深い眠りについていたボルスだったが、呼吸が苦しくなったことで沈んでいた意識が浮上してくる。 心なしか、体が重い。 寝ている時に鎧は着けないが、着けたまま寝ているような苦しさだ。 これが金縛りというものなのだろうか。 初めての体験に、ボルスの心臓が騒ぎ出した。 未だに閉じたままでいようとする瞳を無理矢理こじ開けたボルスは、そこに写ったものの正体を見てぽかんと口を開けた。 「・・・・パーシヴァル。何をやっているんだ?」 逆光になっていて表情までは分からないが、自分が想いを寄せている男の姿を見誤る事などない。 しかし、その彼が何故寝ている自分の上に跨っているのか分からない。 そもそも、彼はいつのまに帰っていていたのか。 確か、ボルスが床に就くまでは遠征から帰ってきていなかったはずだ。 「何をとは、心外ですね。見て分かりませんか?」 「分からないから聞いている。」 「久しぶりに会った同僚に、挨拶をしているんですよ。」 楽しそうに語るパーシヴァルの様子に眉を寄せた。 「・・・お前、酔ってるのか?」 寝起きで呆けた頭では気付かなかったが、意識がはっきりして来ると彼の身体から酒臭さが漂っていた。その上口調もやけに丁寧だ。 六騎士の中で、年齢が近いせいか自分には砕けた口調で話しかけてくるパーシヴァルが、やけに丁寧な口調になるときは、自分をからかっているときか酔っぱらっている時だと、ボルスは学習していた。 今は、からかわれてもいるのだろうが、この酒臭さを考えると酔っぱらっていると判断した方が良さそうだ。 それほど酒に弱くない彼がここまで陽気になっているということは、かなりの量を飲んだのだろう。 遠征帰りで疲れているだろうに。 自分の身体を労ることを放棄しているとしか思えない彼の行動に怒りすら感じる。 「まぁいい。帰ってきたならさっさと寝ろ。」 未だに自分の上から 退こうとしないパーシヴァルを押し退けたボルスは、彼の追求を逃れるように毛布を頭から被り直した。 「つれないですね。久しぶりに会ったのですから、友好を深めましょうよ。」 「・・・・俺は眠い。明日も早くから訓練があるんだ。お前に付き合っている暇はない。」 毛布を剥いでこようとするパーシヴァルの攻撃から毛布を死守しつつ、ボルスはそう返した。 その返答に、パーシヴァルの手が引く。 これで大人しく眠りに就くだろうと思い、ホッとため息を吐いたボルスの耳に信じられない言葉が聞こえてきた。 「・・・仕方がありませんね。では、他の人のところに行ってきますよ。」 そう呟き、あっさりと身を翻したパーシヴァルの対応に、ボルスの眠気は一気に飛んでいった。 「ちょっ・・・ちょっと待てっ!」 慌てて起き上がったボルスの様子を、パーシヴァルは不思議そうに見つめかえしてきた。 「なんですか?」 「他の人っていうのは、なんなんだっ!」 「ボルス卿以外の人、という意味ですけど?」 何を当たり前のことをと言いたげな瞳が見つめかえして来る。 自分以外にも相手がいる気はしていたが、本人の口から知らされるとかなりショックだ。 「・・・・それは、誰なんだ?」 「誰と言われても・・・・色々ですよ。」 「色々?」 「ええ。その時によって。」 ニッコリと悪びれなく微笑む彼に、相当酔っているのだと気が付いた。 普段の彼ならば、こんなにあっさりと口にしたりしないだろう。 そしてふと気が付いた。 自分が彼と関係を持ったのも、酒に酔った彼に誘われた事がきっかけだった。 彼はこの調子で色々な人をひっかけているのだろうか。 「・・・・・俺が知っている奴とも、寝てるのか?」 好奇心と嫉妬が入り乱れた複雑な心境が、その言葉を口に出させた。 こんな事を問いただす権利など、持ち合わせてはいない。分かっているが、気持ちを止めることは出来ない。 何を言われるだろうかと緊張していたボルスだったが、パーシヴァルはあっさりと首を振って見せた。 「いくらボルス卿相手でも、それは言えませんよ。」 「・・・・それは、そうだな。」 なんとなくほっとした。 名前を出されたら、そいつとは今後うまく付き合えないだろう。 「じゃあ、そう言うことで。」 「だから待てと言っているだろうっ!」 再び部屋を出て行こうとするパーシヴァルの腕を慌てて捕まえた。 「なんなんですか、さっきから。」 ムッと顔を歪ませる仕草は、いつもの彼らしくない。 子供っぽく見えるパーシヴァルの様子にボルスの心臓は大きく高鳴った。 「・・・・・・俺が相手をしてやるから。」 動揺を表に出さないように注意しながら呟いた言葉に、パーシヴァルが目を瞬いた。 「気が変わったんですか?」 「ああ。」 「明日の訓練はいいのですか?」 「・・・・お前が誰かと抱き合っている姿を想像してたら、寝られはしないからな。」 捕まえていた腕に力を込め、酔った男の身体を引き寄せた。 酒臭さはあるが、久しぶりに嗅ぐ彼の体臭に安堵感が生まれる。 いつのまにこんなに好きになっていたのだろうか。 始めは憎たらしくてしょうが無かったというのに。 「じゃあ、ボルス卿の為にさっさとすませてしまいましょうか。」 ウキウキした口調でそう告げたパーシヴァルは、ボルスの身体をベットの上へと押し倒した。 「パ・・・パーシヴァル?」 なんだか不穏な空気を感じて、ボルスの背筋に冷たい汗が流れる。 不安そうな顔をしていたのだろう。 緊張をほぐすように優しく微笑みかけてきたパーシヴァルは、啄むような軽い口づけを落としてきた。 「大丈夫ですよ。私はこっちの方もうまいですから。」 「・・・・・え・・・・?」 言葉の意味を問いただそうと口を開きかけた瞬間、パーシヴァルはボルスのシャツを剥ぎ、露わになった胸元に己の唇を押しつけた。 「ちょ・・・ちょっと待てっ!」 慌てて引きはがそうとしたが、押し倒されている体勢ではうまく力が入らず、覆い被さる身体を動かすことが出来ない。 この先の展開を想像して青ざめるボルスを安心させようとしたのか、パーシヴァルがその端正な顔を近づけ、唇が触れ合うかふれ合わないかという微妙な位置で微笑みかけてくる。 「そんなに緊張しないで下さい。身体が硬いと、無駄に痛みを伴うことになりますよ?」 「うるさい!お・・・俺は、男に抱かれる趣味なぞ持ってないぞ!」 「大丈夫ですよ。抱けるなら、抱かれることくらいなんてことないです。」 「大ありだ!」 酔っぱらっているからなのか、パーシヴァルの思考に付いていけない。 いっそのこと自分も酔っぱらってしまいたい。 あれよあれよという間に衣類はすっかり脱がされてしまった。 自分で言うだけのことはある。その手際の良さと言ったら無い。自分も見習いたいが、多分一生無理だろう。とくにパーシヴァル相手ならば。 自分より一枚も二枚も上手な相手を旨く誘い込むことなど、ボルスには無理な相談だ。 「・・・はぁっ・・・・」 丁寧な愛撫に、思わず声が漏れる。 痛いようなむず痒いような優しいような、そんな微妙は指使いに、ドンドン思考が濁ってくる。 押しのけようとパーシヴァルの胸に伸ばされた手も、段々縋り付く形になってきた。 「・・・気持ちいいんですか?ボルス卿。」 「う・・うるさい・・・・・っ!。」 耳元にそっと吹き込まれ、ボルスは思わず叫び返した。しかし、声はかすれ迫力がない。 吹き込まれた息にすら感じるほど、ボルスの身体は燃え上がっていたのだ。 濁った思考で考えた。 パーシヴァルのことは心の底から愛している。 この世で一番。その事には自信がある。 その相手に求められているのだ。プライドの一つや二つ切り捨てても構わないのではないだろうか。 「・・・もう、どうにでも、しろ・・・・・。」 上がる息の下からそう呟くと、パーシヴァルが微かに笑みを返してきた。 「では、遠慮無く。」 その言葉に、次に来るであろう痛みに身体を硬直させ、ギュッと瞳を瞑った。 そうしたらいけないと言うことは分かっている。逆に痛みが増すだけだと。 分かっているが、どれほどの痛みなのか想像出来ないだけに緊張感をぬぐい去ることなど出来はしなかった。 と、その時。立ち上がった己のモノが、暖かいモノに包まれた感触を感じた。 その慣れた感触に驚き瞳を開けると、そこには痛みに耐えるように眉間に皺を寄せたパーシヴァルの姿があった。 「くっ・・・・はぁ・・・・。」 パーシヴァルの体内にボルスのモノが完全に埋まった瞬間、パーシヴァルは耐えていたモノを吐き出すように大きく息を付いた。 「パ・・・パーシヴァル・・・?」 ボルスには状況が良く見えていない。 パーシヴァルは、自分を抱く気ではなかったのだろうか。 「・・・・大丈夫ですよ。今日は、ボルス卿の手を、煩わせたりいたしませんから。・・・先に、寝て下さってもかまいませんよ?」 クスクスと笑うパーシヴァルの言葉に、ボルスは呆気に取られた。 彼が何を考えているのか、ボルスにはサッパリ分からない。この状態で眠れる男がいると思っているのだろうか。 そもそも、彼がこんな強引な行動に出てくる意味が分からない。遠征先で何か嫌なことでもあったのだろうか。問いかけてみたいが、彼のことだ。何も教えてはくれないだろう。 そんな状況でボルスに分かることは、今日のパーシヴァルは少しおかしいと言うことだけ。 そう思うが、そんな彼を拒めない。 眠かろうが、疲れていようが。拒む事も放って置くことも、ボルスには出来なかった。 「・・・・・・最後までちゃんとつき合ってやる。」 ボソリと、やや不服そうにそう呟くと、パーシヴァルは面白いおもちゃでも拾って来たような顔で喜びを表してきた。 「ご厚意、感謝いたしますよ。」 そう告げ、軽くボルスに口付けたパーシヴァルは、ゆっくりと自分の腰を動かし始めた。 目を覚ましたとき、傍らにパーシヴァルの姿は無かった。 ベットの中に彼のぬくもりが残っていないかと探ってみたが、それすらも見当たらない。 「・・・夢、だったのか・・・?」 思わずこぼした言葉に、顔が一気に赤くなる。 そうだとしたら、余程溜まっているのだろうか。 それとも、いつも以上に乱れていた彼の姿が自分の願望だというのだろうか。 「・・・考えるな、そんなこと。」 力一杯自分の頬を叩いたボルスは、考えを振り払うように己の頭を激しく振り回した。 「下らないこと考えてないで、仕事だ、仕事!」 そう言うが早いか、ボルスは急いで身支度を整えていった。 部屋から足を踏み出すと、朝の清涼な空気が己の身体を包み込んでくる。だらけそうになる気持ちを引き締めるにはもってこいだ。 僅かに早足になりながら城外へ出たボルスは、頭上に広がる青空を仰ぎ見ながら深呼吸を繰り返す。脳裏に彼の顔がよぎる今の状態では、仕事をしようにも集中出来るはずがない。職務に就く前に冷静になっておかねばなるまい。 何度も深呼吸を繰り返す『誉れ高き六騎士』の姿は端から見るとおかしい姿ではあったが、今のボルスにはそんな視線を感じることが出来なかった。 努力のかいがあり、見慣れた同僚の顔が脳裏から消え去りそうになったとき、不意に背後から声をかけられた。 「おや、ボルス卿。ずいぶんとお早いんですね。」 その聞き慣れた声に慌てて振り返ると、そこには予想通りの男の姿があった。 「パ・・・パーシヴァル!お前、いつの間に帰っていたんだ?」 妙に動揺しているボルスの様子を訝しむように僅かに眉を寄せながらも、パーシヴァルはあっさりと答えを返してくる。 「昨夜遅くにな。時間が時間だったから、クリス様への報告は今してきたところだが・・・・それが何か?」 「いや・・・べつに。何ってこともないんだが・・・・」 あまりにあっさりと答えられ、ボルスは続ける言葉を見失った。 やはり、昨日のことは夢だったのだろうか。 「・・・言いたいことがあるならはっきり言え。そんな顔で黙られても気分が悪くなるだけだ。」 心の底から嫌そうに顔を歪められ、ボルスはほんの少し傷ついた。 どうして彼は、自分に優しい言葉をかけてくれないのか。 べつに甘やかして貰いたいわけではない。 同じ男として、騎士として、同じラインで語りたいとは思う。 そうは思うが、他の人と比べると自分への当たりが強い気がするのは、自分の思い違いだろうか。 「・・・・昨日、部屋に帰ってきたか・・・・?」 「ああ。それが?」 またもやあっさり返された。 彼が何か企んでいるのか、それとも本当に何も無かったのか。あまり表情の変わらないパーシヴァルからは伺えない。 「・・・じゃあ、昨夜、俺のことを誘ったか?」 「ああ。記憶にないのか?」 「あるけど・・・・夢かと思った。」 「・・・・・ああいう願望があったのか。それは知らなかった。」 「そう言う意味ではなく!」 驚いたように僅かに目を見開くパーシヴァルの反応に、思わず声が高くなる。 周りを歩いていた人達がその声に反応し、視線が集まったのに気が付いたが、出した言葉を撤回することは出来ない。 赤くなりそうな顔を俯けながら、ボルスは小声で言葉を続けた。 「・・・お前から誘うことなんて、今まで無かっただろう。だから、錯覚なのかと・・・・。」 「俺だって男だからな。自分からしたくなる時だってある。」 「それは、そうかも知れないが・・・・」 だったら何故、今まで自分を誘った事がなかったのだろうか。 昨夜の彼の言葉が脳裏にちらついた。 もしかしたら、そう言うときは他の人を誘っていたのだろうか。 そう思うと、何とも言えない不快感が胸に沸き上がってきた。 「おい・・・・」 「じゃあ、今度したくなったらまた誘ってやるよ。いつになるかは、分からないけどな。」 ボルスの言葉を遮るように、パーシヴァルがそう言ってきた。 まるで自分の心を読んだかのようなその言葉に、ボルスの返答は一瞬止まる。 何をどう言い返せばいいのだろうか。他の人間はもう誘うなと言うべきなのだろうか。 しかし、そんな事を言ったら女々しい奴だと思われないだろうか。 寝起きで旨く活動していない脳みそで考えたが、自分の心にしっくりくる言葉を思い浮かべることが出来なかった。 「・・・・・頼む。」 「ああ。分かった。」 結局そんな言葉しか返せない自分に嫌気を覚えながらも、パーシヴァルと約束を取り付けられたことに小さな喜びを感じていた。 彼の笑顔一つで懐柔される自分がいることは、結構前から気が付いていた。 どんなに言葉を荒げて反発しても、結局は彼の思うように動いている。 何となく面白くないが、それでも良いかと思う自分もいて、少し戸惑う。 自分はこの先ずっと彼に勝てないのかも知れないな、と最近思うボルスだった。 プラウザのバックでお戻り下さい |
夢