに偽らなくても。誰にも言いませんから。」
「いや、そう言う問題じゃ無く・・・・・・・・・・」
 言いかけた言葉は、途中で遮られた。何故ならば、言葉途中でパーシヴァルに口付けられたからだ。
 しかし、それは先程のビクトールへの口づけとは違い、軽く触れるようなものだった。
 とは言え、易々と唇を奪われた事に驚きを感じざるを得ない。
 どうにもこうにも、今日は不覚を取りすぎだ。
 驚きと、迂闊な自分に対する怒りにも似た思いを胸の内で渦巻かせていたら、パーシヴァルが実に楽しそうに微笑み返してきた。
「では、恋人達の間を裂いている邪魔者はいい加減立ち去りましょうかね。」
「だから、俺とこいつは・・・・・・・・・・・・」
「明日の朝も同じくらいの時間に迎えに参りますので、それにあわせて支度して置いて下さいね。」
「それは良いけど、少しは俺の話も・・・・・・・・・・・」
「見た目が廃墟の様な城ですが、見た目通りあまりしっかりしておりませんので、壁は結構薄いですよ。くれぐれも、周りに配慮して下さいね。子供の教育問題に発展してしまいますので。」
「おい、パーシヴァル・・・・・・・・・・」
「それでは、ごゆっくり。」
 ニコリと、とても綺麗に微笑み返したパーシヴァルは、フリックの言葉になど一切耳を傾けた様子も見せずに、さっさと店から出て行ってしまった。
 残されたフリックとビクトールは、ただただ呆然とするしかない。彼の突然の変貌振りがいったいなんだったのか、理解に苦しんで。
「・・・・・・・・なんだったんだ?」
「・・・・・・・・さあな。あんなキャラだとは思わなかったぜ・・・・・・・」
 そう言葉を交わしながら、考える。アンヌが言っていた楽しい事とは、これだったのだろうかと。しかし、楽しいと言うよりは驚いたと言った方が正しい。答えを求めるように視線を向けると、丁度こちらに来るところだったらしい。カウンターから出ていたアンヌがニッと意地の悪そうな笑みを返しながら近づいてきた。
「どう?なかなか驚いたでしょ。」
「ああ。少しも酔ってる様には見えなかったが・・・・・・・・・。あいつは酔ってたのか?」
「ええ、そうよ。アイツがどこで酔いだしたのか、見極めるのはなかなか難しいけど、それを見極めるのはなかなか楽しいわよ。」
「・・・・・・・そんなものか?」
「そうよ。読みにくい表情を読み取れた時って、勝ったような気がしない?」
 フリックの問いに頷いたアンヌは、じつに楽しそうにそう返してくる。
 いったい何に勝った様な気がするんだと突っ込みを入れたくなったが、あえて口を噤む。多分、彼等の間に何かしらの関係が出来ているのだろうと、そう思ったから。
 フリックが遠慮したのを察したのか、クスリと笑いを零したアンヌが、少しだけ話題を変えて言葉を続けてきた。
「今度、クィーンも連れてきたら良いわよ。もっと弾けてくれるから。」
「クィーン?」
 聞いた事の無い名前に首を捻ると、アンヌは小さく頷き、言葉を続けてきた。
「ハルモニアの傭兵隊の女よ。パーシヴァルの飲み友達。彼女と飲むときは大体上機嫌で飲むからね。脱ぐわキスするわで大騒ぎよ。興味があったら、誘ってみてよ。」
 それだけ言うと、彼女は軽く手を振って再びカウンターへと戻るよう、身を翻した。しかし、何かを思い出したのだろう。すぐに振り返って言葉を繋げてくる。
「ああ、でも、一人で店の中で飲んでるときは、下手に絡まない方が良いわよ?・・・・・まぁ、あなた達だったら、心配無いかも知れないけどね。」
 そう告げた彼女の顔には、何かを悟ったような表情が浮かんでいた。
 いったい何を言いたいのかと問い返そうとしたが、それで話は終わりだと態度で示すように、アンヌはさっさとカウンターへと戻っていってしまった。
 人が減ったテーブルには、シンとした静けさが落ちていた。他のテーブルにはあいも変わらず喧噪が溢れかえっているのだが、ビクトールとフリックのテーブルにだけ、沈黙が落ちている。
 その沈黙の中でチラリとビクトールに視線を向けると、彼は酔いがすっかり冷めたような顔をしながらグラスを傾けていた。そして、ボソリと呟きを漏らしてくる。
「・・・・・・・・想像つかねーな・・・・・・・」
「そうだな・・・・・・・・・」
 そのビクトールの呟きに、フリックも呟くように同意を示しながら手にしたグラスへと視線を落とす。
 いつも変わらぬ薄い笑みを浮かべた、見るからに冷静沈着そうな男が酒に酔って大フィーバーという図は、なかなかに想像し難い。
 しかし、つい先程その片鱗を見せられたのだから、納得せざるを得ない。
 あの調子で迫られたら、世の多くの男が落ちるだろうな、と内心で呟いていたフリックは、自分に向けられた真剣な眼差しに視線を上向けた。
「・・・・・・・なんだ?」
 その問いに、視線の主であるビクトールが、その瞳と同じくらいに真剣な声音で語りかけてくる。
「マジに浮気なんかしてないからな。勘違いするなよ。」
「別にそんな事を気にしちゃいないが・・・・・・・・・・・・・」
「少しは気にしろッ!バカ野郎っ!」
「・・・・・・・・・どっちなんだよ・・・・・・・・・・・」
 酔いが覚めていたと思ったのだが、この男も相当酔っているらしい。言っている事がわけの分からないものになっている。浮気をした事を気にして欲しいのか気にして欲しくないのか、態度はもっと明確にして貰いたいものだ。
 そもそも、浮気したら嫉妬するような間柄でもないだろうと、フリックは思うのだが。
 とは言え、何やら叫び続けているビクトールをこのまま放置しておくと、酔っている人間の戯れ言程度で済ませておけない事を口走りそうなので、早々に口を閉ざしておかないといけないだろう。
 そう判断したフリックは、アンヌに貰った酒をゆっくりと傾けながら、これ以上無いくらい綺麗に微笑みかけた。
「・・・・・・大丈夫だよ。お前の気持ちは、ちゃんと分かっているからな。」
「フ・・・・・・・・・フリックっ!」
 微妙に論点をぼかして言葉を返したのだが、酔っぱらったビクトールはその事に気付かなかったらしい。フリックの言葉に感極まったと言った様子でそう小さく叫ぶと、凄い勢いでその場に立ち上がり、フリックの腕を掴んで来た。と、思ったら、引きずるようにフリックの身体をその場に立たせ、かなり強引に腕を引っ張ってくる。
「おいっ!何をするんだっ!」
「決まってるだろうがっ!いつまでもこんな所で酒を飲んでられねーよ。部屋に帰るぞっ!部屋にっ!」
「ちょっと待てっ!まだ酒が・・・・・・・・・・っ!」
「そんなもん、後だ、後っ!」
 導火線についていた火を消そうと思ったら、どうやら違う導火線に飛び火させてしまったらしい。
 いや、そうなる事は何となく分かっていたのだが、導火線どころか爆弾そのものに引火した様な反応を返してくるとは思わなかったのだ。
 まだまだ自分の読みも甘い。ビクトールの扱いを分かっていたようで、あまり分かっていなかったらしい。今後も研究が必要だ。
 そんな反省をしながらも、なんとかアンヌがくれた一本だけは確保して、引きずられるように店のドアまで進んでいった。
「悪い。今日の飲み代は、明日払うから。」
 呆気に取られたような顔で自分達を見送るアンヌにそれだけ伝え、フリックは引っ張られるまま歩を進める。その間、手にしていた酒瓶から中身を煽る事も、忘れずに。
 パーシヴァルがあんな行動に出たのも、ビクトールにいきなり火が付いたのも、もしかしたらこの酒のせいなのだろうかと、そう思いながら。








 翌日。宣言通りの時間にやってきたパーシヴァルは、昨夜のコトを少しも覚えていなかった。
 事細かに教えてやっても、迷惑をかけたと謝るのみで反省をしてはいなかったようだ。
 そんな様子から、この騎士は思っていたよりも真面目ではないのかなと、そう思い始めたフリックだった。























酔っぱらったパーシヴァルは最強です。受けキングバンザイ。


















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時を越えて・2