夜明け
「パーシヴァル!起きろっ!」
いきなり耳元で叫ばれた声に、それまで浅い眠りに付いていたパーシヴァルの意識はあっという間に現実の世界へと引き戻された。
「・・・・・ボルス?」
ゆっくりと開いた視線の先に同室の男の姿を認め、パーシヴァルはベットの横になりながら軽く首を傾げてみせる。
「お前、モンスターの討伐に出ていたんじゃ・・・・・」
「ああ。早めに引き上げてきたんだ。それより、さっさと起きろ。時間がない!」
なにやら慌てているボルスの様子を訝しみながらも、パーシヴァルは言われた通りに体をベットから起こした。
周りを見てみると、まだ日が昇っていないのが分かった。
窓から差し込む日の光は無く、鳥の鳴き声も僅かなもの。
「なんだっていうんだ、こんな早くに・・・・」
「良いから早くしろ!」
抗議の言葉など気にもせず、ボルスはパーシヴァルに外套を押しつけて来る。
着替えもさせない気かと睨み付けてやったが、外の様子を気にしているボルスはその視線に気づく事も無い。
そんな彼の様子に深いため息を付いたパーシヴァルだったが、このままここで問答を繰り返しても意味の無いことだと諦め、渡された外套に袖を通した。
「準備は良いか?では、行くぞ。」
「行くって、どこに行く気だ?」
「着けば分かる。」
それだけ言うと、ボルスはパーシヴァルの手を取って足早に部屋を後にする。
いったい何をしたいのだろうか。
中途半端な睡眠時間しか取っていないせいで良く回らない頭では、ボルスの奇行の意味を推し量る事など出来ない。
分からないことは不安を誘うものだが、彼が自分に取ってマイナスになるような事はしないだろうと言う信頼は、ある。
奇っ怪な事に思えるが、何か意味があるのだろう。
そう思うから、パーシヴァルは引かれるままに歩を進めて行く。
連れられた先は城に突っ込む形で寄り添っている、船の甲板。
天気の良い日は、城の住む女性達が洗濯物を干している場所である。
こんな場所で何をするのかと、自分の手を引く男の顔を窺ってみると、嬉しそうに顔を輝かせていた。
「・・・良かった。間に合った。」
「何に間に合ったというのだ?」
「良いから、前を見ていろ。」
思わずといった感じで漏らされたボルスの言葉に首を傾げて聞き返して見たが、明確な答えを得る事は出来なかった。
ジッと前を見据える男の横顔に、何を言っても無駄だと言うことも認識する。
同僚の頑固な性格は知っている。こうと決めたら、滅多なことでは意見を曲げない。
無駄な労力を使うことが嫌いなパーシヴァルは、それ以上何も聞かずに大人しく視線を前に向けた。
いまだ日は昇っていないが、湖面の向こう側からうっすらと光が見えてきているので、夜明けが近いのだろう。
何となく、その光に視線を取られた。
徐々に上ってくる太陽の光で、穏やかに揺れる湖面がキラキラと輝き出した。
その光をまぶしく感じ、パーシヴァルは思わず瞳を細める。
しかし、視線を反らす気にはなれず、ジッと頂点を目指し始めた日の光を見つめ続けた。
「・・・・綺麗だな。」
「そうか。・・・・・良かった。」
思わず零れた言葉に、ボルスはそんな返答をしてみせる。
何が良かったのかと日の光に向けていた視線をボルスに向け、眼差しだけで言葉の意味を問うと、彼は照れた様に苦笑を返してきた。
「いや。この城に移って最初の年明けだからな。その日の出はお前と見たかったんだ。だから、その日の出を綺麗だと行って貰えると、なんか、嬉しくなって・・・・・な。」
どう言って良いのか分からないのだが、と朝日のせいではないだろうと思われる朱の色に顔を染めながらボルスがそう口にする。
「・・・・年明け?・・・・ああ、そう言えば・・・・・・。」
言われてようやくその事実を思い出した。
そう言えばそうだった。
忙しさにかまけて日にちなど気にもしていなかったが、今日で暦が変わるのだ。
「時が経つのは、早いものだな。」
「ああ。だからこそ、毎日責任持って、キビキビ生きていかないとな!」
今年の抱負を語るように胸を張ってそう言うボルスの様子に、パーシヴァルはうっすらとその口元に笑みを描く。
「・・・そうだな。」
「パーシヴァル。」
「なんだ?」
不意に名前を呼ばれ、パーシヴァルは笑みを描いたままボルスへと向き直った。
見つめた瞳に宿る色は思いがけないほど真剣で、少し腰が引ける。
そんなパーシヴァルの様子に気が付きもしなかったのか、ボルスはパーシヴァルの肩に手を乗せ、端麗な顔を覗き込むようにして言葉を発してきた。
「俺は、去年よりももっとお前のことを愛していくと誓う。例えお前の心がどこにあろうと、この先何があっても。お前のことが一番好きだから、覚えていてくれ。」
言葉に、鼓動が一瞬速くなった。
本当に一瞬のことではあったが。
「・・・・・・それが、ボルス卿の今年の抱負ですか?」
「ああ。」
力強く頷く男の様子に、パーシヴァルは呆れたように息を吐き出した。
この男の真っ直ぐさには、羨ましいものがある。
彼のように、自分の心の中をさらけ出すことが出来たら良いのにと思うことも、時々あるくらいに。
「じゃあ、俺の抱負は『ボルスには靡かない』にしておくかな。」
「パーシヴァルっ!」
「冗談だよ。」
本気で泣きそうな顔をするボルスに、パーシヴァルは軽く笑いかけてやった。
「じゃあ、なんなんだ?」
むくれた様な顔で聞き返して来るボルスに、あっさりと言い返してやった。
「目標ってものは、そう軽々しく口にするものでは無いと思っているんでね。いくらボルス卿でも、そんなことはお教え出来ませんよ。」
「ずるいぞ、パーシヴァル!俺はちゃんと言ったのに・・・・!」
「そんなこと、俺は聞きたいなんて言った覚えが無いからな。」
「・・・・それは、そうだけど・・・・・・。」
「ボルス。」
納得行かない様子でブツブツ呟く男に声をかけると、彼は無防備に視線をあげてくる。
そんな、年よりも幼く見えるような行動に苦笑を浮かべつつ、パーシヴァルはそっと男に口づけを与えた。
「パ・・・・パーシヴァル・・・?」
状況が分からず狼狽える男に、パーシヴァルはニッコリと笑いかけてやった。
「今年も、よろしくな。」
「あ、ああ。こちらこそ・・・・・。」
「今年こそ、戦いに決着を付けたいな。」
「・・・・・ああ。お互い、頑張ろう。」
どちらからともなく、再び口づけを交わされた。
まるで契約をするかのように。
たまには、こんな事も良いかな。
そんなことを思いながら、パーシヴァルは交わす口づけの合間に輝く湖面に視線を向けた。
穏やかな水面。
皆がゆっくりと眠れる場所。
そんなものを少しでも多く作りたいと、切に願うパーシヴァルだった。
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