力無い足取りで歩き去っていくボルスの後ろ姿を見送りながら、パーシヴァルはそっとため息を吐いた。
ボルスの言いたいことは分かる。
彼の気持ちが自分に向いていることも、分かっていた。
しかし、それに答えようとは思わない。
今は自分に気持ちが向いていても、いつかは冷めるだろうと思っているから。
彼の真っ直ぐな心がうらやましくもあり、憎らしくもある。
自分が無くしたモノを沢山持っているから。
沈みそうになる思考を振り払うように小さく首を振ったパーシヴァルは、ボルスが歩き去ったのと逆方向の道の奥へと声をかけた。
「・・・・いつまでそこにいるつもりですか?」
その呼び声に、木の影からフラリと人影が浮き出てきた。
「いつから気が付いていた?」
「最初から。ずっと後をつけてらしたでしょう?」
にっこりと笑いかけながらそういうと、彼、ナッシュは心外だと言いたげに目を見開いた。
「ただ単に、あんたら二人が俺の前を歩いていたってだけだよ。後をつけるなんて、言い掛かりだな。」
「それならば、影に隠れる必要はないのでは?」
さらに詰め寄ると、ナッシュは苦笑を浮かべながら両手を軽く挙げて見せた。
「確かにな。最初からあんた相手に言い逃れ出来るとは思っていなかったから、白状しちゃいましょう。実は後つけてて、立ち聞きまでしちゃいました。」
あっさりと認める彼の言葉に、肩透かしを食らった。
「・・・・ もう少しごねるかと思ったのですが。つまらないですね。」
「何?俺との会話を楽しみたかったのか?そりゃあ、悪いことしたな。」
本当にそう思っているのか疑わしいほどに明るくそう言い放つナッシュの態度に笑いが零れた。
普段はおちゃらけて居るが彼には底の深さを感じる。
何かを言えば響くように返ってくる返答と、同僚達にはない、周りを斜めに見ている視線に興味を覚える。
「それで、私たちの後をつけて何を知りたかったのですか?」
「なんとなくだよ。ゼクセン騎士団の皆さん方がどれだけ敏いのかなぁ、とか思って。」
ニヤニヤと笑むナッシュの顔をジッと見つめかえした。
嘘を言っている印象は無い。
この男が自分より10も年下の男に手の内を読まれる事はそうないと思うが、今は自分の勘を頼るしかない。
「そんな事を調べて、誰に報告されるのですか?」
「誰にもしないぞ。これは、個人的趣味だから。」
「・・・・いい趣味とは言えませんね。」
「あんたに言われたくは、無いけどな。」
「どういう意味ですか?」
言われた言葉に僅かに眉を顰めた。
この男に悪趣味呼ばわりされるほど、交流していない。
顔と名前、表立った経歴を知っている程度だ。
それとも、この男は趣味だと言い張る行動で自分の情報を独自に手に入れているということなのだろうか。
「・・・・ちょっと、あの対応はかわいそうだと思うけど?」
ボルスの立ち去った方向を顎で指し示す彼の行動で、何を言い出したのか理解した。
「勘違いしているだけですよ、あいつは。」
「そうかなぁ・・・・。邪険にされて泣きそうな顔してたじゃねーか、あいつ。もう少し優しくしてやれよ。あれじゃあ、身体だけが目当てだったーみたいな感じだぞ?」
「そういう付き合いであることは、否定しませんよ。」
「おまえなぁ・・・・。」
ナッシュは呆れたように息を吐いた。
「若いうちからそんなんじゃいかんぞ?今のうちに愛とか恋とかいうものにのうつつを抜かしておかないと、枯れるのも早くなる。」
「それならそれで構いませんよ。」
「・・・・すでに枯れていたのか。」
嫌そうに顔を歪めたナッシュは、気を取り直すように一つ深呼吸をした後、からかうような笑みを見せてきた。
「そんなんで良くあの熱血坊やを抱けるもんだな。」
「・・・・・まぁ、なるようになるものですよ。」
どうやら勘違いしているみたいだが、あえて否定する事でもないだろう。
二人の関係を触れ回る必要も無い。
それにしても、何の疑いも無く自分がボルスを抱いていると思われているという事に、笑いが零れる。
ボルスに伝えたら、真っ赤になって怒るだろう。
彼は自分が抱かれるという考えに少しも行き着かない男なのだ。
「あいつを満足させてやってるのか?なんなら、色々教えてやるぞ?手取り足取り腰取り。な。」
「遠慮しておきますよ。そんな心配は必要ないですしね。」
「おやおや。強気だねぇ・・・・。」
ニヤニヤと笑いかけてくるナッシュに、パーシヴァルも笑いかける。
「なんなら、試してみますか?」
絶対に言葉に乗らないだろうと思うからこそ、誘うような笑みを見せてみる。
乗ってきたら、それはそれで面白い。
ボルスとの付き合いにはない刺激を受けるだろうから。
少しは期待していたのだが、案の定ナッシュはあっさり断ってきた。
「遠慮しておくよ。俺は抱かれるより抱く方が好きなんでね。」
「おや、両方経験済みで?」
「長生きすると色々あるんだよ、若者。」
「いうほど長生きしてないじゃないですか。」
「密度の話だよ。密度の。」
自慢げに鼻で笑うナッシュの態度に苦笑を浮かべた。
自分のことを年寄り呼ばわりするくせに、妙に子供っぽいしぐさをする。
それも彼の魅力なのかもしれない。
「今度酒でも飲もうぜ。愛についてじっくりレクチャーしてやるよ。」
「あなたの奢りで?」
「まさか。講師料としてお前が払うんだよ。」
「それは、私がとても損をする気がするんですがね。」
からかう様に顔を覗き込むと、ナッシュはふて腐れたように顔を歪ませた。
「何を言っている。俺の講義は素晴らしいんだぞ。すぐにでも結婚したくなる位にな。」
「余計に遠慮したいですけどね。」
そう口にした瞬間、掠めるように唇を奪われた。
あまりの素早さに目を見開いて驚いていると、ナッシュがしてやったというように笑っていた。
「お前、なんだかんだ言って隙多いな。気を付けろよ。その調子だといつかあいつに襲われるぞ?」
いつかも何も無いのだが。
年寄りのいうことは素直に聞いておいた方が良いだろう。
「・・・肝に銘じて置きますよ。」
触れられた唇を親指で軽く拭いながらそう答えると、ナッシュは楽しそうに笑いかけてきた。
「んじゃ、今度夜這いかけるから、よろしく。」
「は?」
パーシヴァルの問いかが聞こえなかったのか、はたまた聞こえていても無視したのか、ナッシュは言いたいことを言い終えるとさっさと踵を返していってしまった。
「・・・・・飲みに誘うって事か?」
ニュアンス的に、ボルスには秘密にしろと言いたいのだろうか。
確かに、今のボルスにナッシュと飲みにいくと告げたら大騒ぎになるだろう。
バーツにも妬いている状態で、その上ナッシュはクリスの事で印象が最悪だ。
下手すれば監禁されかねない。
「なんでそこまで夢中になるのか・・・・・。」
それが愛というものなのだろうか。
過去に置き忘れてしまったモノをいまだに胸に抱き続ける一つ年下の男の姿を思い浮かべ、小さくため息を吐いた。
真っ直ぐ過ぎる想いを受け止める心は、今のパーシヴァルには見当たらない。
いつか生まれるのか、このままなのか。
自分自身にも分からない。ただ、彼を傷つける結果にはしたくないと、そう思う。
それが愛なのかは、分からないが。
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受け取れないモノ