「イクセの村・・・ですか。」
「そうだ。明日の早朝から出かけることになった。皆に伝えておいてくれ。」
「分かりました。・・・しかし、何故そんなところに?。」
「何でも、ここ最近賊がでるらしい。農村地帯だからろくな警備も出来ていないらしくてな。剣の扱い方を少し、教えてこいと言う話だ。」
「わかりました。だは皆にはそのように伝えておきましょう。」
「頼む。」
 そう言ったきり、話は終わりとばかりに上司は机へと向かってしまった。そんな彼に深々と頭を下げて、レオは上司の部屋を辞した
「・・・・イクセか。面倒だな。」
 先ほど見せられた地図を思い起こした。
 名を聞いただけではどこにあるのか分からない、ゼクセンで知っている人がどのくらいいるのだろうかと言うくらい小さな村だ。
 実際、レオも話を聞くまで存在すら知らなかった。
 距離的にはそう遠くない。遠くはないが、大きな平原をわたって行かなければならないので、移動に手間がかかる。その上、その平原には時折恐ろしく強い魔物が出るのだ。
 簡単に行き来することは出来ない。
 ビネ・デル・ゼクセでも知られていない辺境の村などの警備に、わざわざ騎士団が出向くことがあるのだろうか。
 若手ばかりで組まれている小さな小隊とは言え。
「まぁ、命令だからな。」
 自分にはどうする事も出来ない。まだ一兵士でしかない自分には、与えられた仕事を実行することしか出来ないのだ。その意図などという物は、自分が考えることではない。
 気を取り直すように大きく息を吸い込んだレオは、その空気をゆっくりとはき出しながら、己の自室へと戻って行った。




















 イクセの村はのどかな所だった。
 村の中央に伸びる道の先にある大きな風車が目立つ、ただそれだけの。
 回りは畑ばかりで、住民達がそれ程裕福な暮らしをしているとは思えない。
 こんな村に賊が出没する意味があるのだろうかと、レオは首を傾げた。
 巡回を任され、村内を大股で歩き回っていると、子供達が物珍しげな視線を投げてきた。
 こんな辺境の村に騎士など来たことがないのだろう。愉快ではなかったが、仕方のないことだと諦めて、突き刺さる視線を無視することに決めた。
「・・・ふむ。良い眺めだ。」
 風車の前まで来て、辺りの景色を見回した。
 青々と生い茂る作物が、日の光を浴びてきらきらと輝いていた。
 普段ブラス城という閉塞した建物の中にいるレオには、突き抜けるような青空が珍しいものに見える。
「たまには良い物だな。」
 大きく頷いたレオの耳に、聞き慣れない声が届いたのは、その言葉を呟いた直後のことだった。
「・・・・うわぁ・・・・ほんとにでけー・・・・。」
 そのぶしつけな言葉にカチンと来たレオは、眉間に皺を寄せながら声の方へと振り向いた。
 そこには、年の頃は10歳前後の、真っ直ぐな灰色がかった緑の髪を肩口まで伸ばした見目麗しい美少女と、その彼女よりも若干年下に見える美少女が立っていた。
「・・・今のはお前達か?」
 いくら子供とは言え、ものの言い方というものがあるだろう。これを機会に少し教えてやらねばならない。そう思い、レオは視線に力を入れ、子供達を睨み付けた。
 部下や同僚のみならず、上司でさえも腰が引けるレオのその眼孔にも、子供達はビクともしなかった。
 それどころか、レオの眼孔など気にすることもなく、少女は軽く首を傾げて尋ねてきた。
「ねぇ。何食ったらそんなにデカクなれんの?」  
「・・・・・」
 ビネ・デル・ゼクセでもそう見かけることのない美少女が、可愛らしいその顔で乱れた言葉を使うのに、レオは一瞬固まった。
「なぁ、聞いてるだろ。俺でもあんたみたいに大きくなれるかな。」
「・・・・目上の者にものを尋ねる態度ではないな。」
 レオの言葉に、少女は一瞬キョトンとした。それからニコリと、邪気のない笑みを浮かべて赤い可愛らしい唇から言葉を発した。
「この村ではそう言う習慣無かったんだ。気を悪くしたのなら謝る。」
 そう言うと、彼女はペコリとその小さな頭を下げて見せた。
 以外とまともな返しをしてくる。その態度に免じて、レオは彼女の質問に答えてやることにした。
「何か特別なものを食べた覚えはない。強いて言うなら、甘いものが好きだがな。」
「・・・・甘いもの?」
「ああ。そうだ。」
 信じられないといった顔で眉を顰める少女の横から、それまで黙っていた年下の少女が嬉しそうに声を上げてきた。
「トマトっ!」
「・・・・・トマト?」
 叫ばれた単語の意味が分からず、思わず聞き返したレオに、少女は元気いっぱいに頷いて見せた。
「うん。トマト。甘いモノっていったら、トマト!」
「いや・・・そう言うものではなくな。」
 何故そんなモノが出てくるのかと、首を捻りながら否定しようとしたレオの言葉を遮るように、年上の少女がはしゃぐ少女に向かって微笑みかけた。
「確かに、バーツの家のトマトは他のトマトよりも甘いよな。」
「うん。最高だよ。今度おじさんにも食べさせてあげる。」
「・・・・おじさん。」
 まだそんな年ではなかったが、一桁台の子供達からしたら、自分などおじさんになってしまうのかもしれないが、ショックを隠せない。
 そのうえ、見目麗しい少女の片割れが少年だったことに多少驚きを感じた。
 『バーツ』などと言う名を女の子に付ける親はいまい。
 将来、成長した二人が並んだら、さぞ見栄えの良いカップルになるのだろうなぁ、などと言うことをボンヤリ考えながら、レオはその申し入れに頷いた。
「ああ。楽しみにしているぞ。」
 その返答が嬉しかったのか、少年は嬉々としながらレオの回りにまとわりついてきた。
「あのね、ぼくね、将来りっぱな農夫になりたいんだ。甘くておいしいトマトをいっぱい作って、みんなに食べさせてあげたいんだ。」
「そうか。それは立派な夢だな。頑張れよ。」
「うん!」
 ニコニコと、屈託無く笑いかけられるのは悪い気がしない。
 いままで子供になつかれた記憶のないレオは、なんとなくむず痒さを感じていた。
「お前の夢はなんなんだ?」
 腕にぶら下がる子供の存在に気恥ずかしさを感じたレオは、それを誤魔化すために二人の様子を傍観するように見ていた少女にそう尋ねてみた。
 口が達者な彼女のこと。色々と考えているのだろうと思ったのだが、答えは意外な物だった。
「俺・・・・?俺は、まだなんも考えてないな。」
「何も?」
「うん。」
「・・・・それは意外だな。」
「そう?」
 何となく気恥ずかしそうに微笑む少女の様子に、心臓が大きく波打ったのを感じた。
 なにをこんな年端のいかない子供にときめいているのだと己の言葉を叱咤していると、バーツと言われた少年が、誇らしげに声を上げてきた。
「パーシィなら、なんでも出来るよ!村で一番強いし、すんごく賢いんだから!」
「・・・・おだてたってなにもでないよ。バーツ。」
 手放しの讃辞に苦笑を浮かべながら、パーシィと呼ばれた少女は考え込むように俯いた。
「・・・うん、そうだね。何も考えてないけど、大切な人を守れる力は欲しいと、思うんだ。何をしたらその力が持てるのかは分からないけど。」
 照れくさそうに自分の心を語る少女の言葉に、レオは少し感動した。
 今まで、自分の周りにはこんな人間はいなかった。
 ただ、親に言われるがままに騎士を目指し、家柄の上にあぐらを掻いて鍛錬を怠る物なぞ、ザラだった。
 この少女より年上でも、それは変わりない。
 そいつらに彼女の言葉を聞かせてやりたかった。
 それと同時に、彼女のこの純粋な心が大きくなっても失われることのないよう、自分たちは国を守っていかなければとも思う。
「方法は沢山あるだろうが、どれも大変だ。挫けずに、頑張るんだぞ。」
 励ますように小さな頭を、己の大きな手でなで回すと、彼女ははにかむような笑顔を見せてきた。
「おじさんは、なんで騎士になったの?」
「うん?・・・・お前と同じかな。大好きな故郷を、自分の手で守りたかったから、だな。」
「騎士になったら、守れる?」
「ああ。直接的な力を手に入れられるからな。・・・・なるまでも、なってからも大変だが、やりがいはあるぞ。」
「・・・そうなんだ・・・・。」
 レオの言葉に何か思うところがあったのか、少女はじっとレオの顔を覗き込んで来る。
 そのひたむきな視線に居心地の悪さを感じ始めた頃、遠くで二人の子供を呼ぶ声が聞こえてきた。
「もう行かなきゃ。おじさん、いつまでここにいるの?」
「帰還命令がでるまでだから、正確なことは俺にはわからん。何故だ?」
「じゃあ、帰るまで暇なときは遊んでね!秘密基地を教えてあげるから。」
「・・・・それは、楽しみだ。」
 少しも隠そうとしない、真っ直ぐな好意に照れくささを感じる。
 自分の体格で、彼女たちの秘密基地にはいることが出来るのかははなはだ疑問ではあったが、それはそれで良いだろう。
 退屈だと思っていた仕事が少し楽しい物になってきた。
「・・・・いつまでいれるのか、分からないのが難点だがな。」
 走り去る子供達に手を振りながら、レオはそっと呟いた。













 それから一週間後、なんの襲撃に出会わないままレオは城に帰還した。
 仲良くなった子供達との別れは寂しい物があったが、それも仕事なので仕方がない。
 後ろ髪を引かれる思いで、レオはのどかな村を後にした。











 イクセでののんびりとした生活から切り替わり、以前のように城で訓練に戻ってから一週間が経った頃、レオは上司に呼ばれて部屋を訪ねた。
「この間行ったイクセの村。我々が帰った数日後に族の襲撃にあったらしいぞ。」
 彼の口から出た言葉はあまりにも信じられなく、レオは一瞬返答を返せなくなった。
「なっ・・・!それで、被害は・・・・?」
「結構出たらしい。応戦した若い男の死者もいるらしくてな。女性や子供も、何人かやられたらしい。・・・酷い話だ。」
 顔を曇らせる上司の話に、レオの目の前は真っ暗になった。
 あの子供達は大丈夫だろうか。
 元気が有り余っている感のある子供だった。無茶をして戦場に飛び出したりはしていないだろうか。
「・・・レオ。大丈夫か?」
「ぁ・・・申し訳ありません。しかし、何故その話を私に?」
「お前は村の子供と仲良くしていたからな。噂で話を聞きつけるよりも、直接教えておいたほうが、良いと思ってな。・・・まぁ、状況が変わるわけではないんだが。」
「・・・いえ、ありがとうございます。」
 レオは深々と頭を下げ、まだ何か話したそうにしていた上司を振りきりそうそうに話を切り上げ、ボンヤリする頭で自室へと戻っていった。
「・・・・無事でいてくれよ・・・・。」
 あの子供達と連絡を取りたくても、レオにはその術がない。
 出身の村と名前しか知らないのだ。
 そもそも、そこまで気にかけるべき相手ではないのだろう。
 仕事中にふれ合っただけの子供のことなど。
 それでも、彼女の秀麗な顔が血に染まり、苦痛で歪んでいたかも知れないと思うと、何も出来なかった己の力のなさに腹が立ってくる。
「何故もっと、あそこにいてやれなかったんだ・・・!」
 頭を抱えて後悔しても意味のないことだ。
 仕事なのだから、命令があったのだから仕方がない。
 守りたい物を、いつも傍らから見守っているわけにはいかないのだ。自分たちは。
「・・・・どうか、無事で・・・・・」
 自分は戦う力を持っているのに、祈ることしか出来ない。
 もっと大きな力が欲しかった。
 多くの人を守れるような、強い力を。
 いつか、彼女と再会出来たときに、自分は強くなったのだと、あの時よりも力を手に入れたのだと、そう自慢出来るように。
 強くなろうと、決意した。
















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遠い日