人気演目「決戦ネクロード」。
 その上演の後、パーシヴァルは共演者であったナッシュを呼び止めた。
「ナッシュ殿。」
「何?なんか用?あ、もしかして夜のお誘い?それなら勿論オッケーだけど?」
 どうやら今日の夜はボルスが遠征に出かけていて留守なのを知っていたらしい。本当に抜け目のない男だ。どこからそんな情報を手に入れてくるのだろうか。
 パーシヴァルの疑問など気にもせず、ナッシュはニコニコと笑っている。そんな、期待に満ちた笑顔を振りまくナッシュに冷たい視線を向けながら、パーシヴァルはあっさり否定して見せた。
「そんなことではありません。今日のあなたのナレーションの話しです。」
「俺の美声に聞き惚れたって?ベットの中では、もっと良い声聞かせてやるぜ?」
「・・・・・そう言うところが、オヤジだと言うんです。」
 ナッシュの言葉に深いため息を吐いた。なんだってこの男はこうも話しをはぐらかそうとするのだろうか。適当に話しをしているときはそれでも良いが、真面目に話しをしようとしている時くらい、落ち着いて対応して貰いたいものだ。
 そう言ってやりたいが、無駄に時間を食うだけだと思い、パーシヴァルは気を取り直して話しを進めた。
「あなたの今回の演目のナレーション。無駄なアドリブが多すぎますよ。間を取りにくいので止めて頂きたいのですが。」
 そう言い切ると、ナッシュは途端に顔を歪めて見せた。
「俺は、世の多くの人に真実を知って貰おうと思ってあえてアドリブをかましてるんだぜ?」
「・・・・どういう意味ですか?」
「人の話は信用するなって事だ。とくに、第三者の目って言うのはな。お話って言うのは、美化されすぎているものだからな。」
 どこか遠い目で語るナッシュの様子に、パーシヴァルは軽く首を傾げた。
 どうやらいつもの軽口ではなく、本心で言っている言葉のようだ。それは分かるが、何故そうまでしてあの演目のナレーションの改ざんにこだわるのだろうか。他の演目はそつなくこなしているように見えるのだが。
「お前ももう少し年を取ったら分かるさ。第三者の目と言うのが、いかに濁っているのかって事がな。」
「・・・・・はぁ・・・・・。」
 年長者のような発言もやろうと思えば出来るらしい。その事に少し驚きを感じながら、いつもと違うナッシュの様子に首を傾げる。
 あの演目に何かしらの思い入れがあるらしい。それは分かるが、彼となんの関わり合いがあるのだろうか。
「濁っているのは、おぬしの目ではないのかえ?」
 不意に聞こえてきた可愛らしい少女の声に、パーシヴァルは慌てて視線を声の方向へと向けた。少しも気配を感じなかったのだ。城内とは言え、どのようなものが進入しているか分からない。これが刺客だったら命はないのだ。
 向けた視線の先に立ってたのは、病的なまでに白い肌を持ち、白いヒラヒラのスカートを履いた、年の頃は16歳くらいかと思われる美少女だった。こんな年端もいかない少女が、完璧に気配を殺して人の近くに寄ってくるとは驚きだ。この城に来てから色々愉快な人間に出会ったが、世の中の広さを痛感する。
 思わず少女の顔を凝視してしまったが、彼女は気にする様子もなく、ジッとナッシュの顔を見つめていた。その顔には笑みが浮かんでいたが、瞳には剣呑な光が宿っている。
 ナッシュの知り合いかと彼に視線で問いかけてみたが、彼は少女の顔を凝視していてパーシヴァルの視線に気が付きはしなかった。
「シ・・・シエラ・・・・・。お前、いつの間にここに?」
 やはり知り合いだったらしい。こんな美少女といつの間に知り合ったのだろうか。
 自分の事を無理矢理押し倒した経緯もあるし、こんな少女に手を出しているようだし。
 少女の様子を観察してみたが、自分との共通点を見いだすことは出来なかった。
 ナッシュの好みに一貫性を感じない。この男は手当たり次第手を付けているのだろうか。こんな大人にはなりたくないものだ。
 そんな事を考えているパーシヴァルを尻目に、ナッシュとシエラの間には冷え冷えとした空気が流れていた。
「おぬしが劇をやるちょっと前くらいにな。」 
「・・・・ってことは・・・・・・。」
「・・・・見ていたぞ?」
 ニッコリと笑った少女の言葉に、ナッシュの顔は面白いぐらいに青くなっていく。
 何をそんなに怖がっているのだろうか。もしかしたら彼女が噂の恐妻なのだろうかと考えたところで、ふと気が付いた。
「シエラ・・・・・・?」
 つい最近聞いた気がする名前に、パーシヴァルは首を傾げた。その呟きにナッシュに向けていた視線をこちらに流したシエラは、パーシヴァルの顔を見た途端、瞳に宿した剣呑な光をぬぐい去り、ご機嫌な様子で傍らに近づいてきた。
「おぬし、なかなかいい男じゃのう。」
 嬉々として声をかけてくるシエラの様子に、何故か背筋に冷たい汗が伝った。
 目の前の少女は可愛らしく微笑んでいるだけだというのに。
「・・・・ありがとうございます。あなたの美しさには到底敵いそうにもありませんが。」
「ふふふ。おぬし、なかなか良いことを言うのう。そこの馬鹿男とは比べものにならんわ。」
 嬉しそうに微笑むシエラの機嫌に水をかけるように、ナッシュが嫌そうに顔を歪め、忠告の言葉を発してくる。
「パーシヴァル。あんまり言うとつけ上がるから止めろ。」
「ナッシュ。おぬしは少し黙っておれ。」
 口を挟むナッシュのことを射殺さん勢いで睨み付けたシエラは、そんな表情を微塵も見せずにパーシヴァルへと向き直った。
「本当に、綺麗な顔をしておる。どうだ、おぬし。わしの眷属にならんか?」
「眷属・・・・ですか?」
「そうじゃ。その美しさを死ぬまで保ってくれるぞ?」
 どうやら本気らしい誘いに、パーシヴァルは軽く戸惑った。
 本気なのは分かるが、そんなこと可能なわけがない。
 そもそも、彼女に身売りしてまで若さを保ちたいとも思わない。
「せっかくですが、そこまで自分の容姿に固執しておりませんので・・・・・・。」
「そうなのか?・・・・残念じゃのう・・・・・。」
「断って正解だぞ。眷属なんかになろうものなら、良いように使われまくって、精も魂も尽き果てちまうからな。」
 うんざりしたようにそう忠告をしてくるナッシュの言葉に、シエラの周りの空気が凍り付いた気がした。その不穏な空気に恐る恐る彼女の顔を窺ってみると、残忍な、としか言いようのない笑みがその綺麗な顔に浮かび上がっている。そして、全身からはピリピリと帯電する光が浮かび上がった。
 その事に気が付いたのか、ナッシュの顔は一気に蒼白になった。
「・・・・一度、死にたいらしいのう。」
「ちょ・・・・ちょっと待て、シエラっ!話せば分かる!」
「問答無用っ!」
「ぎゃーーーーーーーっ!」
 激しく動揺するナッシュの姿を見たのも初めてなら、叫び声を上げて地面を転がり回るナッシュの姿を見るのも初めてだった。可愛い顔して、なかなか大したものだと感心していたパーシヴァルは、ようやくその名前が記憶の中から引き出せた。
「月の紋章をお持ちの、シエラ様でしたか?」
「そうじゃ。このボンクラがいつも世話になっておるのぅ。」
 雷の紋章を落とされたナッシュが地面に倒れ伏しているのを気にもせず、シエラはニッコリと微笑み返してくる。不評をかったらあの姿になるのかと、内心冷や汗をかきながらパーシヴァルも出来るだけ綺麗に微笑み返す。
「いえ。こちらこそお世話になっております。シエラ様が、こんなにお若く美しい方だとは思いませんでした。会えて光栄です。」
「ふふふ・・・・。こやつと違って、世辞が上手いのう。」
「本心ですよ。」
「そう言うことにしておこう。」
 ふふっと笑いを零したシエラは、不意に真剣な眼差しになり、パーシヴァルの顔を覗き込んできた。何事だろうと目を瞬くパーシヴァルに、彼女はニヤリと笑んで返す。
「おぬし、雷の紋章もいける口だな。本気でわしの眷属にならんか?」
 その誘いに驚き、軽く目を見張ったが、すぐに苦笑を浮かべ、軽く首を振ることで答えた。それを見てがっかりしたように肩を落としたシエラだったが、すぐに強気な態度を取り戻した。
「まぁ、今回は諦めよう。その気になったらいつでも声をかけてくるが良い。それと、この男に伝言を頼む。」
「なんでしょうか。」
「『今度またふざけたマネをしたら、命がないと思え』と。それで通じる。」
「畏まりました。必ずお伝え致します。」
「頼むぞ。」
 ニコッと笑いかけたシエラは、来たとき同様、するりと闇にとけ込むように気配を消していった。
 残されたのは、その場に立ち竦むパーシヴァルと、黒こげになったまま未だ起きあがろうとしないナッシュの二人。
「・・・・とりあえず、回復ぐらいしてやるか・・・・・。」
 このまま放って置いても良いのだが、後でどんな報復をされるか分かったものではない。
 水の紋章を発動させながら、パーシヴァルは先ほど言われた言葉を思い出した。
「雷の紋章か・・・・・。今度、試してみようかな。」
 800年生きている、真の紋章持ちにそう言われたのだ。その価値はあるだろう。
 片手にしか紋章を宿せないので使い勝手があまり良くないが、その時の状況に応じて紋章を付け替えるようにしたら、戦いの幅の広がるというもの。
 とは言え、今日はもう遅い。とりあえず今は、倒れ込む男の傷を治してさっさと部屋で休もうと、意識を紋章へと向けた。
 八つ当たりを避けるため、気を失っている間にこの場をずらかりたいものだと、紋章の光に包まれながら考えるパーシヴァルだった。 














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